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3.spy! au

「ヴァージニア・ポッツです。今日からよろしくお願いします」
新しい秘書は完璧なまでの笑みを浮かべているのに、肝心のトニー・スタークは興味なさそうに欠伸をした。

ヴァージニア・ポッツ。
実は彼女、A.I.M.という会社から送り込まれたスパイだった。
スターク・インダストリーズの社長であるトニー・スタークの秘書になり、彼を色仕掛けで堕とし、スターク・インダストリーズの最新技術を盗み出す…。それが彼女に与えられた任務だった。
社長と寝て、情報を盗み、姿を消す。今まで何社もそうやって潰してきた。彼女の手腕は見事なので、A.I.M.の社長であるアルドリッチ・キリアンにとっても、彼女はお気に入りの部下だった。

だから全て順調に行くと思っていた。
初日はトニーにニックネームまで付けてもらった。そばかすが可愛いから『ペッパー』と呼ばれることになったヴァージニアは、内心嫌で堪らなかったが、これも任務のためだと喜ぶふりをした。
3日目にはキスまで済ませ、5日目には関係を持って、そして10日目には情報全てを奪い姿を消す…。そしてキリアンに渡し、一晩中愛してもらう…。
その予定だったのに、10日目にキリアンと落ち合ったヴァージニアは、何一つ実行できていなかった。

「いつもの君らしくないじゃないか?」
ベッドの中で胸を愛撫しながら、キリアンは眉をつり上げた。するとヴァージニアは溜息を付いた。
「スターク社長、毎晩別のオンナと寝ても、私には振り向いてくれないんですもの…」
頬を膨らませたヴァージニアだが、キリアンの身体に跨ると、キスをした。
「任せて…。1週間で絶対に堕としてみせるわ…。だからね…今日は何も言わずに愛して…」
ヴァージニアはキリアンの肉棒を掴んだ。そしてそれを自分の中に入れると、喘ぎ始めた。

***

翌日。
今日は絶対にキスまで済ませてみせると意気込んだヴァージニアは、コーヒーを入れると社長室に向かった。
「おはようござい……どうされたんです?!」
トニー・スタークは出社していたが、毛布に包まった彼はソファにぶっ倒れていた。
「おはよう…ポッツくん………」
死にそうな声を出したトニーは、真っ赤な顔をしており、何度か盛大なくしゃみをした。慌てて駆け寄ったヴァージニアは、トニーの額に手を当てた。額は燃えるように熱く、彼は高熱を出しているのは明らかだ。
「社長!凄い熱じゃないですか!病院へ行きますよ!」
「…いやだ…」
子供のように駄々をこねるトニーに、いい大人が何言ってるの?と呆れ果てたヴァージニアだが、彼女はトニーの運転手のハッピー・ホーガンに連絡すると、無理矢理病院へ連れて行った。

風邪をこじらせたトニーは、点滴をしてもらった。家に戻って来る頃には、熱も少しだけ下がっていたが、寝室へ向かった彼はそのまま眠り始めた。
独り身のトニーを世話してくれる人などいないのだから、ヴァージニアはそのままトニーの家に留まることにした。が、これはチャンスだ。ここはトニー・スタークの自宅。つまり何らかの極秘情報があるに決まっている。
そこでヴァージニアは、トニーが眠っていることを確認すると、家の中を散策し始めた。
が、トニーの家はあまりに広大だった。一人暮らしなのにどうしてこんなにあるのだろうと言いたいくらいゲストルームはあるし、ジムにプールにサウナ、そしてシアタールームまで揃っている。クローゼットはヴァージニア自身の家よりも大きいし、高級ブランドの洋服や靴が山のように揃っている。広大なキッチンに、料理好きなヴァージニアは思わず反応してしまったが、そんなものを探しているのではないと、彼女は地下へと続く階段を降りた。ガラス張りのドアの向こうには、何台もの高級車が並んでおり、そして沢山の機材とパソコンが置かれていた。きっとここに欲しい物は全て揃っていると睨んだヴァージニアは、ドアを開けようとしたが、ロックが掛かっている。
「私は優秀なスパイなのよ。こんなもの、簡単に破れるわ…」
唇をペロリと舐めたヴァージニアは、思いついたパスワードを入力した。が、ドアは開かない。何度か試しても一向に開かない。
小さく舌打ちしたヴァージニアだが、突然男性の声が響き渡り飛び上がった。
『ポッツ様はアクセス権がございません』
ヴァージニアはキョロキョロと辺りを見渡した。が、誰の姿も見えない。
「だ、誰…」
恐れ慄いたヴァージニアに、声の主は語りかけた。
『申し遅れました。私、J.A.R.V.I.S.と申します。トニー様が作られた、A.I.でございます。この家とそしてトニー様の全てを管理しております』
何ということだ。トニーは家にA.I.を取り入れていたのだ。つまりセキュリティは万全すぎて破れないということ…。
こうなったらトニーに取り入り、アクセス権を貰うしかない。熱で朦朧としている今なら簡単かもしれないと、ヴァージニアは寝室へ向かった。

