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Love of the mermaid⑩【END】

真ん丸な月が輝く夜のこと。
マリブの岸壁に建つ家の一室では、ベッドに潜り込んだ小さな女の子が母親に絵本を読んでもらっていた。
おとぎ話が大好きな少女は、お姫様が登場する絵本を毎晩両親に読んでもらっているのだが、今日の絵本は少女にとって初めての絵本。そのため少女はいつも以上に真剣に母親の声に耳を傾けていた。

「……人魚姫は海の泡になってしまいました。おしまい」
幼い少女の目から見ても美しい母親は、どこか物悲しそうに絵本をパタンと閉じた。
「にんぎょひめ…かわいそう……」
頬を膨らませた少女は、母親に抱きついた。
もうすぐ産まれてくる弟も同じことを考いているのだろうか、母親のお腹を蹴り始めた赤ん坊を窘めるように、少女は優しくお腹を撫でた。
「ほら!あかちゃんもそういってるよ!」
そう言いながら母親を見上げると、彼女は困ったように娘の頭を撫でた。が、何か思いついたのか、目を輝かせた。
「ママの知ってる人魚のお姫様はね、王子様と幸せに暮らしてるわよ」
「ホント?!」
母親の知り合いに人魚姫がいるなんて知らなかった。だが、父親は神様や緑色の怪物や壁をすり抜けることの出来る人と友達なのだから、人魚姫が知り合いでも不思議ではないと少女は考えた。
感心したように声を上げた娘に、母親は悪戯めいた笑みを浮かべた。
「えぇ。お姫様は王子様と結婚したのよ。それからね、カワイイ女の子も生まれて、家族3人で幸せに暮らしてるの」
クスクスと可愛らしい笑い声を上げた母親は、まるで絵本の人魚姫のように美しく、少女は眩しそうに母親を見つめた。
すると、背後から少女の大好きな声が聞こえた。
「そのお姫様と王子様、もうすぐ家族が4人になるんだぞ?」
見ると丁度帰宅した父親が、ニコニコ笑いながら部屋に入ってくるところだった。
「パパ!おかえり!」
腕を伸ばした少女を抱きしめた父親は、頬にキスをすると、母親の横に腰を下ろした。
「ただいま、ハニー」
「おかえりなさい」
仲良くキスをする両親を眺めていた少女だが、小さな欠伸をすると目を閉じた。

娘の部屋からそっと出たトニーとペッパーだが、ペッパーの腕の中には先ほどの『人魚姫』の本がまだあった。
「あなたが言われていた『あの人魚姫』の意味がようやく分かりました」
本を差し出しながら告げると、受け取ったトニーは苦笑した。
「随分昔の話だな」
パラパラと絵本を捲ったトニーは、最後のページで手を止めた。
物語の人魚姫は、愛する王子の命を奪うことなど出来ず、自ら海の泡となる道を選択した。
が、自分の愛する人魚姫は、命を救ってくれたばかりか、共に生きる道を選択してくれた。
「私の人魚姫は、決して泡になって消えたりしない…。そうだろ?」
妻の頬にキスをしたトニーは、そのまま唇を耳元に運んだ。そして何やら耳元で囁いたのだが、パッと顔を赤らめたペッパーは恥ずかしそうに瞬きすると頷いた。
いつまでも可愛らしい姿に満足そうに笑ったトニーは、ペッパーの腰を抱き寄せると、寝室へと向かった。

【END】

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Love of the mermaid⑨

数ヶ月後。
ウェディングソングの鳴り響くクルーザーに、トニーとペッパーはいた。
大勢の仲間に見守られながら夫婦の誓いを交わした2人は、デッキの上から海を覗き込んでいた。
「こうすれば、きっと君の御両親にも花嫁姿が見えるだろ?」
ペッパーの大きくなったお腹を撫でたトニーは、幸せそうに微笑んだ。
「ありがと、トニー」
ブーケを海に投げ入れたペッパーは、トニーの肩にもたれかかった。
すると、突然水面に沢山の花が浮かんだ。海面を彩る沢山の花に、参列者からは粋な演出だと歓声が上がった。だがトニーとペッパーだけは気づいていた。姿は見えないが、これはペッパーの両親からの贈り物だと。

