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Everything Is For You⑭

5月になりトニーはアカデミーを卒業し、MITへ戻ることになった。ということで、ペッパーもアカデミーを辞め、一緒にボストンへ行く予定だったのだが…。
「嘘だろ…」
ボストンでの家も決め、後は引越しの準備をするばかりだったのに、その日遅く帰宅したペッパーは、しょんぼりとトニーに告げた。
「頼むからもう1年いてくれって…校長に土下座して頼まれたから、断れなくって…」
ペッパーの同僚が家庭の事情で急遽辞めることになり、同時に2人も退職されると困る…と、フューリーが泣きついたらしい。
事情が事情だし、それだけペッパーが頼りにされているということなのだから、喜ばしいことには違いない。だが、ペッパーとしてもやはりトニーのそばを離れたくない。となると、残された道はだた一つ。
「でもね、私はあなたのそばにいたいの。だから…」
『仕事は辞める』と告げようとしたペッパーだったが、何やら考えこんでいたトニーは、
「分かった。君はこの仕事が好きだろ?だから君はこっちに残れ。それにもし何かあっても、フューリーがいるアカデミーなら安全だ」
と、告げるとペッパーをぎゅっと抱きしめた。
「…いいの?」
てっきり『嫌だ。一緒に来い』と言われるものだと思っていたのに、あまりにあっさりと言われ、ペッパーは拍子抜けしてしまった。
そんなペッパーの心境を分かったのか、トニーはわざとらしく顔を顰めた。
「おい、ハニー、国内だぞ?東と西海岸じゃぁ時差もあるし、すぐに駆け付けれる距離じゃないけど…。でも、俺たちは離れてても、ここで繋がってるだろ?」
そう言うと、トニーはペッパーの胸に指を当てた。
1年前なら彼はきっと駄々を捏ねただろう。だが、あの事件を乗り越え、2人の絆は誰にも壊されない程強固なものになったのも事実だ。
(今の私たちなら大丈夫よ…)
「うん…」
ニッコリ笑ったペッパーは、トニーの胸元に抱き付いた。

ということで、1年間離れ離れになることになった2人だが、『月に1回は帰ってくるから』と言っていたトニーも予想外に忙しく、結局クリスマス休暇まで戻って来ることができなかった。そのクリスマスも恒例のパーティーに参加しなければならなかったのだから、結局2人きりでゆっくりする暇もなく、やっぱり強引に付いて行けばよかったかしらとペッパーが考えていたのだが…。

3月になり、突然トニーが戻って来た。
「どうしたの、突然…」
連絡もなしに突然戻って来たのだから、何かあったのかとペッパーは不安そうにしている。
「ようやく時間が出来たから。それに一刻も早く直接話したかったんだ」
コーヒーを一口飲んだトニーは、ふぅと息を吐くとペッパーを見つめた。
「卒業できそうなんだ。だから6月には戻って来る」

ポカンと口を開けたペッパーは、数秒経ってようやく意味を理解したのか、叫び声を上げた。

「卒業…。う、うそ!!!」

つまりトニーは全単位を1年で習得したということなのだろうか…。しかもよくよく聞けば、修士号まで取ったのだと言うではないか。
天才とは…まさに彼の事を言うのだろうか…。
「ほら、アカデミーに行く前に大学に行ってたって話しただろ?あの時にもうほとんど単位取ってたんだ。しかも休学扱いになってたから…」
呆気に取られているのか黙ったままのペッパーに、トニーはごにょごにょと告げたが、彼が凄いことには変わりない。
何度も深呼吸して落ち着かせたペッパーは
「じゃあ、一緒に暮らせるのね?」
と笑みを浮かべると、トニーに抱き付いた。
「それより3か月ぶりの再会だぞ?」
な?とニッコリ笑ったトニーは、ペッパーにキスすると抱き上げ寝室へ向かった。

3か月ぶりの情事は、とびっきり甘いひと時だった。
中で何度も果てたトニーなのに、彼はまだ続きを求めてくる。いい加減ぐったりとしているペッパーを腕の中に閉じ込めトニーは
「後3か月離れていないといけないんだぞ?だから、もう一回…」
と囁くと、再び覆いかぶさった。

