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What I should protect.
(IW後、ソーがタイタンにトニーを迎えに来る版)
何が起こったのだろう…。一つ確かなことがある。それは自分たちは負けたということ。
跡形もなく消えてしまった仲間の残骸を握り締めたトニーは、その場から動くことが出来なかった。
魔法使いが言った、サノスを倒すたった一つの方法。石と引き換えに命を救われたのだから、その唯一の方法を探し出すのが自分の使命。まずは地球に戻り、他の仲間の安否を確認しなければならない。だが、ここは地球から遠く離れた惑星。しかも自分以外の生き残りは、名もよく知らない宇宙人の女性…。
(何か考えなくては…)
これからのことを必死で考えようとしたが、サノスに刺された傷は思いの外深く、段々と意識が朦朧とし始めた。そんなぼんやりしている頭では流石のトニーも名案が浮かぶはずもない。
と、遠くで雷鳴が聞こえた。馴染みの音にとある男の顔が浮かんだトニーだが、目の前がすぅと暗くなり、意識を手放した。
***
「……ん…」
何度も繰り返し名を呼ばれた気がした。懐かしい声と温もりを感じた気がした。
(ペッパー…)
が、ここは宇宙の果ての星…。地球にいる彼女が側にいるはずがない…。だが声は段々とハッキリ聞こえてきた。
(…ニー…トニー……ごめんなさい…)
泣き出しそうなペッパーの声に、トニーは重い瞼を無理矢理開いた…。
最後に見た殺伐とした光景は打って変わり、辺りは明るく光に満ち溢れており、自分もふかふかのベッドに身を沈めているではないか。
(ここは……どこだ…)
どうやら助かったらしいが、見覚えのない部屋にいるのだから、ここが地球なのかも疑わしい。状況を確認しようと起き上がろうとしたトニーだが、全身に激痛が走り、彼は小さく呻き声を上げた。
「気がついたかい?」
聞き覚えのある声に視線を移すと、目の前にいたのは友人の科学者だった。
「…ブルース?」
あの時地球に残ったブルース・バナーがここにいるということは、地球に戻ってきたのか…と、まだぼんやりする頭を振ったトニーは、鼻のチューブから酸素を吸い込んだ。
「ここは…」
「ワカンダだ。ソーが君たちを見つけて連れて帰って来たんだ。それが1週間前」
トニーに付けたモニターをチラッと見たブルースは、状態が安定していることを確認すると、大きく頷いた。
「ソーが血塗れで意識のない君を抱えて大慌てで戻ってきてね。刺されたんだってね。ネビュラから聞いた。傷も深いし出血も酷くて、一時は危なかったんだ。だけど、ここ、ワカンダは医療の技術も進んでいてね。君は助かったんだ」
よかったよと微笑んだブルースは、トニーの額に浮かんでいた汗を拭った。
刺されたこと以外、闘っている最中は痛みを感じなかったが、左手はギブスで固定されており、他にも全身包帯だらけなのだから、思っている以上に身体はダメージを受けていたようだ。それでも起き上がろうとしたトニーだが、身体にはモニターの線が多数付けられており、右腕には点滴が刺さっているので、思うように動けない。
「トニー、まだ動いたらダメだ」
トニーを押し留めたブルースは、枕元にあったブザーを押した。
確かに身動きする度に激痛が走るのだ。ブルースの言う通り、動くのは当分無理なようだ。枕に頭を沈めたトニーは、ほぅと大きく息を吐くと目を閉じた。
(トニー……)
何処からともなく聞こえてきた声に、トニーはパッと目を開けた。
「ペッパー……。ペッパーは…」
目覚めたというのに、一番顔が見たい大切な存在は姿が見えないのだ。
目をキョロキョロと動かしたトニーの脳裏に最悪の事態が浮かび、彼は顔色を変えた。夢心地に聞こえた謝罪の言葉…あれはもしかしたら…。
唇を震わせたトニーは今や顔面蒼白で、目を見開いたトニーは息を詰まらせた。
「トニー、落ち着いて。彼女は…」
ガタガタ震え始めたトニーの腕をブルースは慌ててさすり始めた。