「あ!イルカよ!」
再び歓声が上がったため、トニーとペッパーが顔を上げると、何頭ものイルカが楽しそうに船の周りを飛び跳ね始めたではないか。
「凄いな。10頭はいるぞ?こんなに沢山のイルカは見たことがない」
感心しているトニーだが、あろうことかペッパーはクスクス笑い始めた。
「あれはお姉様たちです。お姉様たち、一度でいいからトニーに会いたいって言ってましたから」
目をパチクリさせたトニーはペッパーを見つめた。そして目元をゴシゴシと擦ったトニーはもう一度イルカを見た。何度見てもイルカはイルカだが、その様子を見たイルカたちは何やら楽しそうに鳴き声を上げた。
「お姉様たち、トニーが想像以上にカッコいいと、騒いでいますわ」
楽しそうに笑い声を上げたペッパーはイルカに向かって手を振ったが、トニーは口をポカンと開けたままだ。

「ペッパー、人魚はイルカに変身できるのか?」
暫く経ってようやく口を開いたトニーだが、ペッパーは首を振った。
「いいえ。出来ません。きっとお母様が魔法でイルカに変えたんです。あの姿なら、様子を見にきても不審がられませんから…」
実際目にした訳ではないが、ペッパーの母親は魔法を使えるらしいと聞き知っていたトニーは、納得したように大きく頷いた。
「なぁ、ペッパー。これからも時々海に来よう。お前の故郷のこの海に…。そうすれば、お前もご家族に元気な姿を見せることができるだろ?」
例え触れ合うことはできなくても、トニーとそして産まれてくる子供と、幸せに暮らしている姿を見せれば、きっと両親も安心してくれるだろう…。
「トニー、ありがと…。愛してるわ…」
キスをねだるように首を伸ばしたペッパーを抱きしめたトニーは、唇を奪った。
「ペッパー、愛してる…。永遠に愛してる…」
キスの合間に囁いたトニーは、妻の腰を引き寄せると、舌を絡めるようなキスをし始めたのだが…。
突然大きな波が押し寄せ、トニーはずぶ濡れになってしまった。
「ごめんなさい、きっとお父様よ…」
同じように波を被ったのに一つも濡れていないペッパーを、トニーは恨めしそうに見つめた。
「船の上ではほどほどにしておかなければ、いけないな…」
やれやれというように肩をすくめたトニーは、ペッパーの手を握りしめると、仲間の待つ方へ歩き始めた。

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Love of the mermaid⑧

病院へと運ばれたトニーは一命を取り留めたが、昏睡状態だった。原因は不明のため、手を打つ術がないと言われたペッパーは、目の前が真っ暗になった。
「トニー…」
死の影は確実にトニーに忍び寄っていた。そばに寄り添うことしか出来ないペッパーだが、ふいにあの男の言葉を思い出した。人間の姿を保つためには、トニーが必要だという言葉を…。言葉の意味を確かめる方法はただ一つ。トニーの頬にキスをしたペッパーは、病室を後にした。

