Everything Is For You⑪

みるみるうちに回復を遂げたトニーは、一週間もするとベッドの上に起き上がれるまでになり、面会が可能になった。
ということで、早速スティーブたちがやって来たのだが、頭の先から足の指まで包帯とギブスだらけのトニーを見ると、泣きながらベッドに駆け寄って来た。
「トニー!よかった!」
「あのまま死んだらどうしようかと思ったんだぞ!」
泣き始めた仲間たちにトニーは戸惑った。というのも、トニーは今まで泣くほど心配してくれる友達などいなかったのだ。そのため、彼はこういう時にどのように反応すればいいのか分からなかった。素直に『ありがとう』とお礼を言えばいいのだろうが、面と向かっては恥ずかしくて言えない。困ったように肩を竦めたトニーは、照れくさそうに鼻を鳴らした。
「1人ずつ抱きしめてやりたいんだけど…まだ身体が動かせないんだ。左手なら動くから、握手してやるよ」
いつもの通りの口調のトニーに、ようやく安心したスティーブたちは笑顔を向けると思い思いに話し始めた。

夕方になり、仕事帰りにペッパーが病室を覗くと、トニーは沢山の花やぬいぐるみに埋もれていた。
「ど、どうしたの?!」
部屋を見渡したトニーはクルリと目を回すと、いつの間にか枕元に鎮座している大きなテディベアの足をぽんと叩いた。
「スティーブやブルースたちが見舞いに来た。その後、次から次へアカデミー中の人間が見舞いに来たらしい。でもあまりに人数が多いから、先生がストップをかけたんだって。だから花やぬいぐるみだけが届いてるってわけさ」
わざとらしくため息を付いたトニーだが、その頬は緩んでいる。
(嬉しいのに、素直じゃないわね)
苦笑したペッパーだが、トニーがやけに神妙な顔をしていることに気付くと、ベッドサイドの椅子に腰を下ろした。
ペッパーが座ったのを確認すると、
「ペッパー…話、聞いてくれるか?」
と切り出したトニーは話し始めた。
「俺さ、親父とお袋が死んだ後、荒れまくってたんだ。あれだけ親父のこと、嫌いだったのに、突然目の前からいなくなると、物凄く恋しかった。その時気づいたんだ。俺は親父を愛してたんだって…。遅いよな。死んでから気がつくなんて…。お袋がいつも言ってたんだ。親父は俺のことを心の底から愛してる、だからちゃんと話し合えって…。それなのに俺はその言葉に従わなかった…。だから結局何も言えないまま親父とお袋と別れなければならなかった状況を作った自分に物凄く腹が立った。でもその怒りをぶつける相手がいなかった。ジャーヴィスが話をしただろうけど、親父とお袋の死は俺が大学を卒業するまで隠さなければならないんだ。親父の遺言だからな。当時俺は飛び級で大学に進学したばかりだったけど、2年くらいで卒業できそうだったし、それくらい隠し通せるだろうって、皆軽く見てたんだ。結局親父とお袋は極秘プロジェクトで身を隠しているということにして、俺が代理で色んな行事に参加するってことになった。凄かったよ。俺が姿を現すだけで、オンナが大勢駆け寄って来るんだ。でも、結局『スターク』って名前に寄ってきてるだけだった。誰も俺の本当の気持ちには気づいてくれなかった。虚しかった。だから酒を飲み続けて、寄って来るオンナを片っ端から抱いた…。ジャーヴィスとアナは俺が堕落していくのをすごく心配してくれたけど、自分でもどうしたらいいのか分からなかった。どうやったら、気持ちが整理できるのか分からなかったんだ。そんな時、ジャーヴィスがアカデミーのことを教えてくれた。違う世界で違う自分になりたかった。そうすれば、今の自分は捨てられるって思った。だから大学を辞めて、アカデミーに入学した。正直、学校があんなに楽しい場所だなんて知らなかった。アカデミーで、俺は初めて自分の人生を生きているって思えたんだ。俺のことを泣くほど心配してくれる本当の友達ができた。そして何より俺を救ってくれる人に出会った…」
顔を上げたトニーは、ペッパーをじっと見つめた。
