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言えない言葉

私はエステファニア・マリア・スターク。15歳。
そう、スターク。
あのスターク家。

パパとママは有名人。
パパはアンソニー・エドワード・スターク、通称トニー・スターク。ママはヴァージニア・”ペッパー”・ポッツ・スターク。
パパとママの出会いは30年近く前。ママはパパの秘書だった。昔のパパは、プレイボーイで有名だったみたい。パパとママの物語が知りたければネットで検索して。嘘か本当か分からないような話まで山のように出てくるわ。ただ確かなことは、パパはママと恋におちて結婚して…そして私が生まれたこと。そして、パパとママはとっても仲良しで、私の下には12歳になる弟と、8歳になる双子の弟と妹がいる。

昔はパパにそっくりだったけど、最近ママに似てきたと言われる。特にパパは大好きなママに私が似てきたのが嬉しいみたい。ママが忙しい時は私を連れて出かけたがるの。
私が最初の子供だったからか、パパは昔から私のことをすごくかわいがってくれる。そうは言っても、弟や妹たちのことも可愛がっているから、私だけってことはないけど。
とにかく私はパパが大好き。もちろんママも大好き。私くらいの年齢になると、パパのことを避ける女の子もいるみたいだけど、私は昔からパパといろんな話をしてきた。パパは子供みたいなところがあるから、良かれと思ってしてくれるアドバイスも、ママからしてみたら気に入らないこともあるらしく、最近そのことでよくケンカしてる。パパは口がうまいけど、最後は決まってパパが折れて喧嘩は終わり。要するに、パパはママに泣かれるのが一番苦手なの。

いけない。話が逸れちゃったわ。
そうそう、私の話よね。
パパ譲りの目元と髪の毛、ママ譲りの瞳と体型。パパとママの良いところを併せ持った私は、自分で言うのもなんだけど…カワイイ部類に入ると思う。加えてママに似て料理が得意な私はパパに似て勉強も得意。名前のせいもあると思うけど、私は学校で人気者。
世界屈指の金持ちの娘だから欲しいものは何でも手に入るでしょ?と友達には羨ましがられるけど、パパもママも意外と厳しくて…。つまり、私はスターク家の人間だけど、普通の15歳の女の子と何のかわりもないの。
学校で友達と他愛もない話をしたり、時には女の子同士でお泊まり会もしたりする。…とは言っても、みんなうちに来たがるのよね。うちに来れば珍しいものもあるし、何よりみんなパパに会うのを楽しみにしているのよね…。

もう!また話が逸れちゃった…。
そうそう、恋もしたいけど…奥手な私は、まだキスだってしたことない。
こういうところはパパに似なかったのがちょっぴり残念だけど。一度パパにそう言ったら「そんなところは似なくてよかったよ」と笑われたわ。
でもね、本当のことを言うと、私はパパみたいな人と恋に落ちたいの。パパみたいに頭が良くて優しくて強くて…ママを守るパパの姿は小さい頃からの私の憧れ。
将来は、パパみたいな男性と結婚して、パパとママみたいな夫婦になるのが夢。
友達と将来の夢を語り合ってた時、そういうと笑われた。「あなたは会社を手伝うんでしょ?」って当然のように言われたわ。パパとママは私たち子供に好きなことをしろとしか言わない。
それでも、すぐ下の弟はパパに似て小さい頃から物創りが得意だから、パパの跡を継ぐって決めているみたいだけど。

スターク社の社長はパパだけど、もう一つの仕事が忙しくて、実質的に会社を動かしているのは、副社長であるママ。

そう、私のパパ…トニー・スタークはアイアンマン。
私のパパはヒーローなの。今まで世界を幾度となく救ってきたヒーロー。それはとても誇るべきことなんだけど、その事実がとても嫌な時がある。

パパ…というよりも、アイアンマンには敵が多い。だから、出かける時は遠目にだけど、いつもボディーガードに囲まれる。
小さい頃から、常に誘拐されないかみんなに心配されてきた。それでも防ぎきれず何度か誘拐されかけたこともあった。だけど、いつもパパに助けてもらったわ。

パパはアイアンマンの仕事が忙しく、いないことが多かった。出かける約束をしていても、呼ばれれば飛び出していく。それは仕方ないことだからいいの。ただ、パパがいつも申し訳なさそうな顔をして「エスト、ごめんな」と言うのが嫌だった。パパの辛そうな顔を見るのが嫌だったの。

パパは日夜問わず、呼ばれれば飛び出していく。基本的には毎日連絡をくれるけど、時には何日も連絡がつかないこともあった。
パパがアイアンマンの仕事をしている時、ママは一人になるといつも泣いていた。ニュースを見ながら携帯を握りしめ涙を流すママを、そして、パパが何度も死にかけてきたのを、一番上の子供の私はずっと見てきた。

ママが一番恐れていること。それは、パパが二度とママの前に帰ってこないこと。パパが出かける前、ママは「無事に帰って来てね」とおまじないのようにキスをする。その度にパパは「私の帰る場所は君だから」と笑いながらママに甘いキスをするの。もちろん私だってパパの「ただいま」という声を聞くまで心配。

でも、無事に帰ってきても、どこかしら必ず怪我をしているパパ。顔に擦り傷を作っているのは毎度のこと。時にはそのまま入院しなきゃいけないくらいひどい怪我をしていることだってある。
それでもママはパパが帰ってくると、泣いていたのを隠すように嬉しそうに抱きつくの。でもパパはママが泣いていたのをお見通し。しばらくママのことをギュッと抱きしめ、二人だけの世界に入ってしまう。
さすがに私と下の弟は邪魔しないけど、まだ小さい双子はお構いなしにパパに纏わりつくの。そうすると、パパは笑いながら双子を抱き上げ、お風呂に連れて入り、眠るまで本を読み聞かせる。