と、その時。部屋のドアが開き、誰かが駆け込んできた。
「トニー!!」
それは、トニーが聞きたくて堪らなかった声だった。顔を上げたトニーの目に飛び込んできたのは、涙を必死に堪えているペッパーの姿だった。
「ペッパー……」
無事だった。彼女は…世界で一番大切な存在は、あの惨劇を乗り越え無事でいてくれた…。
じわっと浮かんだ涙は、止まることなく頬を次々と流れ落ちていった。大粒の涙を零しながら駆け寄ってきたペッパーは、痛みを堪え無理矢理身体を起こしたトニーに抱きついた。
「痛てて…」
顔をしかめたトニーだが、ペッパーの存在を確かめるように、右腕で彼女を抱きしめた。
「ペッパー…よかった。無事でよかった……」
首筋に繰り返しキスをしながら囁くと、ペッパーは嗚咽を漏らしながらも、うんうんと頷いた。黙って2人の再会を見守っていたブルースだが、足音を偲ばせるとそっと部屋を出て行った。
トニーに抱きついたままシクシク泣き続けていたペッパーだったが、暫くして落ち着きを取り戻した彼女は、しゃくりあげながら顔を上げた。
「おかえりなさい」
涙を拭いニコッと笑ったペッパーは、トニーの唇にキスを落とした。柔らかな唇が触れた瞬間、トニーは少しだけ心のざわつきが静まった気がした。
「ただいま」
コツンと額同士をくっつけたトニーは、ペッパーの鼻の頭にキスをした。が、身体を動かしたトニーが辛そうに呼吸したのに気づいたペッパーは、ベッドサイドに腰を下ろすと、トニーをベッドに寝かせた。そして愛おしそうにトニーの頬を撫で始めた。
温かく柔らかな感触に、気持ち良さそうに目を閉じたトニーだが、再び目を開くと暗い表情でペッパーを見つめた。
「ペッパー…すまなかった…」
視線を伏せたトニーに、ペッパーは胸が痛んだ。ボロボロになって戻って来たトニーの様子から、宇宙の果てで起こった出来事は、彼の身体だけではなく心まで深く傷つけたことは明白だったからだ。
あの日、ペッパーの目の前でも惨劇は起こった。大勢の人が塵となり消えてしまった。次は自分かもしれないと、恐怖に震えながら、音信不通の恋人の身を案じていると、ローディからトニーが戻ってきたと連絡をもらった。急いでワカンダに向かうと、トニーは意識不明の重体だった。生きて戻って来てくれたことだけで十分だった。他のヒーローたちに起こったことを聞き、胸が張り裂けそうになったが、トニーが生きて側にいてくれることだけで、十分だった。
軽く深呼吸をしたペッパーは、トニーの手を握りしめた。
「どうしたの?」
ペッパーの手を握り返したトニーは視線を伏せると、ポツリと言葉を発した。
「負けたんだ…。守れなかった…。仲間も…何もかも…。すまない…私は何もできなかった…」
大粒の涙がトニーの目から零れ落ちた。
(トニー、お願いだから、自分を責めないで…)
そう言えたらどんなに楽だろうか…。例えそう伝えたとしても、彼は決して受け入れることはないだろう。それは長年トニーの側にいたペッパーが一番分かっていた。
そこで、トニーの涙を拭ったペッパーは、彼の髪を優しく梳くと、ニッコリ笑みを浮かべた。
「トニー、お願いだから謝らないで。あなたが生きて帰ってきてくれた…、それが大切なことなんだから…。それにね、あなたは必要な人。何より私たちにとって…」
そう言うと、ペッパーは握っていたトニーの手を自分のお腹に触れさせた。
「…私たち?」
目をぱちくりさせたトニーは、ペッパーを困惑した表情で見つめた。
「そうよ。あなたはこの子のたった一人のパパなんだから…」
つまり、それは…。
ようやくペッパーの言葉の意味を理解したトニーは、大きな目を更に見開いた。
「ハニー………」
「初めまして、パパ。モーガン・スタークよ」
と、クシャッと顔を歪めたトニーの目から、涙がボロボロ零れ落ちた。そして、ハハっと笑い声を上げたトニーは、ペッパーのお腹を撫でながら、何度も何度も頷いた。
暫くして、鼻を啜ったトニーは、ペッパーに向かって眉をつり上げた。
「モーガンということは…君のクレイジーなおじさんの名前を貰っていいのか?」