浜辺に向かったペッパーだが、そこでは父王が待ち構えていた。
「お父様…」
泣き出しそうな娘に胸が痛んだ王だが、真実を告げようと軽く咳払いした。
「ヴァージニア、あの男は死ぬ。お前が悪魔と交わした契約のせいで…。お前が人間の姿を保つには、あの男の生気が必要だ。お前が人間としてあの男のそばにいたいと望んだ時、あの男はお前に身を捧げなければならなくなった。お前はあの男と交わりながら、生気を喰らっていたのだ。昼も夜も問わず、あの男はお前を求めただろ?だが、それはお前が求めたからだ。お前が人間としての姿を保つために、あの男は24時間お前と交わらなければならなかったのだ」
だからトニーは異常なまでに求めてきていたのだ。それも全て自分が交わした悪魔との契約のせいで…。トニーを巻き込み、そして命まで脅かしてしまっているということをようやく理解したペッパーは小さく震え始めた。
「お前はあの男の生気を全て喰らい尽くした。このままではあの男は明日にでも死ぬだろう。ヴァージニア、よく考えろ。お前はあの男を死に至らしめたいのか?お前が海に帰れば、あの男は生気を取り戻すだろう。だがその代わり、お前のことは忘れ去ってしまう」
トニーの命を救うには、彼のことを忘れ生きていかねばならないということなのだろうか…。初めて本気で恋をした男性を記憶の彼方へ追いやらなければならないのだろうか…。
「私は彼を…トニーを愛しています。お父様…お願いでございます…。他に方法は…」
涙ながらに訴える娘に、王は首を振った。
「ない。お前は人間ではない。お遊びは終わりだ。あの男は人間としてやるべきことがある。お前は人魚として、一生生きていけばよいのだ」
父王の言葉に、ペッパーの心はざわめいた。
トニーは世界に必要とされている。トニー・スタークとしても、アイアンマンとしても…。だから彼の命を自分の我儘で奪う訳にはいかないだろう。
だが、ここで諦めれば、もう2度と彼に会うことはできない。例え会えたとしても、トニーは自分のことを何一つ覚えていないだろうから…。それでも再び恋に落ちるかもしれない。だが、そうなれば同じことの繰り返しだ。つまり、この恋心は一生胸に秘めたまま生きていかねばならない。が、彼が生きていけるのならば、自分が身を引くしかないのだ…。
トニーから贈られたネックレスを握りしめたペッパーの目からは、大粒の涙がボロボロと零れ落ちた。
必死で声を抑え泣きじゃくっていたペッパーだが、ようやく気持ちを落ち着かせた彼女は、父王に向かって小さく頷いた。
「お父様…海へ…戻ります…」
娘の決断に頷いた王は、彼女の手を握った。が、その瞬間、王は目を細めた。
「…あの男の…子ができたのか?」
「え?」
子ができた…つまり妊娠していると聞き、ペッパーは驚いたように目を見開いた。娘の様子から、彼女自身も知らなかったのは一目瞭然だ。本来ならば孫ができたと喜ぶべきなのだが、昔から人間は海の王国に災いを呼ぶと言い伝えられており、例え人魚と人間の血を引く者といえど、王国に足を踏み入れされる訳にはいかなかった。
「その子は人間だ。汚らわしい人間の子を海の王国に連れて行く訳にはいかん!」
杖を取り出した王はペッパーに向けた。
「子は始末する」
非情に言い放つ父王に、子供の命が奪われようとしていると悟ったペッパーは、父王から手を離すと、後退りした。
「い、いやです!この子は…この子はトニーの子供です!だから…だから…」
子供を守るようにペッパーはお腹に手を当てた。
と、その時だった。
「お待ちください」
鈴のなるような声が聞こえ、王は杖を下ろした。ペッパーが顔を上げると、父親の隣には母親がいた。
「お母様…」
母親は、海の魔女の畏れられている存在。その母親が現れたということは、これはいよいよ子供も奪われ、海に連れ戻されると、ペッパーは震え上がった。
が、予想に反して、王妃は夫である王をたしなめ始めたではないか。
「あなたは末娘で一番可愛がっているヴァージニアが奪われたので、彼に嫉妬しているんでしょ?それがお相手が人間だから尚更のこと。ですけどあなたは、子供たちには好きに生きろと常々仰っていたではありませんか」
目を三角にして詰め寄る妻に、さすがの王もタジタジになり、何も言い返すことができない。
「子ができたんですよ。それだけヴァージニアと彼の絆が深いということです。ずっと様子を見ていましたが、彼はヴァージニアのことを大切にしてくれます。これ以上のお相手はいません。娘が幸せになるのです。私たちが祝福しなければ、どうするんですか」
妻の言葉は全て図星だったため、王は生返事をすると口を尖らせそっぽを向いてしまった。夫の様子に溜息を付いた王妃はペッパーに向かって微笑んだ。
「ヴァージニア…。彼を助けたいですか?」
母親の言葉に我に返ったペッパーは、コクコクと頷いた。
「はい。お母様、私…彼のことを心から愛しています…」
「分かりました」
ニッコリと笑った王妃が杖を振ると、ペッパーたち3人はフワフワと浮かぶ泡に包まれた。王妃がもう一度杖を振ると、泡は光に包まれ、気づけばそこはトニーの病室だった。
病室には誰もおらず、トニーに付けられた呼吸器とモニターの音が響き渡っていた。モニターは今や微弱になっており、いつ彼の命が潰えるか、時間の問題のようだ。
「急いだ方が良さそうだ。あと数分でこの男は死ぬ」
いつになく慌てたような父王に、ペッパーは縋るように母親を見た。
「彼は呪いにかかっています。これからその呪いを解きます。じきに目を覚ますでしょう。ですから、ヴァージニア、あなたはそばにいてあげなさい」
王妃がペッパーに向かって何やら呪文を唱えると、彼女の身体が光に包まれた。そして、生まれた時から肌身離さず付けていた、人魚の証である珊瑚の髪飾りが音も立てずに崩れ落ちた。
「これでもう、あなたは本当の人間になりました。もう二度と人魚に戻ることはできません。人間と同じ年月しか生きられません」
と、王妃が目を潤ませた。
「もう…2度と海の王国に戻ることも…」
それはつまり、両親に会うことが出来ないということ…。
「お母様…お父様…」
途端にペッパーの胸に様々な感情がこみ上げてきた。何不自由なく愛情を注ぎ育ててくれた両親への感謝の念と、そして別れに対する寂しさと…。
「末娘のお前がいなくなるのは寂しいが…。元気でな、ヴァージニア」
「ヴァージニア、彼と幸せにね…」
「はい。お父様、お母様、ありがとうごさいます」
頭を深々と下げたペッパーは床に降り立つと、トニーの手を握りしめた。
すると、王妃はトニーに向かって手をかざした。王妃の透き通った手がトニーの頭と胸に吸い込まれたが、何かを握ったまま王妃はトニーから手を離した。
「これが原因です」
王妃の手には、気味の悪い生き物がのっていたが、王妃が杖を振るとそれは貝殻になってしまった。
「ヴァージニア、愛してるわ…」
「お別れだ、ヴァージニア。元気で…」
振り返ると、両親の姿は見えなくなっていた。
「お父様…お母様…」
何度か瞬きしたペッパーの目から涙が溢れ落ちたが、その涙がトニーに降り注ぐと、トニーの全身が光りだし、彼は身体を数回痙攣させた。すると青白かった頬に血色が戻り、トニーはゆっくりと目を開けた。
「トニー……」
泣きながら手を握っているペッパーに、何が起こったのか覚えていないトニーは、怪訝そうに眉を顰めた。
小さく唸り声を上げたトニーの頬を撫でたペッパーは、彼の手を握りしめると、とびっきりの笑みを向けた。
「私…本当の人間になりました。これからは、ずっとあなたのそばにいることができます…」
一体どういうことなのか理解できないが、ペッパーと永遠に共にいることができることに違いはないようだ。目を細めたトニーは、満足そうに頷くと、ペッパーの手を握り返した。

