Until now I have been looking for you.⑩

新学期になり、トニーたちは最終学年となった。皆の話題は専ら、大学への進学について。中でも、『トニー・スタークはMITに進学する』と、誰しもが考えていたのだが…。

その日、ガイダンスカウンセラーとの面談を終えたペッパーは、カフェテリアでトニーと落ち合った。
ペッパーは経済学を学びたいと、スタンフォードかUCLAへの進学を昔から考えていた。だが、間違いなくMITに進学するだろうトニーと離れ離れになってしまうと、同じボストンにあるハーバードへの進学も密かに考えていた。

テストは常に満点で成績は申し分ないし、課外活動やボランティアもペッパーも共に行っているので、よく遅刻をしたりサボっているとはいえ、内申点も問題ないトニーだから、どの大学への進学も可能だろう。だが、彼の口から大学進学については一度も聞いたことはなかった。そこでジュースを啜りながら、ペッパーはトニーに尋ねた。
「トニーはどこへ行くの?」
あぁと声を出したトニーは、欠伸をした。
「ペッパーと同じ大学にしようかなぁって」
えっ?!と目を丸くしたペッパーは、素っ頓狂な声を上げた。
「MITじゃないの?!」
それは周囲が言っているだけだろ…と目をくるりと回したトニーは、頬杖をつくとペッパーを見つめた。
「別にどこでもいいし。それに、ペッパーと離れたくないからさ」
そう言って笑ったトニーだが、ガイダンスカウンセラーには、MITへの進学を勧められた。父親のハワードも希望しているため、願書も取り寄せ、推薦状も書いてもらった。
つまり、誰しもがトニーにMITへ進学して欲しいと思っているのだが、本人は違った。というのも、ボストンと目の鼻の先のNYには『彼女』がいる。おそらくボストンに住めば、彼女はまたやって来るだろう…。そうなると、再びあの地獄のような日々に戻ってしまう…。そのため、トニーは一人ではボストンには行きたくなかったのだ。

数日後。
「ヴァージニア・ポッツさん?」
声を掛けられペッパーが振り返ると、見知らぬ女性がいた。美しいその女性は、明らかにペッパーより年上だった。
「は、はい…」
こんな人、アカデミーにいたかしら…と首を傾げているペッパーをじろじろと眺めた女性は、小さく鼻で笑った。
「ふーん、こんな子がいいの」
「え?」
何の面識もないのに、失礼な女性の態度に、ペッパーの眉間に皺が寄った。何か言った方がいいだろうかとペッパーが考えていると、女性はヒラヒラと手を振り歩き始めた。
「何でもないわ。またね、ポッツさん」

翌日。
「臨時で2週間来てもらうことになった」
化学担当の教師が事故に遭い、急遽臨時の教師として招いたと、フューリー校長に紹介された女性は、ペッパーに昨日声を掛けてきた女性だった。
「ホイットニー・フロストです。半年前までNYのトリニティ・スクールで教えていました」
ホイットニーの言葉に、教室内はざわつき始めた。そして皆は一斉にトニーに視線を送った。が、トニーはつまらなそうに欠伸をすると、目を閉じ眠ったふりをし始めた。

1限目は早速化学の授業だったのだが、ホイットニーは次々と難問をぶつけてきた。優秀なペッパーはおろか、誰一人分からない問題に、ホイットニーは眉をつり上げた。
「あら?この学校は優秀な生徒が多いって聞いてたけど、誰も分からないの?」
皆思わずトニーを見たが、トニーは興味なさそうに窓の外を眺めていた。
「スタークくん。立ちなさい。優秀なあなたが答えられないはずないでしょ?」
やはりホイットニー・フロストはトニーのことを知っているのだ。誰もが固唾を飲んでトニーに視線を送ったが、彼は面倒臭そうに立ち上がった。
「……すみません、聞いてませんでした」
いつもなら、聞いていない風を装っていても完璧に答えるトニーが、分からないというのだ。教室のあちこちから響めきが起こった。それを制したホイットニーは、大袈裟に溜息をついた。
「スタークくん、あなたにとってこんな授業は退屈かもしれない。だけど、ちゃんと授業に参加しなさい。守れない子はお仕置きするわよ」
茶化したような言い方に、数人の生徒がクスクスと笑い声を上げた。
が、その時だった。
トニーの瞳からいつもの煌めきがすぅっと消えた。最もそれに気づいたのは、ペッパーだけだったが…。
「いいわ、座って。次はちゃんと聞いていてね」
ホイットニーに座るよう言われたトニーは、彼女を見つめたまま掠れた声を出した。
「…はい…」
腰を下ろしたトニーだが、彼は無表情でボンヤリと一点を見つめたままだ。
「トニー?」
ペッパーが突いても、トニーは何も言わなかった。
様子がおかしいトニーに、ペッパーは何故か分からないが胸騒ぎがした。そして、彼女とトニーを関わらせない方がいい…そんな予感がした。

昼休みになったが、まだボンヤリとしているトニーをペッパーはカフェテリアに連れて行った。
「トニー、あなたの好きなカルボナーラがあるわよ!」
わざとらしく明るい声で告げても、トニーは何も言わなかった。しかも、食欲がないと、彼は何も食べようとしないではないか。
「どうしたの?」
「…別に…」
トニーは暗い瞳をしており口数も少ない。いつもとは別人のようなトニーに、何か事情があるのかもしれないと感じたペッパーは、しっかり話を聞こうと考えた。
「ねぇ、授業が終わったら、サンタモニカまで遊びに行かない?素敵なカフェができたって、ナターシャが教えてくれたの」
「……」
返事がないトニーに、ペッパーは彼の肩を軽く叩いた。
「トニー?聞いてる?」
ハッと我に返ったトニーは、キョロキョロと視線を動かした。
「ごめん…。今日は無理だ」
取り繕ったように笑みを浮かべたトニーは、ペッパーに断りを入れると、トイレへ向かった。

トイレには誰もいなかった。
吐き気を催したトニーは、一番奥の個室に駆け込んだ。
空っぽの胃からは、吐いても胃液しか出てこない。
しばらく苦しそうに咳き込んでいたトニーは、その場に座り込むと目をキュッと閉じた。

『お仕置きするわよ』
彼女の声が頭の中に響き渡っている。

忘れたはずなのに…。忘れたいはずなのに…。無意識のうちに反応してしまった…。

「どうして……どうしてだよ…。どうして俺のこと…放っておいてくれないんだよ…」
涙が溢れてきた。
誰かに相談したかった。
ペッパーに全てを話したかった。聞いてもらいたかった。ペッパーが手を握っていてくれれば、乗り越えられる気がしたから。だが、話せば軽蔑されるだろう…。嫌われるかもしれない…。そう思うと、トニーには話す勇気がなかった。

と、メールが届いた。
『放課後、化学室に来なさい』
ホイットニーからだった。
LAに来て携帯は変えたのに、メールを送ってきたということは、学内のパソコンで調べたのだろう。ということは、住所も何もかも知られているということだ。逆らっても、彼女からは逃げられない。それなら、自分はあの頃と違うということをハッキリ告げて解決しなければならないのかもしれない…。

気持ちを落ち着けるために、トニーは放課後まで隠れ家である体育倉庫に籠ることにした。

⑪へ…

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