『ペッパー・ポッツ』。それが彼女の名前だった。いや、本当は『ヴァージニア』という名がある。だが、そばかすが特徴的な彼女は、いつしかその名で呼ばれるようになっていた。
ペッパー・ポッツは、非常に真面目な性格だった。自分に厳しいのは勿論のこと、時には人にも厳しかった。が、それ故に教師や生徒からの信頼も厚く、今年度は生徒会長を務めていた。
そのペッパー・ポッツが今朝は小走りに中庭を駆けている。何事かと遠巻きに生徒たちが見守る中、彼女は校長室まで辿り着くと、ドアをノックした。
「ポッツです」
息を整えたペッパーが校長室に入ると、いつもの仏頂面のフューリー校長と、見慣れない男子生徒とその母親らしき女性がソファに座っていた。
「呼び出してすまないな、ポッツくん。彼はトニー・スタークくんだ。本日付で転校してきた。早速だが、彼を案内してやってくれないか?」
トニー・スタークと紹介されたちらりとペッパーに視線を送ったが、興味なさそうに手元のスマフォへと目を移した。そんなトニーを横に座っていた女性は肘で小突くと立ち上がった。
「初めまして。トニーの母親のマリアです。仲良くしてやってください」
その女性には見覚えがあった。それに『スターク』という名前に、ペッパーはピンときた。彼女はあの『スターク・インダストリーズ』の社長夫人だ。となると、彼はスターク夫妻の一人息子のアンソニー・エドワード・スターク。
実はペッパー、大学卒業後は世界屈指の企業であるスターク・インダストリーズへの就職を考えているため、色々と調べていたのだ。が、社に関しては知っていても、スターク一家については何も知らなかった。
そんな自分はフューリー校長から案内係を仰せつかった。
(これは私の将来にとって、チャンスかもしれない…)
スターク家と顔を繋いでおけば、就職後も何かしら不利になることはないだろうと考えたペッパーは、ニッコリと笑みを浮かべると、マリアに向かって頭を下げた。
「初めまして。ヴァージニア・ポッツです。ペッパーと呼んでください」
よろしくねと微笑んだマリアだが、トニーが相変わらず興味なさそうにしているのに気づくと、息子の腕を引っ張った。
「こら、トニー。ちゃんとして」
「はいはい」
面倒くさそうに立ち上がったトニー・スタークは大欠伸をすると、ペッパーの後を付いて部屋を出て行った。
***
「…ここがカフェテリアです。ランチタイムは激戦だから…」
教室を一通り案内したペッパーは、トニーを連れてカフェテリアまでやって来た。が、トニーはずっと生返事ばかりなのだから、いい加減痺れを切らしたペッパーは、眉をつり上げながらトニーに尋ねた。
「ねぇ、聞いてますか?」
ぽりぽりと頭を掻いたトニーは、大袈裟に肩を竦めた。
「なぁ、そんなに真面目くさって、人生面白いの?」
「え?」
思いもよらぬ言葉に、ペッパーは目を丸くするとトニーを見つめた。
「いや、君ってさ、めちゃくちゃ真面目って感じじゃん。校則が服を着て歩いてるって感じ。そんなにガチガチで、毎日楽しいのかなぁって」
そんなこと、言われたことはなかった。いや、影で言われていることは知っているが、彼は面と向かって…それも初対面なのにハッキリと告げてきたのだ。
「スタークくん。あなた、ものすごく失礼なことを言ってるって自覚してますか?」
眼鏡を上げたペッパーに、トニーはニヤニヤと笑いながら答えた。
「あぁ、分かってて言ってる」
ペッパーの眉間に皺が寄った。
彼は私のことをからかっていると感じたペッパーは、ツンっと顔を背けた。
「では、次に行きます。ついてきて」
「はいはい」
その後、余分なことは一言も話さなかった2人だが、トニーがこっそりと横顔を見つめていることにペッパーは気づいていなかった。
翌日。
あのトニー・スタークが転校してきたと、学園中大騒ぎになった。
ランチタイムになっても、皆の話題は勿論、トニー・スターク。これといって仲の良い友達がいる訳ではないペッパーは、一人で定位置である隅に座った。
「トニー・スタークって、NYのトリニティー・スクールに通ってなかった?」
「え?あの超エリート校の?」
「そうそう。確か幼稚園から行ってたはずよ。テレビで見たことあるもん」
「で、何でうちに来たの?」
「さぁ…」
スターク・インダストリーズについてはある程度知識はあっても、トニー・スタークのことは何も知らないペッパーは、聞き耳を立てた。
「でもさ、彼っていい噂も悪い噂も聞くよね」
「うん。天才だし、大金持ちで、顔もいいけど…」
「その分、女遊びも激しいんでしょ?」
「私の友達の友達の友達が一度ヤったことあるって言ってたわ」
「でも、所詮一夜限りなんでしょ?」
「まぁ、彼なら私も一回お相手してみたいけど」
「そうよねー。だって…」
「カッコイイんだもの…」
下種な話になってきたので、ペッパーは聞くのを止めた。
自分とは全く縁のない世界の話なのだから、トニー・スタークとは関わらない方がいいかもしれない…。
そんなことを考えていると、誰かが隣にやって来る気配がした。
「隣、いい?」
顔を上げると、そのトニー・スタークが立っていた。彼の顔を見た瞬間、先ほどの噂話を思い出し、ペッパーは思わず顔を顰めた。
「ダメです」
「でも、ずっと一人じゃん」
そう言いながら隣に腰を下ろしたトニーは、ネクタイを緩めると、シャツのボタンをいくつか外した。何となくだらしない格好に、ペッパーは眉を吊り上げた。
「スタークくん。あなたの恰好、校則違反よ」
「いいだろ、昼休みなんだし」
そう言うと、トニーは勢いよく昼食のカルボナーラを食べ始めた。
が、半分ほど食べたところで、トニーは気付いた。ペッパー・ポッツに話しかけてくる者は、誰一人としていないことに…。
「ポッツさん、友達いないの?」
ストレートに告げると、ペッパーはムッとしたように口を尖らせた。
「あなたには関係ないでしょ?」
ツンっと横を向いたペッパーに、トニーは苦笑い。
「またそんな冷たいこと言っちゃって」
ククっと笑ったトニーだが、ペッパーが黙ったままなことに気付くと、再びカルボナーラを食べ始めた。
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