「だって、あなたが言い出したことでしょ?」
そうだったなと目をくるりと回したトニーは、ペッパーの手を握ると
「ペッパー…生きて帰ってきてよかった…」
と、呟いた。幸せそうに笑みを浮かべたトニーだが、辛そうに息を吐いたのに気づいたペッパーは、彼の隣に横たわった。
「トニー、側にいるから、少し眠って…」
小さく頷いたトニーは、ペッパーを抱き寄せた。
これから先、何が起こるか分からない。だが、きっと乗り越えられる。それはペッパーがいるから。彼女がどんな時も側にいて支えてくれるから…。
(絶対に君たちのことは守る…)
そう心に誓ったトニーは、ゆっくりと目を閉じた。
Dream
「モーガン。ママが帰ってきたら聞いてみるからな」
「だぁ!」
歯が生え始めた口をいっぱいに開けたモーガンは、トニーの頬に手を添えると嬉しそうに笑った。母親と同じ赤毛の髪をクシャッと撫でると、モーガンは父親の髭を引っ張った。
アイアンマンは引退した。今のトニーの仕事は、世界を救うことではなく、息子であるモーガンを育てること。
プレイボーイだったトニー・スタークはどこへやら。すっかり落ち着き家庭に収まっているトニーは、世界のヒーローではなく、今や同じく子育て世代の父親母親たちのヒーローとなっていた。
最初は戸惑ってばかりだった。CEOとして多忙な妻であるペッパーに代わり、主夫となる道を選んだトニーだが、彼自身は父親から父親らしいことは何一つしてもらった記憶がない。しかも一人っ子だった彼は、小さな子供と暮らしたことなどなかった。それ故に、モーガンが生まれてからは、毎日が必死だった。分からないことだらけで、毎日大騒ぎだった。だが、息子と共に成長し、今までにない程充実した毎日だった。
いつしか夢見ていた平凡な日々。それが自分にも訪れたことは奇跡だった。それも、ペッパーのおかげ。そして生まれてきてくれたモーガンのおかげ…。
「だっだ!」
息子に頬をペシペシと叩かれ現実に戻ってきたトニーは、彼の琥珀色の大きな瞳を覗き込んだ。
「どうした?」
父親そっくりな瞳を輝かせたモーガンは、
「まー!」
と叫ぶと、トニーの腕の中で暴れだした。
「ただいま、トニー、モーガン」
聞こえてきた愛しい声に振り返ると、駆け寄ってきたペッパーはトニーにキスをした。そして興奮気味に何やら訴えている息子をトニーから受け取ると、彼の柔らかな頬にキスをした。
「今日はパパと何をしたの?」
「今日は動物園に行ったんだよな、モーガン」
小さな鼻をくすぐると、モーガンは同意するように笑い声を上げた。そして彼は母親を見上げると、何やら言いながらソファの上に転がっている大きな象のぬいぐるみを指差した。
「あら?パパに買ってもらったの?よかったわね」
「モーガンは象が気に入ったらしい。だから聞いたんだ。もし象が欲しかったら買ってやるぞ?と。パパに不可能はないからな。だが、象は大きすぎる。昔、ママにはウサちゃんのぬいぐるみもデカすぎると怒られた。だから象を飼うのは、ママに聞いてからにしようと…」
と、トニーはここで口を噤んだ。というのも、ペッパーが呆れたように目をくるりと回しているのに気づいたから。
「トニー、ダメよ」
案の定、いつもの決め台詞を口に出したペッパーは、可愛らしく夫を睨みつけたのだが、その様子を見ていたモーガンは、母親を真似するかのようにトニーを見つめた。そして
「だっだ!もー!」
と、笑いながら言葉を発した。
苦笑しながら妻と息子からの駄目出しを聞いていたトニーだが、モーガンの言葉に目を丸くすると飛び上がった。
「おい、モーガン。今、”No”と言ったのか?!」
「え!嘘!モーガン!ホント?」
両親を交互に見つめたモーガンだが、どうしてこんなに両親のテンションが上がっているのか分かるはずもない。だが、大好きな両親がとても喜んでいるのだから、嬉しいに決まっている。
「だっだ、まー!もー!」
手を叩きながら何度も言う息子の頬にキスをしたトニーは、幸せを嚙みしめるようにゆっくりと目を閉じた……。