私はもう15才だからそんなことはしないけど、本当はパパにずっと抱きしめてもらいたい。でもね、パパはお見通しなのよ。寝る前に私の部屋にやって来て、「おやすみエスト」と私が小さい頃よくしていたように顔中にキスをし、私が眠るまでそばにいてくれる。

とにかく、私たち家族はとても仲が良くて、そして幸せだった。

でも、ある日、私はママと大喧嘩をしてしまった。
事の発端は、もうすぐ私の誕生日ということもあり、パパとショッピングに行く約束をしていたこと。最近忙しくてあまりパパと話していなかった私は、一日中パパを独り占めできることが嬉しくて、何週間も前から心待ちにしていた。
でも、朝早くアイアンマンの仕事で呼び出されたパパは、起きたばかりの私に謝りながら飛び出していった。
いつものこと。きっと次の休みにパパはこの埋め合わせをしてくれる…頭では分かっているのに、この日を待ち望んでいた私は、思ってもいないこと…ううん、実は心のどこかで思っていたことを叫んでしまった。
「パパがアイアンマンじゃなかったらいいのに!」

アーマーに身を包み今にも飛び立とうとしていたパパにその声は届いていた。
顔を強張らせ、悲しそうな顔をしたパパ。パパが何か言おうと口を開く前に、ママが私の頬を平手打ちした。
「エスト!何てこと言うの!パパに謝りなさい!」
涙を流しながら私を叩こうとしたママの手をパパが掴んだ。
「ペッパー…いいんだ。私が悪いんだから…」
「トニー!良くないわよ!」
「いや…。いいんだ。エスト…本当にすまない…。パパもエストと…」
こんな時でも最低な事を言った私を怒らないパパ。パパの悲しそうな瞳に耐えきれなくなった私は
「パパなんか大嫌い!」
と叫ぶと、自分の部屋に閉じこもった。

その夜遅く帰ってきたパパ。
そっとドアの隙間から覗くと、何やらママと言い合いをしている。
きっと今朝の私のことよね…。パパに謝らなくちゃ。ママにも…。
でも、不器用なパパに似た私は、どうやって謝ればいいのか分からなかった。

しばらくすると、パパが階段を上がってくる足音がして、私は慌ててベッドに潜り込んだ。
寝たふりをする私の顔を覗きこむパパ。パパはゆっくりとベッドサイドに座ると、私の頭を撫で始めた。
「エスト…すまなかった。約束破ってすまなかった。エストが言うように…パパがアイアンマンを辞めればいいのかもな…」
元気のないパパの声。うっすらと目を開けると、パパは手に持っていたスコッチを煽るように飲み干しうなだれた。
こういう時のパパはママに何か言われた時。きっと今朝のことでママに何か言われたに違いない。私が悪いのに…。私のせいでパパとママが喧嘩するなんて…。どうしよう…と思っていると、パパがまた話し出した。
「パパは…良い父親じゃないかもしれない…。エストには昔から父親らしいことをしてやれてない…。いつも我慢させてゴメンな…」
返事をしない私の頭を撫でおでこにキスをすると、パパはゆっくりと立ち上がり部屋を出て行った。
そっと様子を伺うと、パパは腕にいくつも包帯を巻き、そして足を引きずって歩いている。
また怪我したの?

ドアが静かに閉じられたのを確認した私は、枕元にある古ぼけた人形を手に取った。
私が生まれたとき、パパが買ってくれたぬいぐるみ。それからずっと私の友達で、今でもずっと大事にしているアイアンマンのぬいぐるみ。嬉しい時も悲しい時も傍にいてくれたぬいぐるみ。パパが留守の時は、まるでパパの代わりのような存在だった。
ぬいぐるみを抱きしめて寝転がった私は、ふと小さい頃のことをぼんやりと思い出した。
もう10年以上も昔のこと…。あの時も私はパパに向かって大嫌いと叫んだ。
悲しそうな顔をしたパパはそのままアイアンマンのお仕事をしに出掛けて行ったけど、大怪我をしたパパはソーおじさんに抱えられるようにして帰ってきた。
あの時のパパは、本当に危なかったみたい。私が覚えているのは、血塗れのパパが私に向かって必死に手を伸ばしている姿と、病院のベッドに横たわり、手を握っても呼びかけても反応せず、何日も眠ったままだった姿だけ。パパにはリアクターがあるけど戻ってこられたのは奇跡に近かったということを後でママに聞いてビックリした。そして、目を覚ましたパパは、一番に私のことを気にしていたってママが言ってた。「パパはあなたのことが本当に大好きなのよ」とママは笑ってたけど、パパが私のことを大切に思ってくれているのは、生まれたときから知っている。

どうしてパパは…自分の命を危険にさらしても、アイアンマンを続けてるの?
ねぇ、パパ…。パパはどうしてそんなに頑張れるの?

頭に白いものが混じり始めたパパの背中。数えきれないほどの重みを背負い傷ついてきたパパの背中。広くて大きくて、何があっても受け止めてくれる私の大好きな背中は、昔に比べると心なしか小さくなったような気がする…。

パパ…、パパはいつだって私にありったけの愛をくれてるわ。パパは世界でいちばんステキな父親よ…。

ママに似たのかパパに似たのか…素直になれない私はその一言が言えず、声を出さずに枕を涙で濡らした。

翌朝。
結局眠れなかった私は、眠い目を擦りながらリビングへ降りて行った。
パパに謝ろう…。パパに大好きって言わなきゃ…。
でも、そこにパパの姿はなかった。
「パパは?」
キョロキョロと辺りを見渡す私に気付いた双子が、ぼーっとしているママのエプロンを引っ張った。
「またお仕事よ。今朝早く呼ばれたの…」
しょんぼりしているママは眠たそう。そして首筋には、たくさんの紅い印がくっきり残っていた。それは昨晩、パパとママが仲良くしていた印。ママが自分だけのものというパパのメッセージ。
パパの愛情表現は、時にオープンすぎる。子供の私たちが目のやり場に困るほど。でも、それに気づいてるのは、幸いにも私だけ。弟も双子もそこまでまだ大人じゃないもの。
良かった…パパもママもあれから仲直りしたんだ…。
ホッとした私は、ママの作った世界一美味しい朝食を食べ始めた。

