「ママ?今日ね、せんせいがおしえてくれたの。『ばれーたいん』ってなぁに?」
幼稚園からの帰り道。後部座席のチャイルドシートに座ったエストが、身を乗り出すようにして運転席のペッパーに尋ねた。
「え?『バレンタイン』のこと?バレンタインはね、大切な人や大好きな人に好きよって伝える日なのよ」
「ふぅ~ん。すきなひと…。ママはパパに、なにあげるの?」
エストの言葉にペッパーは固まった。
毎年トニーは薔薇の花束とジュエリー(加えてエストが生まれるまでは、ホテルでディナーを食べてそのままお泊まりコースだったが…)をプレゼントしてくれ るため、ペッパーもいろいろと趣向を凝らしてトニーを楽しませているのだが…ここ数年は、セクシーな下着に身を包み、そのまま朝まで楽しむ…というのが定番コース。だが、そんなことをエストに言うわけにもいかず…。
そして今年は…。
(この体型じゃ無理よね…)
ペッパーは大きくなったお腹を触ると苦笑した。
「そうねぇ…今年は何がいいかしら…。そうだわ、エスト。ママと一緒にチョコレートとクッキー作らない?」
「うん!つくる!」
母親の言葉にエストは大喜び。チャイルドシートの上で飛び跳ねる娘を見たペッパーは、買い物をすべくスーパーへと車を走らせた。
♥︎ ♥ ♥
「ママー!できた!」
ハートや星などたくさんの形のクッキー生地を天板の上に並べたエストは、チョコレートを溶かしていたペッパーに得意げに言った。
「あら、上手にできたわね。じゃあ、これはオーブンに入れましょうね」
天板をオーブンにセットしたペッパーはスイッチを入れた。
「後は焼けるのを待ちましょうね。今度はこっちのチョコレートね」
丸や四角やハートのシリコンの型にチョコを流し込んだペッパーは、アラザンやナッツや砂糖菓子を取り出した。
「ママ?どうするの?」
不思議そうな顔をしているエストにペッパーは
「こうするのよ。見ていてね」
と言いながら、チョコレートにトッピングをし始めた。
「すごい!ママ、じょうず!!」
手を叩いて喜ぶエストにペッパーは微笑んだ。
「さぁ、エストもやってみて」
「うん!」
しばらくチョコ作りに夢中になっていたエストだが、香ばしい香りがキッチンに漂い始め、椅子から飛び降りるとオーブンの前へ走った。
「ママ!いいにおいよ!」
「そろそろ焼けたみたいね…」
オーブンからクッキーを取り出したペッパーは、皿の上に並べた。
「冷めたらラッピングしましょうね」
ちょうどその時、帰宅したトニーがキッチンへ顔を覗かせた。
というのも、いつも走って出迎えてくれるエストの姿が見えず、うろうろ探しているうちに、キッチンから何やらいい香りがするのに気付いたからだ。
「ただいま…。二人で楽しそうだな?」
キッチンへ入ろうとするトニーに気付いたエストは、トニーの足元へ走り寄ると、両手を広げ立ちはだかった。
「パパ!ダメ!!はいらないで!!」
「え⁈パパは入っちゃダメなのか?」
「そうよ!あっちいって!」
妻そっくりの膨れっ面で自分を睨む娘。助けを求めるように妻を見ると、ペッパーは苦笑い。
「トニー、晩御飯ができたら呼ぶから…」
ペッパーの言葉に肩を落としたトニーは、すごすごと寝室へあがって行った。
その後ろ姿をじっと見つめたエストはつぶやいた。
「パパ…ごめんちゃい…」
去っていくトニーの後姿に、一応ぺこりと頭を下げたものの、顔を上げた瞬間には笑みを浮かべたエストはペッパーの元へ駆け寄り、作ったクッキーとチョコをラッピングし始めた。
♥︎ ♥ ♥
後で渡しましょうねとペッパーに言われたエストは、小さな箱を宝物のように大切そうにキッチンの棚に隠した。
「うん。ねぇ、ママ?パパ、よろこんでくれるかなぁ?」
「きっと大喜びするわよ。さぁ、晩御飯にしましょ?」
「えすとがパパ、よんでくる!」
寝室へ向かったエストだが、トニーの姿はない。
「パパ?」
キョロキョロと探し回るも気配すらない父親。
「パパ、いない…」
父親がいるとすれば、あの場所しかない…そう思ったエストは、地下のラボへと向かった。
ドア越しにラボを覗くと、父親が机に座って何かしている。
「パパ、いた!」
残念ながらエストは安全上の問題で、ドアを開けることができないので、ガラスを叩いてトニーの気を引こうとした。
「ん?」
かすかに聞こえる音にトニーが振り返ると、エストが必死でガラスを叩いているではないか。
慌ててドアを開けると、エストはトニーに抱き着いた。
「パパ!ごはんできたよ!」
(わざわざ呼びに来てくれたのか?)