⑮へ…

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Everything Is For You⑬

12月に入ると、2人の家には大きなツリーが飾られた。共に迎える2回目のクリスマス。去年はまだ付き合い初めて間もない頃だったので、今年は特別な夜にしようとトニーは張り切ってきた。が、スターク・インダストリーズは毎年クリスマスにパーティーを開催している。主催者はもちろんスターク家。たった1人の『スターク』であるトニーは、ホストとして出席せねばならない。去年もそれでペッパーとは過ごせなかったのだ。
一瞬頭を悩ませたトニーだったが、すぐに名案を思いついた。簡単なことだ。ペッパーもパーティーに連れて行けばいいのだと…。

ということで、クリスマス当日、トニーはペッパーを連れて実家へと戻った。
今では常時住む者のいない屋敷も、ジャーヴィス夫妻のお陰で、亡き両親が住んでいた頃のようにきちんと管理されていた。

車から降りたペッパーは、初めて来るスターク邸のあまりの大きさに口をポカンと開けている。
「す、凄いお家……」
広大な敷地にそびえ立つ家には、これまた広大な庭が広がっている。トニーの話だと、馬やヤギばかりか、アルパカまでおり、さながら動物園のようだと聞き、ペッパーは再び目を丸くした。
「後で案内す…」
と、トニーの言葉は鳥の鳴き声に遮られた。見るとピンク色の鳥がこちらに向かってバタバタと小走りでやって来るではないか。
「に、庭にフラミンゴがいるの?!」
動物園でしか見たことない鳥に、ペッパーはあんぐりと口を開けたままだ。
「あぁ、親父がロスに来た時から飼ってる鳥で、バーナードって言うんだ。あいつ、俺より長くここにいるからか知らないけど、生意気なんだよな」
近づいてきたフラミンゴは、トニーの側で澄まして佇んでいる。その頭を突いたトニーだが、バーナードと呼ばれるフラミンゴは、興味なさそうにそっぽを向くと、今度はペッパーのそばに歩み寄った。
「おい、バーナード。俺の奥さんになる人だ。追いかけ回して虐めるんじゃないぞ」
トニーをじっと見つめたバーナードだったが、ペッパーにすり寄ると、撫でてくれというように首を伸ばした。
「あら、可愛いじゃない。よろしくね、バーナード」
頭を撫でられ気持ちよさそうに目を閉じたバーナード。いつも逃げるか威嚇されるばかりのトニーは、思わず苦笑した。
「…なんでペッパーにはすぐに懐いてるんだよ…」
片目を開けたバーナードは、『ざまあみろ』というように、小さく鳴き声を上げた。

「おかえりなさいませ、トニー様、ペッパー様」
リビングでは、ジャーヴィス夫妻が待ち構えていた。優しげな老婦人はペッパーの姿を見ると顔を輝かせた。
「ペッパー様!ずっとお会いしたかったんですよ!」
歓声を上げた老婦人は、ジャーヴィスの妻アナ・ジャーヴィス。熱烈な歓迎を受けたペッパーは、すぐにアナとも打ち解け、パーティーの準備を始めた頃にはまるで親子のように仲良くなっていた。

「ペッパー様のおかげでトニー様は変わられました。本当にありがとうございます」
ヘアメイクをしながら、アナは鏡の中のペッパーに微笑んだ。
「私こそお礼を言いたいんです。トニーは私を過去の呪縛から解き放ってくれましたから…」
肩に置かれたアナの手は温かく、その手をそっと握り返したペッパーはニッコリと笑った。

準備が整ったペッパーはリビングへ向かった。トニーはまだ降りてこない。暖炉の上にはスターク家の写真が沢山飾ってあり、その中には幼い頃のトニーを抱いた家族写真もあった。3人とも笑顔のその写真の中には、幸せ以外何もなかった。
「お父様、お母様、初めまして。ヴァージニアです…。トニーのことは、これからも私が守ります…。だから安心して下さいね…」
ペッパーの言葉に、写真の中のハワードとマリアはかすかに笑みを浮かべた気がした。

