Need You Now~絆編3~

二日後。仕事も終わり帰宅しようとしていたトニーの元にエミリーがやって来た。
「社長、お客様です」
時計を見ると、もうすぐ6時。こんな時間に来客の予定はなかったはず。
「来客の予定はないだろ?」
不機嫌そうに眉間にシワを寄せたトニーに気づいたのだろう、エミリーは申し訳なさそうに答えた。
「えぇ。それが、社長と奥様のお知り合いだと…」
「知り合い?誰だ?」
「キリアン様とおっしゃる方です」
「キリアン?」
何処かで聞いたことのある名前。だが、顔を思い出すことも出来ず、トニーは頭を捻った。ペッパーも知り合いとなると、彼女の友達…すなわち元教え子かもしれない。そうなると邪険にすることはできない…。
「まぁいい。通してくれ」
ため息を付いたトニーは『少し遅くなる』とペッパーにメールを送った。

「お久しぶりですね、スタークさん。アルドリッチ・キリアンです」
満面の笑みで入ってきたのは、若い男性だった。妙に馴れ馴れしい態度、人を蔑むような視線…。
「…失礼だが、何処かで会ったか?」
見たことあるのだが、どうしても思い出せないトニー。そんなトニーに臆することなく、キリアンと名乗る男は手を差し出した。
「先日、私のヴァージニアと久しぶりの再会を喜んでいる時に。あなたが現れて感動の再会は中断されましたが」
ニヤニヤと下衆な笑いを浮かべるキリアンに、ようやくトニーは一人の人物を思い出した。
(そうだ、キリアン…。どこかで聞いたことがあると思ったら、あの時の男か…)
トニーの脳裏に蘇ったのは、まだ二人が教師と生徒だった時…ペッパーが告白されるのを目撃し、恋人と名乗れないため嫉妬に苦しんだあの日のこと。
(その男がなぜ今さら現れるんだ…。俺たちは結婚しているんだぞ?)
指に嵌めた結婚指輪にそっと触れたトニーは、抑揚のない声で言った。
「で、何の用だ?これから妻と約束があるんだ。早く要件を言ってくれ」
馴れ馴れしくもペッパーのことを『ヴァージニア』と呼ぶキリアンに対し、『妻』という言葉を強調したトニー。
キリアンは肩をすくめると、勝手にソファーに座り込んだ。
「いえ。ただ、いい物が手に入りましてね。あなたに是非見てもらいたいとお持ちしたんです」
懐から何やら取り出したキリアンは、テーブルの上に投げた。

目の前に映し出された映像…それは先日のパーティーで、二人が行為に耽っている映像だった。
嫌な汗が背中を流れ落ちたトニーだったが、毅然とした態度で答えた。
「脅しか?悪いが私たちは夫婦だ。だから何をしようが…」
だが、キリアンは大げさに目を見開くと、嫌な笑い方をした。
「すみません、間違えました。これではなかった。こっちの映像ですよ」
ボタンを切り替えると、突然、生々しい声が部屋に響き渡った。
それは二人の関係がまだ秘密だった頃の映像。校内で…それもトニーの部屋だった理科室でだけではなく、図書室の片隅や放課後の教室で愛し合う二人の映像だった。

「…どうしてこんなものが…」
絶句しているトニーに、キリアンはニヤニヤと笑みを浮かべるばかり。
「驚きましたか?あの時、彼女に振られてから、校内のあちこちにカメラを仕掛けました。まだたくさんありますよ?あなたたち、毎日のようにしていましたからね。まさか結婚されていたとは…。驚きました」
映像を消したキリアンは、真っ青な顔をしているトニーをじっと見つめた。

「…何が目的だ。金か?それとも…」
やっとのことで声を絞り出したトニーだが、キリアンはその言葉を遮った。
「金なんか興味ありません。彼女です。ヴァージニアは僕のものだ。あなたにはふさわしくない。僕なら彼女を完璧にできる。もっと愛してあげられる。一日中抱きしめ、寄り添うこともできる。だから、ヴァージニアを返せ。さもなければあなたたちの映像の全てを全米中のマスコミに送りつけます。話だけならまだしも、映像が公開されれば…あなたは破滅しますね」

何も答えることのできないトニーを一瞥すると、キリアンはトニーの肩をポンっと叩いた。
「三日猶予をあげます。僕は優しいんです。彼女とのお別れが必要でしょ?いい返事を期待していますよ、トニー」

もうすぐ日付が変わる頃、リビングのソファーの上でウトウトしていたペッパーは、トニーの帰宅を告げるジャーヴィスの声に飛び起きた。
「…ただいま」
「おかえりなさい…どうしたの?」
顔色は悪く追い詰められた表情の彼に、ペッパーは何かあったのだと瞬時に理解した。
「会社で何かあったの?」
だが、無理やり笑顔を作ったトニーは、
「いや、何でもない。それより、遅くなってすまなかった。急に呼び出されて…」
と言うと、ペッパーの額にキスをした。
「ご飯できてるわよ?」
目を合わそうとしないトニーだったが、ペッパーにジャケットの裾を握られ振り返った。
「悪いが食欲がないんだ…。下にいるから、用があったら呼んでくれ…」

ラボのモニターの前に座り込んだトニーは、ネクタイを緩めるとジャーヴィスに命じた。
「ジャーヴィス、キリアンという男について調べろ」
『分かりました。…アルドリッチ・キリアン。AIMを創設。現在、エクストリミスの開発…』
聞き覚えのある言葉にトニーは閉じていた目を開けた。
「エクストリミスだと?」
『はい。共同研究者として、マヤ・ハンセン。マヤ・ハンセンですが…』
「いや、いい…彼女については知っている…」
モニターを閉じたトニーは頭を抱えた。

