こうして一家はNYに戻ってきた。
静かな暮らしを5年もしていたので、最初は騒々しく感じた街中も、慣れ親しんだNYということもあり、すぐに馴染むことができた。
今までとガラッと変化した環境に、モーガンは戸惑った。外に出れば鳥の声が聞こえ、花も咲き誇り、思いっきり遊べる広い庭もあったのに、今の家の周りは見渡す限りのビルばかりで、聞こえるのは車の音と人の話し声だけなのだから…。そのため、モーガンは家に帰りたいと泣いた。が、次第に街中にも楽しいことが沢山あると気づいた彼女は、毎日新しい発見をするのが楽しくなった。
勿論週末には家族で湖畔の家に戻った。週末でなくても、数日休みが取れそうな時は、必ず戻った。
2つの家を行き来しながら、モーガンは少しずつ成長していった。
***
ペッパーが仕事に行っている間、トニーはモーガンがこの街に早く慣れるようにと、あちこち連れて歩いた。
今日は2人でチーズバーガーを食べにやって来たのだが、ハンバーガーに黙々と食いついていると、先程からチラチラと様子を伺っていた少年が、意を決したように近づいてきた。
「あの…」
トニーに声を掛けた少年は、大きく深呼吸をすると、勇気を振り絞ってトニーに頼んだ。
「写真、撮ってもらっていいですか?」
娘とのプライベートの時間だが、相手が小さな男の子だったので、トニーはニッコリ笑った。
「いいぞ」
知らない子供と写真を撮る父親をモーガンは不思議そうに見つめた。
その後アイスクリームを食べに行っても、トニーは大勢の子供達とその親に囲まれていた。
モーガンにはどうしてなのか分からなかった。どうして知らない人たちが父親と写真を撮ったり握手したりしたがるのか、よく分からなかった。
直接父親に聞けばいいのだろうが、聞いていいのかも分からない。そこでモーガンは、毎日の母親との2人きりの時間…つまりは寝る前に本を読んでもらったり今日1日の話を母と娘だけでする時間に、聞いてみることにした。
「ねぇ、ママ。どうしてみんな、パパとおしゃしんとりたいの?」
目をパチクリさせている娘に、ペッパーは微笑んだ。
「それはね、パパがヒーローだからよ」
「でも、パパはあたしのパパよ」
僅かに眉間に皺を寄せたモーガン。それは自分だけの父親を取られた気がしたからだろうか…。可愛らしい娘の反応に、ペッパーは彼女の栗毛色の髪を撫でた。
「そうね。トニ・スタークは、モーガンのパパで、ママの大事な旦那様よ。でも、パパにはもう一つの顔があるわ」
「アイアンマン?」
「そう。アイアンマンはね、皆のヒーローなの。皆の憧れなの。アイアンマンはね、今まで何度も世界を救ってきたわ。困ってる人を大勢助けてきたの」
「しってるよ。パパとママがおはなししてくれたし、えほんでよんだもん」
神妙な顔をして頷いたモーガンは、アイアンマンはヒーローであることは理解しているが、アイアンマンになっていない父親に人々がサインや写真を求めることが、どうもイマイチ理解できていないようだ。
「アイアンマンは、この間も、宇宙を救ったばかり。だけどパパは大怪我をしたの、モーガンも知ってるでしょ?パパはね、命を懸けて世界を救ったの。だけど、パパじゃないと、あの時悪い奴を倒すことはできなかった。パパ以外に、倒すことはできなかったの。パパが…アイアンマンがいなかったら、ママとあなたもこうやっておしゃべりできてないわ。みんなね、パパに感謝してるの。世界を助けてくれてありがとうって。でもね、モーガン。アイアンマンだけがヒーローじゃないのよ。パパも…トニー・スタークもヒーローなの」
モーガンは目を丸くした。アイアンマンに変身している父親だけが、ヒーローだと思っていたから…。
「パパが?」
父親譲りの大きな目を丸くする娘に、ペッパーは頷いた。
「そうよ。パパはね、アイアンマンに変身していなくても、大勢の人を助けてきたの。パパに元気をもらった人は大勢いるの。パパが作った物で元気になった人もね。パパはね、大勢の困っている人を助けてきたの。だからパパも…トニー・スタークも、皆にとってのヒーローなのよ」
モーガンは、ようやく合点が行ったようで、納得したように頷いた。
「だからパパとおしゃしんとりたいんだ」
「そうよ」
何度も頷いている娘だが、眠たくなってきたのか、その瞳は微睡み始めた。
「パパ、かっこいいね」
「そうよ、カッコいいでしょ?ママの自慢の旦那様よ」
クスクス笑ったペッパーは、モーガンの頬にキスをした。くすぐったそうに笑ったモーガンは、母親の手を握った。
「パパがあたしのパパでよかった。だってね、パパね、あたしのことだいすきだし、ママのこともだいすきだし、いっぱいあそんでくれるし、ほんもよんでくれるし、すべりだいもつくってくれたし…。あとね…あとね…パパのおてて、アイアンマンだからかっこいいし…」
トニーが右腕を切断した時、モーガンは落ち込んでいるトニーに笑顔で告げたらしい。『パパ、あたしがたすけてあげるからね。だから、だいじょうぶよ…』と…。右腕がなくなっていることに気づいているのに、モーガンは何も聞かず、父親をそう励ました。
トニーが義手になってから、モーガンは必ずトニーの右手を繋ぐようになった。まるで自分が父親の右手の代わりをするというように…。
(この子はいつの間に、こんなに優しく思いやりのある子に成長したのかしら…)
ペッパーは嬉しかった。モーガンが自然と人を思いやる心を育んでくれたことが…。
「明日、パパにそう言ってあげて。パパ、泣いて喜ぶから」
「うん」
元気よく返事をしたモーガンだが、何か思い出したのか、上目遣いで母親を見つめた。
「ねぇ、ママ…おねがいしてもいい?」
半分眠りかけているのに、今日のモーガンはお喋りが止まらない。
「どうしたの?」
いい加減母と娘の時間をお開きにした方がいいかしら…と思ったペッパーだが、いつになく真剣な娘の眼差しに、もう少し付き合うことにした。
「あのね、あたしね、あかちゃんがほしいの…。きょうね、パパとおでかけしたときにね、かわいいあかちゃんがいたの。だからね、おうちにね、あかちゃんがいたらいいなって。パパ、なんでもつくれるから、あかちゃんもつくれる?」
(つまり…それって……)
思わずトニーとの行為を思い出したペッパーは、頬を赤く染めたが、幼い娘に馬鹿正直に伝える必要はないとすぐに思い直した。
「パパと相談してみるわね」
そう告げると、
「うん」
と返事をしたモーガンは、小さな欠伸をした。
娘に布団を掛け直したペッパーは、彼女の額にキスをした。
「おやすみ、モーガン…愛してるわ…」
「おやすみなさい、ママ……あいしてる…」
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