喧嘩

Kiss the Teacher 番外編・嫉妬編の続きです。

ある日の放課後、いつものようにトニーの部屋へ向かっていたペッパーは、話し声に気付くと立ち止まった。目的の部屋の方向から聞こえる声は、男性と女性の声。男性の声はもちろん彼女の恋人であるトニー・スターク。そして女性の声は…。
どこかで聞いたことのある声に、ペッパーは廊下の角からそっと顔を覗かせた。
部屋の前でトニーは女子生徒と話をしていた。
(あれって…マヤ・ハンセン?)
マヤ・ハンセンはペッパーと同学年の生徒だが、ペッパーとはクラスが違うため直接面識はなかった。それでも彼女のことは知っていた。
入学当初から彼女はトニーの熱烈なファンだった。ペッパーも入学当初からトニーのことが好きだったが、恥ずかしさもあり話をすることさえできなかったのだが、マヤは違った。彼女は最初から積極的にトニーに気持ちをぶつけていた。クリスマスや誕生日など何かにつけてプレゼントを渡してることも、学校中で有名な話だ。
そのマヤ・ハンセンがどうしてトニーといるのかは知らない。残念ながら二人は小声で話しているのか、所々しか会話は聞こえない。何を話しているのか気になったペッパーは、聞き耳を立てた。

一方のトニーは、目の前の生徒に少々うんざりしていた。
彼女が自分のファンなのは随分前から知っている。
卒業まであと半年。来月にはクリスマスもある。だから思い切って気持ちを伝えさせて欲しいと彼女が告白してきたのは先週の話だ。
自分には大切な女性がいる。彼女とは数年後には結婚する予定だ。だから君の気持ちには答えれないと丁重にお断りしたのだが、それでも彼女は諦めてくれず、今日もこうやってやって来たのだ。

「スターク先生。この間のお返事聞かせて下さい」
「ハンセンくん、この間も言ったが、俺には恋人がいる。だから君の気持ちには答えれない」
ため息をついたトニーはそう告げたが、マヤも負けてはいなかった。
「知ってます。先生に素敵な方がいらっしゃることは。でも、先生の恋人ってそばにいらっしゃらないじゃないですか。私なら先生のそばにずっといます。だから…」
言葉を切ったマヤはトニーに抱き付いた。慌てて引き離そうとしたトニーだが、マヤはトニーにぎゅっと抱き付き離れようとしない。
それでも無理矢理マヤを引き離し顔を上げると、少し離れた場所にペッパーがいるではないか。
(ペッパー?!)
声を掛けたいが、彼女との関係は秘密なのだからどうすることもできない。
どうすればいいのかとトニーがおたおたしていると、目に涙を溜めたペッパーは走り去ってしまった。
「ハンセンくん、はっきり言わせてもらうが、こういうことは迷惑だ。俺には心に決めた女性がいる。例え今そばにいなくても、俺のそばにいることが出来るのは彼女だけだ」
きっぱりと言い切ったトニーは、まだ何か言いたげなマヤを残すとその場から立ち去った。

(ペッパー…電話に出てくれ…)
その後、何度も電話を掛けたが、ペッパーは電話はおろかメールにすら返信してくれず、トニーは眠れない夜を過ごした。

***
翌日、授業中も廊下ですれ違い様にも全く目も合わせようとしないペッパーに、トニーはどうにかして話をしようと必死だった。
来てくれないだろうかと思いつつ、放課後になりペッパーを呼び出したトニーがやきもきしながら部屋で待っていると、ドアをノックする音が聞こえた。
祈るような気持ちでドアを開けると、期待通りペッパーがいたのだが、膨れ面をした彼女は何も言わずに部屋に入った。怒っている彼女のその頬を膨らませた顔も可愛いらしいと思ったトニーだが、そんな悠長なことは言ってられない。
ドアを閉めたトニーは壁にもたれかかると、二人きりの時にしか出さないような甘い声を出した。
「ペッパー、何を怒ってるんだ?」
だがペッパーはジロリとトニーを睨み付けると、眉間に皺を寄せた。
「何って、分かってるはずよ?」
「もしかして、昨日のことか?」
ポカンと口を開けたトニーに、ますます腹が立ったペッパーは声を荒げた。
「そうよ!昨日のことよ!あの子と廊下で抱き合ってたでしょ?!どういうつもりなのよ!」
彼女が無理矢理トニーに抱き付いたことは分かっている。だが無理矢理だったとしても、トニーと抱き合えるのは自分だけのはずなのだ。それともう一つ。ペッパーには許せないことがあったのだが、それを口に出す前に、トニーは言い訳をし始めた。
「あれはハンセンくんが無理やり抱き付いてきたんだ。俺は恋人がいるときちんと伝えた!だが彼女が抱き付いたまま離れなかったんだ!それくらい分かるだろ?!」
冷静に考えれば分かりそうなものなのに分かってくれないペッパーに、次第に腹が立ってきたトニーも声を荒げてしまった。
怒っていたのは自分なのに、トニーも怒り始めてしまい、ペッパーは先ほどから胸の内で燻ってた思いをぶつけてしまった。
「あの子に告白されたんでしょ?どうして言ってくれないのよ!私には全部話せと言ったじゃないの!なのにどうしてあなたは話してくれないのよ!」
先日、他校の男子生徒に告白された時、告白されたら全部話してくれと言ったのはトニーだ。それなのにどうして自分が告白されたことは言ってくれないのだろうか。いや、告白の話だけではない、トニーは肝心なことは胸の内に秘め気味なのだ。それがペッパーの心のどこかでずっと気になっていたことだった。
「俺に告白してくる生徒はハンセンくんだけじゃない。君も知ってるだろ?だからいちいち言わなかっただけだ」
ため息を付いたトニーは髪をかき上げた。
だがペッパーが聞きたいのはそういうことではないのだ。これ以上話しても、お互い感情的になっているこの場では解決しそうにない。そう思ったペッパーは
「トニーなんて大嫌い!」
と叫ぶと、泣きながら部屋を飛び出した。
「おい、ペッパー!」
追いかけようとしたトニーだが、ここは学校だ。下手に騒げば関係がばれてしまう。そうなるとペッパーに迷惑をかけてしまうのだ。
唇を噛みしめたトニーは力任せにドアを閉めた。