トニーは目を覚ましていた。
「社長、何か食べられますか?」
ヴァージニアを見つめたトニーは首を振った。
「…食欲がない」
「でも何か食べられた方がいいですよ。しっかり食べて早く元気になって頂かないと…」
早く元気になって貰わなければ、いつまで経っても任務を終えることはできないとは言えないヴァージニアだが、彼女の顔をじっと見つめたトニーは、こくんと頷いた。
「じゃあ、アイスクリーム」
40過ぎた男の言葉とは思えない、予想外の答えに、おかしくなったヴァージニアはクスクス笑い出した。だが、本人は至って真剣なのだから、キッチンへ向かったヴァージニアはアイスクリームと水を手に寝室へと戻った。

「お水も飲んで下さいね。それから、はい、アイスクリームです」
もそもそと起き上がったトニーに手渡すと、彼はゆっくりと食べ始めた。何となくその場を離れたくなかったヴァージニアは、そばの椅子に腰掛けた。
「どうしてアイスクリームなんです?」
そう尋ねると、トニーは食べる手を止めた。
「子供の頃、熱を出すと、母が食べさせてくれたんだ…。それに、熱が出た時だけは…父も優しかった。アイスクリームを買ってきたと、部屋まで持ってきてくれた…」
トニーの言葉に、ヴァージニアは彼の生い立ちを思い出した。幼い頃から父親とは疎遠で、20歳の時に事故で両親を亡くした彼は、同じく20歳の時にとある事件で両親を亡くした自分と重なるところがあったから…。

「それにしても、君が初めてだ。こんなに甲斐甲斐しく世話をしてくれた秘書は…」
アイスクリームを食べ、薬を飲み、汗ばんだパジャマの着替えまでしてもらったトニーは、微睡んだ瞳でヴァージニアを見つめた。
その時ヴァージニアは、本当のトニー・スタークに触れた気がした。虚栄を張り、派手好きで冗談ばかり言っている彼の本当の姿…それは孤独で寂しがりやで子供じみていて甘えん坊な、どこにでもいる普通の人物…。
任務ではなく、本当に彼のことを世話してあげたいと思ったヴァージニアは、トニーの額の汗をタオルで拭うと、布団を掛け直した。
「今日はこちらに泊まりますね。あなたのことが心配ですし」
小さく頷いたトニーは目を閉じると眠り始めた。

翌日もトニーの熱は下がらず、ヴァージニアは食べられそうなものを作ったりと、看病し続けた。
彼女の献身的な看病の成果か、3日目には熱も下がり、5日目になるとトニーはすっかり元気になっていた。それでもまだ完治はしていないと、トニーは家で大人しくしておくことにしたが、特別することもないのだから、ヴァージニア相手に話をすることにした。1週間前の彼女なら、これも任務だと嫌々ながら話に付き合っただろう。だが、トニーが寝込んでいる間、彼の心に少しだけ触れた彼女の心情には変化が現れていた。ペッパーと呼ばれることも、嫌ではなくなっていた。つまり、任務を超えて、トニーとは別の感情で結ばれていたのだ。

2人は話をした。好きな食べ物や音楽など、そんな些細なことを含め、お互いの話を沢山した。ヴァージニアはトニーの話に腹を抱えて笑った。ヴァージニア自身、こんなに楽しい時間は久しく過ごしたことがなかった。いつも『任務だから』と割り切った人付き合いしかしてこなかった。本当の自分を隠し、いつももう一人の完璧な自分を演じていた。だが、トニーの前では、本当の自分になれた。気持ちが楽だった。完璧でなくてもいいのだから…。