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Love of the mermaid⑦

その日、ペッパーより先に達してしまったトニーは、ベッドに倒れ込んだ。共に暮らし始めて1ヵ月。この頃になると、トニーは寝食も忘れペッパーを求め続けた。
どこか青白い顔をしたトニーは、肩で息をしているが、達する直前だったペッパーは不満げに頬を膨らませると、トニーの身体に馬乗りになった。そして彼にキスをし始めた。口付けが深くなるにつれ、トニーの顔からは生気が失われ、瞳から光が消えた。無表情になったトニーは、ペッパーの腰を掴むと下から突き上げ始めた。
ズンっと身体の奥深くを駆け巡った快楽は、ペッパーの求めているものだった。
狂ったようにトニーを求めるペッパーの声に合わせて、まるで操り人形のようにトニーは彼女を突き上げ続けた。ペッパーの声にのみ従うトニーの様子は明らかに異常だったが、快楽に没頭しているペッパーは気づいていなかった。
やがて、ガクガクと全身を震わせたペッパーは、トニーの胸元に倒れ込んだ。同時にギュッと締め付けられたトニーは、大きく息を吐くとペッパーの奥深くに精を吐き出した。するとペッパーの両脚が光に包まれた。が、ペッパーの身体をまさぐっていたトニーの腕は、力なくベッドに崩れ落ちた。

