What I should protect.

(IW後、ソーがタイタンにトニーを迎えに来る版)

何が起こったのだろう…。一つ確かなことがある。それは自分たちは負けたということ。
跡形もなく消えてしまった仲間の残骸を握り締めたトニーは、その場から動くことが出来なかった。
魔法使いが言った、サノスを倒すたった一つの方法。石と引き換えに命を救われたのだから、その唯一の方法を探し出すのが自分の使命。まずは地球に戻り、他の仲間の安否を確認しなければならない。だが、ここは地球から遠く離れた惑星。しかも自分以外の生き残りは、名もよく知らない宇宙人の女性…。
(何か考えなくては…)
これからのことを必死で考えようとしたが、サノスに刺された傷は思いの外深く、段々と意識が朦朧とし始めた。そんなぼんやりしている頭では流石のトニーも名案が浮かぶはずもない。
と、遠くで雷鳴が聞こえた。馴染みの音にとある男の顔が浮かんだトニーだが、目の前がすぅと暗くなり、意識を手放した。

***

「……ん…」
何度も繰り返し名を呼ばれた気がした。懐かしい声と温もりを感じた気がした。
(ペッパー…)
が、ここは宇宙の果ての星…。地球にいる彼女が側にいるはずがない…。だが声は段々とハッキリ聞こえてきた。
(…ニー…トニー……ごめんなさい…)
泣き出しそうなペッパーの声に、トニーは重い瞼を無理矢理開いた…。

最後に見た殺伐とした光景は打って変わり、辺りは明るく光に満ち溢れており、自分もふかふかのベッドに身を沈めているではないか。
(ここは……どこだ…)
どうやら助かったらしいが、見覚えのない部屋にいるのだから、ここが地球なのかも疑わしい。状況を確認しようと起き上がろうとしたトニーだが、全身に激痛が走り、彼は小さく呻き声を上げた。
「気がついたかい?」
聞き覚えのある声に視線を移すと、目の前にいたのは友人の科学者だった。
「…ブルース?」
あの時地球に残ったブルース・バナーがここにいるということは、地球に戻ってきたのか…と、まだぼんやりする頭を振ったトニーは、鼻のチューブから酸素を吸い込んだ。
「ここは…」
「ワカンダだ。ソーが君たちを見つけて連れて帰って来たんだ。それが1週間前」
トニーに付けたモニターをチラッと見たブルースは、状態が安定していることを確認すると、大きく頷いた。
「ソーが血塗れで意識のない君を抱えて大慌てで戻ってきてね。刺されたんだってね。ネビュラから聞いた。傷も深いし出血も酷くて、一時は危なかったんだ。だけど、ここ、ワカンダは医療の技術も進んでいてね。君は助かったんだ」
よかったよと微笑んだブルースは、トニーの額に浮かんでいた汗を拭った。
刺されたこと以外、闘っている最中は痛みを感じなかったが、左手はギブスで固定されており、他にも全身包帯だらけなのだから、思っている以上に身体はダメージを受けていたようだ。それでも起き上がろうとしたトニーだが、身体にはモニターの線が多数付けられており、右腕には点滴が刺さっているので、思うように動けない。
「トニー、まだ動いたらダメだ」
トニーを押し留めたブルースは、枕元にあったブザーを押した。
確かに身動きする度に激痛が走るのだ。ブルースの言う通り、動くのは当分無理なようだ。枕に頭を沈めたトニーは、ほぅと大きく息を吐くと目を閉じた。

(トニー……)

何処からともなく聞こえてきた声に、トニーはパッと目を開けた。
「ペッパー……。ペッパーは…」
目覚めたというのに、一番顔が見たい大切な存在は姿が見えないのだ。
目をキョロキョロと動かしたトニーの脳裏に最悪の事態が浮かび、彼は顔色を変えた。夢心地に聞こえた謝罪の言葉…あれはもしかしたら…。
唇を震わせたトニーは今や顔面蒼白で、目を見開いたトニーは息を詰まらせた。
「トニー、落ち着いて。彼女は…」
ガタガタ震え始めたトニーの腕をブルースは慌ててさすり始めた。
と、その時。部屋のドアが開き、誰かが駆け込んできた。
「トニー!!」
それは、トニーが聞きたくて堪らなかった声だった。顔を上げたトニーの目に飛び込んできたのは、涙を必死に堪えているペッパーの姿だった。
「ペッパー……」
無事だった。彼女は…世界で一番大切な存在は、あの惨劇を乗り越え無事でいてくれた…。
じわっと浮かんだ涙は、止まることなく頬を次々と流れ落ちていった。大粒の涙を零しながら駆け寄ってきたペッパーは、痛みを堪え無理矢理身体を起こしたトニーに抱きついた。
「痛てて…」
顔をしかめたトニーだが、ペッパーの存在を確かめるように、右腕で彼女を抱きしめた。
「ペッパー…よかった。無事でよかった……」
首筋に繰り返しキスをしながら囁くと、ペッパーは嗚咽を漏らしながらも、うんうんと頷いた。黙って2人の再会を見守っていたブルースだが、足音を偲ばせるとそっと部屋を出て行った。

