「Pepperony 100」カテゴリーアーカイブ

95. Speed

「あっという間の1年だったな」
つい数時間前に撮影したばかりの写真を見ていたトニーは、いつになくしんみりしている。
ケーキを掴み生クリームだらけの娘、そしてその娘を抱き上げ顔中クリームだらけの自分。
今日は娘の1歳の誕生日。
こんな日々が自分に訪れるとは思ってもみなかった。
妻と娘に囲まれ、幸せな日々を過ごせるとは、十年前の自分に聞けばあり得ないことだと笑われるかもしれない。
だが、自分にも訪れた。いつか大切な人と築きたいと思い描いていた日々が。

娘が産まれ、初めて聞いた泣き声、そして恐る恐る抱き上げた腕の重みも、つい昨日のように鮮明に覚えている。
だが、いつか離れて行ってしまうのだろう。それが子供なのだから…。そしてその日まで愛情を注ぎ守るのが親なのだから…。

お気に入りのアイアンマンのぬいぐるみを抱きしめ眠る娘の頬にトニーはそっと触れた。
「そんなに急いで大きくならなくてもいいんだぞ?だが、お前はパパとママの子供だ。パパとママはいつだってお前を愛し、そして守るためにいる。それだけはいくつになっても変わらない。だからお前はお前の人生を歩んでくれよ」

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94. Chance

『トニー・スタークの恋人になる』
それは世の中の女性の半分が一度は願ったことがあるかもしれないことだろう。だが、現実はそう甘くない。恋人になるどころか、そもそも会う機会すら殆どないのだから。

スターク・インダストリーズに勤務している女性たちにとってもそれは同じだった。トニー・スタークが社長なのだから、会える確率は限りなく高いと思うかもしれない。だが、スターク・インダストリーズは超大企業だ。一般社員が社長であるトニー・スタークに会える機会など滅多にない。それでも突然遭遇しても大丈夫なように、女性社員達は日々お洒落に余念がなかった。

だが、事態はあのエキスポでの事件から一転した。トニー・スタークについに特定の恋人ができたのだ。相手は長年の秘書であるペッパー・ポッツ。
これに対する反応は実に様々だった。
『彼女なら仕方ない。長年彼を支えていたのだから』という好意的なものもあれば、『実はずっと身体だけの関係があったのだろう』という揶揄するような反応もあった。
つまり、社内の話題はエキスポでの出来事よりもあの二人のことで持ちきりだったのだ。
ということで、数々の憶測は当人たちの耳に当然届いていた。とは言っても、もっぱら耳にするのは、社内に出入りする回数が圧倒的に多いペッパーなのだが…。

***
会議が終わり自室へ向かっていたペッパーだが、廊下の角に差し掛かった時、自分の名前が聞こえ思わず足を止めた。
どうやら数人の女性社員が自分たちの噂話をしているようだ。

「あの女、どうやって社長のオンナになったのかしら?」
「やっぱりPAは得よねー。一度は社長にまで昇りつめたし」

嫉妬も陰口も慣れている。それはトニーのPAになってからずっとだったから。

そうかと言って、良いことを言われているのではないのだから、いつまでたっても慣れるものでもないのだが…。
出るに出られないペッパーがどうしようかと思案している間に、彼女たちの会話はエスカレートしていった。

「毎晩お相手できてるの?」
「そのうち飽きるんじゃないの?」
「だって、あのトニー・スタークですもの」

(こんなことで負けてたらダメよ!)
頭を軽く振ったペッパーは、深呼吸すると一歩前へ進もうとした。その時…。
「ハニー?何してるんだ?」
背後から聞きなれた声が聞こえペッパーは振り返った。
「トニー!」
まさかトニーが目の前にいるとは思ってもいなかったペッパーは思わず声を上げ、同時にその場は空気が張り詰めたように静かになった。目をパチクリさせたトニーはペッパーに近寄ると、肩を抱き寄せた。
「どうした?ぼんやりして。さては私が恋しくて泣いていたんだな?やはり私たちは気が合う。素晴らしく相性もいい!私も同じことを考えていた。君のキスが恋しくなり、君を探していたところなんだ。だから、ちょうどいいところで出会った。君の部屋はすぐそこだ。部屋に鍵を閉めて、二人きりの時間を過ごそう。君と過ごす時間は全てを忘れてしまう程、極上だ。つまり、私は君を一生手放すつもりはないからな!」
と、トニーは特に最後の部分は声を張り上げて告げた。すると…。
「え!やだ…」
「どうしよう…」
コソコソとした囁き声と共に、バタバタと走り去る音が聞こえ、トニーはふんっと鼻を鳴らした。
トニーの反応からペッパーは悟った。つまり、彼は分かってやっていたのだ。
「…聞いてたの?」
トニーに抱きついたペッパーは、上目遣いで彼を見つめた。
一瞬眉を吊り上げたトニーだがペッパーの髪を梳くと優しい眼差しを送った。
「実を言うと、君が会議室から出た時から後ろを歩いていた。つまり、全てを聞いていた。言っただろ?君を傷付ける奴は許さないと…」
「うん…」
小さく頷いたペッパーは笑みを浮かべたが、トニーは額に音を立ててキスを落とすと、彼女の肩を抱き歩き始めた。