パーティーに向かうと、予想通り2人は注目の的だった。同伴している女性は誰だと周囲がざわめき立つ中、挨拶にとステージに立ったトニーは、決まりきった文句を一通り言った後、ペッパーをステージに引っ張りあげた。
「今日は皆さんに紹介したい女性がいます。ヴァージニア・ポッツさん…僕の婚約者です」
その場が一気にざわついた。トニー様はまだ高校生のはず…。それなのにいつの間にか婚約とはどういうことなのだ…。ハワード様とマリア様はご存知なのか…。そもそも、お2人は今年も姿を見せないのだろうか…。
ざわつく会場をステージから見渡していたトニーだが、誰かが声を上げた。
「ハワード様とマリア様はご存知なのですか?」
一瞬トニーが息を飲んだ。繋がれた手に力が入りペッパーは思わず彼を見つめたが、そんなことはおくびにも出さないトニーは
「父と母にも紹介しました。2人とも喜んでくれました」
と静かに答えると、ペッパーの手を引きステージを降りた。2人が席に着いたのを確認すると、司会をしていた社員が口を挟んだ。
「トニー様、ヴァージニア様、ご婚約おめでとうございます。お2人のご婚約に関して、ハワード様とマリア様からお手紙を預かっておりますので、読ませて頂きます」
「手紙?」
さすがにトニーも眉を顰めた。両親は手紙を書くなんて出来ないのだから、きっと事情を知っている重役の誰か…おそらくオバディア辺りが適当に書いたのだろうとトニーは思ったのだ。
咳払いをした社員は、よく通る声で手紙を読み始めた。
「愛するトニーへ
本当なら、今この場であなたのことを抱きしめてあげたいけど、それが出来ない私たちを許して。
思えばあなたには小さい頃から寂しい思いばかりさせてきました。どんなに遠く離れていても、あなたは私たちの可愛い息子…。だからハワードも私もいつもあなたのことばかり考えていました。
そんなあなたから、結婚したい女性がいると言われたのは、あなたがアカデミーに入学して間もない頃。私もハワードも正直、まだ早いと最初は反対だったわ。でもあなたは頑として譲らなかった。あなたがこんなにも意見を曲げなかったのは、初めてのことだったわ。それだけに、あなたの決意が揺るがないものだと感じました。そしてあなたの話を聞いているうちに、ヴァージニアさんがあなたのことを本当に大切に考えてくれているのだと分かりました。

ヴァージニアさん、トニーのことをよろしくお願いします。トニーは本当に心の優しい子です。でも、そのせいで、自分を押さえ込み我慢するところがあります。でもあなたなら、安心してトニーのこと任せられます。あなたなら、何があってもトニーのことを支えてくれると、あなたに初めてお会いした時、確信しました。ですから、私たちの代わりに、あの子のそばにずっといてあげて下さい。私たちもあなたたちの幸せを願っています。

それから社員の皆様。トニーと、そしてヴァージニアのこと、これからも温かく見守ってやって下さい。よろしくお願いします。

ハワード・スターク、マリア・スターク」

目をぱちくりさせていたトニーだったが、会場はいつの間にか拍手と涙で溢れかえっていた。
司会者から手紙を渡されたトニーは慌てて立ち上がると、ゲストに向かって頭を下げた。
そして涙に暮れるペッパーと共に手渡された手紙を開いたトニーは息を飲んだ。それはアナ・ジャーヴィスの筆跡…つまり…。
「ジャーヴィスさんとアナさんからの手紙だったのね…」
2人とも、幼い頃からトニーの親代わりだった。それだけに、今は亡きハワードとマリアの心境を一番理解しているジャーヴィス夫妻からの手紙は、本当に亡き両親から届いた手紙のように感じたのだろう。
小さな涙を流したトニーは、黙ったまま頷くと、大切そうに懐に手紙を収めた。

帰宅するとジャーヴィスとアナが2人を出迎えてくれた。
「おかえりなさいませ、トニー様、ペッパー様」
出迎えてくれたジャーヴィスに、トニーは何も言わず抱きついた。
「坊っちゃま…」
小さく嗚咽を漏らすトニーを小さい頃のようにギュッと抱きしめたジャーヴィスは、黙って彼の背中を撫でた。