それから数日後。
連絡しても返事もないトニーが心配になったローディが、スターク邸にやって来た。
が、ラボを覗いても人影は見当たらない。それでも彼の居場所はここだろうと考えたローディは
「トニー?いるんだろ?」
と声を掛けた。すると、部屋の隅のキッチン辺りから、くぐもった声が聞こえた。いつものトニーらしからぬ反応に、ローディは慌てて声のする方へ向かった。するとトニーはソファーに寝転んでいたが、彼の姿にローディは言葉を失った。数日前よりも窶れたトニーは、酷い顔色をしていたのだ。
「トニー?!」
傍に跪いたローディは、目を閉じたままのトニーの手を握りしめた。が、いつもは力強く温かい親友の手は冷たく、力なく握り返してきたではないか。
「トニー、大丈夫か?しっかりしろ!」
ローディの声に薄らと目を開けたトニーは、大きく深呼吸するとゆっくりと起き上がった。が、眩暈でもするのか、頭を抱えたトニーは、苦しそうに咳き込んだ。
明らかに具合が悪そうなトニーに、ローディは病院は行くよう勧めた。が、トニーは
「疲れてるだけだ。大丈夫、心配するな」
と、頑として首を縦に振らなかった。

ローディが帰った後、トニーは再びソファーに寝転んだ。
リアクターの調子が悪い訳ではない。それなのに、日に日に体調は悪くなり、今日は起き上がっておくことすら出来ない程だ。
「私の身体は…一体どうしたんだ…」
ふぅと深呼吸したトニーは、体調不良の原因を探ろうと記憶を辿ろうとしたが、思い出すことが出来ない。頭の中で常に何かが蠢いている。その何かに掻き回されているのか、トニーは1日の殆どの出来事を覚えていなかった。いつ食事をしたのか、いつ眠ったのかすらも覚えていなかった。
(ペッパーに聞いてみるか…)
彼女に聞けば思い当たる節があるかもしれないと、ペッパーの姿を思い浮かべた時だった。

ドクンっ!

胸がギューっと締め付けられ、息苦しくなり始めたトニーは胸を掴んだ。息が出来なくなり、目を見開いたトニーは何とか呼吸しようと喘いだ。が、それに反するように、下半身はどんどんと熱を持ち始めた。途端にトニーはペッパーが欲しくて堪らなくなってきた。
意識が遠のき始めトニーだが、おもむろに立ち上がると、ふらふらと階上へと向かった。

寝室に向かうと、ペッパーがシーツを交換していた。
「トニー、どうしたんです?」
やけに顔色の悪いトニーは、無表情のまま近づいてきた。そしてペッパーに抱きつくと、舌を絡めるようにキスをし始めた。トニーに応えるようにペッパーも自ら舌を絡めながら、彼の背中に腕を回した。蕩けるようなキスにペッパーはお腹の奥が疼き始めた。
「トニー……お願い…」
キスの合間に囁くと、トニーは黙ってペッパーをベッドに押し倒した。

翌朝。
朝食の準備をしていたペッパーは時計を見上げた。
8時過ぎたのに、トニーはまだ起きてこない。今朝は9時から会議があると言っていたのだから、いい加減に起こさないと遅刻してしまう。
起こしに行こうとしたその時、トニーがキッチンへと姿を表した。だが、足元はふらついており、息苦しいのか胸に手を当てている。
「トニー?」
目は虚ろで焦点が合っていないトニーは、ペッパーの声が聞こえていないのか、言葉一つ発しない。
明らかに様子のおかしいトニーに、ペッパーは慌てて駆け寄ろうとした。が、壁に手を付き、ゆっくりと歩いていたトニーだったが、その場に倒れてしまった。
「トニー!」
身体を揺さぶったペッパーだが、トニーは何度呼びかけても目を覚まさない。
トニーの全身をスキャンしたJ.A.R.V.I.S.は急いで救急車を要請した。J.A.R.V.I.S.が人間ならば顔色を変えただろう。トニーの心臓と呼吸は停止していたのだから…。