トニーに抱きついたままシクシク泣き続けていたペッパーだったが、暫くして落ち着きを取り戻した彼女は、しゃくりあげながら顔を上げた。
「おかえりなさい」
涙を拭いニコッと笑ったペッパーは、トニーの唇にキスを落とした。柔らかな唇が触れた瞬間、トニーは少しだけ心のざわつきが静まった気がした。
「ただいま」
コツンと額同士をくっつけたトニーは、ペッパーの鼻の頭にキスをした。が、身体を動かしたトニーが辛そうに呼吸したのに気づいたペッパーは、ベッドサイドに腰を下ろすと、トニーをベッドに寝かせた。そして愛おしそうにトニーの頬を撫で始めた。
温かく柔らかな感触に、気持ち良さそうに目を閉じたトニーだが、再び目を開くと暗い表情でペッパーを見つめた。
「ペッパー…すまなかった…」
視線を伏せたトニーに、ペッパーは胸が痛んだ。ボロボロになって戻って来たトニーの様子から、宇宙の果てで起こった出来事は、彼の身体だけではなく心まで深く傷つけたことは明白だったからだ。
あの日、ペッパーの目の前でも惨劇は起こった。大勢の人が塵となり消えてしまった。次は自分かもしれないと、恐怖に震えながら、音信不通の恋人の身を案じていると、ローディからトニーが戻ってきたと連絡をもらった。急いでワカンダに向かうと、トニーは意識不明の重体だった。生きて戻って来てくれたことだけで十分だった。他のヒーローたちに起こったことを聞き、胸が張り裂けそうになったが、トニーが生きて側にいてくれることだけで、十分だった。
軽く深呼吸をしたペッパーは、トニーの手を握りしめた。
「どうしたの?」
ペッパーの手を握り返したトニーは視線を伏せると、ポツリと言葉を発した。
「負けたんだ…。守れなかった…。仲間も…何もかも…。すまない…私は何もできなかった…」
大粒の涙がトニーの目から零れ落ちた。
(トニー、お願いだから、自分を責めないで…)
そう言えたらどんなに楽だろうか…。例えそう伝えたとしても、彼は決して受け入れることはないだろう。それは長年トニーの側にいたペッパーが一番分かっていた。
そこで、トニーの涙を拭ったペッパーは、彼の髪を優しく梳くと、ニッコリ笑みを浮かべた。
「トニー、お願いだから謝らないで。あなたが生きて帰ってきてくれた…、それが大切なことなんだから…。それにね、あなたは必要な人。何より私たちにとって…」
そう言うと、ペッパーは握っていたトニーの手を自分のお腹に触れさせた。
「…私たち?」
目をぱちくりさせたトニーは、ペッパーを困惑した表情で見つめた。
「そうよ。あなたはこの子のたった一人のパパなんだから…」
つまり、それは…。
ようやくペッパーの言葉の意味を理解したトニーは、大きな目を更に見開いた。
「ハニー………」
「初めまして、パパ。モーガン・スタークよ」
と、クシャッと顔を歪めたトニーの目から、涙がボロボロ零れ落ちた。そして、ハハっと笑い声を上げたトニーは、ペッパーのお腹を撫でながら、何度も何度も頷いた。
暫くして、鼻を啜ったトニーは、ペッパーに向かって眉をつり上げた。
「モーガンということは…君のクレイジーなおじさんの名前を貰っていいのか?」
「だって、あなたが言い出したことでしょ?」
そうだったなと目をくるりと回したトニーは、ペッパーの手を握ると
「ペッパー…生きて帰ってきてよかった…」
と、呟いた。幸せそうに笑みを浮かべたトニーだが、辛そうに息を吐いたのに気づいたペッパーは、彼の隣に横たわった。
「トニー、側にいるから、少し眠って…」
小さく頷いたトニーは、ペッパーを抱き寄せた。
これから先、何が起こるか分からない。だが、きっと乗り越えられる。それはペッパーがいるから。彼女がどんな時も側にいて支えてくれるから…。
(絶対に君たちのことは守る…)
そう心に誓ったトニーは、ゆっくりと目を閉じた。

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