⑭へ…

***
ジャービスの嫁が「アナ」なのと、バーナードくんネタは、Agent Carter S2から。

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Everything Is For You⑪

みるみるうちに回復を遂げたトニーは、一週間もするとベッドの上に起き上がれるまでになり、面会が可能になった。
ということで、早速スティーブたちがやって来たのだが、頭の先から足の指まで包帯とギブスだらけのトニーを見ると、泣きながらベッドに駆け寄って来た。
「トニー!よかった!」
「あのまま死んだらどうしようかと思ったんだぞ!」
泣き始めた仲間たちにトニーは戸惑った。というのも、トニーは今まで泣くほど心配してくれる友達などいなかったのだ。そのため、彼はこういう時にどのように反応すればいいのか分からなかった。素直に『ありがとう』とお礼を言えばいいのだろうが、面と向かっては恥ずかしくて言えない。困ったように肩を竦めたトニーは、照れくさそうに鼻を鳴らした。
「1人ずつ抱きしめてやりたいんだけど…まだ身体が動かせないんだ。左手なら動くから、握手してやるよ」
いつもの通りの口調のトニーに、ようやく安心したスティーブたちは笑顔を向けると思い思いに話し始めた。

夕方になり、仕事帰りにペッパーが病室を覗くと、トニーは沢山の花やぬいぐるみに埋もれていた。
「ど、どうしたの?!」
部屋を見渡したトニーはクルリと目を回すと、いつの間にか枕元に鎮座している大きなテディベアの足をぽんと叩いた。
「スティーブやブルースたちが見舞いに来た。その後、次から次へアカデミー中の人間が見舞いに来たらしい。でもあまりに人数が多いから、先生がストップをかけたんだって。だから花やぬいぐるみだけが届いてるってわけさ」
わざとらしくため息を付いたトニーだが、その頬は緩んでいる。
(嬉しいのに、素直じゃないわね)
苦笑したペッパーだが、トニーがやけに神妙な顔をしていることに気付くと、ベッドサイドの椅子に腰を下ろした。
ペッパーが座ったのを確認すると、
「ペッパー…話、聞いてくれるか?」
と切り出したトニーは話し始めた。
「俺さ、親父とお袋が死んだ後、荒れまくってたんだ。あれだけ親父のこと、嫌いだったのに、突然目の前からいなくなると、物凄く恋しかった。その時気づいたんだ。俺は親父を愛してたんだって…。遅いよな。死んでから気がつくなんて…。お袋がいつも言ってたんだ。親父は俺のことを心の底から愛してる、だからちゃんと話し合えって…。それなのに俺はその言葉に従わなかった…。だから結局何も言えないまま親父とお袋と別れなければならなかった状況を作った自分に物凄く腹が立った。でもその怒りをぶつける相手がいなかった。ジャーヴィスが話をしただろうけど、親父とお袋の死は俺が大学を卒業するまで隠さなければならないんだ。親父の遺言だからな。当時俺は飛び級で大学に進学したばかりだったけど、2年くらいで卒業できそうだったし、それくらい隠し通せるだろうって、皆軽く見てたんだ。結局親父とお袋は極秘プロジェクトで身を隠しているということにして、俺が代理で色んな行事に参加するってことになった。凄かったよ。俺が姿を現すだけで、オンナが大勢駆け寄って来るんだ。でも、結局『スターク』って名前に寄ってきてるだけだった。誰も俺の本当の気持ちには気づいてくれなかった。虚しかった。だから酒を飲み続けて、寄って来るオンナを片っ端から抱いた…。ジャーヴィスとアナは俺が堕落していくのをすごく心配してくれたけど、自分でもどうしたらいいのか分からなかった。どうやったら、気持ちが整理できるのか分からなかったんだ。そんな時、ジャーヴィスがアカデミーのことを教えてくれた。違う世界で違う自分になりたかった。そうすれば、今の自分は捨てられるって思った。だから大学を辞めて、アカデミーに入学した。正直、学校があんなに楽しい場所だなんて知らなかった。アカデミーで、俺は初めて自分の人生を生きているって思えたんだ。俺のことを泣くほど心配してくれる本当の友達ができた。そして何より俺を救ってくれる人に出会った…」