***
目を開けると、そこはいつもの寝室だった。
リアルすぎる夢だった。
モーガンという息子が生まれ、家族3人で普通の暮らしをしている夢…。
目をこすりながら起き上がったトニーが伸びをしていると、シャワーを浴び身支度を整えたペッパーが戻って来た。
「おはよ、ダーリン」
トニーにキスをしたペッパーは、最近の2人の朝の日課であるジョギングの準備をすっかり整えているではないか。
彼女の左手に光る指輪を見つめたトニーは、先ほどの夢を思い出した。
あんなにリアルな夢を見たのだから、もしかして…と、ぼんやりペッパーを見つめていると、いつになく反応の悪いトニーにペッパーは眉を潜めた。
「どうしたの?」
我に返ったトニーは慌てて頭を振ると、何度も瞬きした。
「いや、後で話す」
いきなり夢の話が現実なのかと確認するよりも、別の話題を前置きした方がいいのだろうか…。そんなことを考えながら、トニーは急いでジャージに着替え始めた。
***
IWでトニーがペッパーに語っていた夢の話。
Her eccentric uncle
「緊張するな…」
初めて会うペッパーの身内。両親を早くに亡くした彼女の唯一の肉親である叔父のモーガン・ポッツ。話には聞いていたが、トニーはモーガン・ポッツに会ったことは一度もなかった。だが、結婚となると、やはり彼女の身内に挨拶すべきだというトニーの願いを叶えるべく、ペッパーは一席設けたのだ。
マンハッタンにある高級ホテルの5つ星レストランが今日の対面の場だった。
先に到着したのは、トニーとペッパーだが、約束の時間になっても、待ち人は現れない。
「ごめんなさいね…」
叔父の遅刻を謝りながらペッパーがトニーのネクタイを直していると、1人の男がやって来た。
「やぁ。ジニー」
手を振りながら歩いて来た男は、遅刻したことを悪びれる様子もなく、2人の前に腕を組んで立った。
真っ赤なシャツに金色のネクタイ、花柄のスーツを着た男に、トニーはこれが本当にペッパー・ポッツの叔父なのかと面食らった。
トニーとて、時として派手でお洒落な格好をすることもある。だが、今日は結婚の挨拶をするという重大な場なのだ。だからこそ、今日のトニーは非常にシックで落ち着いた恰好をしていた。とは言っても、この日のためにオーダーした、イタリアの超高級ブランドのBrioniのスーツなのだが…。
トニーがすでに引き気味なのに気付いたペッパーは、軽く咳払いをすると、叔父を軽くハグした。
「おじさん、お久しぶりです」
満面の笑みを浮かべたペッパーの叔父は、姪っ子にハグし返すと身体を離した。
「ジニー、元気だったか?相変わらず美しいな」
ペッパーの頬にキスをした叔父だが、眉間に皺を寄せると、ペッパーの背後に立っているトニーに向かって顎をしゃくった。
「で、こいつがそうか?」
えぇと頷いたペッパーは、トニーの隣に移動した。
「トニー、私の叔父のモーガン・ポッツよ。おじさん、彼が…」
ペッパーの言葉を遮ったモーガンは、トニーにつかつかと近寄った。
「知ってるさ。あんたは超有名人。トニー・スタークの顔は、世界中の人間が知っている」
「ど、どうも…。トニー・スタークです…」
モーガンのあまりの迫力に圧倒されたトニーは、珍しくそう返すのでいっぱいいっぱいだった。そんなトニーにぐっと顔を近づけたモーガンは、声を潜ませた。
「で、有名人のあんたに頼みがある。写真撮ってくれ。友達に自慢したい。あとはサインを…」
と、モーガンが足元に置いた紙袋に視線を送った。何かと覗き込むと、中には大量の色紙…。
「おじさん。ディナーの時間に遅れてるの。後にして頂戴」
笑顔だが、ちっとも目が笑っていないペッパーに、流石に事を荒立てない方がいいと考えたのだろう。モーガンは首を縦に振ると、歩き始めたトニーとペッパーに従った。
改めて自己紹介をし始まったディナーの席で、開口一番にトニーはモーガンにペッパーとの結婚の許しを貰おうとしたのだが、『やっと結婚する気になったのか』とモーガンに先に言われる始末。