「ペッパー、君は俺を救ってくれた。君だけが本当の俺に気づいてくれて、そして心の底から愛してくれた…。俺は君なしでは生きていけない…君は俺にとってそういう存在なんだ。だから絶対に何があっても君のことを失いたくなかった。あの時…あいつらに殴られてる間も、ここで諦めたら君を失うって思った。それから、俺のことを愛してくれてありがとうって直接言うまでは絶対に死ぬもんかと考えてた」
ふぅと大きく息を吐いたトニーは、涙を零しているペッパーの手を力強く握り返した。
「だからさ、今回のこと、もう絶対に自分のせいだって思わないでくれ。謝らないでくれ。さっきも言ったけど、ペッパー、君には感謝してるんだ。今までずっと言えなかったけど…ありがとう、ペッパー」
それは、嘘偽りのない、トニーの心からの想いだった。トニーはただひたすら感謝しているが、お礼を言いたいのはペッパーも同じだった。それに昨日、警察から事情を聞かれたトニーは事の顛末を知っただろう。つまり、ずっと言えなかったが、過去のことを含め、きちんと自分の口から説明しなければならない時がきたのだ。
涙を拭ったペッパーは、トニーの左手を両手で包み込んだ。
「ねぇ、トニー。私も話しておかないといけないことがあるわ。あなたを襲った犯人…もう聞いたかもしれないけど…」
「君の元カレだろ?全く君もいい趣味してたんだな」
わざとらしく眉を吊り上げたトニーだが、ペッパーが僅かに顔を顰めたのに気づくと、慌てて口を噤み先を促した。
「そう、元カレよ。あいつとは、ハイスクールの同級生だったの。彼は人気者だった。だから告白されて、付き合い始めたの。真面目で堅物だった私に、彼は色んなことを教えてくれたわ。…初めても彼だった…。でもね、あいつはとんでもない奴だった。私のことを束縛して、少しでも抵抗しようとすると、暴力を振るわれたの。前に話したけど、私は両親を亡くして親戚の家でお世話になってたわ。迷惑を掛けたくなかったから、何も言えず耐えるしかなかったの。でも、限界だった。だから大学進学と同時にLAに逃げたの。さすがに追いかけてこないだろうって思ったわ。でも違ってた。結局学生時代もあいつが現れるんじゃないかと毎日怯えてた…。誰のことも信用できずに、みんなとも距離を置いて、仲の良い友達も出来なかったわ。もちろん恋人なんてできるはずもなかった。それでも大学を卒業した頃には気持ちも少しは落ち着いていたし、恋人もできたわ。彼は私の事情を理解してくれてて、とても優しかった。この人なら私のことを守ってくれるかもしれないと思って、結婚の約束をしてたわ。でも、彼は突然事故で死んでしまったの…。彼が死んで何もする気が起こらなかった私の目の前に、あいつは現れたわ。悲しみを誰かに分かって貰いたかった私の心にあいつは付け込んで…ヨリを戻してしまったの…。でも結局は同じだったわ。私はあいつの欲求不満を解消する道具でしかなかった…。まるで奴隷のように扱われ、ただひたすら抱かれて…。愛なんて全くなかったわ。耐えきれなくなった私はまた逃げたの。アカデミーに就職したのは、事情を知ったフューリー校長が守ってくれたからなの。アカデミーにいれば安全だった。でも、もう誰とも恋をしないって誓ったわ…」
想像を絶する話だったのだろう。トニーは黙って俯いたままだ。
「トニー、私も同じなの。恋をすることが…誰かを愛することが怖くなっていた私を、あなたは愛し救ってくれたわ。あなたと出会って、私は心からあなたを愛することで、また人を信じることができるようになったの。だからね、お礼を言いたいのは私もよ。ありがとう、トニー。あなたに出会い、私はまた自分の人生を歩むことができてるわ。それにあなたは苦しみから私を開放してくれた」
ふぅと息を付いたペッパーは、トニーの頬にそっと触れた。
「トニー、私…もうあなたなしじゃ生きていけないから…。責任とってくれる?」
「責任って?」
ようやく顔を上げたトニーだが、ポカンと口を開けたままだ。

