Love of the mermaid⑤

こうして、トニーとペッパーは共に暮らし始めた。ペッパーはプールから出ることが出来ないが、彼女が退屈しないようにと、トニーは様々なことをしてくれた。
プールサイドで食事を取り、大きなスクリーンで映画を見ることもあった。そしてペッパーが人間社会のことを知ることができるよう、トニーは沢山の本や雑誌や映像などを用意し、自分が不在の間はJ.A.R.V.I.S.に話し相手になるよう命じていた。そのお陰で、1週間も経つと、ペッパーは人間の暮らしというものを理解できるようになっていた。

ある日のこと。
トニーは仕事に行っており不在で、ペッパーはJ.A.R.V.I.S.相手に話をしていた。
「ねぇ、J.A.R.V.I.S.さん…。私はどうして人間じゃないのかしら…。人間だったら、トニーともっと色々なことを一緒に出来るのに…」
はぁと溜息を付いたペッパーは、プールサイドにもたれ掛かった。
ここ数日、ペッパーはトニーにもっと触れたくて堪らなかった。毎日キスはしているが、自分は水から出ることもできず、いつもプール越しのキスでしかなかった。人間ならば、トニーに料理を作ってあげたり、外に出かけることもできるのに、自分はただここで待つことしか出来ないのだ。
しょんぼりと頭を垂れるペッパーを励まそうと、J.A.R.V.I.S.は言葉を選びながら話し始めた。
『ペッパー様。トニー様はあなた様のことを愛していらっしゃいます。姿形ではなく、心優しく聡明なあなた様ご自身を…。トニー様が心の底から愛された女性は、ペッパー様、あなた様が初めてなのですから…』
トニーの愛情が本物であることは分かっている。だが、ペッパーは知りたかった。外の世界でのトニーの姿を見てみたかった。
それに怖かった。毎日抱き合うことの出来ない自分に、いつの日かトニーが飽きてしまうのではないかと。そしてその時、自分は海に帰ることもできず、ペットのように飼われるのではないかと…。
『私の心に住んでいる女性はペッパー、君だけだ』
甘い言葉と共に贈られたルビーのネックレスに触れたペッパーは、寝室を見上げた。あの部屋は、満月の夜のみ入ることを許される部屋…。トニーがヨーロッパに向かっていた間に満月を迎えてしまったため、人間の姿になることが出来るのは随分と先だ。
恨めしそうに尾鰭を見つめたペッパーは、空を見上げた。白くぼんやりと見える月は、真ん丸には程遠い。
(神様…お願いします…。トニーのそばにずっといたいんです…。彼のためなら何でもします…。ですから…私を…人間にして下さい…)
心の中で何度も祈ったペッパーは、目を閉じた。

『お前の願い…叶えてやろう…』
どこからともなく聞こえてきた声に、ペッパーは目を開けた。すると、プールのそばに見知らぬ男が立っていた。真っ黒なフードを被った男の顔は見えず、どこか邪悪な雰囲気を漂わせている。
小さく身震いしたペッパーに、男は抑揚のない声で囁いた。
『あの男と共にいたいのだろ?お前を人間の女にしてやろう』
「ほ、ホントですか?!」
先ほどの願いを神様は聞き入れて下さったのか、思いもよらぬ展開にペッパーは目を輝かせた。喜ぶペッパーに男はニンマリと笑み浮かべた。
『だが、タダで…という訳にはいかん。お前が人間の姿を保つには……』
人間になれる方法があると知ったペッパーは、男の言葉の意味を深く考えず頷いた。
『契約完了だ…』
男がペッパーに杖を向けると、ペッパーの身体は光に包まれた…。

「……ペッパー……ペッパー?」
トニーの声に目を開けると、帰宅したばかりなのだろうか、スーツ姿のトニーが心配そうに覗き込んでいた。
いつの間にか眠っていたようで、辺りはすっかり暗くなっている。何度か目を擦ったペッパーは、大きく伸びをすると、トニーにキスをした。
「おかえりなさい」
が、何故かトニーは戸惑った表情を浮かべているではないか。どうしたのだろうかと小首を傾げたペッパーに、トニーは鼻の頭を擦った。
「それより…今日は満月だったか?」
えっ?と思ったペッパーは慌てて下半身を確認した。すると、尾鰭の代わりにスラリとした足があるではないか。
つまり、先ほどの出来事は夢ではなかったのだ。見る見るうちに弾けんばかりの笑みを浮かべたペッパーは、身体を起こすとトニーの手を取った。
「いいえ。満月ではないですが、私の願いが叶ったんです。人間の姿になって、あなたと一緒にいたいという願いが…」
目をぱちくりさせたトニーだが、暫くして目を見開いた彼は、満面の笑みを浮かべペッパーに抱きついた。
「奇跡が起こったのか?!おい、ペッパー!これこそ奇跡だ!」
顔中にキスをし始めたトニーだが、ペッパーを抱き上げると、そのままキスをしながら寝室へと向かった。

⑥へ…

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