その日の夕方。学校帰り。
昨日、何も言えなかった私はパパに謝る方法を考えながら街をブラブラしていた。
パパに謝らなきゃ。ママにも。せっかくだから、二人で使えるものをプレゼントしよう。たくさんお小遣いを貰ってるわけじゃないけど、お手伝いをしてもらう臨時収入を貯めたお金があるのよね。
そんなことを考えながら歩いていると、一台の黒塗りの車が私の横へ急停車した。
どうしたのかしらと不思議に思った私が思わず立ち止まると、車の中からスーツを着た男の人が飛び出してきた。その男の人は、青い顔をして私の腕を掴んだ。
「エスト様!社長が…お父様が!」
「パパがどうしたの?」
嫌な予感がする。パパに何かあったの?
段々と血の気が引いていく私を車に引っ張り込むようにその男の人は歩き出した。
「酷い怪我をされて…。もう…助からないかもしれません。エスト様のことを呼んでいらっしゃいます…早く病院へ!」

パパが死にそう?
あの日見た、血まみれで死にそうなパパの姿が脳裏に浮かんだ。必死に手を伸ばし、私の姿を探すパパの姿が…。
全身がガクガクと震え、立っていられなくなった私は、何の疑いもなく車に飛び乗った。

車に飛び乗った瞬間、私は気付いた。それは、私を誘拐するための嘘。
「助け…」
叫ぼうとした私は口元を布で塞がれ、意識を失ってしまった。

* * *

気が付くと、私は見知らぬ場所にいた。
大きな倉庫のような場所だけど、私は檻の中に入れられていた。
ここはどこ?何か手がかりになるものはないかしら…。
キョロキョロと辺りを見回してると、覆面を被った男…全部で十人の男たちが、私の入っている檻をぐるりと取り囲んだ。

「お目覚めか?」
その声にもちろん聞き覚えはなく、それでも何か聞き出そうと私は必死だった。
「離しなさい!」
「威勢のいいお嬢ちゃんだ」
「そうよ!私を怒らせると怖いんだから!」
「怖い怖い。お嬢ちゃん、おじさんたちも怒らせると怖いぞ」
嘲り笑うような声に負けじと私はさらに喋り続けた。こういう時、パパの遺伝子を受け継いでいてよかったと思う。
「あなたたち!私を誰だと思ってるの?私は…」
「知ってるさ。あのトニー・スタークの娘だろ?あいつの大事な大事なお姫様だ」
もう!決め台詞があったのに…。そうじゃなくて…こいつらの狙いって…まさか…。
「そう、知ってるの。私って有名なのね。で、あなたたちの目的は?お金?良かったわね、うちはお金持ちなの。思う存分要求できるわよ?」
震える声を隠すように、私はとにかく喋った。だけど、男たちはニヤニヤ笑うだけ。何も言わない男たちに業を煮やした私は叫んだ。
「パパが来てくれるわ!パパはアイアンマンよ!あんたたちなんか、パパがやっつけてくれるわ!覚悟しなさい!」
男の一人が檻越しに棒で私を叩いた。
「キャ!」
殴られた腕が赤く染まる。次に殴ろうとしたらその棒を掴んでやるわ!こう見えても、私って結構強いの。もしもの時のために、ママには内緒でパパとハッピーがいろいろ教えてくれたの。私だけじゃなくて、弟にもだけど。
機会を伺うように殴られた腕を抑え大げさに痛がる私を、男たちは指さし笑った。
「知ってるさ。だからお前を誘拐したんだ」
その言葉に私は確信した。こいつらの目的はお金なんかじゃない。パパだって。
「パパが目的なの?」
声に出すつもりはなかったのに、私の言葉は男たちの耳に届いていた。
「そうさ、お嬢ちゃんの言うとおり。金なんかいらない。俺たちは、あいつの死が望みさ」
「さっきスタークに電話した。かわいい娘を預かったってな。すぐに来るってよ。あいつを殺す罠が待ち構えているとも知らずにな」
何も言えず黙り込んだ私。男たちは大きな布を檻にかけ、私の姿が見えないようにした。
暗闇の中、私はパニックになった。

大変!パパが来たら…。パパが殺されちゃう!

お願い…パパ…来ないで…。

パパ…。

どのくらいたったのかしら。
暗闇の中、何とか状況を探ろうと全神経を集中させる。でも聞こえるのは、私を捕まえた男たちの声ばかり。
パパの声は聞こえない。もしかして、ここに来る途中で捕まったの?
パパに似てポジティブな私だけど、さすがにこの状況では嫌なことしか思いつかない。
どうしよう…。パパに何かあったら…それも私のせいで何かあったら…。
冷たくなったパパにすがり付いて泣くママの姿が思い浮かび、私は頭を何度も振った。
ううん。パパはアイアンマンよ!アイアンマンは強いんだから!きっとすぐに助けに来てくれる。
それに、パパにちゃんと言わなきゃ。パパのこと、大好きだって。パパは世界一かっこいい父親だって。パパがアイアンマンなのは私の誇りだって…。

祈るような気持ちで目を閉じ膝を抱えた私の耳に、聞きなれた音楽が聞こえてきた。AC/DCの”Shoot The Thrill”。パパが大好きで、アイアンマンとして登場する時に時々ふざけて掛ける曲。私も大好きな曲。
パパが…アイアンマンが来てくれた!きっとパパは、私に聞こえるようにわざとこの曲を鳴らしたんだわ!