「で、結婚式は?」
運ばれてきた料理を次々と口に運ぶモーガンにそう告げられ、ペッパーはトニーに視線を送った。
「お式はもう少し先よ。それでね、おじさんに是非来てもらいたいの」
うーんと悩むふりをしたモーガンは、ナイフとフォークを置くと、口元をナプキンで拭った。
「ジニー、無理だ」
まさか断られると思ってもみなかったペッパーは、トニーと顔を見合わせた。
「無理って?」
軽く咳払いをしたペッパーがそう尋ねると、モーガンは真面目な顔をして答えた。
「俺の可愛いジニーが他の男のモノになるのを見てられるか」
どう答えたらよいのだろう…。ペッパーはもちろんのこと、トニーも黙りこくってしまい、その場に微妙な空気が流れ始めた。
と、ニヤっと表情を崩したモーガンが、腹を抱えて笑い出した。
「嘘だ、嘘に決まってるだろ!可愛い姪っ子の結婚式だ。喜んで参加するさ!」
笑いながらワインと飲み始めたモーガンに、いつもの叔父の悪ふざけが始まったと頭を抱えたペッパーだが、これが本当にペッパーの叔父なのかと、トニーは今日何度目かの引きつった笑いを浮かべた。
数時間後…。
上機嫌で帰ったモーガンを見送ったトニーとペッパーは、迎えにきたハッピーの車に乗り込むと、帰路へと付いた。
車が走り出すなり、ふぅと大きく息を吐いたトニーはネクタイを緩めた。今日のトニーはいつになく口数が少なかった。きっと緊張していたのだろうと考えたペッパーは、トニーに寄りかかると、彼の肩に頭を乗せた。
「トニー、今日はありがと。おじさんもあなたに会えて喜んでたわ」
姪のペッパーから見ても、モーガン・ポッツはとても喜んでいた。大量に持ち込んだ色紙にサインも貰えたし、終始上機嫌だった。
「それはよかった。だが…君のおじさん、何と言うか…その……」
言いにくそうに口を閉ざしたトニーに、顔を上げたペッパーは目をくるりと回した。
「変わってるでしょ?」
そうだと大きく頷いたトニーにペッパーは肩を竦めた。
「あなたに変わってるって言われるんだから、相当変わってるわね」
苦笑するペッパーだが、トニーはモーガンとの会話を思い返した。
ペッパーがトイレに行った時だった。
それまでおちゃらけていたモーガンが、急に姿勢を正したのだ。つられて背筋を伸ばしたトニーに、モーガンはそれまでと打って変わった口調で告げた。
「スタークさん、ジニー…いや、ヴォージニアのこと、よろしくお願いします」
真剣な表情をしたモーガンは、トニーに向かって頭を深々と下げた。
「スタークさんはご存知だと思いますが、あの子は早くに親を亡くした。だからあの子は幸せにならなきゃいけないんです。だから、ジニーのこと…幸せにしてやってくれ…」
頭を上げたモーガンを、トニーはじっと見つめた。
「ポッツさん、私は欠点だらけの人間です。ですから、今までペッパー…いや、ヴァージニアさんのことを泣かせてばかりでした。きっとこれからも、沢山泣かせてしまうと思います。ですが、彼女は私の全てです。彼女なしに私は生きていけません。ですから、彼女のことは私が命を掛けて守ります。絶対に彼女のことは幸せにします」
トニーの言葉に、モーガンの目に薄らと涙が浮かんだ。その涙を乱暴に拭ったモーガンは、嬉しそうに、だが少しだけ寂しそうに笑みを浮かべた。
「ジニーが言っていた通りの方だ。スタークさん、あなたになら、ジニーのこと、安心して任せられます…」
その後、ペッパーが戻ってくると、モーガンは先程までの素振りは一切見せなかったが、あの時見せたモーガンの涙をトニーは忘れることができなかった。
「だが、いいおじさんだな」
そう言いながらペッパーの肩を抱き寄せると、小さく頷いたペッパーは嬉しそうに笑みを浮かべた。
No surprise(IWネタバレ注意)
「サプライズはもうなしよ」
婚約会見の後、嬉しそうに笑いながら、ペッパーはトニーにそう告げた。だが、トニーは元々ペッパーを驚かせ、そして喜ばせることが好きなので、そんな約束を守るはずもなく…。
