一晩経ってもトニーとは連絡がつかない。自分たちの力ではどうすることもできないと考えたエミリーは、警察に連絡をした。
誘拐事件として捜査は開始したものの、犯人からの連絡は一切なく、何の手掛かりもなかった。
「身代金目的の誘拐ではなさそうです。引き続き全力で捜査しますので、何かあればご連絡を」
警察が引き上げた後も、エミリーはペッパーのそばにいてくれた。
「ペッパー様、大丈夫ですよ。トニー様は無事です」
泣き腫らし真っ赤な目をしたペッパーの背中を撫でながら、エミリーは自分に言い聞かせるように繰り返したのだった。
靄がかかったような頭が急にくっきりとし、トニーは目を開けた。すると、目の前にはマヤの悩ましげな顔があり、その口からは甘い声が絶えず零れ落ちているではないか。
目を見開いたトニーは、自分が置かれている状況に気づき愕然とした。
マヤは自分の下腹部に跨り腰を大きく動かしており、部屋には彼女の声と水音が響き渡っている。そして、いつの間にか拘束は解かれており、トニー自身も腰を動かしながら自由になった両手でマヤの胸や腰を撫で回しているではないか。
(どういうことだ!これは悪夢か?夢なら醒めてくれ!)
マヤの身体から慌てて手を離したものの、それに気づいたマヤは妖しげな笑みを浮かべながら身体を密着させてきた。胸元に何度もキスをしたマヤは、手を伸ばしサイドテーブルから何かを取った。
「あら?気がついた?薬が切れたのね?かわいそうに……」
耳たぶを甘噛みしたマヤは、トニーの唇を荒々しく奪った。逃げ惑うトニーの舌を自分の舌で捉えると、根元から吸い上げた。トニーが目を白黒させている間に、マヤは首筋に再び銀色の針を当てた。
「んー!!!!」
必死で抵抗するトニーだが、再び瞼が重くなり、目の前にペッパーが現れた。
(トニー…お願い…もっと激しくシて…)
可愛らしくおねだりするペッパーに我慢できなくなったトニーは、いつものような濃厚なキスをすると彼女を押し倒した。
トニーが行方不明になって3日後。
ペッパーの元に差出人のない郵便物が届いた。分厚く何が入っているのか外からは分からない。
不審な物かもしれない。開封する前にエミリーに相談しようかと思ったが、彼女は会社に行っており、戻ってくるのは数時間後。
「ジャーヴィス、中は何か分かる?」
素早く郵便物をスキャンしたジャーヴィスは、内容物が危険な物ではないと判断した。
『ペッパー様、写真でございます』
写真と知ったペッパーは、もしかしたらトニーに関する物かもしれないと思い、急いで開封した。
だが、中に入っていた写真を見た瞬間、ペッパーはショックのあまりその場に座り込んでしまった。
それは、トニーが他の女性と行為に及んでいるものだった。女性を抱きしめキスをするトニー、女性の下腹部に顔を埋めるトニー、そして四つん這いになった女 性の背後から覆いかぶさるトニー…。中には結合部がはっきりと写っているものもあり、トニーがペッパー以外の女性と愛し合っているのは一目瞭然だった。
「嘘よ…トニーが…私を裏切るなんて…」
何度も写真を見直したが、そこに写っているのは、自分の夫であるトニー・スタークだ。
「嘘よ…嘘……。いやぁぁぁ!!!」
写真を投げ捨てたペッパーは、頭を抱えた。蹲ったペッパーは両手を握りしめ、床を何度も叩いた。写真をスキャンしたジャーヴィスだが、何度確認しても合成ではなく、そこに写っていることは事実以外何者でもなかった。泣き叫ぶペッパーに、ジャーヴィスは何も出来なかった。
「ペッパー様、どうされ…」
家に入るなり聞こえてきたペッパーの悲痛な叫びに、エミリーは慌ててリビングへやって来た。
見るとペッパーがお腹を押さえ床に倒れているではないか。
「大変…。ペッパー様?ペッパー様!」
ペッパーの周りに何枚もの写真が散らばっているのに気づいたエミリー。そのうちの一枚を手に取った彼女は言葉を失った。
「社長……」
その時、ジャーヴィスが要請していた救急隊が到着し、エミリーは急いで写真をかき集めた。
「おい!起きろ!」
水を掛けられたトニーは、重い頭を振りながら目を開けた。頭が割れるように痛い。顔を顰めたトニーは、今までと視界が違うことに気付いた。研究室のような場所で斜めになった台の上に身体は拘束され、左右の腕には点滴の管が何本も刺さっているではないか。