「パパ‼」
厚い布に覆われた檻の中で、私は必死に叫んだ。それと同時に、激しい銃撃音や叫び声が聞こえ始め、私は思わず耳を抑え縮こまった。
15分ほど…ううん、実際はもっと短かったと思うけど…たった頃、私を覆っていた闇が消え去り、辺りは光に包まれた。
「エスト!」
懐かしく大好きなそして待ちに待った声が聞こえ、私は顔をあげた。光の中に立っていたのは、傷付いたアーマーのアイアンマン。ヘルメットを脱ぎ捨て、青ざめたパパの顔が見えた。
「パパ…」
パパの顔を見た瞬間、それまで張り詰めていたものが一気に切れた私。大粒の涙がボロボロと零れ落ち、小さな時のように大きな声で泣いてしまった。
私の無事な姿にホッと息を吐いたパパは、鉄格子を捻じ曲げると隙間から私を引っ張り出し、腕の中に閉じ込めた。パパは胸元に顔を埋める私をぎゅっと抱きしめた。
「パパ…」
「エスト…無事でよかった…よかった…」
私を抱きしめているパパの手が震えてる…。
パパ…泣いてるの?
そっと顔をあげた私は、パパの目に光るものがあるのに気づいた。初めて見るパパの涙。あなたたちが産まれた時、パパは声をあげて泣いてたわよってママは言ってたけど、パパは私たちの前では一度も涙を見せたことがない。
私の視線に気づいたパパは、口をへの字に曲げて天を仰いだ。まるで、零れ落ちそうな涙を堪えるように…。
パパの胸元から顔を離すと、パパは私の肩に手を掛けた。
「怪我はないか?」
先ほどまで潤んでいた瞳は、いつもの茶目っ気たっぷりの瞳に戻っていた。
「パパ…ごめんなさい…。パパのこと大好きなのに…嫌いって言ってごめんなさい…」
パパの目を真っ直ぐ見つめると、パパは嬉しそうに目を細めた。
「いや…パパの方こそ謝らないと。エスト、すまない。お前まで巻き込んでしまって。辛い思いをさせてすまなかったな…」
その言葉に、私は頭を振って再び抱きついた。
「ごめんなさい…パパ…大好き…」
パパは何も言わず抱きしめてくれた。私の大好きなその力強い腕で、昔のようにぎゅっと抱きしめてくれた。

どこも怪我してないから大丈夫と言うのに、パパは私を無理やり病院へ引っ張って行った。自分は病院に行くのが大嫌いなくせに…。
病院に着くと、パパから連絡を受けていたママたちが私とパパを待ち構えていた。私の顔を見たママは、私に抱きつくと泣き崩れ声をあげて泣き出した。そして、パパに抱きしめられたママはとびっきりの笑顔を私に見せてくれた。

幸いにも、私は擦り傷一つなく、元気そのもの。でも、パパは…。
パパは私を助けに来る前に、アベンジャーズのみんなと戦っていたんだけど、その時にいつも通りと言うか…パパの言うところの『そこそこの怪我』をしてい た。黙っていればバレないと思っていたのかどうか知らないけど、長年連れ添ったママに隠し通せるわけもなく、ママに怒られたパパは渋々入院する羽目になっ たの。

「せっかくエストも無事だったんだ。みんなで食事でも…」
病室で、ママの顔色を伺いながら恐る恐る言うパパ。
「トニー!何言ってるのよ!あなた、お腹を撃たれて穴があいてるのよ!大人しくしとかないとダメ!」
目を三角にしたママに怒られたパパはションボリとベッドに潜り込んだ。
いつものパパとママのやり取りに、私と弟と双子の四人は顔を見合わせて笑った。

次の日、学校帰りに私はパパの大好きな物を持ってお見舞いに向かった。
「パパ?」
病室を覗くと、パパは眠っていた。
起こさないようにベッドサイドの椅子に座り、私はパパの顔を眺め始めた。

パパ…。
大好きな私のパパ。世界で一番かっこいいパパ。

パパは私の知らないことも何でも知っている。学校の先生に聞いて分からないことも、パパに聞けば分かりやすく、それに面白おかしく教えてくれる。だから、私たちは小さい頃からパパの話を聞くのが大好き。
パパは私に、自分は父親らしいことはしてないって言うけれど、私はパパとママからたくさんのことを学んだ。勉強とかそういうことじゃない。難しいけど、愛とか優しさとか家族の大切さとか。
言葉には出さないけど、パパは私たちのことをいつも見守ってくれている。離れていても、いつもそばにいてくれる気がする。
ママに出会う前、そしてパパがアイアンマンになる前、パパは自分の世界は狭かったと言ってたけど、私の知ってるパパの世界はとっても広いの。エストたちが産まれてから、パパの世界はどんどん広がっていったんだ、だから産まれてきてくれてありがとうって言われたこともある。
でもね、パパ。
パパとママが出会わなかったら…パパとママが恋に落ちなかったら、私たちは産まれてこなかったのよ。だから、ありがとうって言うのは私たちの方なの。

パパ、ありがとう。
いつも守ってくれてありがとう。
私のパパがアイアンマンでよかった。
トニー・スタークもヒーローだけど、アイアンマンも私のヒーロー。私ね、パパがアイアンマンってこと、小さい頃から誇りに思ってるの…。

「エスト?」
名前を呼ばれて我に返ると、パパがニヤニヤしながら私の方を見つめていた。
「パパ?」
どうしてパパはそんな顔してるのかしら?って不思議に思ってたら、パパは私の手を握りしめて嬉しそうに笑い声をあげた。
「そうか、エストはパパのことをヒーローって思ってくれてたのか。嬉しいよ」
え?何で?何で私が考えてたことが分かるの?!パパってすごい!…と思ったら、どうやらさっき考えていたことを私は全部口に出してたみたい。そんなところは、ママに似ちゃったのかしら…。パパなら絶対にしないのに…。
真っ赤になって俯いた私の頭をパパは撫でながら
「ますますペッパーに似てきたな」
と、からかうように言った。
口を尖らせた私の頬を楽しそうに引っ張ったパパは、私が持ってきた物に気がついた。
「おい、エスト。お前が持っているもの。それは…もしや…」
芝居掛かった大げさな口調で言うパパ。私はパパがよくするように、ニヤリと笑いながら紙袋を差し出した。
「そうよ、パパ。パパの大好物。本当はまだ食べちゃダメだろうけど…。内緒よ」
紙袋からチーズバーガーを取り出したパパは、
「さすが私の娘だな」
と、口の端をあげて笑うと大きな口でかぶりついた。
「パパ、チーズがついてるわよ」
持っていたハンカチでパパの髭についたチーズを拭うと、パパはとっても嬉しそうだった。