ある週末。先に目を覚ましたトニーは、まだ眠っているペッパーを起こさないように起き上がった。
バスルームに向かうとシャワーを浴び身支度をすると、昨日買っておいたグルテンフリーのマフィンを温め、コーヒーと共に寝室へ戻った。
「ハニー、おはよう」
朝食をサイドテールに置いたトニーは、まだ微睡んでいるペッパーをシーツごと抱きしめると、顔にキスをし始めた。
「おはよ…」
小さく欠伸をしたペッパーは起き上がると伸びをした。
「ほら、今日は出かけるから、早く支度しろ」
そう言いながら朝食をセッティングし始めたトニーに、そんな予定はあったかしらとペッパーは小首を傾げた。
「どこへ行くの?」
車に乗り込み、走り始めても、トニーは行き先を教えてくれない。何度聞いても話をすり替え教えてくれないのだから、10分も経つと諦めモードになったペッパーは、外の景色を眺め始めた。
と、トニーが車を停めた。
「ハニー、着いたぞ」
車を降りたペッパーは、呆然と立ちすくんだ。というのも、目の前にある建物は、誰がどう見ても教会なのだから…。
「え……」
口をまん丸に開けたままのペッパーがトニーを見つめた。するとトニーはペッパーに怒られるのではないかと一瞬ビクッと肩を震わせたが、ゴホンと咳払いをした。
「ハニー、もう我慢出来ないんだ。だから、結婚しよう」
結婚しようも何も、再来月には式を挙げるのだ。マンハッタンの教会で式を挙げ、その後大勢を招待しパーティーを開くことになっている。今ここで挙式するということは、その予定を全て不意にするということだろうか…。
「再来月の式は、ど、どうするのよ?!」
目を三角にしたペッパーに、トニーはあっけらかんと答えた。
「再来月は予定通り式を挙げる。2回目の式を。2回も君のウェディングドレス姿を見れるなんて、私はラッキーな男だ。ペッパー。一刻も早く君を妻にしたい。早く君と夫婦になりたいんだ」
一刻も早く結婚したいのはペッパーも同じだが、これこそ本当にサプライズ。去年の婚約発表といい、どうして彼はこうもサプライズ好きなのかしら…と、ペッパーは頭を抱えた。
「トニー、サプライズはもうなしよって言ったでしょ?」
怒っている素振りを見せているが、ペッパーの顔には満面の笑みが浮かんでいる。可愛らしく睨みつけてくるペッパーの腰を抱き寄せたトニーは、チュッと唇を奪った。
「いいだろ、こういうサプライズは」
控え室で髪とメイクを整えてもらい、ウェディングドレスを着たペッパーは、ブーケを持つと深呼吸した。
「お綺麗ですわ、ポッツさん」
馴染みの美容師は、ニコニコと嬉しそうだ。
「トニーったら、いつから用意してたのかしら…」
総レースのドレスはサイズもピッタリで、おそらくオーダーメイドだろうから、トニーは随分前からこのサプライズを用意していたに違いない。
忙しい合間を縫って準備してくれていたのだろう。彼の気持ちが嬉しくなったペッパーは部屋を飛び出した。
祭壇前にはトニーがいた。
タキシードに身を包んだトニーは、ペッパーの姿を見ると一瞬目を丸くしたが、見たことがないような優しい笑みを浮かべた。
席にはローディとハッピーがいた。
「ちょっと待って。みんなグルだったの?」
そう言いながらトニーの元へと進むと、そういうことだとニヤッと笑ったトニーは、ペッパーの手を握りしめた。
誓いの言葉を述べ、婚約指輪と同じくハリーウィンストンの結婚指輪を互いの左手に収めると、トニーはとびっきり甘いキスをした。
「これで正式に君を我が妻にできた」
ペッパーの腰を抱き寄せたトニーは、出口に向かって歩き始めた。
「ローディ、ハッピー、後は頼んだぞ?」
そう告げると、トニーは胸元のリアクターに触れた。途端にトニーの身体はアーマーに覆われた。
「さて、ハニー。ハネムーンに出発だ」
「え?!ハネムーン?!」
このサプライズは一体どこまで続くのかと目を白黒させているペッパーを抱きかかえたトニーは、そのまま空高く飛び上がった。
しばらく飛び続けたアイアンマンは、ハンプトンにある一軒の家へ降り立った。