顔を上げたトニーは、ペッパーをじっと見つめた。
「ペッパー、君は俺を救ってくれた。君だけが本当の俺に気づいてくれて、そして心の底から愛してくれた…。俺は君なしでは生きていけない…君は俺にとってそういう存在なんだ。だから絶対に何があっても君のことを失いたくなかった。あの時…あいつらに殴られてる間も、ここで諦めたら君を失うって思った。それから、俺のことを愛してくれてありがとうって直接言うまでは絶対に死ぬもんかと考えてた」
ふぅと大きく息を吐いたトニーは、涙を零しているペッパーの手を力強く握り返した。
「だからさ、今回のこと、もう絶対に自分のせいだって思わないでくれ。謝らないでくれ。さっきも言ったけど、ペッパー、君には感謝してるんだ。今までずっと言えなかったけど…ありがとう、ペッパー」
それは、嘘偽りのない、トニーの心からの想いだった。トニーはただひたすら感謝しているが、お礼を言いたいのはペッパーも同じだった。それに昨日、警察から事情を聞かれたトニーは事の顛末を知っただろう。つまり、ずっと言えなかったが、過去のことを含め、きちんと自分の口から説明しなければならない時がきたのだ。
涙を拭ったペッパーは、トニーの左手を両手で包み込んだ。
「ねぇ、トニー。私も話しておかないといけないことがあるわ。あなたを襲った犯人…もう聞いたかもしれないけど…」
「君の元カレだろ?全く君もいい趣味してたんだな」
わざとらしく眉を吊り上げたトニーだが、ペッパーが僅かに顔を顰めたのに気づくと、慌てて口を噤み先を促した。
「そう、元カレよ。あいつとは、ハイスクールの同級生だったの。彼は人気者だった。だから告白されて、付き合い始めたの。真面目で堅物だった私に、彼は色んなことを教えてくれたわ。…初めても彼だった…。でもね、あいつはとんでもない奴だった。私のことを束縛して、少しでも抵抗しようとすると、暴力を振るわれたの。前に話したけど、私は両親を亡くして親戚の家でお世話になってたわ。迷惑を掛けたくなかったから、何も言えず耐えるしかなかったの。でも、限界だった。だから大学進学と同時にLAに逃げたの。さすがに追いかけてこないだろうって思ったわ。でも違ってた。結局学生時代もあいつが現れるんじゃないかと毎日怯えてた…。誰のことも信用できずに、みんなとも距離を置いて、仲の良い友達も出来なかったわ。もちろん恋人なんてできるはずもなかった。それでも大学を卒業した頃には気持ちも少しは落ち着いていたし、恋人もできたわ。彼は私の事情を理解してくれてて、とても優しかった。この人なら私のことを守ってくれるかもしれないと思って、結婚の約束をしてたわ。でも、彼は突然事故で死んでしまったの…。彼が死んで何もする気が起こらなかった私の目の前に、あいつは現れたわ。悲しみを誰かに分かって貰いたかった私の心にあいつは付け込んで…ヨリを戻してしまったの…。でも結局は同じだったわ。私はあいつの欲求不満を解消する道具でしかなかった…。まるで奴隷のように扱われ、ただひたすら抱かれて…。愛なんて全くなかったわ。耐えきれなくなった私はまた逃げたの。アカデミーに就職したのは、事情を知ったフューリー校長が守ってくれたからなの。アカデミーにいれば安全だった。でも、もう誰とも恋をしないって誓ったわ…」
想像を絶する話だったのだろう。トニーは黙って俯いたままだ。
「トニー、私も同じなの。恋をすることが…誰かを愛することが怖くなっていた私を、あなたは愛し救ってくれたわ。あなたと出会って、私は心からあなたを愛することで、また人を信じることができるようになったの。だからね、お礼を言いたいのは私もよ。ありがとう、トニー。あなたに出会い、私はまた自分の人生を歩むことができてるわ。それにあなたは苦しみから私を開放してくれた」
ふぅと息を付いたペッパーは、トニーの頬にそっと触れた。
「トニー、私…もうあなたなしじゃ生きていけないから…。責任とってくれる?」
「責任って?」
ようやく顔を上げたトニーだが、ポカンと口を開けたままだ。