あっという間にチーズバーガーを食べたパパの手が二つ目に伸びたその時。
「トニー!何食べてるのよ!」
部屋の入口からママの怒鳴り声が聞こえた。
「ぺ、ペッパー?! な、何でもない」
慌てて手を引っ込めたけど、ママはパパのことは何でもお見通し。小走りにパパの方に駆け寄ると、紙袋を取り上げた。
「私がこんなに心配してるのに…。どうしてあなたっていつまでたっても子供みたいなの!」
ママの目にみるみるうちに涙が溜まり始め、パパは大慌て。だってパパが一番嫌いなこと。それは病院で注射をすることでもなく、ママの涙を見ることだもの。
「ぺ、ペッパー!ほら、私は大丈夫だから。泣かないでくれ…。頼む…」
「だって、あなたったら…」
パパに抱きつき泣き出したママ。パパはママの背中をさすりながら、私に目配せした。
分かったわ。二人きりにしてあげる。
「またね」と声に出さずに手を振りながら入口に向かう私に、パパはウインクしながらVサイン。
病室の入口を閉める前にそっと中を覗くと、パパとママは楽しそうにキスをしていた。

パパともう少し話がしたかったけど、パパとママが仲良くしてるのを見る方が楽しいし。パパが退院したら、今度こそショッピングに連れて行ってもらおう。だから、今日はパパのこと、ママに譲ってあげるわ。

私って、本当に気がきく娘よね。
よかった。パパとママの娘で。本当によかった。

***
エストちゃんが若干ファザコン気味に・・・汗

2 人がいいねと言っています。

Toward The Future with you⑦

3週間後。
週に何度かのリハビリと、そして定期的な検診が必要だが、日常生活が送れるようになったトニーは退院した。
ペッパーが用意してくれたTシャツとジーンズは以前着ていた物だったが、今のトニーにはぶかぶかだった。
「こんなに痩せてしまったんだな…」
恨めしそうに鏡を見たトニーだったが、泣き出しそうなペッパーに気付くと笑顔を向けた。
「さあ、ハニー、家に帰ろう」

しばらくは心臓に負担を掛けないように安静を言い渡されたトニーは、一刻も早くペッパーを抱きしめたかったのだが、残念ながらアレも禁止されていた。仕方なしに硬く抱き合い眠るつもりだったのだが…父親が戻ってきたと大喜びの子供たちが、入れ替わり二人のベッドに潜り込んでくるのだから、そんな暇がなかったのも事実だった。

2週間後、検診から帰って来たトニーは、キッチンで夕食の準備をしているペッパーに背後から抱き着いた。
「ハニー、お許しが出たんだ。だから…」
甘い声で囁かれ耳朶を甘噛みされたペッパーは真っ赤な顔をして飛び上がった。だが、ペッパーも待ち望んでいたのだから、早々に子供たちを寝かせた二人は、キスをしながら寝室へ急いだ。
だが…。
「ペッパー…すまない…」
いつもなら元気いっぱいなのに、トニーのアレは本人同様頭を垂れてしょげている。
「精神的なものかしら?病院では元気だったでしょ?」
手に取りゆっくりと撫でてみるも、元気を取り戻す気配すらないのだ。裸でベッドの上に正座したトニーは、口を尖らせた。
「肝心な時に…」
よほど待ち望んでいたのだろう。涙目で自分のものをつついている目の前の夫が愛おしくなったペッパーは、彼に飛びつくと頭を抱え込んだ。
「大丈夫よ。すぐに元気になるわ。だから、今日はこうやって寝ましょ?」
そう言うと、トニーを押し倒したペッパーは、彼の腰に脚を巻き付け、胸元に残る傷跡に唇を這わせると、頬を摺り寄せた。
「でもよかったわ。あなたとこうしてまた抱き合うことができて。本当によかったわ…」
顔や首筋にキスを繰り返す妻の柔らかな身体は、手術前とちっとも変わりなく、トニーはようやく元の生活に戻ってこれた気がした。
「そうだな。だが、もっと元気にならないと」
ペッパーの唇を啄ばんだトニーは嬉しそうに笑みを浮かべた。
「そうね。美味しい物をたくさん作るわね。それから…」
笑みを浮かべたペッパーは、トニーの耳元で囁いた。
「私のこともいっぱい食べて…」
甘く囁かれたその言葉は、トニーの脳天を突き抜けたわけで…。
「と、トニー…あ、当たってる……」
トニーに抱きしめられ身体をぎゅーっと押し付けられているペッパーは、お腹に当たる硬く熱い物に気付くと、顔を真っ赤にした。妻の可愛らしい反応にニヤリと笑ったトニーは、身体を反転させると、ペッパーをベッドに押し付けた。
「あぁ。知っている。どうやら完全復活だ。今から君のことを一晩かけて戴こうと思うんだが…いいか?」
(どうやら今夜は眠れそうにないわね。でも、彼が元気になってくれたんですもの…。お祝いよね…)
と思ったペッパーだが、身体中に受けるキスにさらに顔を赤らめると小さく頷き、トニーの身体にしがみついたのだった。

2 人がいいねと言っています。

Toward The Future with you⑥

手術から10日。
シャワーの許可が下りたトニーだが、一人で歩くこともままならなかった。
「手伝うわよ」
ベッドから立ち上がろうとしているトニーに声を掛けたペッパーだが…。
「大丈夫だ。一人で入れる」
と、頑なに一人ですると言い張るトニー。しかし足元がふらつき、ペッパーに支えられたトニーはそのままバスルームへと連れて行かれた。