「ここ、どこ?」
「我が家さ」
「我が家?!」
世界各地に何軒か家はあるが、ハンプトンにはないはず…。ポカンと口を開けたままのペッパーに、アーマーを格納したトニーは慌てて告げた。
「買ったんだ。結婚祝いに。NYから近いし、週末の別荘にはうってつけの場所だろ?」
確かにNYからハンプトンはすぐだ。問題はお互い忙しく、週末も休みがないことが多いこと。だがこれからは時間を作り、週末は夫婦でゆっくりするのもいいかもしれない…。
「ありがと、ダーリン。次の週末が待ちきれないわ」
ニコニコと笑みを浮かべたペッパーはトニーに抱きつくとキスをし始めた。
近くのカフェでランチを食べ、ブラブラとショッピングをし、トニーが予約していた海辺のレストランでディナーを食べ…。誰にも邪魔されず、ありきたりだが平穏な一日を過ごした2人は、我が家へと帰ってきた。
「シャワー浴びるけど…一緒にどう?」
リビングのソファーに寝転び、TVのリモコンに手を伸ばしかけたトニーだが、ガッツポーズをすると、そそくさとペッパーに続いた。
シャワーを捻ると、2人に熱いお湯が降りかかった。背後からペッパーを抱きしめたトニーは、胸から尻を撫で回しながら、彼女の首筋に印を刻んだ。段々ともどかしい感触に耐えきれなくなったペッパーの口からは甘い吐息が零れ始めた。クネクネと動くペッパーの腰を掴んだトニーは、反り返った自身を取ると、熱い蜜壷へ入り込もうとしたが…。
「待って…」
トニーを制したペッパーはくるりと向きを変えると、彼に向き合った。
「どうした?」
小さく唸ったトニーに、ペッパーは慌てて首を振った。
「あなたの顔を見ていたいの」
そう言いながら、ペッパーはトニーの胸元にある青白い光にそっと指を這わせた。
数週間前、トニーの胸元で再び光だしたリアクター。一度は除去したはずなのに、この6年、彼を捉えて止まない、まだ見ぬ脅威のために、彼は再びリアクターを身につけた。これがある限り、彼は戦い続けるだろう…。これが必要なくなる日は来るのだろうか…。
目をキュッと閉じたペッパーは、トニーの胸元に顔を押し付けた。
「ハニー、愛してる…」
ペッパーの耳元で甘ったるい声で囁いたトニーは、彼女の背中を壁に押し付けると、片足を持ち上げた…。
身体中に愛を刻み込まれたペッパーは、降り注ぐ朝日で目を覚ましたのだが、先に起きていたトニーがじっと自分を見つめていることに気づくと、左手を伸ばし彼の頬に触れた。
「おはよう、ミセス・スターク」
「おはよ、ダーリン」
左手を握り合うと、お揃いの結婚指輪がぶつかりあい、心地よい金属音が響いた。
それは自分たちの関係がまた1つ前進したという証。誰にも裂くことの出来ない絆がまた1つ増えたという証…。
嬉しさのあまりクスクス笑い出したペッパーを、同じく笑みを浮かべたトニーは腕の中に閉じ込めた。
顔中にキスを受け、ペッパーはくすぐったそうに身をよじったが、何か思いついたのか、ニヤニヤし始めた。
「ねぇ、結婚しちゃったことは、2人だけの秘密にしない?」
悪戯めいた表情のペッパーに、トニーは眉を吊り上げた。
「ローディとハッピーは知ってるぞ?」
「あの2人は特別。家族ですもの」
それはそうだと納得したトニーだが、どうして秘密にしたいのか理解できない。
「何で秘密にしたいんだ?」
首を傾げるトニーの胸元に、ペッパーは甘えたように顔を擦り寄せた。
「だって、極秘に結婚したってバレたら、マスコミが騒ぎ立てるわ。今まで以上に追いかけ回されて、ここで週末をのんびり過ごせなくなるかもしれないわよ。私ね、束の間の平穏な暮らしを体験してみたいの」
言われてみればそうだ。ただでさえ、結婚式はTV中継させろと煩いマスコミなのだ。極秘にさっさと結婚したとなると、今以上に騒ぎ立てるのは目に見えている。
「それは一理あるな」
納得したように頷いたトニーは、ペッパーと顔を見合わせると腹を抱えて笑った。
***
ジョギングシーンでトニーが言っていたサプライズがこういうことならいいですね。