気づけば夕方になっており、小腹の空いたトニーはヴァージニアに提案した。
「看病してくれたお礼にディナーでもどうだ?」
ヴァージニアも空腹を覚えていたので、笑顔で頷いた。

トニーの運転する車で、2人はヴェニスビーチに向かった。そして彼の馴染みの店で旨い料理に舌鼓を打った。食事を済ませた2人は、サンタモニカに立ち寄った。
「ねぇ、あれに乗らない?」
ヴァージニアが指差したのは観覧車。子供じゃないんだから…と苦笑したトニーだが、ヴァージニアの笑顔が見たいばかりに、彼は彼女の手を取ると、観覧車へと向かった。

2人を乗せた箱は、夜空へと進み始めた。窓から見える夜景は美しく、ヴァージニアは感嘆の声を上げっぱなしだ。
楽しそうにはしゃぐヴァージニアをトニーは見つめた。
「なぁ、ペッパー……」
トニーの声に振り返ったヴァージニアは、近づいてくる彼の顔に思わず目を閉じた。
唇が重なった。
甘く柔らかなトニーの唇が…。

(私たち……キスしてる……)

ヴァージニアの胸に、初めての感情が襲い掛かった。

計画通りになんかいかなくていい。
いや、トニーとの関係は、計画通りになんかしたくなかった。もう任務なんてどうでもいい…。彼のことを…本当に…心から……。

唇が離れた。
もっとトニーと触れ合いたい…。
本気でそう思ったヴァージニアは、彼のシャツを掴むと、今度は自分からキスをした。トニーもヴァージニアの身体に腕を回すと、貪るようなキスを続けた。

気づけば観覧車は地上へと降り立っていた。
手を硬く握り合ったまま観覧車を降りた2人は、車に向かって歩き始めた。
(このままずっと一緒にいたい…)
そう思ったヴァージニアは、トニーの腕にそっと寄り添った。そして2人は寄り添いながら、トニーの家へ戻った。

***

『おはようございます。トニー様、ポッツ様』
J.A.R.V.I.S.の声に目を覚ましたヴァージニアは、耳元に掛かるトニーの寝息にくすぐったそうに身を捩った。

今まで何人もの男性と意図せぬ関係を持ってきたが、昨夜のトニーとは、心から望んだことだった。
トニーは最高だった。今まで感じたことがないような絶頂を何度も迎えた。優しく愛撫してくれる繊細な手も、力強い腕も、たくましい胸板も…全てがもうどうしようもないほど愛おしくて堪らなかった。
こんな気持ちで迎えた朝は、初めてだった。出来ることなら永遠にこのままでいたい。彼のためなら、全てを変えてもいい…。
ヴァージニアの心はトニーに囚われてしまった。

それからのヴァージニアは、毎日が楽しくて仕方なかった。トニーと共に仕事に向かい、共に帰宅し、そして愛し合う…。恋人なら当たり前のことかもしれないが、ヴァージニアには何もかもが新鮮だった。
「ペッパー、愛してる…」
毎晩力強い腕に抱かれながら愛の言葉を囁かれ、ヴァージニアは幸せだった。
1ヶ月もすると、2人の関係は公のものになっていた。トニーは元々オープンな性格だし、パーティーがあると必ずヴァージニアを同伴し、人前でもキスをしているのだから、マスコミにすっぱ抜かれるのは当然なのだが…。

キリアンからは何度もコンタクトがあったのは知っている。報告しろとメールは毎日山のように来ていたし、電話も何度もかかってきていた。トニーとの関係が公になってからは、その頻度は増していた。だが、ヴァージニアは全て無視していた。ヴァージニアはキリアンの元に戻る気はなかったし、トニーのことをスパイする気もさらさらなかったから…。

***

2人が恋人になり3ヶ月が経った。
トニーはヴァージニアの誕生日にプロポーズをした。永遠に一緒にいたいと、母親の形見だという指輪を渡した。ヴァージニアは勿論了承した。彼女もまた、トニーと永遠にいたかったから…。

