その日から、普段はトニーの家のプライベートビーチで、そして週に一度はトニーが船を出し、海上でデートする日々が続いた。
沢山話をし共に過ごすことで、2人は互いに掛け替えのない存在となっていた。
そして半年も経った頃には、トニーはペッパーと生涯を共にしたいと考えるようになっていた。それはペッパーも同じなのだが、種族を超えた愛を実らせる方法があるはずもなく、2人は今共にいることを大切にするよう過ごしていた。
ある日のこと。
「暫く会えない」
波打ち際に寝転んだトニーの胸元に顔を摺り寄せていたペッパーは、その言葉に顔を上げると尾鰭で水面を叩いた。
「どうしてですか?」
トニーが仕事で不在な時は数日会えないこともあったが、トニーがこのような言い方をするのは初めてのことだった。それ故に、ペッパーは一気に不安に襲われた。どれだけトニーを会うことが出来ないのかという不安に…。
泣き出しそうになったペッパーを安心させるようにトニーは彼女をぎゅっと抱きしめた。
「仕事でヨーロッパへ向かう。アベンジャーズの仕事だから、いつ戻れるか分からない。2、3日かもしれないし、数週間かもしれない…」
アベンジャーズの仕事ということは、トニーの身が危険に晒される可能性もあるということだ。が、彼はアイアンマンであることは自分の使命だと考えているのだから、彼に後ろ髪を引かれるような思いをさせてはいけないとペッパーは考えた。
「お戻りになるのを待ってます…」
必死で涙を堪えているペッパーがいじらしくなったトニーは、くるりと身体を反転させると、砂浜にペッパーを押し倒した。
全身にキスを刻み付けられ、お腹の奥が熱くなり始めたペッパーはトニーの首元に腕を回すと唇を奪った。甘く熱いキスに頭の中がぼんやりとし始めたペッパーは唇の隙間から吐息を漏らした。
「今日は満月ではないから、愛し合えないな…」
唇を離したトニーは残念そうに顔を顰めると、ペッパーの首筋に赤い華を刻み付けた。そして彼女の美しい赤毛に指を滑らせると、赤い珊瑚の髪飾りに触れた。
「これ、綺麗だな。ずっと付けているが、お気に入りなのか?」
出会った時からペッパーはこの髪飾りを毎日付けている。彼女に何か贈り物をしようと考えていたトニーは、彼女がこういう類の物を好むのかと尋ねてみたのだが、返って来た返答は意外なものだった。
「いいえ。これは産まれた時から付いているものなんです。人魚である証ですから、外すことはできません」
つまりこの髪飾りがある限り、ペッパーと共に過ごすことはできないということだ。
「そうか…」
一体どうすればいいのだろう。彼女と何の隔たりもなく過ごすためには…。だが、今の自分たちにはどうすることもできないのだと考え直したトニーは、少しの間離れ離れにならなければならない恋人に再びキスをし始めた。
それから1週間経った。
アベンジャーズの仲間と共にひと仕事終えたトニーは、クインジェットの整備をしていた。
と、J.A.R.V.I.S.が慌てたようにトニーに声を掛けた。
『トニー様、大変でございます』
するとトニーの目の前にモニターに、夕方のニュースが映し出された。
『独占スクープです。トニー・スタークの新恋人の姿をついに捉えました。1週間前、我々はビーチでキスをする2人の姿を偶然撮影することができましたが、女性の姿をはっきりと捉えることはできませんでした。が、1週間に渡り、スターク邸宅の付近を張り込んだ結果、その姿をついに捉えることに成功しました!が、何と、彼女は人間ではありません!彼女には脚の代わりに、何と尾鰭があります!専門家によりますと、女性は空想上の生き物と考えられていた人魚ではないかとのことです…』
「おい…J…」
ペッパーの…いや、人魚の存在が知れ渡ってしまったと、トニーは顔色を変えたが、そんな彼に追い打ちをかけるように別のニュース映像が流れ始めた。
『…学術的にも大変貴重な資料になると、専門家は人魚捕獲に乗り出しました…』
人魚を捕まえようと、沢山の船がマリブの海に浮かんでいた。中には銃を構えている者もおり、トニーは唇を震わせた。
「ペッパーは?」
『分かりません。ですがトニー様。一度お戻りになられた方がよろしいかと思います』
頷いたトニーは、仲間に断りを入れると、急いでマリブへと戻った。
***
数時間後、マリブに戻って来たトニーは上空からペッパーを探した。だが、人魚を捕獲しようとしている沢山の船はあるが、肝心のペッパーの姿はどこにもなかった。
もしやすでに捕まってしまったのかと思いつつ、いつものビーチに向かうと、岩陰に誰かが倒れているではないか。
近づいてみると、それはペッパーだった。
「ペッパー!」
慌てて駆け寄ったトニーはペッパーを抱き起した。
傷だらけのペッパーは意識を失っており、早く介抱しなければと、ペッパーを抱き上げたトニーは家へと急いだ。
もしもの時のために…と用意していたプールの囲いを起動したトニーは、海水と同じ濃度に調整するようJ.A.R.V.I.S.に命じると、ペッパーをソファに寝かせた。
『トニー様、準備が整いました』
すぐに準備は整い、アーマーを脱いだトニーはグッタリとしたペッパーを抱き上げると、プールに飛び込んだ。
「ペッパー…ペッパー…」
水を掛けながら何度も名前を呼び続けると、ペッパーは薄らと目を開けた。
「トニー…」
トニーの姿を見て安心したように笑みを浮かべたペッパーは、そのまま目を閉じた。
数日経ち回復したペッパーだが、目の前の海では、まだたくさんの船が人魚を捕獲しようと躍起になっていた。報道によると、ダイバーを投入して海中まで捜索しているらしいのだから、トニーはペッパーの家族が無事なのか気が気ではなかった。
「君のご家族は無事なのか?」
プールの中を泳いでいたペッパーは、プールサイドに腰を下ろしているトニーのそばまでやって来ると頷いた。
「はい。あなたに会いに行く途中で襲われたので。それに、海の王国には、人間は絶対に辿り着くことができませんから大丈夫です」
確かに今まで海の王国の存在自体知れ渡っていないのだから、今回の捜索で見つかるはずがない。要らぬ心配だったなと鼻の頭を掻いたトニーだが、いい加減にペッパーを海に返さねば、彼女の家族は心配しているだろうと考えた。だがその一方で、このまま彼女をここに閉じ込めておきたいという気持ちもあった。
「これからどうする?外ではまだ君を捕まえようとしている連中がウロウロしている。今、海に帰れば捕まってしまうかもしれない。そこでだ」
コホンと咳払いしたトニーは、自分の気持ちに素直に従うことにした。
「ここで暮らすのは無理なのか?」
トニーの言葉にペッパーは何度か瞬きした。
「ここで…ですか?」
ペッパーは戸惑った。トニーと共に暮らすことは夢だが、自分は人間ではなく人魚なのだ。つまり、このプールから出ることも出来ないのだから…。
「ですが…私はここから出ることができません。あなたと一緒に暮らしても、人間ではない私は何もできないんですよ?」
ペッパーにも自分と共に暮らしたい気持ちがあるが、人間のように暮らせないため躊躇しているらしい。そう気づいたトニーは、笑みを浮かべるとペッパーの頭を撫でた。
「何もできないことはない。君がそばにいて笑ってくれているだけで、私は幸せなんだから…」
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