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93. Lost

病室のドアが開く音に、廊下の冷たい椅子に座っていたペッパーは顔を上げた。
「主人は…」
悲痛な面持ちの医師は、ペッパーの前に腰を屈めると、まるで言葉を絞り出すように告げた。
「手は尽くしましたが…。残念です……」

***
どのくらい経ったのかは定かではないが、辺りはすっかり暗くなり、人の気配すらしない。ノロノロの立ち上がったペッパーはトニーの病室のドアに手を掛けた。
『ご本人にはまだ告げていませんが…。あと2、3日だと思って下さい』
先程の医師の言葉だけが頭の中にこだまする。
それでも笑顔を作ったペッパーは、ドアを開け部屋に入ると、トニーのベッドへ近づいた。
「トニー?気分はどう?」
青白い顔をしたトニーは、息苦しいのか大きく呼吸をしている。
「…最悪だ……。だが、君の顔を見たら…元気になった」
ニヤリと笑ったトニーに、ペッパーはこれから告げなければならないことに胸を痛めた。

敵の攻撃がリアクターを直撃し、あろうことか機能が停止した。その間に、あの忌まわしき破片の一部はトニーの心臓に達してしまった。奥深くまで達した破片。手術はできない、その場で命を落とさなかったのは奇跡だと言われた。

ペッパーはトニーにどう伝えればいいか分からなかった。いや、彼女自身、彼と永遠の別れをしなければならないという事実が受け止められず、気持ちの整理がついていなかった。
だが、トニーは分かっていた。いや、薄々は分かっていたが、目の前にいるペッパーは自分と同じくらい酷い顔色をしており、泣き腫らした目をしている。そんなペッパーの様子からトニーは悟ったのだ。自分は死ぬのだと…。
だからこそ、迫り来る死の影を追い払うかのようにトニーは軽く頭を振り、無理やり笑みを作った。
「ペッパー…、あとどれくらいだ?」
「え……」
正直なところ、もっと取り乱すかと思っていた。だが思いもよらぬ静かな声にトニーは自分でも驚いた。そんなトニーの言葉に伏せていた顔を上げたペッパーは、何か覚悟したような彼の目を見つめられず、再び顔を伏せてしまった。
「おい、ハニー。隠し事はなしだ。自分の身体だぞ?何が起こっているかくらい分かる…」
小さく肩を震わせるペッパーに、トニーは優しく声を掛けた。
「もう、ダメなんだろ?」
その言葉に、ペッパーの目から大粒の涙がポロポロと零れ落ちた。

「…2日…」
やっとの思いで絞り出した声は消えそうなくらい小さかった。
「そうか……」
ポツリと呟いたトニーは顔を伏せた。
思った以上に時間がないと知り、トニーはペッパーに気付かれないように唇を噛みしめた。
自分に残された時間は後2日。いや、もっと短いかもしれない。だからこそ、一刻の猶予もなかった。彼女に最期の思い出を残すためにも…。
何度か深呼吸をしたトニーは、ペッパーの手をそっと握りしめた。
「なぁ…。我儘言っていいか?家に帰りたい」
明日死ぬかもしれないのに、何を言っているのかと、顔を上げたペッパーは非難めいた視線をトニーに向けた。
「ダメよ!」
だが、トニーは真剣だった。
「ペッパー、頼む。こんな所で死にたくない。君との思い出の詰まった家で…迎えたいんだ…。最期の我儘だ。頼む…」
死の恐怖を必死で隠そうとしているトニー。それはきっと、残されるペッパーを悲しませたくないという彼の優しさ…。
トニーの決意に満ちた瞳は、おそらくいくら説得しても変えることはできない。なぜならそれがトニー・スタークなのだから…。