だが、幸せが終わる時がやって来た。
『ポッツさん、お客様です』
社長であるトニーなら兎も角、秘書である自分を訪ねてくる者などいない。一体誰かしら…と思いながら受付に行ったヴァージニアは凍りついた。そこには部下を連れたキリアンがいたのだから…。
「よお、ヴァージニア。久しぶり」
ヴァージニアは足が震えて動けない。そんな彼女に近づいたキリアンは、耳元で囁いた。
「スタークと寝たのに、成果なしか?それともスタークに本気で惚れたのか?どっちでもいいが、早く仕事を終わらせろ。そうしないと、お前は産業スパイだと、然るべき所にチクるぞ?そうすればお前は終わりだ」
凍りついているヴァージニアの頬を撫でたキリアンは、嫌な笑みを浮かべると唇にキスをした。
「今日中に情報を全て持ってこい。分かったな」
脅されたヴァージニアは頷くしかなかった。

いっそのこと、トニーに全てを話そうかと思ったが、彼にそんなことを言えるはずはない。そこでこっそりとトニーの家に向かったヴァージニアは、ラボへと降りた。
不思議なことに、ロックは解除されていた。部屋に入っても、J.A.R.V.I.S.は何も言わなかった。
不思議に思ったヴァージニアだが、パソコンには必要なデータも全て揃っており、全てをDLした彼女は、足早にラボを後にした。

リビングに向かうと、会社にいるはずのトニーが立っていた。顔色を変えたヴァージニアを見ても、トニーは表情を崩さなかった。
「必要な物は揃ったか?」
「え………」
戸惑うヴァージニアに、トニーは悲しそうな笑みを浮かべた。
「君が必要な物、全て持っていけ…。それで君が助かるのなら…」
ヴァージニアは震え出した。トニーは知っているのだ。自分の正体も目的も何もかも…。
「わ、私……」
何か言わなくてはと思ったヴァージニアだが、首を振ったトニーは背を向けた。
「さよなら、ペッパー…」
そう言うと、トニーは何も言わずに2階へと向かった。

ペッパーはトニーの家を飛び出した。車に飛び乗り、家へと急いだ。
「どうして……」
涙が止まらなかった。
USBを握りしめたまま、ヴァージニアは泣いた。
彼はいつから知っていたのだろう…。
スパイだと知っていたのに、自分を恋人として受け入れてくれたのだ。愛してると言ってくれたのだ。
「どうして……どうして……」
ヴァージニアは左手の指輪を見た。
涙は指輪の上にポツリポツリと降り注いだ。
今度は右手のUSBを見た。

後悔しかなかった。
トニーを騙してしまったことに対する罪悪感しかなかった。
そして、彼への愛情は本物だったのに…初めて掴みかけた幸せだったのに…それを結局は自分のせいで全て失いかけているという現実に、ヴァージニアはもう我慢できなかった。

ヴァージニアは決意した。
トニーが許してくれるのなら、彼と全てをやり直したいと…。
立ち上がったヴァージニアは工具箱からハンマーを取り出した。そして床に置いたUSBを、それで思いっきり叩いた。何度も何度も…。自分の過去を壊すように…。

破壊されたUSBを拾い上げたヴァージニアは、トニーの家に向かった。

***

トニーはバルコニーで酒を飲んでいた。

彼女の正体は最初から知っていた。それでも彼女に惹かれる何かがあったので、彼女を秘書として採用した。日が経つにつれて、彼女と心が通じ合った気がした。彼女も本来の仕事をすることもなく、新しい人生をやり直したがっているように感じたため、彼女のことを本気で愛した。彼女もまた、自分のことを本当に愛してくれていると思っていたが…。

だが、彼女は去った。
雇い主に脅されているのだから仕方ない。自分の渡した情報で、彼女が救われるのなら、自分たちが一時的でも恋人になったことは、意味があったことになるだろう…。
それでもトニーの胸には虚無感が襲い掛かった。
彼女とは本当に生涯を共にできると思っていたから…。
彼女なら、本当の自分を受け止めてくれると思っていたから…。
だが、それも終わりだ。
仕方ない。彼女には彼女の仕事があるのだから……。

溜息を付いたトニーは首を垂れたが、背後に人の気配を感じ、振り返った。
すると、去ったはずのヴァージニアがいた。
真っ赤に目を腫らした彼女は、大粒の涙を流していた。
「…どうして……」
彼女は情報を持ち、雇い主の元に戻ったはず。そうしなければ、彼女の身に危険が及ぶのに…。