まさか彼女まで絡んでいるとは…。
どうすればいいんだ…。ペッパーのことは渡さない。絶対に渡してたまるか。俺のことはいくら悪く言われてもいい。だが、あの映像が世間に出回れば、彼女が傷つく…。

心配になりラボへ降りて来たペッパーは、ドア越しにトニーの背中を見つめていた。うつむいたまま動かないトニーの背中は小さく震えている。

あの時と同じ。彼がご両親と喧嘩をして一人苦しんでいたあの時と同じ。でも、今度は彼一人を苦しめるようなことはさせない。だって、私は彼の妻なのよ…。

ラボに入ったペッパーは、夕食の載ったトレーをトニーのそばの机の上に置いた。
ちらりと顔を上げたトニーだが、何も言うことなくまた頭を抱え込んでしまった。トニーの手を握ったペッパーは、彼に向き合うように机の端に軽くもたれ掛かった。
「トニー?何かあったんでしょ?」
「…」
黙ったままのトニーは、顔をペッパーの胸元に押し付けた。髪をゆっくりと撫でながら、ペッパーはトニーの頭を抱え込んだ。
「ねぇ…お仕事のことは分からないけど、私に話して?一人で抱え込まないで?」

しばらくして顔を上げたトニーは、ペッパーの目をじっと見つめていたが、大きく息を吸い込むと、膝の上にペッパーを座らせた。
「…キリアンって覚えてるか?」
「えぇ、この間会ったわよね?」
「あぁ…。あいつが会社に来た…」
キリアンと言われ思い出したのは先日の出来事。偶然を装っていたが、やはり待ち伏せしていたのだろう。それがなぜトニーの所へ…。首を傾げたペッパーは、トニーのシャツをギュッと握りしめた。
「あなたの所に?どうして?」
「君を渡せと言われた…。渡さないと映像をばら撒くと言われたんだ…。俺が君を抱いている映像だ…。それも、学校で…」
なぜそんな物があるのか、ペッパーは理解できなかった。顔色を変え言葉を失っているペッパーの背中をトニーも言葉なくゆっくりと撫でた。
「どうして……どうしてそんなものが…」
やっとの思いで声を出したペッパーだが、その目からはポロポロと涙が零れ始めた。トニーは涙を優しく拭うと、ペッパーから目を逸らせた。
「君に振られた腹いせに、校内にカメラを仕掛けたらしい。もちろん、俺は君を一生手放すつもりはない。だが、あの映像が世間に出回れば、君が傷つく…。俺のことはいくら悪く言われてもいい。だが、君のことは…もう傷つけたくない…。君のことだけは、何としても守りたいんだ…」
そう言うと、トニーはペッパーの身体を抱きしめた。いつも力強く抱き締めてくれる腕なのに、今日は力なく震えている。
トニーの恐れていること…それはペッパーが自分の元からいなくなることだ。彼女は愛情に飢えていた彼が愛することのできるただ一人の女性。そして無償の愛だけではなく、彼の血を分けた大切なものを運んできてくれようとしている。つまり彼女は彼の世界に不可欠なものであり、それが欠けると彼の世界は崩壊する のだ。
そして今や彼女にとっても彼は同様な存在となっているため、言葉に発しなくても彼の気持ちは彼女に痛いほど伝わったのだった。
涙をぐっと堪えたペッパーは、トニーの首元に顔を押し付けた。
「ねぇ、トニー。私たちは夫婦よ。それに、この間あなたは私への想いをみんなの前で言ってくれたわ。だからね、もしその映像が公開されても、私は大丈夫。あなたがそばにいるんだもの…。だから、大丈夫よ…」
ペッパーのその言葉に、トニーは身体を抱き寄せると一人心に誓った。

(彼女は絶対に離さない。命をかけてでも彼女と子供は俺が守る…)

三日後。
自宅に厳重な警備をひいたトニーは、自分の運転手でもありボディーガードでもある親友のハッピーにペッパーの護衛を任せると、会社へ向かった。

人払いさせた社長室。不気味なほどの静けさの中、トニーはじっと窓の外を見つめていた。すると…
「返事を聞かせてもらいましょうか?」
振り返ると、キリアンとサヴィンと名乗る彼の仲間が部屋に入って来た。
二人をじっと見つめたトニーは、毅然とした態度で言い放った。
「ペッパーは…妻は渡さない」
睨みつけるようなトニーの目をじっと見つめたキリアンは、一瞬目を丸くしたが、すぐさま笑みを浮かべた。
「いいんですか?あの映像を…」
何か言いかけたキリアンを制したトニーは、声色を強め言い放った。
「好きにしろ。私たちは夫婦だ。愛し合い結婚した。だから、そんなもので絆は壊れない。それに、妻を傷つける奴がいれば、私は命をかけて守る」

トニーの瞳には迷いがなかった。この男は、彼女を守るためなら自分の手を汚すことも厭わないだろう…。
(筋書き通りだけどな…)
「…分かりました。では、その絆、試させてもらいますよ?」
口角を上げたキリアンが合図を送ると、サヴィンは瞬時にトニーの傍に駆け寄り、机の上に押し倒した。
「お、おい!何をするんだ!」
身体を押さえつけられたトニー。その力は尋常ではなく、身動きが全く取れない。
近寄って来たキリアンがトニーのうなじをスッと撫でた。
「さぁ、パーティーの始まりですよ」
首筋にチクリと痛みを感じたトニーだが、目の前がぼんやりし始め、意識を手放した。

4へ…

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