***
翌日は土曜日で学校は休みだった。
いつもなら朝からトニーの家に行き、夕方まで二人きりで過ごすのだが、昨日のことを怒っているのか、トニーからは何も連絡がなかった。
「…私って子供じみてたわよね…。トニーは何も悪くないのに…。私が一人でやきもち焼いて、怒って…。トニーのことを怒らせちゃったわ…」
ミッ○ーを抱きしめたペッパーの目から涙が零れ落ちた。
父親と母親は出張で週末は不在。一人きりの週末なんて寂しくてたまらないに決まっている。
「もう…嫌…」
枕に顔を沈めたペッパーは頭から毛布を被った。

いつの間にかうとうとしていたようで、ペッパーが目を覚ますと外は薄暗くなっていた。
「あれ…今何時かしら…」
枕元に放り投げていた携帯を見ると、メールが何通も届いていた。
差出人は全てトニーだ。

『昨日は悪かった。これからは俺もちゃんと話をする。すまなかった』
『君がいない週末がこんなにも寂しいものだとは知らなかった』
『お腹がすいた…』
『ハニー…会いたい』
『辛くて死んでしまいそうだ…』
『頼む…返事をくれ…』
『ペッパー…:'( 』
『ゴメン… <3 』

顔文字など滅多に使わないトニーの可愛らしいメールに、ペッパーは思わず笑みを浮かべた。

「私も会いたいわ…」
携帯の画面をそっと撫でたペッパーは最後の1通を開いた。
『18時に学校で。待ってる』
時計を見ると17時半をまわっている。
「大変…」
大急ぎで着替えたペッパーは家を飛び出した。

週末の学校は人気もなく、校舎に忍び込んだペッパーは自分たちの教室から明かりが漏れているのに気付くとドアをそっと開けた。
いつもペッパーが座る席にトニーは顔を伏せて座っていた。
「先生…」
ドアを閉めそっと呟くと、顔を上げたトニーは立ち上がると無言で近づいて来た。
「トニー、ごめんなさい…。私…あなたを疑うなんて、最低だったわ…」
目をぎゅっと閉じたペッパーは小さく頭を下げたが、次の瞬間、大きくて温かな腕がペッパーを包み込んだ。
(トニー…)
何があっても必ず守ってくれるトニーの腕の中に抱きしめられ、ペッパーの心に燻っていた不安は一気に吹き飛んでしまった。
ギュッと抱き付いてきたペッパーを思いっきり抱きしめたトニーは、彼女の耳元で囁いた。
「ペッパー。謝るのは俺の方だ。君のことを不安にさせるなんて、最低だな…」
顔を上げたトニーはペッパーの顎を持ち上げるとじっと瞳を見つめた。
「だが、信じてくれ。俺の愛しているオンナは君だけだ。君だけが俺の世界に入り込めるオンナなんだ」
嘘偽りのないその真摯な瞳にペッパーはニッコリと笑みを浮かべた。
「うん…」
背伸びしたペッパーは、トニーの唇にキスをした。
数日ぶりのキスは軽く触れる程度だったが、二人が待ち望んでいたものだった。子供のようなキスに物足りなくなったトニーは、ペッパーの腰を抱き寄せると、甘く深いキスをし始めた。とろけるようなキスに次第に酔い始めたペッパーは、トニーのシャツをぎゅっと掴んだ。
やがて銀色の糸を引きながら唇を離すと、トニーはペッパーの頬をそっと撫でた。
「このまま帰らせたくないな…」
だが時間が時間だ。門限までに帰らさなければと、トニーはペッパーの手を引きドアへ向かいかけたのだが、その手をペッパーはぎゅっと握りしめた。
「…今日はお泊りできるの…」
消え言いそうな小さな声だったが、トニーが振り返ると真っ赤になったペッパーはどこか期待したような瞳で自分を見つめているではないか。
「それなら話は早いな。今夜は寝かせないからな」
悪戯めいた笑みを浮かべたトニーは、ますます真っ赤になっているペッパーを抱き上げると、教室を後にした。

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