唇を震わせるトニーに、ヴァージニアはゆっくりと歩み寄った。
「私…自分の任務を途中で放棄したことってないの。今の私の任務はね……永遠にあなたのそばにいることよ…」
目を見開いているトニーの目の前にやって来たヴァージニアは、彼の手に何かを握らせた。それは破壊されたUSBだった。
トニーはヴァージニアとUSBを何度も見た。
「…いいのか?これがないと君は…」
ヴァージニアはトニーの手ごとUSBを包み込むと、首を振った。
「いいの。もし裁きを受けなければならないのなら、私はきちんと受ける覚悟はできている…。でも、あなたを巻き込みたくないの…。世界一大切で…誰よりも愛しているあなただけは…」
「ペッパー……」
目尻を下げたトニーは小さく笑みを浮かべると、ヴァージニアを抱き寄せた。
「ペッパー…愛してる……」
耳元で囁かれたヴァージニアは、トニーの胸元に顔を押し付けた。
「ごめんなさい…本当にごめんなさい…」
泣きながら何度も謝るヴァージニアを守るように、トニーは彼女の頭を抱え込んだ。

ヴァージニアは話した。今までの経緯と、そして自分はトニーから情報を盗むために送り込まれたスパイであることを…。だが、いつの間にか本気でトニーのことを愛していたので、途中から任務のことはすっかり忘れていたことも…。
トニーは最初からヴァージニアの正体を知っていたこと、それを承知の上で彼女を秘書にしたことも話した。
「だから、君が途中で自分の正体をバラして、助けを求めてきてもいいように、色々と策は練っていたんだ」
そこまで計算済みだったとは…と、ヴァージニアは用意周到すぎるトニーに感服した。が、まずは今をどう切り抜けるかが最優先事項だ。キリアンの設けたタイムリミットは今日の深夜なのだから…。
「私に考えがある」
そう切り出したトニーは、自分の案をヴァージニアに話した。
話を聞き終えたヴァージニアは、トニーの案に賭けることにした。
「あなたが考えたアイデアよ。上手くいくに決まってる」
そう言い切ったヴァージニアは、トニーにキスをすると準備をし始めた。

***

もうすぐ日付が変わる。
やはりヴァージニアは逃げたか…と、時計を見上げたキリアンは、小さく唸った。
「あの女、キリアンさんから逃げられると思ってるんですかね?」
キリアンの部下であるサヴィンは、大欠伸をするとボスを見た。
「戻ってこなかったことを後悔させてやろう。スパイだと通報し、全ての責任をあいつに背負わせる。そうすればあの女は俺に助けを求めにくるはずだ。手を差し伸べるふりをして、あの女は売り飛ばす」
ククっと笑ったキリアンだが、ちょうどその時、ドアのチャイムが鳴った。モニターを見ると、何とヴァージニアが戻ってきたではないか。
「残念。時間ギリギリだが戻ってきた」
肩を竦めたキリアンが玄関に向かうと、ヴァージニアは笑みを浮かべて抱きついてきた。
「会いたかったわ…アルドリッチ…」
抱きつきキスをしてくるヴァージニアを抱き寄せたキリアンは、不機嫌そうに鼻を鳴らした。
「会いたかっただと?スタークと恋人になったのにか?」
するとヴァージニアは、不満そうに頬を膨らませた。
「演技に決まってるでしょ?あの男、かなり用心深くて…。婚約までしてようやくラボへのアクセスを許してくれたの。好きでもない男に毎日抱かれていたこっちの身にもなってよ」
唇を尖らせたヴァージニアは本当に怒っているようで、キリアンは機嫌を取るようにキスをした。
「迫真の演技すぎて、この俺がすっかり騙されていたようだな。さぁ、ヴァージニア。機嫌を治してくれ。朝まで可愛がってやろう。それから2人きりでどこかに行こう。お前が行きたい所にどこへでも連れて行ってやる。だからその前に…」
キリアンが手を伸ばした。するとヴァージニアは胸元に手を入れると、USBを取り出した。
「これよ。スターク・インダストリーズの全てが入ってる」
受け取ったキリアンはヴァージニアの腰を抱き寄せ、再びキスをした。
「先に寝室に行け。確認したらすぐに追いかける」
「早く来てね。あなたとシタくてウズウズしてるの…。待ってるわ…」
妖艶に微笑んだヴァージニアは、手を振りながら寝室へと向かった。

