「緊張するな…」
初めて会うペッパーの身内。両親を早くに亡くした彼女の唯一の肉親である叔父のモーガン・ポッツ。話には聞いていたが、トニーはモーガン・ポッツに会ったことは一度もなかった。だが、結婚となると、やはり彼女の身内に挨拶すべきだというトニーの願いを叶えるべく、ペッパーは一席設けたのだ。
マンハッタンにある高級ホテルの5つ星レストランが今日の対面の場だった。
先に到着したのは、トニーとペッパーだが、約束の時間になっても、待ち人は現れない。
「ごめんなさいね…」
叔父の遅刻を謝りながらペッパーがトニーのネクタイを直していると、1人の男がやって来た。
「やぁ。ジニー」
手を振りながら歩いて来た男は、遅刻したことを悪びれる様子もなく、2人の前に腕を組んで立った。
真っ赤なシャツに金色のネクタイ、花柄のスーツを着た男に、トニーはこれが本当にペッパー・ポッツの叔父なのかと面食らった。
トニーとて、時として派手でお洒落な格好をすることもある。だが、今日は結婚の挨拶をするという重大な場なのだ。だからこそ、今日のトニーは非常にシックで落ち着いた恰好をしていた。とは言っても、この日のためにオーダーした、イタリアの超高級ブランドのBrioniのスーツなのだが…。
トニーがすでに引き気味なのに気付いたペッパーは、軽く咳払いをすると、叔父を軽くハグした。
「おじさん、お久しぶりです」
満面の笑みを浮かべたペッパーの叔父は、姪っ子にハグし返すと身体を離した。
「ジニー、元気だったか?相変わらず美しいな」
ペッパーの頬にキスをした叔父だが、眉間に皺を寄せると、ペッパーの背後に立っているトニーに向かって顎をしゃくった。
「で、こいつがそうか?」
えぇと頷いたペッパーは、トニーの隣に移動した。
「トニー、私の叔父のモーガン・ポッツよ。おじさん、彼が…」
ペッパーの言葉を遮ったモーガンは、トニーにつかつかと近寄った。
「知ってるさ。あんたは超有名人。トニー・スタークの顔は、世界中の人間が知っている」
「ど、どうも…。トニー・スタークです…」
モーガンのあまりの迫力に圧倒されたトニーは、珍しくそう返すのでいっぱいいっぱいだった。そんなトニーにぐっと顔を近づけたモーガンは、声を潜ませた。
「で、有名人のあんたに頼みがある。写真撮ってくれ。友達に自慢したい。あとはサインを…」
と、モーガンが足元に置いた紙袋に視線を送った。何かと覗き込むと、中には大量の色紙…。
「おじさん。ディナーの時間に遅れてるの。後にして頂戴」
笑顔だが、ちっとも目が笑っていないペッパーに、流石に事を荒立てない方がいいと考えたのだろう。モーガンは首を縦に振ると、歩き始めたトニーとペッパーに従った。
改めて自己紹介をし始まったディナーの席で、開口一番にトニーはモーガンにペッパーとの結婚の許しを貰おうとしたのだが、『やっと結婚する気になったのか』とモーガンに先に言われる始末。
「で、結婚式は?」
運ばれてきた料理を次々と口に運ぶモーガンにそう告げられ、ペッパーはトニーに視線を送った。
「お式はもう少し先よ。それでね、おじさんに是非来てもらいたいの」
うーんと悩むふりをしたモーガンは、ナイフとフォークを置くと、口元をナプキンで拭った。
「ジニー、無理だ」
まさか断られると思ってもみなかったペッパーは、トニーと顔を見合わせた。
「無理って?」
軽く咳払いをしたペッパーがそう尋ねると、モーガンは真面目な顔をして答えた。
「俺の可愛いジニーが他の男のモノになるのを見てられるか」
どう答えたらよいのだろう…。ペッパーはもちろんのこと、トニーも黙りこくってしまい、その場に微妙な空気が流れ始めた。
と、ニヤっと表情を崩したモーガンが、腹を抱えて笑い出した。
「嘘だ、嘘に決まってるだろ!可愛い姪っ子の結婚式だ。喜んで参加するさ!」
笑いながらワインと飲み始めたモーガンに、いつもの叔父の悪ふざけが始まったと頭を抱えたペッパーだが、これが本当にペッパーの叔父なのかと、トニーは今日何度目かの引きつった笑いを浮かべた。
数時間後…。
上機嫌で帰ったモーガンを見送ったトニーとペッパーは、迎えにきたハッピーの車に乗り込むと、帰路へと付いた。
車が走り出すなり、ふぅと大きく息を吐いたトニーはネクタイを緩めた。今日のトニーはいつになく口数が少なかった。きっと緊張していたのだろうと考えたペッパーは、トニーに寄りかかると、彼の肩に頭を乗せた。
「トニー、今日はありがと。おじさんもあなたに会えて喜んでたわ」
姪のペッパーから見ても、モーガン・ポッツはとても喜んでいた。大量に持ち込んだ色紙にサインも貰えたし、終始上機嫌だった。
「それはよかった。だが…君のおじさん、何と言うか…その……」
言いにくそうに口を閉ざしたトニーに、顔を上げたペッパーは目をくるりと回した。
「変わってるでしょ?」
そうだと大きく頷いたトニーにペッパーは肩を竦めた。
「あなたに変わってるって言われるんだから、相当変わってるわね」
苦笑するペッパーだが、トニーはモーガンとの会話を思い返した。
ペッパーがトイレに行った時だった。
それまでおちゃらけていたモーガンが、急に姿勢を正したのだ。つられて背筋を伸ばしたトニーに、モーガンはそれまでと打って変わった口調で告げた。
「スタークさん、ジニー…いや、ヴォージニアのこと、よろしくお願いします」
真剣な表情をしたモーガンは、トニーに向かって頭を深々と下げた。
「スタークさんはご存知だと思いますが、あの子は早くに親を亡くした。だからあの子は幸せにならなきゃいけないんです。だから、ジニーのこと…幸せにしてやってくれ…」
頭を上げたモーガンを、トニーはじっと見つめた。
「ポッツさん、私は欠点だらけの人間です。ですから、今までペッパー…いや、ヴァージニアさんのことを泣かせてばかりでした。きっとこれからも、沢山泣かせてしまうと思います。ですが、彼女は私の全てです。彼女なしに私は生きていけません。ですから、彼女のことは私が命を掛けて守ります。絶対に彼女のことは幸せにします」
トニーの言葉に、モーガンの目に薄らと涙が浮かんだ。その涙を乱暴に拭ったモーガンは、嬉しそうに、だが少しだけ寂しそうに笑みを浮かべた。
「ジニーが言っていた通りの方だ。スタークさん、あなたになら、ジニーのこと、安心して任せられます…」
その後、ペッパーが戻ってくると、モーガンは先程までの素振りは一切見せなかったが、あの時見せたモーガンの涙をトニーは忘れることができなかった。
「だが、いいおじさんだな」
そう言いながらペッパーの肩を抱き寄せると、小さく頷いたペッパーは嬉しそうに笑みを浮かべた。