「スティーブおじさん!」
可愛らしい声と小さな足音に振り返ると、親友の息子が駆け寄って来た。
「やぁ、トニー。元気だったか?」
胸に飛び込んできたのは、ハワード・スタークの息子であるトニー・スターク。
確かもうすぐ4歳になるはずの彼は、年齢よりも賢くそして大人びている。
手を伸ばしたトニーを抱き上げると、彼は手足をばたつかせた。
「うん!ねぇ、早くお話聞かせてよ!どこに行ってきたの?」
トニーの楽しみ…それは、キャプテン・アメリカであるスティーブの冒険談を聞くこと。
「今回は、南米に行って来たんだ。そうだ、地図を見ながら話してあげるよ。さぁ、行こう」
小さな腕でしがみついてきた身体を抱きしめると、あの緊迫した日々から抜け出し、現実に戻って来たと実感できる。
トニー、君は僕の小さな天使だ。
***
『ぼくね、大きくなったらスティーブおじさんのお手伝いをしたいんだ!』
小さい頃はそう言っていたトニーなのに、あれから10年。
14歳になったトニーは反抗期なのか、僕と顔を合わせてもちっとも喋ろうとしてくれない。
それは父親であるハワードに対してもそうだった。
「なぁ、スティーブ。私はトニーに厳しくしすぎたようだ…。小さい頃は『パパ大好き』と言っていたのに、私がおもちゃで遊ぶな勉強しろと言い続けたせいで、最近では口を利いてくれないんだ…。マリアの言うとおりだ。もっと一緒に遊んでやればよかった…」
目の前の親友はしょぼくれて、昼間から酒を飲んでいる。
ハワード。君が昼間から酒に溺れているからトニーが余計に反抗していると聞いたぞ?
「寄宿学校にいれずに、手元においておけばよかったんじゃないか?」
ずっと疑問に思っていた。そんなに恋しいなら一人息子のトニーをなぜ手放したのだと。
一度トニーが言っていた。『父さんは僕の事が邪魔だから寄宿学校に入れたんだ』と。
だが、ハワードは机を叩き立ち上がった。
「私の跡取りだぞ?わが社を率いていかなければならないんだ!立派な男になって欲しいからこそ、あの学校に入れたんだ!」
それならきちんとトニーに説明すればいいのに…。
ため息を付いた僕は椅子から立ち上がった。
「おい、スティーブ!どこへ行くんだ!」
「散歩だよ。少し遠出してくる」
やれやれ、あの二人は似たもの親子なんだよな…。
外に出た僕は、とある場所を目指した…。
僕が足を延ばしたのは、トニーのいる寄宿学校。
確か、この寮のはず…とキョロキョロしていると、トニーの友達で僕も顔馴染みの連中がやって来た。
「あ、ロジャースさん。トニーなら部屋にいますよ」
いつ来ても、礼儀正しくて気持ちがいいな。でも、この堅苦しさがトニーには辛いのかもしれないな…。
そんなことを思いながらも、僕はトニーの部屋に向かった。
「トニー?僕だ。スティーブだ。入るよ?」
ノックした僕は、いつものように了解を得ずドアを開けた。
が、ドアを開けた瞬間、僕は固まってしまった。
部屋の隅のベッドでは、トニーが見知らぬ女性―明らかに年上の…おそらく教師だろう…と愛し合っている最中だった。
「と、と、と…」
真っ赤になり動けない僕をトニーは女性に腰をぶつけながら睨みつけた。
「何だよ。勝手に入ってくるな」
トニーに睨まれた僕はしばらく動けなかったけど、女性の大きな声に我に返ると、慌てて部屋を飛び出した。
「しまった…僕としたことが…」
寮の外のベンチに座った僕は、頭を抱え込んだ。よりによって、あんな場面に遭遇するなんて…。
後悔に襲われた僕は、そのまましばらく立ち直れなかった。
「…おじさん」
どのくらいたっただろうか。呼ばれる声に顔を上げると、目の前にトニーがいた。…もちろん服は着ている。
「トニー…その…ごめんよ。勝手に入って…」
トニーも赤い顔をしているが、きっと僕はもっと赤い顔をしているはず。
「別に…」
気まずそうにそっぽを向いたトニーは、ベンチの隅に腰を下ろした。
聞きたいことは山のようにある。でも、どこから話を切り出していいものやら…。
微妙な空気に耐えきれなくなったのか、先に口を開いたのはトニーだった。
「別に彼女じゃないから…」
「え?」
彼女じゃないってことは…と、昔気質な僕は一瞬戸惑ってしまった。
「ただの遊び相手。俺の事好きなんだってさ。一度抱いてくれってしつこくって」
顔を上げたトニーは、微かに口の端を上げて笑った。でも、その瞳は悲しみとそして寂しさで溢れていた。
「トニー…」
強がっているけど、彼はまだ14歳。僕の14歳の頃に比べると、数段大人びているトニーだけど…。僕は彼の心の闇に気付いてしまった。
「生徒だけじゃなくて、先生まで寄って来るんだ。でも…みんなが好きなのは、俺の名前だよ。『スターク』って名前だから…」
俯いた彼は、膝の上で拳を握りしめた。小さく震える背中を見た僕は、彼の事を思わず抱きしめてしまった。でも、トニーは抵抗しなかった。そればかりか、僕の背中に腕を回し抱きついてきた。それはまるで…小さい頃のように…。
「おじさん…僕…」
僕の胸元に顔を埋めてるけど、トニーが泣いていることは分かっていた。泣き顔を隠すように、抱きしめる腕に力を込めた。
「トニー、そんなに強がらなくてもいいんだ。君は君らしく生きればいいんだ。名前がなんだ?君には君のことを愛してくれるご両親がいるじゃないか?それに、いつかきっと現れる。そのままの君を受け止めて愛してくれる人が…」
小さく頷いたトニーは顔を上げると袖口で乱暴に顔を拭った。その瞬間、真っ赤な目をしているけれども、そこにいるトニーはいつものトニーだった。
「ところで、何しに来たんだよ?」
「久しぶりに君に会いたくなったんだ。いいだろ?」
笑顔を向けると、トニーは恥ずかしそうに鼻の頭を掻いた。
「せっかくだから、冒険談を聞いてやるよ。それと…」
「分かってる。君が知らない女性と遊んでいたことは黙っておくよ」
トニーを制するように先手を打って言ったのに、彼は眉間に皺を寄せた。
「いや、そこじゃない。俺が泣いたこと、父さんと母さんには言うなよ」
何だ、そっちか。確か、ここの学校は恋愛禁止だったはずだから、てっきり校則違反を気にしているのかと…。いや、付き合っているわけじゃないから、違反じゃないのか?いや、でも…。
ぶつぶつと独り言を言っていたらしい。
「おじさん、早く話してよ」
小さい頃から変わらない好奇心旺盛な瞳に見つめられた僕は、あの頃のように冒険談を話し始めた…。