寝室へ向かうふりをして、ヴァージニアは廊下を走りバルコニーへ向かった。そして身を乗り出すと、下にハッピーがいることを確認して、飛び降りた。ヴァージニアを受け止めたハッピーは、彼女を連れて車へ向かった。

後部座席にはトニーがいた。
「さてと、餌に食いついてくれよ…」
手を摺り合わせたトニーは、何やら打ち込むとパソコンのモニターを見つめた。暫くすると、モニターに複数の画面が映し出された。小さくガッツポーズをしたトニーは、モニターを覗き込んでいるヴァージニアとハッピーに向かって頷いた。
「よし、繋がった。始めるぞ…」

トニーの計画はこうだ。
ヴァージニアがキリアンに渡したUSBはハッキング装置。
キリアンのパソコンには、おそらくヴァージニアに関する情報が入っている。そこで彼のパソコンをハッキングし、全ての情報をコピーすると同時に、ヴァージニアに関する情報は全て削除する。勿論その間、キリアンたちは自分で操作など出来ない。You Tubeに上がっている、可愛い子犬の動画が延々と流れる仕組みだ。USBを抜いても無駄だ。トニーから接続を切らない限り、例え電源を落としてもキリアンは何もできないのだ。
そしてトニーが接続を切ると、然るべき所に通報がいき、キリアンたちは逮捕されるという訳だ。

黙ってパソコンを操作していたトニーは、ものの数分で全てをやってのけた。
「よし、終わりだ。ハッピー、帰るぞ」
「はい、ボス」
トニーがパソコンを閉じると、ハッピーは車を発進させた。と同時に、何台ものパトカーがやって来た。それを横目に、トニー たちは帰路に着いた。

***

翌朝。
メディアはキリアン逮捕のニュースで持ちきりだった。長年にわたり、複数の会社の技術を盗み自分のものにしていたと、マスコミは騒ぎ立てていた。勿論、ヴァージニアのことは一切報じられていなかった。

「これで君の任務は完了だな」
ベッドの中でヴァージニアを抱きしめ、テレビを見ていたトニーは、彼女にそう告げた。するとヴァージニアは、悪戯めいた笑みを浮かべると、首を伸ばしトニーにキスをした。
「言ったでしょ?私の今の任務は、あなたのそばにずーっといることよ」
その言葉に大袈裟に目を丸くしたトニーは、ヴァージニアを抱きしめたまま彼女を押し倒した。
「そうだった。では、今日は、私は一日中ベッドの中にいるつもりだ。君もだぞ、ペッパー。私のそばにいるのが君の任務だからな」
「了解、ボス…」
トニーのキスを全身に受けながら、ペッパーは幸せそうに微笑んだ。

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1.room mate! au

大学を卒業しNYへ引っ越すことになったヴァージニア・ポッツだが、職場近くのマンハッタンのアパートの家賃は高く、手が出る金額ではなかった。

途方に暮れていたところに、友達の知り合いがルームメイト募集していると教えてくれた。場所はセントラルパークのすぐそばという好物件。しかも家賃は0円というではないか。破格の条件に、訳あり物件なのかと尋ねたが、『料理洗濯が出来る人』というのが唯一の条件というのだから、掃除も洗濯も料理も得意なヴァージニアは、縋る思いで申し込んだ。すると即OKの返事が届いた。

***

数日後。鞄一つを持ったヴァージニアは、教えられた住所に向かった。メイン通りに面した建物のチャイムを押すと、出迎えてくれたのは同世代の男性だった。
「君がポッツくん?」
爽やかな笑みを浮かべた男性に、ヴァージニアはぺこりと頭を下げた。
「は、はい。ヴァージニア・ポッツです」
そんな彼女に手を差し出した男性は、ヴァージニアの手を引っ張ると家の中に入れた。
「よろしく。俺はトニー・スターク」
そう告げると、トニーはヴァージニアの荷物を持つと歩き始めた。