「分かったわ。待ってて、先生を説得してくるから」
そう言うと、ペッパーはトニーにキスをすると病室を出て行った。

***
家に戻って来たトニーは、寝室のベッドに寝かされた。
身体の負担にならぬようにと慎重に搬送したにも関わらず、トニーは病院を出発した時より衰弱していた。
肩で息をするトニーは酸素マスクを付けているものの、苦しそうだ。
せめて苦しまないように最期を迎えさせてあげたいというペッパーの希望もあり、鎮痛剤を点滴した医師は何かあれば呼ぶように言い残すと、部屋を後にした。

「何か欲しい物がある?」
トニーの横に座ったペッパーは、彼の頬をゆっくりと撫でた。
トニーの願いはただ一つだった。それは最期までペッパーの手を握っていること。
小さく首を振ったトニーは、ペッパーに向かって笑みを浮かべた。
「…そばにいてくれ…。それだけでいい……」
「分かったわ。ずっとそばにいるわ…」
トニーの隣に横になったペッパーは、彼の身体に腕を回すと手を硬く握りしめた。

それから二人は話した。出会った頃のこと、離れ離れになったあのアフガニスタンでの出来事のこと、その後思いが通じ合い結ばれた時のこと、プロポーズした日のこと、結婚式を終え向かったハネムーンのこと…。まるで二人の思い出を確認しあうかのように…。

やがて、マリブの海に朝日が昇り始めた頃、トニーの息遣いは荒くなり、そして顔にも血の気がなくなってきた。
様子を見に来た医師は手早くトニーを診察すると、首を振った。

もうすぐ永遠の別れがやって来る…。

「トニー…少し休んで…」
真っ青な顔をしたトニーの頭にキスをしたペッパーは彼の手に指を絡めた。
閉じかけた目を無理矢理開くように、トニーは軽く頭を振った。
「眠りたくない…。目を閉じたら…もう二度と…君に会えないと思うと…」
それは、死ぬと分かった時から泣き言一つ零さなかったトニーの本音だった。

最後の最後で弱音を吐きたくはなかった。最期まで彼女の笑顔を見たかったから。弱音を吐くことで、遺される彼女に辛い思い出を作りたくなかったから…。
だが、限界だった。
結局のところ、覚悟なんて出来ていなかった。出来ないに決まっている。自分亡き後の彼女のことを考えると、怖くて堪らなかった。それに、もうすぐ実現したはずの彼女との夢を叶えることが出来ないのだから…。

「ペッパー…怖い…。怖くて…仕方ない…。君と離れることが…。君を…置いて…行かなければ…ならないことが…。君が…悲しむ姿を…見るのが…」
真っ赤になった目元を擦ったトニーは手を伸ばすと、ペッパーのお腹に手を当てた。
「だが、君のこと…連れて行けない…。それに…この子も…」
あと少しだった。来月には、この腕に我が子を抱けるはずだった。親子3人で新しい生活が始まるはずだった。
産まれてくる子供は息子だ。
父親として、息子とやりたかったことは山のようにある。
キャッチボールにロボット作り、自転車の後ろを押し、恋の相談に乗り、庭で車の運転を教える…。
自分が父親と出来なかったことを息子とはしたかった。
だが、もう叶えることの出来ぬ夢。それどころか、息子をこの手に抱かぬまま、自分はこの世を去らねばならない。
「この子の顔…見れないんだな……。抱いてやることも…できない…。この子…私のこと…知らずに育つんだ…」
悔しそうに悲しそうに唇を噛み締めたトニーだが、遺されるペッパーのことを思うと胸が張り裂けそうだった。
だからこそ、最期の瞬間は笑顔で見送って欲しかった。どんな時も支え愛してくれたたった一人の女性の心からの笑顔で…。
「ペッパー……。泣くな…。君は…笑顔が似合うから…。私がいなくなっても……」

