会話を録画したボイスレコーダーが証拠となり、キリアンはすぐさま指名手配された。
それから一週間後。
「ポッツさん、トニーは…」
今日は揃って面会にやって来たスティーブ、ソー、ブルース、ナターシャにクリントだが、ICUから出たとはいえ面会謝絶のトニーに会うことは出来ず、ペッパーは状況を説明することしか出来なかった。
「まだ意識が戻らないの…」
小さく首を振ったペッパーに肩を落とすと、また明日も来ると帰って行った。
「トニー、今日はみんなで来てくれたわよ。みんなあなたが戻ってくるのを待ってるわよ…」
トニーの頬を撫でながらペッパーが話し掛けていると、ジャーヴィスが慌てたように駆け込んで来た。
「ペッパー様、警察から連絡がありました。トニー様を暴行した犯人グループは…無事捕まったそうです!」
いつも冷静なジャーヴィスの声は震えており、目には薄っすらと涙が浮かんでいる。
よかったと、ホッと息を吐いたペッパーは、トニーの手を握りしめた。
「トニー、犯人は捕まったわ。もう安心して」
と、ペッパーの目からも涙が零れ落ちた。この一週間、ずっと不安だった。キリアンたちが病院へ押しかけきて、トニーを傷つけるのではないかと怖かった。だが、キリアンたちは捕まった。10年以上影のようにつきまとっていた男はもういないのだ…。もう怯える必要はないのだ…。
ポロポロと大粒の涙を零し泣き始めたペッパーの背中を、ジャーヴィスも泣きながら摩り始めた。
しばらくしてようやく落ち着いたペッパーは、涙を拭うとジャーヴィスに向かって微笑んだ。
「ペッパー様、ようやく終わりましたね」
感慨深げにペッパーを見つめていたジャーヴィスだったが、ペッパーが身だしなみを整えるタイミングを見計らって告げた。
「ペッパー様からもお話を聞きたいと警察が待っております」
直接的にではないが、今回の一件にはペッパーも関わっている。それに5年前の事件。警察はその事件に関してもカタをつけるつもりらしい。そうなると、両方の事件に関わっているペッパーも事情聴取を受けなければならないだろう。
「分かったわ。すぐに…」
立ち上がろうとしたその時、ペッパーはふと今までと違う何かを感じた。それが何か見極めようとペッパーは視線を動かした。すると、トニーの左指が微かに動いているではないか。
「ジャーヴィスさん!トニーが…」
ペッパーのためにドアを開けようとしていたジャーヴィスを呼び止めると、ペッパーはトニーの左手を握りしめた。
「トニー…トニー…」
両手で包み込むように握りしめ、そして名前を何度も呼び続けると、トニーの目がゆっくりと開いた。そして何度か瞬きしたトニーは視線を泳がせた。
「トニー様!」
ジャーヴィスの声にようやく視線を止めたトニーは、覗き込んでいる2人を見つめた。
『意識が戻られても、記憶を失われている可能性もあります』
医師からはそう宣告されていたのだ。ボンヤリと自分たちの方を見つめたままのトニーに、2人に不安が押し寄せた。それでもペッパーはトニーの瞳に徐々にいつもの光が戻りつつあることに気づくと、顔を輝かせた。
「私のこと…分かる?」
ペッパーの顔をじっと見つめたトニーは小さく頷くと、当然だと言うように眉を釣り上げた。
***
診察を済ませた医師が部屋を出ていくと、ジャーヴィスも皆に連絡してくると部屋を後にした。
2人きりになった病室で、ペッパーはトニーの顔を黙って撫でていた。しばらくお互い見つめ合っていたのだが、トニーに付けられたモニターと酸素マスクの音のみが響き渡る静寂を打ち破ったのはペッパーだった。
「トニー、ごめんなさい…」
潤んだ目を瞬かせたペッパーの静かな声に、トニーは顔を顰めた。
どうして彼女が謝罪するのか見当も付かない。目覚めたばかりで事件の詳細は知らないし、そもそも事件に関しての記憶自体も曖昧なのだ。だが、断片的な記憶を繋ぎ合わせると、おそらくあのリーダー格の男が彼女の元カレなのだろう。それでもあの『勘違い野郎』が勝手に起こした事件だし、彼女は何の関わりもないではないか。彼女が謝る理由がますます分からなくなったトニーは、まだ息をするのも辛い状態の中で、一語一語ゆっくりと言葉に出した。
「…何で…謝る…んだ…」
明らかに困惑しているトニーに、ペッパーは俯くと震える声で告げた。
「だ…だって…今回のことは…わ、私のせいよ…。あなたがこんな酷い怪我をしたのも…全て私の…」
彼女は『自分の過去のせい』とでも言いたいのだろうか。シクシクと泣き出したペッパーは壊れてしまいそうなくらい儚く見え、トニーは今すぐにでも抱きしめたくて堪らなかった。だが、身体が動かないのだからそんなことは出来るはずもない。そこでトニーはペッパーに向かい左手を伸ばした。その手をペッパーが取ると、彼は顔を歪めながらも微笑んだ。
「…君の…せいじゃ…ない……。過去は…関係ない…。今…君が…俺の…そばに…いてくれる……。それで…いいんだ…」
小さく頷いたトニーの瞳はどこまでも優しく、ペッパーはずっと胸の奥で燻っていたものが晴れ渡った気がした。
ありがと…と呟いたペッパーは、もう一つ謝らなければと、トニーの手を握り直した。
「あと…聞いたわ。今までのこと…。そばにずっといたのに…あなたの苦しみに気づいてあげられなくてごめんね…」
(ジャーヴィスめ…)
事件のことは兎も角、自分の過去のことを彼女が謝る必要なんて、それこそ一つもないのに、どうしてこうも彼女は自分のせいにして謝りたがるのだろう。むしろこの件に関してはずっと感謝しており、いつかお礼を言わねばと思っていたのに。顔を顰めたトニーは小さく首を振ると、繋いだ手をゆっくりと握り返した。
「君がいる…。君が…救ってくれた…。だから…ありがとう…」
もっと話したいことは沢山あるが、さすがに今はその元気はない。だがこうやって話し、そして触れ合えるだけで今は十分だ。
「トニー……愛してるわ」
頬にキスを受けたトニーは、くすぐったそうに目を閉じたが、安心したからだろうか、同時にどっと疲労感を覚えた。
「おれも…」
と囁くように告げたトニーは、そのまま眠りについた。
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