パジャマを脱いだトニーを椅子に座らせたペッパーは、自身もTシャツ一枚になるとシャワーを捻った。
熱いお湯が降り注ぎ、久しぶりのシャワーにトニーは目を閉じた。その間にもペッパーはシャンプーを泡立てると、トニーの髪を洗い始めた。
「汚れてるだろ?」
心地よい指使いに思わず目を細めたトニーにお湯を掛けながら、
「10日ぶりだものね」
と、ペッパーは身体を洗い始めた。
すっかり痩せてしまった身体を擦りながら、涙を浮かべたペッパーは思わず視線を伏せた。だが、鏡越しにトニーが申し訳なさそうな表情をしているのに気づくと、笑みを作り再び身体を洗い始めた。

背後から抱きつくように身体を洗うペッパー。Tシャツ越しにだが、その柔らかな身体を10日ぶりに感じたトニーは、身体が熱くなるのを感じ、ブルっと全身を震わせた。
全身に付いた泡を流し終わったペッパーは、トニーが真っ赤な顔をしもぞもぞと身体を動かしているのに気付いた。
どうしたのか聞こうとしたペッパーだが…。
視線を下に向けたペッパーは、その理由をすぐに理解した。
「す、すまない…その…」
いつもなら堂々としているのに、さすがの彼も気恥ずかしいのだろう。真っ赤になったトニーは身体を縮こませた。
笑みを浮かべたペッパーは、トニーの太腿に置いていたタオルを取ると、彼の分身を優しく包み込んだ。
「いいのよ。それだけあなたが元気になったってことですもの」
音をたててキスをおとすと、快楽の証が滲み出た。
「だが…」
やけに不安げな顔をしているトニー。体力の落ちた今の自分は、最後まで出来る自信がないと言ったところだろうか。
俯いたままのトニーの頬を撫でたペッパーは、
「大丈夫よ。今日は最後までしないわ。あなたがもっと元気になったら、いつもみたい…ね?」
と言うと、嬉しそうに笑みを浮かべたトニーの唇を奪った。

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Toward The Future with you⑤

「パパ、起きてるかな?」
双子の手を引き歩くペッパーに、エストが声をかけた。
「そうね。でも、パパはまだ病気なんだから、みんな静かにしておくのよ?」
「うん!」
元気よく答える双子はトニーにそっくりなのだが、特に顔ばかりでなく性格まで似ているアビーを見たペッパーは、一悶着ありそうね…とため息を付いた。

「パパ?」
病室のドアを開けると、子供たちは遠慮がちに入口から中を伺った。
トニーは診察中だった。胸の包帯を交換していたのだろう。中央にまだ残る大きな傷がちらりと見え、その痛々しい様子にペッパーは思わず涙ぐんでしまった。ペッパーたちが来たことに気付いたナースは、点滴を手早く交換すると足早に病室を後にした。
「トニー、気分はどう?」
「あぁ…何とか…」
妻の問いかけに気だるそうに答えたトニーだったが、子供たちの顔を見ると、嬉しそうに笑った。
周りに駆け寄って来た子供達は、一斉に話し始めた。だが、流石に上の二人は父親が酷い顔色をしているのに気づいたのだろう。競うように話をしている双子を制した。

「パパに渡すものがあるんでしょ?」
母親に言われ思い出した子供達は、手に持っていた物を父親に差し出した。
「何だ?パパにか?」
手を伸ばし受け取ろうとしたトニーだが、力が入らず震える手ではうまく受け取れない。代わりに受け取ったペッパーは、子供達が作った物を広げるとトニーに手渡した。
それは、子供達がそれぞれ画用紙に描いたトニーの似顔絵とメッセージだった。
「おい、パパは絵になっても男前だな」
笑みを浮かべたトニーは、ペッパーに子供達からのプレゼントを手渡した。受け取った画用紙をペッパーが枕元に貼っている間、トニーは子供達と話を始めた。
「みんな、ありがとうな。パパ、これを見たら元気になったよ」
「ホント?じゃあ、パパ。おうち、かえろ?」
ルーカスとアビーに期待に満ちた顔で見つめられたトニーは、残念そうに顔をしかめた。
「まだ帰れないんだ…」
だが、それで引き下がる双子ではない。
「いつかえれるの?」
声を揃えて言う双子を見つめたトニーだが、いつ退院できるのかは、自分が一番知りたいことだ。
「そうだな…まだまだ先かな…」
言葉を濁したトニーだが、大好きなパパは家には当分戻れないらしいと理解した双子は、口を尖らせた。ガックリと肩を落とした二人だが、名案を思いついたとばかりに、ルーカスが顔を輝かせた。
「パパ、だっこ!」
手を伸ばした息子にトニーは困ったような顔を向けた。
「ルーカス…ごめんな。パパ、お前たちのことをまだ抱っこできないんだ」
父親は家に帰れないばかりか、自分を抱き上げてもくれない…。頬を膨らませたルーカスは、目に涙を浮かべると叫んだ。
「やだ!パパ!だっこ!!」
ルーカスに負けじと、アビーも叫んだ。
「あたしも!だっこ!」
抱きしめてやりたいのはトニーも同じだ。だが、いくらそう望んでも、今のトニーにはできないのだ。悔しそうに唇を噛み締めたトニーに気づいたペッパーが、まだ叫んでいる双子に言い聞かせるように話し始めた。
「ルーカス、アビー。お話したでしょ?パパは手術をしたばかりだから、動いたらダメなの。パパには元気になってお家へ帰ってきてから抱っこしてもらいましょ?その代わり、ママが抱っこしてあげるわ?」
声を潜めて言う母親の言葉も、この一週間、父親にほとんど会うことすらできず泣いていた幼い二人には通用しなかった。
「いや!パパがいい!」
大粒の涙が浮かんだかと思うと、大きな声で泣き出したルーカスにつられるようにアビーも泣き始めた。
ペッパーとエストとエリオットが二人をなだめているが、二人は泣き止む気配すらない。
自分がもう少し自由に動ければ、抱きしめてやるくらい簡単なのに…。しばらく考えていたトニーだったが、深呼吸すると笑顔を作った。
「仕方ない…一人ずつだぞ?」
トニーの言葉に顔を輝かせた双子だが、ペッパーが非難めいた口調で遮った。
「トニー!ダメよ!」
「だが、かわいそうだろ?それに、少しくらいなら大丈夫だ」
心配そうなペッパーとエストとエリを無視したトニーは、双子に声を掛けた。
「ルーカス、アビー。ほら一人ずつだ。おいで?」
まだ不満げな顔をしているペッパーだが、ルーカスを抱き上げるとトニーの膝の上に乗せた。
「ルーカス?動いちゃダメよ?」
ペッパーが後ろから支えると、ルーカスはトニーの膝の上で嬉しそうに手を叩いた。小さな手でトニーの手に触れたルーカスは、
「パパ、はやくげんきになってね」
と、笑顔を向けた。
「あぁ。帰ったら、いくらでも抱っこしてやるからな」
頭を撫でようと腕を伸ばしたトニーだが、苦痛に顔を歪めたのに気づいたペッパーは、ルーカスを抱き上げ床に下ろした。
「今度はアビーよ。アビー、お願いだからじっとしておいてね…」
「うん!」
母親の言葉に頷いたアビーだが、久しぶりに父親に会えたのだ。喜びのあまり、アビーはトニーの胸元に思いっきり抱きついた。
「うっ!!」
激痛に顔を歪めたトニーは、後ろに倒れこんだ。
傷口が開いたのか、包帯には血が滲んでいる。目に涙を浮かべ痛がる父親は、苦しそうに咳き込み、顔を歪めている。
「トニー!しっかりして!」
アビーを床に下ろしたペッパーは、痛がるトニーの背中を摩り始めた。
「アビー!パパは怪我してるんだぞ!ダメだろ!」
きょとんとしているアビーに、エリオットは思わず声を荒げた。
「私、先生呼んでくるね!」
エストがバタバタと廊下に出て行き、ようやくアビーは自分がとんでもないことをしたと悟った。
隣でオロオロするルーカスの手をそっと握りしめたアビーは、
「パパ……ごめんちゃい……」
と言うと、大きな声で泣き出した。