「今すぐ結婚しましょ」

目を見開いたまま静止していたトニーだが、ようやくペッパーが何を言ったのか気づいたのか、さらに目を丸くして叫んだ。
「け、結婚?!で、でも、ペッパー!君はあの時………痛っ!」
ベッドの上で飛び上がったトニーは、身体に激痛が走り腹を押さえて蹲った。
「暴れちゃダメでしょ!」
君が驚かすだろと言おうとしたが、あまりの痛さに空咳しか出てこない。しばらくうんうんと唸っていたトニーだったが、ペッパーに背中を撫でてもらうと、痛みは次第に落ち着き、水を飲ませてもらう頃には、すっかりご満悦だった。
「あの時はお互いの事情を知らなかったのよ?それに、あなたも私も、お互いそばにいないと生きていけないわ。私、早くあなたの奥さんになりたいの。ハネムーンで思う存分愛し合いたいわ。だったら…」
確かに『結婚しよう』と先に言ったのは自分だ。だが、正直な話、あの時はペッパーと形に見える繋がりが欲しかったのだ。だが、あれから共に過ごし、彼女とは心で繋がっていると実感できた今は、焦らずゆっくりと準備をしていけばいいと考えていたのだ。
「で、でも俺…まだ当分退院できないし…、そ、それに…こ、この状態じゃあ、君のこと…そ、その…思いっきり…」
慌てふためくトニーは可愛らしく、あまりからかっても可哀想かしらとペッパーは笑みを浮かべた。
「今すぐじゃなくてもいいのよ。でも、あなたの結婚式の予定は抑えさせてもらうわよ」
クスクス笑うペッパーの様子から、トニーは自分がからかわれていることに気づいた。頬を膨らませたトニーだが、仕返ししてやろうとニンマリ笑った。
「そう言えば、初めての時、あんまり経験ないって言っただろ?今でも俺が一方的に攻める方が多いし…」
よく覚えてるわね…と赤面したペッパーは、真っ赤になった頬を両手で押さえた。
「そうね。愛し合ったことはあまりなかったわ。いつも一方的な行為ばかりだったから…」
モゴモゴと話すペッパーに、トニーはいつものベッドの中のどちらかというと恥じらってばかりの彼女を思い浮かべた。
(そういうことか…。いや、待てよ。あいつに酷い扱いをされてたって言わなかったか?やりたくないようなことまで強要させられてたってことだよな。ということは…もしかして、彼女…凄いテクニシャンなのか?!俺がやったことがないことも知ってるってことだよな?!)
目を見開いたトニーは、真っ赤な顔をして固まってしまった。
(変なことでも想像してるのかしら…)
今にも卒倒しそうなくらい顔を赤らめているトニーにペッパーは首を傾げたが、今日は大切な日なのだ。軽く咳払いをしたペッパーは、
「そうだわ。プレゼントがあるの」
と、カバンの中をゴソゴソと漁った。
「何で?」
今日は何かの記念日だっただろうか。入院中ということもあり、日にちの感覚があまりハッキリしていないトニーは、さっぱり分からないと頭を捻っている。
「今日は5月29日、つまりあなたの17歳の誕生日でしょ?」
言われて初めて思い出したのか、惚けた顔をしていたトニーは、目をぱちくりさせた。
「本当だ。忘れてた…」
初めて共に迎える誕生日なのだから、本当なら思い出に残る最高の誕生日にしてあげたかった。だが、形はどうであれ、お互いの本音を語り合った今日は、ある意味最高の日なのかもしれないが…。
「私の心よ。大切なあなたに一生捧げます」
と、ペッパーは小さな箱を差し出した。中にあったのは、シンプルなシルバーのリング。
指でそっと拾い上げたトニーは、内側に言葉が刻まれているのに気付いた。
“Everything Is For You♥P”
「全てはあなたのため…。私はあなたのためなら何だってできるわ。それくらい、あなたのことを愛してる」
「ペッパー…ありがとう。本当に嬉しい…」
涙ぐんだトニーから指輪を受け取ったペッパーは、包帯の巻かれた指にキスをした。
「元気になったら嵌めてあげるわね」
指輪を納めた箱をトニーに渡したペッパーだが、今すぐあげれるプレゼントは何かないかしらと考えた。と、ここでペッパーは先ほどのトニーを思い出した。もしかしたら欲求が溜まってるのかもしれない。そうなると彼が喜ぶプレゼントはただ一つ。それは…。
「もう一つプレゼントがあるの」
悪戯めいた笑みを浮かべたペッパーは上着と靴を脱ぐと、トニーににじり寄った。
何が始まるのかと期待に満ちた顔をしているトニーの唇に軽く触れる程度のキスをすると、
「ケーキも作る予定だったんだけど、まだ食べれないでしょ?代わりにね…」
と、ペッパーはトニーの胸元に巻かれた包帯に指を滑らせた。ビクッと身体を震わせたトニーは珍しくなすがまま。そのまま指を下へ下ろしながら、ペッパーは彼の耳元で囁いた。
「隅から隅まで身体を拭いてあげるわね」
仕上げに、ふぅっと息を吹きかけると、湯気が出そうなくらい頬を赤らめたトニーは鼻血を吹き出した。