「今すぐ結婚しましょ」

目を見開いたまま静止していたトニーだが、ようやくペッパーが何を言ったのか気づいたのか、さらに目を丸くして叫んだ。
「け、結婚?!で、でも、ペッパー!君はあの時………痛っ!」
ベッドの上で飛び上がったトニーは、身体に激痛が走り腹を押さえて蹲った。
「暴れちゃダメでしょ!」
君が驚かすだろと言おうとしたが、あまりの痛さに空咳しか出てこない。しばらくうんうんと唸っていたトニーだったが、ペッパーに背中を撫でてもらうと、痛みは次第に落ち着き、水を飲ませてもらう頃には、すっかりご満悦だった。
「あの時はお互いの事情を知らなかったのよ?それに、あなたも私も、お互いそばにいないと生きていけないわ。私、早くあなたの奥さんになりたいの。ハネムーンで思う存分愛し合いたいわ。だったら…」
確かに『結婚しよう』と先に言ったのは自分だ。だが、正直な話、あの時はペッパーと形に見える繋がりが欲しかったのだ。だが、あれから共に過ごし、彼女とは心で繋がっていると実感できた今は、焦らずゆっくりと準備をしていけばいいと考えていたのだ。
「で、でも俺…まだ当分退院できないし…、そ、それに…こ、この状態じゃあ、君のこと…そ、その…思いっきり…」
慌てふためくトニーは可愛らしく、あまりからかっても可哀想かしらとペッパーは笑みを浮かべた。
「今すぐじゃなくてもいいのよ。でも、あなたの結婚式の予定は抑えさせてもらうわよ」
クスクス笑うペッパーの様子から、トニーは自分がからかわれていることに気づいた。頬を膨らませたトニーだが、仕返ししてやろうとニンマリ笑った。
「そう言えば、初めての時、あんまり経験ないって言っただろ?今でも俺が一方的に攻める方が多いし…」
よく覚えてるわね…と赤面したペッパーは、真っ赤になった頬を両手で押さえた。
「そうね。愛し合ったことはあまりなかったわ。いつも一方的な行為ばかりだったから…」
モゴモゴと話すペッパーに、トニーはいつものベッドの中のどちらかというと恥じらってばかりの彼女を思い浮かべた。
(そういうことか…。いや、待てよ。あいつに酷い扱いをされてたって言わなかったか?やりたくないようなことまで強要させられてたってことだよな。ということは…もしかして、彼女…凄いテクニシャンなのか?!俺がやったことがないことも知ってるってことだよな?!)
目を見開いたトニーは、真っ赤な顔をして固まってしまった。
(変なことでも想像してるのかしら…)
今にも卒倒しそうなくらい顔を赤らめているトニーにペッパーは首を傾げたが、今日は大切な日なのだ。軽く咳払いをしたペッパーは、
「そうだわ。プレゼントがあるの」
と、カバンの中をゴソゴソと漁った。
「何で?」
今日は何かの記念日だっただろうか。入院中ということもあり、日にちの感覚があまりハッキリしていないトニーは、さっぱり分からないと頭を捻っている。
「今日は5月29日、つまりあなたの17歳の誕生日でしょ?」
言われて初めて思い出したのか、惚けた顔をしていたトニーは、目をぱちくりさせた。
「本当だ。忘れてた…」
初めて共に迎える誕生日なのだから、本当なら思い出に残る最高の誕生日にしてあげたかった。だが、形はどうであれ、お互いの本音を語り合った今日は、ある意味最高の日なのかもしれないが…。
「私の心よ。大切なあなたに一生捧げます」
と、ペッパーは小さな箱を差し出した。中にあったのは、シンプルなシルバーのリング。
指でそっと拾い上げたトニーは、内側に言葉が刻まれているのに気付いた。
“Everything Is For You♥P”
「全てはあなたのため…。私はあなたのためなら何だってできるわ。それくらい、あなたのことを愛してる」
「ペッパー…ありがとう。本当に嬉しい…」
涙ぐんだトニーから指輪を受け取ったペッパーは、包帯の巻かれた指にキスをした。
「元気になったら嵌めてあげるわね」
指輪を納めた箱をトニーに渡したペッパーだが、今すぐあげれるプレゼントは何かないかしらと考えた。と、ここでペッパーは先ほどのトニーを思い出した。もしかしたら欲求が溜まってるのかもしれない。そうなると彼が喜ぶプレゼントはただ一つ。それは…。
「もう一つプレゼントがあるの」
悪戯めいた笑みを浮かべたペッパーは上着と靴を脱ぐと、トニーににじり寄った。
何が始まるのかと期待に満ちた顔をしているトニーの唇に軽く触れる程度のキスをすると、
「ケーキも作る予定だったんだけど、まだ食べれないでしょ?代わりにね…」
と、ペッパーはトニーの胸元に巻かれた包帯に指を滑らせた。ビクッと身体を震わせたトニーは珍しくなすがまま。そのまま指を下へ下ろしながら、ペッパーは彼の耳元で囁いた。
「隅から隅まで身体を拭いてあげるわね」
仕上げに、ふぅっと息を吹きかけると、湯気が出そうなくらい頬を赤らめたトニーは鼻血を吹き出した。

***
今回のタイトルは
ケビン・コスナー主演「ロビンフッド」の主題歌
Bryan Adams – (Everything I Do) I Do It For You
 https://www.youtube.com/watch?v=ZGoWtY_h4xo 
からインスピレーション頂きました。

“There’s no love – like your love And no other – could give more love There’s nowhere – unless you’re there All the time – all the way”
(君の愛に及ぶものは他にない 誰もより深い愛情を注いでくれる人はいない 君がいなければ そこは虚しい空間 いつでも - いつまでも)
がトニペパソングっぽいので♪

⑫へ…

3 人がいいねと言っています。

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