慌ただしくやって来たスタッフはトニーの傷口を処置し、鎮痛剤を投与すると、絶対安静を言いつけ部屋を出て行った。

しばらく辛そうに唸り声を上げていたトニーだったが、薬が効いたのかすぐに眠ってしまった。
エストとエリオットはベッドサイドの椅子に座り、父親の手を握りしめている。
姉と兄に怒られしゃくりあげているアビーとルーカスを隣に座らせたペッパーは、静かに話し始めた。
「ルーカス、アビー。パパはね、今はじっとしておかないとダメなの。パパもね、本当はあなたたちのことを抱きしめたいの。でもね、できないの…。だから…」
抱きしめてやれないと悔しそうなトニーを思い出したペッパーは、思わず涙ぐんでしまった。すると、母親をじっと見つめていたアビーとルーカスが膝の上で握りしめていたペッパーの手にそっと触れた。顔を上げたペッパーに、二人は同時に抱きついた。
「ママ…ごめんね。パパにもごめんねってするね…」
「ママ…ごめんちゃい…。パパとおはなしできてね、うれしかったの。でもね…あたし、わるいこだね…」
再び泣き始めた二人をペッパーは抱きしめた。
「二人とも、悪い子じゃないわ。ルーカスもアビーもいい子よ。でもね、パパやママがダメって言ったことはしちゃダメよ」
「うん」
声を揃えた二人は、涙を拭うと母親を見上げた。二人の頭を撫でたペッパーは、それぞれの頭にやさしくキスをおとした。
「それとね、パパは元気になってお家に帰れるようになるまで、まだまだ時間がかかるの。でも、パパは一生懸命頑張ってるの。だからパパが元気になるまで、みんな寂しいだろうけど、パパのことを応援してあげてね」
「うん!」
「あたしね、パパのことがんばれーっておーえんするから!」
母親の言葉に頷いた二人は、立ち上がると眠る父親の元へとパタパタと走って行った。

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Toward The Future with you④

翌朝、朝食の時間に間に合うようにと病室へ向かったペッパーがノックしようとした時だった。部屋の中からトニーが悪態をつくのが聞こえ、ドアの隙間からそっと中を覗いた。ベッドを起こしたトニーは朝食を食べようとした。フォークを使い果物を食べようとしているのだが、手に力が入らないのだろう。手が震えうまく食べられない。
「言うこときけ!」
右手を振ったトニーはイライラと声を荒げた。だが、震える右手はフォークですらも掴むことが出来ないようだ。何度か挑戦していたトニーだったが、やがてフォークを使うことを諦め、果物を手で摘み口に放り込んだ。残りの食事は手掴みでは無理。チラリと見たトニーはコップを取ろうと両手を同時に動かした。だが痛みのためだろう。小さく悲鳴を上げるとベッドに身を沈め目を閉じた。トニーの目から零れ落ちた涙が、静かに頬を伝わり落ちた。
「トニー…」
全身を襲い続ける痛み、そして身体が動かないジレンマ。
彼の気持ちは痛いほど分かる。だって、彼は私の一部だもの…。
じわっと浮かんだ涙を拭うと、ペッパーは深呼吸をしドアをノックした。
「トニー、おはよ。気分はどう?」
ペッパーはわざと明るい声で声をかけた。
「ハニー、おはよう。まずまずだ」
トニーも先ほどまでの沈み込んでいた様子とは打って変わり、わざとらしいくらいの笑顔を浮かべた。
やはり食事にはほとんど手をつけていない。
「食べないの?手伝うわよ?」
一応聞いてみたものの、トニーは相変わらず笑みを浮かべたままだ。
「いや、腹は空いてないんだ」
「そう…」
そう言われると、ペッパーは何も言えなかった。
彼の好きな物を持ってきてもいいのだが、まだ許可が下りていないのだから、勝手にというわけにもいかないだろう。
「アビーとルーカスは大丈夫か?」
トニーとしても気がかりなのは、やはり年の小さな双子のことなのだろう。
「えぇ。でも、みんな、パパに会いたいってずっと言ってるわよ。夕方、連れてくるわね?」
「あぁ…だが…」
トニーが何か言いかけたその時、タイミング悪くナースがやって来た。
血圧を測ったり点滴を替え終わった後、ナースはトニーに笑顔を向けた。
「スタークさん、起きてみましょうか?」
ベッドを起こしたナースは、二人がかりでトニーの身体を起こした。ベッドの淵に支えられながらも座ったトニーは、ペッパーの手に捕まるとベッドサイドに置かれたリクライニングチェアに座った。
「無理なさらずに、辛くなったら仰ってくださいね」
「あぁ…」