***
今回のタイトルは
ケビン・コスナー主演「ロビンフッド」の主題歌
Bryan Adams – (Everything I Do) I Do It For You
 https://www.youtube.com/watch?v=ZGoWtY_h4xo 
からインスピレーション頂きました。

“There’s no love – like your love And no other – could give more love There’s nowhere – unless you’re there All the time – all the way”
(君の愛に及ぶものは他にない 誰もより深い愛情を注いでくれる人はいない 君がいなければ そこは虚しい空間 いつでも - いつまでも)
がトニペパソングっぽいので♪

⑫へ…

3 人がいいねと言っています。

Everything Is For You⑩

会話を録画したボイスレコーダーが証拠となり、キリアンはすぐさま指名手配された。

それから一週間後。
「ポッツさん、トニーは…」
今日は揃って面会にやって来たスティーブ、ソー、ブルース、ナターシャにクリントだが、ICUから出たとはいえ面会謝絶のトニーに会うことは出来ず、ペッパーは状況を説明することしか出来なかった。
「まだ意識が戻らないの…」
小さく首を振ったペッパーに肩を落とすと、また明日も来ると帰って行った。

「トニー、今日はみんなで来てくれたわよ。みんなあなたが戻ってくるのを待ってるわよ…」
トニーの頬を撫でながらペッパーが話し掛けていると、ジャーヴィスが慌てたように駆け込んで来た。
「ペッパー様、警察から連絡がありました。トニー様を暴行した犯人グループは…無事捕まったそうです!」
いつも冷静なジャーヴィスの声は震えており、目には薄っすらと涙が浮かんでいる。
よかったと、ホッと息を吐いたペッパーは、トニーの手を握りしめた。
「トニー、犯人は捕まったわ。もう安心して」
と、ペッパーの目からも涙が零れ落ちた。この一週間、ずっと不安だった。キリアンたちが病院へ押しかけきて、トニーを傷つけるのではないかと怖かった。だが、キリアンたちは捕まった。10年以上影のようにつきまとっていた男はもういないのだ…。もう怯える必要はないのだ…。
ポロポロと大粒の涙を零し泣き始めたペッパーの背中を、ジャーヴィスも泣きながら摩り始めた。
しばらくしてようやく落ち着いたペッパーは、涙を拭うとジャーヴィスに向かって微笑んだ。
「ペッパー様、ようやく終わりましたね」
感慨深げにペッパーを見つめていたジャーヴィスだったが、ペッパーが身だしなみを整えるタイミングを見計らって告げた。
「ペッパー様からもお話を聞きたいと警察が待っております」
直接的にではないが、今回の一件にはペッパーも関わっている。それに5年前の事件。警察はその事件に関してもカタをつけるつもりらしい。そうなると、両方の事件に関わっているペッパーも事情聴取を受けなければならないだろう。
「分かったわ。すぐに…」
立ち上がろうとしたその時、ペッパーはふと今までと違う何かを感じた。それが何か見極めようとペッパーは視線を動かした。すると、トニーの左指が微かに動いているではないか。
「ジャーヴィスさん!トニーが…」
ペッパーのためにドアを開けようとしていたジャーヴィスを呼び止めると、ペッパーはトニーの左手を握りしめた。
「トニー…トニー…」
両手で包み込むように握りしめ、そして名前を何度も呼び続けると、トニーの目がゆっくりと開いた。そして何度か瞬きしたトニーは視線を泳がせた。
「トニー様!」
ジャーヴィスの声にようやく視線を止めたトニーは、覗き込んでいる2人を見つめた。
『意識が戻られても、記憶を失われている可能性もあります』
医師からはそう宣告されていたのだ。ボンヤリと自分たちの方を見つめたままのトニーに、2人に不安が押し寄せた。それでもペッパーはトニーの瞳に徐々にいつもの光が戻りつつあることに気づくと、顔を輝かせた。
「私のこと…分かる?」
ペッパーの顔をじっと見つめたトニーは小さく頷くと、当然だと言うように眉を釣り上げた。

