それから数日後。
「ルーカスくん…」
馴染みのある声に、ペッパーとトランプをして遊んでいたルーカスが振り返ると、リリーちゃんが母親と共にドアのそばに立ちすくんでいた。
「リリーちゃん!」
トランプを放り出した息子に、あの子が噂のリリーちゃんねと、ペッパーは散らかったトランプを片付け始めた。
「スタークさん、この度は申し訳ありませんでした」
リリーちゃんは寧ろ被害者だったのに、ルーカスを巻き込んでしまったと、リリーちゃんの母親は菓子折を押し付けるとペッパーに頭を下げ続けた。
「そんな…頭を上げてください。リリーちゃんは何も悪くないんですから」
お互いに頭を下げ続ける母親を横目に、リリーちゃんはルーカスの座るベッドに近づいた。
「ルーカスくん、いたくない?」
頭に包帯を巻き、左腕を吊っているルーカスをリリーちゃんは不安げに見つめた。
「うん、リリーちゃんがきてくれたからね、いたいのなおったよ」
ニコニコ笑うルーカスに、リリーちゃんは安心したように息を吐いた。
「よかった。これね、ママとつくったの。ルーカスくんにあげるね」
箱の中には沢山のクッキーが入っていた。ハートや星の形をしたクッキーの中には、アイアンマンのクッキーもある。
「あ!アイアンマンだ!」
「ルーカスくんはね、あたしのアイアンマンだから…」
恥ずかしそうに囁いたリリーちゃんは可愛らしく、ルーカスは彼女をギュッと抱きしめたくてたまらなかった。が、母親達もいるのだからと我慢したルーカスは、早速リリーちゃん手作りのクッキーを頬張った。
「…で、ルーカスを突き飛ばした奴は謝りにも来ないのか?」
夕方になり、トニーがやって来た。ローディから預かったやたらと大きなウォーマシーンのぬいぐるみを枕元に置き、リリーちゃんが見舞いに来た話を聞いていたトニーだが、話を聞き終わった彼は、そう言うと不満げに唸った。
「トニーったら…」
確かに子供同士の喧嘩とはいえ、ルーカスは入院する程の怪我をしたのだから、怪我を負わせた子供の親は謝罪に来るのが筋だろう。もし逆の立場で、ルーカスが誰かを傷つけたとしたら、トニーとペッパーはその日のうちに謝罪に行くだろうから…。
「そうだろ?」
相当腹を立てているのか、眉間に皺を寄せたトニーは、ペッパーを軽く睨みつけるとため息をついた。
「ビリーだったか?」
「ビクターくんだよ」
何度もこの話はしているのに名前すらも覚えていない父親に、ルーカスは呆れたようにため息を付いた。
「そいつの素性を調べた。親父は某銀行のエリート行員だ。ルーカス、もしルーカスが仕返ししたかったら、パパがその銀行に揺さぶりをかけて…」
その先は言わなくても分かっている。
トニーは今回の相手の対応について、相当腹を立てており、その相手どころか、下手をすれば銀行ごと潰しかねない勢いなのだから…。
「トニー!」
彼のことだから半分冗談かもしれないが、ペッパーは慌ててトニーの言葉を遮った。すると、ルーカスもただならぬ父親の雰囲気に恐れ慄いたのか、慌てて首を振った。
「パパ!ダメだよ!ぼくね、ビクターくんともちゃんとおともだちになりたいんだ。だから、よけいなことしちゃダメよ!」
頬を膨らませるルーカスは、まるでペッパーのようで、同じような顔をしている妻と息子を見比べたトニーは、取ってつけたような笑みを浮かべた。
「冗談だ。冗談だよ、ルーカス。パパもそこまで心の狭い男じゃないさ」
トニーの引きつった笑みに、かなり本気だったのね…とペッパーは目をくるりと回したのだが、何か言いたげなトニーに気づくと、帰ったら言い聞かせなきゃと、何度目かのため息をついた。
***
1週間後。退院したルーカスは、翌日から幼稚園に再び通いだした。
まだ左手を吊っているルーカスを、ウィルくんを始め大勢の友達が手助けしてくれた。中には、今までビクターくんサイドに付いていた子供もおり、一体どうしたものかとルーカスは首を傾げた。すると、ウィルくんがこっそりと教えてくれた。
「あのね、ルーカスくん、リリーちゃんをまもってけがしちゃったでしょ?ルーカスくん、アイアンマンみたいにカッコよかったって、ビアンカちゃんたちがみんなにはなしてくれたんだよ!」
つまり、ルーカスは悪者からお姫様を救ったヒーローに昇格したらしい。
何だか大げさな話になっているな…と、気恥ずかしくなったルーカスが鼻の頭をかいていると、リリーちゃんがパタパタと走ってきた。
「ルーカスくん!」
ルーカスに抱きついたリリーちゃんは、頬に何度もキスをしてきた。
「ルーカスくん、あたしがルーカスくんのおせわちてあげるから!」
「え…、だいじょうぶだよ」
入院中何度も見舞いに来てくれたリリーちゃんとは、今までよりもグッと急接近していたルーカスだが、遠慮がなくなったのか相当積極的な彼女に、さすがのルーカスもタジタジだった。
翌日。
「今日は幼稚園に、あのヒーローが遊びに来てくれました」
朝から園庭に集められた園児達だが、ヒーローと聞いた彼らは目を輝かせた。
ソワソワする園児達に先生は笑みを浮かべ叫んだ。
「どうぞ!」
先生の掛け声と共に現れたのは、何とアイアンマンとスパイダーマン。
(パパ?!それと、ピーターお兄ちゃん?!)