目を閉じ椅子にもたれかかったトニーは口を閉じてしまった。頬は落ち顔色は悪い。辛いのか肩で息をしているのに、トニーは一言も弱音を吐こうとしなかった。
(ねぇ…私には弱音を吐いてくれていいのよ?)
そう思ったが、本人が言おうとしないのだからどうすることも出来ない。
胸につけたモニターの音と、鼻に入れたチューブから漏れ出る酸素の音だけが静かな病室に響いている。
「トニー、何か欲しい物があったら…」
何かきっかけを…と口に出した言葉は、トニーの言葉に遮られた。
「いや、ない」
そういうと黙ってしまったトニーだが、チラリとペッパーの様子を伺うと、彼女は俯き肩を落としているではないか。
(心配かけまいとしているのに、逆に心配をかけているようだな…)
気づかれないように息を吸ったトニーは、明るい口調で言った。
「ハニー、一つあった。今すぐ欲しい物が…」
トニーの声に顔を上げたペッパーは、目を輝かせた。
「何が欲しいの?すぐに買ってくるわ」
立ち上がったペッパーを手招きしたトニーは唇を突き出した。
「キスしてくれ」
何を言い出すのかと思いきや、トニーらしい要望に、クスッと笑ったペッパーはトニーの頬を両手で包み込んだ。
「いいわよ。とびっきりのキスをあげるわ」
顔を近づけたペッパーは、トニーの唇を奪った。あの日…トニーが倒れて以来の口づけを味わうように二人は唇を合わせ続けた。そして、いつものようにペッパーの身体を抱きしめようと腕を回したトニーだが、思うように腕が上がらないばかりか胸部に激痛が走り、トニーは唇の間から苦痛に満ちた声を上げた。
「大丈夫?」
背中を丸めて痛がるトニーは脂汗をかいている。背中をそっと摩るペッパーにトニーはポツリと呟いた。
「情けないな…。一人で立つことも食事もできない…。それに、君を抱きしめることはおろか、触れることも出来ないんだから…」
それまで必死で耐えていたトニーだったが、限界だったのだろう。俯いたトニーの目から涙が一粒零れ落ちた。
「トニー、大丈夫よ。まだ手術したばかりですもの。すぐに良くなるわ」
励ましてみたものの、すぐに良くなる保証はないのだ。退院してもしばらくは、生活にも制限が出るだろう。それが分かっているトニーは、小さく首を振った。
「…元に戻らなかったらどうするんだ?今までのような生活ができなかったら?この息苦しいのは治るのか?もし治らなかったら、子供たちと走り回ることもできない…。それに、腕は上がらないし、手にスプーンを持つこともできない…。あの子たちを抱き上げることすら出来ないばかりか、日常生活だってまともに送れない…。こんな状態じゃあ、君に迷惑をかけるだけだ…。ペッパー…怖いんだ…。もう元に戻れないかもしれないと思うと…」
手術を受けて以来、初めてペッパーに零した彼の本音。小さく震える背中をそっと抱きしめたペッパーは、夫の頭を抱え込んだ。
「そんなことないわ。大丈夫。あなたはきっとすぐに元気になるわ。何があっても私がそばにいるわ。それに、子供たちもよ。あなたが元気になるまで、ずっと支えるから…。だからそんなこと言わないで…」
ペッパーの胸元に顔を埋めたトニーは、黙ったまま何度も頷いた。

しばらく抱き合っていた二人だが、ペッパーが口を開いた。
「元気になったらしたいことがたくさんあるでしょ?」
「あぁ…」
かすれた声を出したトニーの頬をペッパーはそっと撫でた。
「ねぇ、何がしたい?」
そう聞かれたトニーは、一瞬遠い目をしたが、すぐにペッパーの瞳を見つめ直した。
「そうだな…。休暇が欲しい。君と子供たちに迷惑かけた分、みんなでどこか遠くへ行きたい」
「そうね。どこがいいかしら?」
そばの椅子に座ったペッパーは、トニーの手を握りしめると笑みを浮かべた。

しばらく話をしていた二人だが、トニーが咳き込み始めた。
「トニー、もう休みましょ?」
ペッパーに助けられながらベッドへ横たわったトニーは、辛そうに眉間にシワを寄せた。
すっかり痩せ細ってしまった身体を抱きしめたペッパーは、零れ落ちそうになる涙をグッと堪えると、笑顔を作った。
「夕方、子供たちを連れてくるわね。あの子たち、あなたに何か作ったみたいなの」
「あぁ…。楽しみに…してる…」
大きく息をしていたトニーだったが、息を吸い込むと目を閉じた。額に浮かんだ汗をペッパーが拭っていると、トニーは囁くように呟いた。
「ペッパー…ありがとう…」
「お礼なんてよして。だって、私たちは夫婦なのよ?あなたが辛い時にそばにいるのは当たり前よ」
頬に触れる程度のキスをすると、トニーは嬉しそうに笑みを浮かべたのだった。

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