⑧へ…

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Love of the mermaid⑥

それから3週間が経った。
人間の姿になったペッパーを楽しませようと、トニーは彼女をあちこちに連れて行った。初めて見る人間の世界をペッパーは心の底から楽しんでおり、彼女の笑顔を見たいがために、トニーも忙しい中、彼女と過ごす時間を大切にしていた。

「ボスと結婚しなかったら、泡になって消えたりするんですか?」
「それはおとぎ話だろ。大丈夫だ。それに結婚するつもりだ」
今日も土産にと持ってきたプリンを頬張りながら、トニーとハッピーは話していたのだが、その会話を聞きながらペッパーは首を傾げた。おとぎ話とは一体どういうことなのだろうか…と。
だが、それよりも、ペッパーの心に引っ掛かっていたこと。それは『人間の姿を保つには、あの男が必要だ』という言葉。
どういう意味かは分からないが、トニーのそばから離れると、また人魚に戻ってしまうのだろうと、ペッパーはあまり深く考えていなかった。

夕方になりハッピーが帰宅すると、ペッパーは夕食の支度を始めた。
見よう見真似で始めた料理だが彼女には才能があったのだろう。トニーだけではなく、ハッピーやトニーの親友ローディが大絶賛するほど、ペッパーの腕前はみるみるうちに上達していた。
今日は何を作ろうかと冷蔵庫の中を物色していたペッパーだが、突然背後からトニーに抱きしめられ飛び上がった。
「と、トニー?!」
ペッパーをぎゅっと抱きしめたトニーは、首筋に唇を這わせながら耳元で囁いた。
「君が欲しくて我慢できない」
「で、でも…ご飯作らないと…」
トニーが自分のことを求めてくれるのは嬉しい。最初は夜だけだったが、最近では家で2人きりの時は、トニーは常に求めてくるのだ。が、日に日に異常なまでに求めてくるトニーに、ペッパーは正直戸惑っていた。最近では食事よりも優先してくるのだから、少し痩せてしまったトニーがペッパーは心配でたまらなかった。
そのため、今日こそはきちんと食事を取らせようと心に決めていたペッパーだったが、あれよあれよという間に寝室に連れて行かれ、気が付いた頃にはトニーの腕の中に閉じ込められていた。

ペッパーが人間になった日、男はトニーの前にも姿を現していた。トニーの頭を掴んだ男は、彼に無理矢理何かを飲ませた。そして男は囁いた。『彼女に身を捧げよ…』と。どういう事かとトニーは男に問おうとしたが、頭の中に何かが入り込んできた。
『お前たちが交われば交わるほど、私は力を得る。その力を彼女に与え、人間の姿を保ってやる。己の命を削って交わり続けろ。それが彼女に見初められたお前の使命だ…』
頭の中に入り込んで来たものは、繰り返しそう囁いた。
彼女とは生涯を共にしたいが、自分が死んでしまっては意味がない。そのため最初は抵抗していたトニーだが、次第に抵抗できなくなり、彼は力なく頷いた。ニンマリと笑った男は何か握ったままトニーの胸元に手を当てた。と、男の手がトニーの胸を貫いた。心臓を鷲掴みにした男は握っていた物を置いたが、トニーは抵抗できず成すがままだ。
『契約完了だ 』
トニーから手を離した男は、高笑いを残したまま姿を消した。

その出来事をトニーは覚えていなかった。だが、ペッパーが人間になって以来、トニーはペッパーが欲しくて堪らなかった。夜だけではなく、一日中彼女と愛し合いたくて我慢出来なかった。異常なまでの彼女への性欲は、自分では抑えることができなかった。彼女はやはり人間とは違うのだろう、トニーがいくら求めても参ることはなかった。そればかりか、身体を重ねれば重ねる程、彼女は日々美しくなっていった。それでも最初の数日は、夜だけと我慢をしていた。が、欲を抑えることができず、仕事すらも手につかなくなったトニーは、日夜問わずペッパーを求めるようになった。
あの男の言葉が記憶にないトニーは、自分の身体の変化に戸惑うしかなかったが、最近では記憶すらもあやふやなのだから、どうすることも出来なかった。

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