スパイダーマンことピーター・パーカーとは、ルーカスも何度か顔を合わせたことがあった。
アイアンマンの正体は兎も角、スパイダーマンの正体は極秘なので、ルーカスはうっかり口をすべらせないようにと、慌てて手で口を塞いだ。
今朝、幼稚園まで送ってくれた父親は何も言っていなかったのに、一体どうしたのだろうかと、ルーカスはあんぐりと口を開けたままだ。
「こんにちは!僕はスパイダーマン。こっちは友達のアイアンマン。みんな、元気かい?」
はーいと元気よく返事をする園児達だが、続けてウォーマシーンとヴィジョンが姿を現すと、アベンジャーズが勢揃いしたと、その場はお祭り騒ぎになり始めた。
ヒーローたちに抱きつく園児達を、ルーカスは少し離れた場所から眺めていたのたが、とある園児が素朴な疑問を口に出した。
「キャプテン・アメリカはこないの?」
子供は無邪気なものだ。あの事件の事情を知っている大人たちは凍りつき、スパイダーマンとウォーマシン、そしてヴィジョンは思わずアイアンマンを見た。
皆の視線が自分に集まっていることに気づいたアイアンマンは、小さく首を振った。
「キャプテンは来ないんだ。キャプテンはアイアンマンと喧嘩中だ」
アイアンマンの言葉に、アイアンマンの足元にいた園児が不満げに叫んだ。
「けんかはダメだよ!」
その子供の頭を撫でたアイアンマンは、大きく頷いた。
「そうだ。喧嘩は良くない。だがな、キャプテンの親友は、アイアンマンから大切な者を奪った。でもキャプテンもその友達も謝りもせずに、どこかへ行ってしまったんだ…」
ふぅと溜息を付いたアイアンマンだが、園児達を見回すと言葉を続けた。
「あれから色々あった。もし、キャプテンがいたらいいのにと思うことは沢山あった。だが、アイアンマンとキャプテンは喧嘩をしたままで、お互い謝る機会がない。 いいか、友達というのは、喧嘩してもいいんだ。だけど、悪い事をしたらきちんと謝るんだ。それから、授かった力は正しいことに使え。殴って相手を罵るということは、相手を傷つけるだけでなく、自分も傷つくんだから…。仲間は…友達は大切にしろ。いいな?」
目をキラキラさせて話を聞いていた園児達は、アイアンマンの言葉に頷いた。
父親の言葉を黙って聞いていたルーカスだが、視線を上げると、目の前にビクターくんがいた。あの喧嘩以来、ビクターくんとは顔も合わせていなかったので、一体どうしたのかとルーカスは首を傾げた。
何か言いたげなのに切り出さないビクターくんに業を濁したルーカスは、立ち上がった。
「どうしたの?」
「ルーカスくん……その……」
暫くモゴモゴしていたビクターくんだが、顔を上げると頭を下げた。
「ごめん…。なぐったりしてごめん…。けがさせてごめん…」
入院中に一度も見舞いに来るどころか謝罪にも来なかったのに、今のビクターくんは深々と頭を下げ続けている。
ビクターくんの肩をポンッと叩いたルーカスは、首を振った。
「いいんだよ。ビクターくん、あたまあげてよ」
顔を上げたビクターくんは、目に浮かんでいた涙を拭うと、ルーカスの手を取った。
「ホントは…ぼく…ルーカスくんと、ともだちになりたかったんだ…。ひどいことして、ごめんなさい…」
思いもよらぬ告白に面食らったルーカスだが、仲良くしたかったのは自分も同じだったので、繋がれた手を握りしめた。
「ビクターくん、ぼくたちはさいしょからおともだちだよ?」
ルーカスの言葉にパッと顔を輝かせたビクターくんは、嬉しそうに頷いた。
視線を感じたルーカスが、キョロキョロと辺りを見渡すと、アイアンマンが様子を伺うように自分たちを見ていた。
(パパ…ありがと…)
声に出さずに口を動かすと、アイアンマンは小さく頷いた。
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