かわいい娘にトニーの目じりは下がりかけた。
だが、先ほどの仕打ちを思い出したトニーは、口を尖らせた。
「パパは仲間外れなんだろ?」
二人が何をしていたかということくらい、今日が何の日か考えれば予想は付くのだが…。我ながら大人げないな…と思ったが、どうも素直になれないトニー。
大好きな父親の機嫌が悪いは、先ほどの自分の発言だと気付いたエストは、トニーの脚にしがみ付き、上目遣いでじっと見上げた。
「ごめんちゃい…パパ。えすとね、パパがいちばんすきよ」
ペッパーそっくりの表情で言われれば、トニーも悪い気がしない。
エストを抱き上げ頬にキスをすると、
「そうか、パパもエストが大好きだ」
と、耳元でささやいた。
くすぐったそうに身をよじったエストを床に降ろしたトニーは、頭をくしゃっと撫でた。
「エスト、先に上がっていてくれ。すぐに行くから…」
♡ ♡ ♡
トニーがキッチンへ向かうと、テーブルにはペッパーの手料理が並んでいた。
「あ!パパ!あのね…あのね…」
椅子から飛び降りたエストは、カウンターに向かうと何やら背中に隠しながらトニーの元へやって来た。
「パパ、あのね、きょうはね、『ばれんたいん』でしょ?えちゅとね、パパがだいすきだから、これパパにあげる!」
満面の笑みで差し出したのは、小さな箱と折りたたまれた画用紙。
「何だろう?見ていいか?」
膝の上にエストを乗せ、箱を開くと中にはクッキーとカラフルにトッピングされたチョコレート。そして画用紙には、エストが描いたトニーの似顔絵。”Dad”と書かれた文字の周りは、たくさんのハートが描かれていた。
「この絵は、パパにそっくりだ!パパは絵になっても男前だな!それに、美味しいそうなクッキーとチョコレートじゃないか。エストが作ったのか?」
「ママとつくったの。たべてもいいのよ」
クッキーを一つ摘まんだエストは、トニーの口元に近づけた。大きな口を開けてパクリと食べたトニーが
「美味い!こんなに美味しいクッキーは食べたことないぞ!」
と、大げさに喜ぶと、エストは恥ずかしそうに笑った。
「そうだ、パパもエストにプレゼントがあるんだ…」
エストを膝から降ろしたトニーは、リビングへ向かった。
しばらくして戻ってきたトニーの手には小さなバラの花束。
「エスト、パパからのバレンタインのプレゼントだ」
記念日には、いつも大きなバラの花束をプレゼントされている母親を見ていたが、実際花束をもらうのは初めてのエストは、目を丸くした。
「すごい…ママといっしょ!」
ペッパーがするように花束を顔に近づけたエストは、息を吸い込んだ。
「いいにおいね…」
まるでペッパーのようなセリフに、トニーとペッパーは顔を見合わせて笑った。
♡ ♡ ♡
「トニー、あの子ったら大喜びよ」
エストを寝かしつけ寝室に戻ってきたペッパーは、ベッドに仰向けになっているトニーに声をかけた。
「それはよかった。だが、きちんと準備しておけばよかった…。君への花束から数本抜く羽目に…」
頭をかきながら話すトニーの言葉を聞きながら、ペッパーはベッドサイドに置かれた毎年恒例の花束とジュエリーを手にとった。
「ううん…。私こそ、毎年ありがとう。今年はごめんなさい…。いつもみたいにしてあげられないわ…」
はちきれそうになっている大きなお腹をさすりながら、ペッパーはトニーのとなりに横になった。
「いや、今年は最高のプレゼントがもうすぐもらえるんだ。この子が元気に産まれてきてくれるのが、一番のプレゼントだ」
お腹を優しく撫でたトニーは、愛おしそうにキスをおとした。
「そうね…もうすぐ会えるわね…」
何度もキスをするトニーの頭をペッパーは愛おしそうに撫で続けた。
エスト3歳
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