***
診察を済ませた医師が部屋を出ていくと、ジャーヴィスも皆に連絡してくると部屋を後にした。
2人きりになった病室で、ペッパーはトニーの顔を黙って撫でていた。しばらくお互い見つめ合っていたのだが、トニーに付けられたモニターと酸素マスクの音のみが響き渡る静寂を打ち破ったのはペッパーだった。
「トニー、ごめんなさい…」
潤んだ目を瞬かせたペッパーの静かな声に、トニーは顔を顰めた。
どうして彼女が謝罪するのか見当も付かない。目覚めたばかりで事件の詳細は知らないし、そもそも事件に関しての記憶自体も曖昧なのだ。だが、断片的な記憶を繋ぎ合わせると、おそらくあのリーダー格の男が彼女の元カレなのだろう。それでもあの『勘違い野郎』が勝手に起こした事件だし、彼女は何の関わりもないではないか。彼女が謝る理由がますます分からなくなったトニーは、まだ息をするのも辛い状態の中で、一語一語ゆっくりと言葉に出した。
「…何で…謝る…んだ…」
明らかに困惑しているトニーに、ペッパーは俯くと震える声で告げた。
「だ…だって…今回のことは…わ、私のせいよ…。あなたがこんな酷い怪我をしたのも…全て私の…」
彼女は『自分の過去のせい』とでも言いたいのだろうか。シクシクと泣き出したペッパーは壊れてしまいそうなくらい儚く見え、トニーは今すぐにでも抱きしめたくて堪らなかった。だが、身体が動かないのだからそんなことは出来るはずもない。そこでトニーはペッパーに向かい左手を伸ばした。その手をペッパーが取ると、彼は顔を歪めながらも微笑んだ。
「…君の…せいじゃ…ない……。過去は…関係ない…。今…君が…俺の…そばに…いてくれる……。それで…いいんだ…」
小さく頷いたトニーの瞳はどこまでも優しく、ペッパーはずっと胸の奥で燻っていたものが晴れ渡った気がした。
ありがと…と呟いたペッパーは、もう一つ謝らなければと、トニーの手を握り直した。
「あと…聞いたわ。今までのこと…。そばにずっといたのに…あなたの苦しみに気づいてあげられなくてごめんね…」
(ジャーヴィスめ…)
事件のことは兎も角、自分の過去のことを彼女が謝る必要なんて、それこそ一つもないのに、どうしてこうも彼女は自分のせいにして謝りたがるのだろう。むしろこの件に関してはずっと感謝しており、いつかお礼を言わねばと思っていたのに。顔を顰めたトニーは小さく首を振ると、繋いだ手をゆっくりと握り返した。
「君がいる…。君が…救ってくれた…。だから…ありがとう…」
もっと話したいことは沢山あるが、さすがに今はその元気はない。だがこうやって話し、そして触れ合えるだけで今は十分だ。
「トニー……愛してるわ」
頬にキスを受けたトニーは、くすぐったそうに目を閉じたが、安心したからだろうか、同時にどっと疲労感を覚えた。
「おれも…」
と囁くように告げたトニーは、そのまま眠りについた。

⑪へ…

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