真ん丸な月が輝く夜のこと。
マリブの岸壁に建つ家の一室では、ベッドに潜り込んだ小さな女の子が母親に絵本を読んでもらっていた。
おとぎ話が大好きな少女は、お姫様が登場する絵本を毎晩両親に読んでもらっているのだが、今日の絵本は少女にとって初めての絵本。そのため少女はいつも以上に真剣に母親の声に耳を傾けていた。
「……人魚姫は海の泡になってしまいました。おしまい」
幼い少女の目から見ても美しい母親は、どこか物悲しそうに絵本をパタンと閉じた。
「にんぎょひめ…かわいそう……」
頬を膨らませた少女は、母親に抱きついた。
もうすぐ産まれてくる弟も同じことを考いているのだろうか、母親のお腹を蹴り始めた赤ん坊を窘めるように、少女は優しくお腹を撫でた。
「ほら!あかちゃんもそういってるよ!」
そう言いながら母親を見上げると、彼女は困ったように娘の頭を撫でた。が、何か思いついたのか、目を輝かせた。
「ママの知ってる人魚のお姫様はね、王子様と幸せに暮らしてるわよ」
「ホント?!」
母親の知り合いに人魚姫がいるなんて知らなかった。だが、父親は神様や緑色の怪物や壁をすり抜けることの出来る人と友達なのだから、人魚姫が知り合いでも不思議ではないと少女は考えた。
感心したように声を上げた娘に、母親は悪戯めいた笑みを浮かべた。
「えぇ。お姫様は王子様と結婚したのよ。それからね、カワイイ女の子も生まれて、家族3人で幸せに暮らしてるの」
クスクスと可愛らしい笑い声を上げた母親は、まるで絵本の人魚姫のように美しく、少女は眩しそうに母親を見つめた。
すると、背後から少女の大好きな声が聞こえた。
「そのお姫様と王子様、もうすぐ家族が4人になるんだぞ?」
見ると丁度帰宅した父親が、ニコニコ笑いながら部屋に入ってくるところだった。
「パパ!おかえり!」
腕を伸ばした少女を抱きしめた父親は、頬にキスをすると、母親の横に腰を下ろした。
「ただいま、ハニー」
「おかえりなさい」
仲良くキスをする両親を眺めていた少女だが、小さな欠伸をすると目を閉じた。
娘の部屋からそっと出たトニーとペッパーだが、ペッパーの腕の中には先ほどの『人魚姫』の本がまだあった。
「あなたが言われていた『あの人魚姫』の意味がようやく分かりました」
本を差し出しながら告げると、受け取ったトニーは苦笑した。
「随分昔の話だな」
パラパラと絵本を捲ったトニーは、最後のページで手を止めた。
物語の人魚姫は、愛する王子の命を奪うことなど出来ず、自ら海の泡となる道を選択した。
が、自分の愛する人魚姫は、命を救ってくれたばかりか、共に生きる道を選択してくれた。
「私の人魚姫は、決して泡になって消えたりしない…。そうだろ?」
妻の頬にキスをしたトニーは、そのまま唇を耳元に運んだ。そして何やら耳元で囁いたのだが、パッと顔を赤らめたペッパーは恥ずかしそうに瞬きすると頷いた。
いつまでも可愛らしい姿に満足そうに笑ったトニーは、ペッパーの腰を抱き寄せると、寝室へと向かった。
【END】