「気分はどうですか?」
聞き覚えのある声に顔を上げると、キリアンがニヤニヤと自分を見つめていた。
「最悪だな。君には男を縛る趣味があるのか?」
ぼんやりとした頭を覚醒させるためにトニーは軽口を叩いたが、ムッとしたキリアンは思いっきりトニーの腹を足で蹴った。
「う!!」
息が詰まったトニーは、ゴホゴホと苦しそうに咳き込んだが、冷めた目でトニーを見つめたキリアンは、ポケットから何か取り出した。
「あなたが彼女のことを諦めていれば、こんなことはしませんでした。言ったでしょ?あなたたちの絆を試させて頂くと」
キリアンが手に持っている球体を床に転がすと、トニーの目の前には映像が映し出された。
それはマヤを抱く自分の映像だった。マヤの妖艶な声や卑猥な音が部屋に響き渡る。
何度も何度も愛し合う二人。そしてその度に、トニーはマヤの中で果てていた。
トニーが最後に覚えているのは、身動きが取れない自分にマヤが何かを注射したこと。
『大丈夫よ…楽しくなる薬なの…』
そう言われた瞬間、意識が遠のき、それからのことは一切記憶にない。
状況が理解できず戸惑うトニーは、息をすることも忘れたかのように、映像を見ている。
「あなたたち、激しいですね。この2日間、ずっと愛し合っていましたよ?昔のことを思い出しましたか?」
目の前の映像が信じられないトニーは、やっとのことで声を絞り出した。
「嘘だ…」
真っ青な顔をし言葉を失っているトニーに、キリアンは追い打ちをかけるように次々と映像を映し出した。
「嘘じゃありません。僕は目の前で見ていましたよ」
目を見開き震えるトニー。あと一息だと感じたキリアンは、映像を消した。
「ヴァージニアはこれを見たら何て言うでしょうね?あなたに裏切られたと思うでしょう。かわいそうなヴァージニア。急に行方不明になったかと思うと、違う女性と遊んでいたと知ったらどう思うでしょうね?」
目を閉じ首を振ったトニー。
「…俺たちの絆は…こんなことでは……」
囁くように呟いたその声も、キリアンの嘲り笑う声にかき消された。
「崩れませんか?どうですかね?この映像だけ見れば、あなたが進んでマヤのことを抱いているようにしか見えませんよ?それに、彼女は今のあなたを愛しているんですよね?では、次に進みましょうか?あなたが変わっても、果たして彼女はあなたを愛することができるかどうか…」
キリアンの言葉の真意が理解できず顔を上げたトニー。途端に辺りは慌ただしく動き出した。
何をされるのかと不安そうなトニーを見つめたキリアンは、顔を近づけると耳元で囁いた。
「あなたを変えてあげましょう。我々と同じように…」
キリアンが合図をすると、腕に刺さった点滴から何かが身体の中に入ってき始めた。熱く燃えたぎる何かが…。
身体の中を炎が駆け巡る。息ができず心臓が激しく鼓動を打ち始め、トニーは叫び声をあげた。
その様子を満足そうに見たキリアンは、トニーの叫び声に負けじと声を張り上げた。
「そうだ、一つ教えてあげます。苦しいでしょうが、諦めたらあなたは死にます」
「ど、どういう…こと…」
唸り声をあげるトニーに向かってニンマリと笑ったキリアン。
「あなたが諦めなかったら、ヴァージニアにまた会わせてあげましょう。だた、あなたを見て彼女はどう言いますかね?」
楽しそうに笑ったキリアンは、足早に部屋を出て行った。
「くっ…」
身体は炎で焼かれているように熱く、全身から汗が滝のように噴き出した。まるで身体中の細胞の一つ一つを剥がし置き換えているような痛みに、トニーは我慢できなくなっていた。
ふと自分の腕を見ると、オレンジ色に光っているではないか。
「な、何だ…これは…」
その途端、身体の中から何かが這い出してくるような感覚に襲われたトニー。
『諦めたらあなたは死にます』
キリアンの声が頭の中をよぎり、トニーは必至でペッパーの顔を思い浮かべた。
(絶対に耐えてみせる…ペッパーに再び会うまでは…)
何度も叫びそうになりながらも、必死で歯を食いしばるトニーの姿を、キリアンは別室でモニター越しに見つめていた。
「なかなかしぶとい男じゃないか。これは面白くなってきたぞ?」
声をあげて笑うキリアンに、一緒に見ていたマヤの目から涙が一粒零れ落ちた。
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