Kiss the Teacher~学園編別ED7

そして二年後…。
「じーじ!」
手を伸ばした孫娘を抱き上げたハワードは、自宅の庭を散歩していた。
トニーに社長職を譲り、会長となったハワードの楽しみは、もうすぐ2歳になる孫娘と遊ぶこと。昔の彼からしてみれば到底考えられない姿だが、自分よりも数段しっかりしている息子と実の娘のように自分を慕ってくれる嫁、それにかわいい孫娘に囲まれ、ハワードは幸せだった。
心なしかマリアに似ている孫娘のアヴェリーはハワードのことが大好きで、いつも後ろを付いてまわっていた。
「じーじ、おままごとするのよ!」
庭で泥だらけになって遊ぶ二人の元に、ペッパーがお茶とお菓子を持ってやって来た。
「お父様、すみません…」
飛びついてきた娘の手を拭いたペッパーは、泥だらけのハワードに頭を下げた。
二人目を妊娠しているペッパーはもうすぐ出産のため、大きなお腹をしている。
「いいんだよ、ヴァージニア。子供と遊ぶのがこんなに楽しいなんて知らなかった。それに、トニーにはしてやれなかったことを、せめてこの子にはしてやりたいんだ」
母親と同じようにポニーテールにした髪を撫でると、アヴェリーは嬉しそうに笑った。

数日後。
「ただいま」
「あ!パパだ!」
玄関から聞こえてきたトニーの声にいち早く反応したアヴェリーは、もの凄い勢いで玄関に向かった。
「パパー!!」
弾丸のように飛び出してきた娘を抱き上げたトニーは、顔中にキスを受けながら鼻の下を伸ばした。
「アヴァ、いい子にしてたか?」
「うん!じーじとね、どぶちゅえんにいったのよ」
「そうか。よかったな」
リビングへ向かうと、夕食の準備をしていたペッパーがトニーを出迎えた。
「おかえりなさい」
唇にキスをおとしたペッパーのお腹を撫でたトニーは、妻に向かって優しく微笑み抱きしめようと腕を回そうとしたが、娘を抱いているのに気づき苦笑いした。それに気付いたペッパーは、アヴェリーに告げた。
「ご飯食べれるわよ。アヴァ、おじいちゃまを呼んできてくれる?」
「うん!」
床に降ろしてもらったアヴェリーは、パタパタとハワードの部屋へと向かった。
「改めて…ただいまのキスをくれないか?」
ペッパーを抱き寄せたトニーは、首筋に唇を這わせるとペッパーの目をじっと見つめた。
「いいわよ」
予定日は五日後。もうすぐ二児の父親になるのにいつまでも変わらないトニー。クスッと笑ったペッパーは、トニーの頬を両手で包み込むと舌を絡める濃厚なキスを始めた。
「んん…」
次第に深くなる口づけにペッパーの腰が震え始めた頃だった。
「パパ…ママ…」
か細い声が聞こえ、二人が身体を離すと、リビングの入口に泣き出しそうな顔をしたアヴェリーが立っていた。
「どうしたんだ?」
慌てて駆け寄ったトニーにしがみ付いたアヴェリーは、声を震わせた。
「じーじがね…おっきしないの…」
一瞬ペッパーと顔を見合わせたトニーだが、それが何を意味するのか悟ったトニーは顔色を変え父親の部屋へと向かった。

ハワードは自室の机のそばに倒れていた。
「親父!」
駆け寄ったトニーがハワードを抱き起こしたが、胸を押さえたハワードは目を開けない。
「親父!しっかりしろよ…親父!」
遅れて駆けつけたペッパーにトニーは叫んだ。
「ペッパー!救急車を呼べ!早く!」

病院へ運ばれたハワードは危険な状態だった。
「あと2、3日だと思います。覚悟して下さい…」
そう告げられたトニーとペッパーは、気持ちの整理を付ける暇もなく、会社や取引先、そしてハワードの友人らに連絡をし始めた。

バタバタとしていた人の出入りが落ち着いたのは、日付が変わった頃だった。ペッパーを自宅へ帰らせたトニーは、ハワードの眠るベッドサイドの小さな椅子に腰を下ろした。
あの時…自分が死の淵を彷徨っていた時、父親は母親を亡くしたばかりだったのにずっと付き添ってくれていた。手を握り、声をかけ、励まし続けてくれた。だから、今度は自分が…。
父親の手を握りしめたトニーだが、さすがに眠気には勝てず、うとうととし始めた。

微かな唸り声にトニーが目を覚ましたのは、夜明け前だった。椅子から転がり落ちそうになったトニーは、父親が目をうっすら開けていることに気がついた。
「親父?目が覚めたか?」
手を握ると、ハワードは弱々しい力だが握り返してきた。
「とにー…」
憔悴し泣き出しそうな息子の顔を見たハワードは、自分の命が残り僅かであることを悟った。
「なぁ、親父。もし親父が望むなら…」
そう言うと、トニーはリアクターをそっと押さえた。トニーの言いたいことを理解したハワードだが、かすかに笑うと首を振った。
「いや…トニー。私はいい…。もう十分だ…」
「そうか…」
ポツリと呟いたトニーは、目に浮かんだ涙を乱暴に拭うと立ち上がった。
「ペッパーに電話してくる。親父が目を覚ましたって…」
顔を背けたトニーは、足早に病室を出て行った。ドアが閉まると同時に、廊下から漏れ聞こえてきた息子の押し殺したような泣き声を聞きながら、ハワードは再び目を閉じた。

朝になり、アヴェリーを連れたペッパーがやって来た。
「トニー?大丈夫?」
一睡もしていないのだろう。ベッドの傍らの小さな椅子に座ったトニーは、真っ赤な目をして俯いたままだ。
「代わるから、少し眠って」
「あぁ…」
立ち上がったトニーをソファーに横にさせると、ペッパーは頬を撫でた。目を閉じたトニーだったが、しばらくするとポツリと呟いた。
「なあ、ペッパー。俺は親孝行できたかな?」
「え…」
一瞬戸惑ったペッパーを見つめると、トニーは顔を歪めた。
「俺は、昔から親父とお袋を悲しませてばかりだった…。迷惑かけてばかりだった…。お袋には、悲しい思いをさせたまま、何も言えずに別れてしまった…。だから、親父には…俺が感謝してることを…親父とお袋の息子でよかったってことを…俺が息子でよかったって……。それを伝えてから親父とは……」
言葉を切ったトニーは大粒の涙を流すと声を押し殺して泣き始めた。
苦しそうな父親を、アヴェリーは不安そうに見つめている。
「トニー…」
トニーの心の中には、あのクリスマスの出来事が根強く影を落としている。本音を吐き出したとは言え、両親に酷いことを言い、挙句の果てに母親には謝罪どころか感謝することさえ出来ずに別れることになってしまったのだから…。だからこそ、この二年半、彼は父親に対して彼なりに愛情と感謝を伝えてきたつもりだった。自分が体調を崩してでも働き続けたのは、父親が築き上げてきた物を自分がしっかり受け継ぐことで、父親の笑顔が見たかったから…。
妻であるペッパーには話すことができるのに、照れ臭さもあり父親には面と向かって言葉にすることが出来なかったことを、トニーは後悔しているのだ。
(でもきっと、お父様には伝わってるわよ…)
言葉に出す代わりに、ペッパーはトニーの身体をそっと抱きしめた。

8へ…

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