トニーはいつも言っていた。『君の笑顔を見ると安心する』と。それ故に、ペッパーは決めていた。最期は笑顔で見送ってあげたいと。だが、溢れだす涙は止めることができない。それでも笑みを作ったペッパーは、トニーの指に自分の指を絡めると、彼の手の甲にキスをした。
「えぇ、分かってる…。あとは任せて。だから安心して…。私はこっちで頑張るから…。笑顔で頑張るから…。この子のこと…立派に育てるから…。この子にあなたのこと…たくさん話をするから…。この子のこと…あなたが愛してることを…」
微かに笑みを浮かべたトニーだが、その手は次第に冷たくなっていく。
「この子の名前…決めたわ。あなたの名前をもらうわ。あなたみたいに…世界で一番強くて優しい人になれるように…」
何度か瞬きしたトニーは嬉しそうに笑った。

トニーに付けられたモニターがか細くなっていく。それは彼の命のタイムリミット。
伝えたいことはまだまだたくさんある。でも彼はきっと分かってる。私の気持ちは全て分かってる。私が彼の気持ちを分かっているように…。

「トニー……。ずっとそばにいてね?」
そう囁くと、トニーはいつものように悪戯めいた笑みを浮かべた。
「あぁ……もちろんだ………。君が…嫌でも…離れない………。ずっと…君のこと…見守って……だから……安心…して……」
大きく息を吐いたトニーは、定まらない視線をペッパーに向けた。まるで最期の瞬間まで最愛の女性の姿を目に焼き付けるように…。
モニターは消えそうな程微弱になっている。
最期に伝えたい。巡り会えた感謝を…。永遠の愛を…。

「トニー、愛してる…。ありがとう…私を愛してくれて…。私は永遠にあなただけのものよ…。だから待っててね…」
ペッパーの言葉に口元を緩めたトニーは、声を絞り出すように最期の言葉を囁いた。
「ぺ……ぱ…………あい……し…て………あり…が……と…………ぺ…ぱ………」
ペッパーの愛する魅力的な瞳から光が消えた。視線の合わなくなった目がゆっくりと閉じ、息遣いは次第にか細くなっていく。
ペッパーは手を握りしめ続けた。最期までずっとそばにいるということをトニーに伝えるために…。

やがてその時がやってきた。
無機質なモニターの音が部屋に響き渡った。

「トニー……永遠に愛してるわ…」
まだほんのりと温もりの残る唇にキスをすると、まるで笑みを浮かべたようなトニーの顔にペッパーの涙が零れ落ちた。

※死ネタ

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92. Sound

「これがあなたの心臓の音なのね…」
トニーの胸に耳を押し当てたペッパーは、初めて直に聞く鼓動に目を閉じた。
大きな傷跡の残る胸元。それは生まれ変った彼が今、自分と同じ場所にいる証。
耳奥響く音は、同時に心の奥底にまで響き渡り、ペッパーは胸元に這わせていた手をトニーの背中に回した。
心しか早い鼓動。そっと彼を見上げると、珍しく照れくさそうな顔が見えた。
傷跡に唇を這わせ印を刻むと、小さく身震いしたトニーはペッパーの背中に指を滑らせた。

※IM3後の二人

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91. Sight

真っ赤な太陽が海に沈んでいく。青かった水面は夕日を飲み込みながら、燃えるような赤へと変化している。時折金色の混ざるその色は、まるで彼のようで…。

バルコニーからぼんやり海を眺めていたペッパーだが、最愛の男性の声で現実へ引き戻された。
「ハニー、何してるんだ?風邪を引いたらどうするんだ」
振り返ると、毛布片手にトニーが慌てたように駆け寄って来た。そしてペッパーの肩から毛布を掛けると、少し冷えた身体を温めるようにぎゅっと抱きしめた。
「大丈夫よ」
彼の匂いに包まれた途端、温もりにも包まれたペッパーは、ふふっと笑った。
「だが…」
不安そうに顔を顰めたトニーは、ペッパーの手の上からお腹にそっと触れた。
「この子にね、あの夕日を見せてたの。あなたのお家からは世界一綺麗な夕日が見えるのよ…って」
母親の言葉に、お腹の中の小さな娘はグルグルと動き回っている。その反応に口の端を上げたトニーは、ペッパーの指を自分の指と絡めると、彼女の頬にキスをした。
「見えたと言ってるぞ。もうすぐ会えるな。楽しみだ」
トニーに身体を擦り寄せたペッパーは、彼の肩に頭を乗せると、幸せそうに微笑んだ。

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