「もう1人いるんだ。今はいないけど。というよりも、普段はいないんだ。あいつは空軍勤務だから、殆どここにはいない。週末には帰ってくるから、今日の夕方には戻ってくる。名前は、ジェームズ・ローズ…俺はローディって呼んでるから、君もそう呼べばいい」
ベラベラ喋りながらトニーはヴァージニアを2階へ連れて行った。そして幾つかあるドアの一つを開けた。
「ここが君の部屋」
今までいた寮の3倍はありそうな広々とした部屋には、何もかも完備されており、あまりの広さにヴァージニアは目を白黒させた。
「風呂とトイレも部屋にある。キッチンとランドリーは1階にある。他にも部屋はたくさんあるから、もしこの部屋だけで足りなかったら言ってくれ。それから、必要な家具や電化製品とかあったら何でも言ってくれ」
黙ったままのヴァージニアに、些か不安になったトニーは振り返ると彼女を見つめた。
「気に入らなかったか?」
トニーの言葉に我に返ったヴァージニアは、慌てて首を振った。
「い、いえ!こんなに広いお部屋だとは思ってなかったんで…。本当に家賃は払わなくていいんですか?」
ヴァージニアの言葉にホッとしたのか、肩の力を抜いたトニーは、笑みを浮かべた。
「勿論だ。だけど、聞いただろうけど、料理をして欲しいんだ。俺もローディも料理や掃除はからっきしなんだ。掃除はハウスキーパーを雇ってるからいいんだけど。週に一度、ローディが戻って来た時は、みんなで夕食を食べてるんだ。その時に、何か作ってくれればいいんだ」
鼻の頭をかいたトニーに、ヴァージニアは笑顔で告げた。
「私、料理は得意なんです」
「よかった。前にいた子は、出て行ってさ…」
何気なく言った言葉だったかもしれないが、ヴァージニアは前任者がいたこと、そしてこんな好条件なのに出て行ってしまったことが気になった。が、トニーは理由を言おうとしないのだから、今は聞くべきではないのだろうと考えた。

夕方になると、ローディが戻って来た。トニーもだが、気さくなローディに、ヴァージニアはすぐに打ち解けることができた。
夜遅いこともあり、挨拶程度しかすることができず、お互いの素性もだが、前任者が出て行った理由も、結局ヴァージニアは聞けずじまいだった。

***

週が明け、月曜日になった。
ヴァージニアは仕事に慣れるのに必死だった。トニーの方も夜遅く帰宅することが多いようで、2人は一度も顔を合わせることがなかった。

あっという間に週末になったが、ローディは戻って来ないというので、3人での食事会は中止となり、ヴァージニアは職場の同僚と食事に行った。そして夜も更けた頃帰宅したのだが、2階に上がる階段の途中で、何やら声が聞こえることに彼女は気づいた。
(スタークさんが帰ってきてるのかしら?)
ヴァージニアの部屋はトニーの向かい側なのだが、見ると、トニーの部屋のドアが少しだけ開いている。
部屋に近づくにつれ、声はハッキリと聞こえてきたのだが…。

艶めかしい声に、ヴァージニアは飛び上がった。ベッドの軋む音と共に、女性の喘ぎ声が聞こえたのだから、トニーの部屋で何が行われているのかくらい、さすがに想像はつく。
真っ赤になったヴァージニアは慌てて自分の部屋に駆け込むと、ドアを閉めた。

声は数時間続いていたが、バタンとドアが閉まる音と共に、ヒールの音が遠ざかっていった。

トニーにも恋人はいるわよね…と思っていたヴァージニアだが、その翌日も情事の声は昼間から聞こえてきた。だが、相手は昨日とは違う女性のようだ。しかも、夕方出掛けて行ったトニーは、また別の女性と共に戻って来た。

ルームメイトと言っても、顔を合わせることは殆どなく、素性も殆ど知らないのだ。だからトニーと女性のことが気になって仕方なかったが、尋ねる訳にもいかず、ヴァージニアはこれが前任者が出て行った理由なのね…と、溜息をついた。

***

数日後。
ヴァージニアが仕事に出かけようと部屋を出ると、トニーも丁度部屋から出てきたところだった。
スーツを着たトニーはカッコよく、思わず見とれてしまったヴァージニアだが、あの艶めかしい声を思い出すと、頬を真っ赤に染めた。
挨拶をしてその場を立ち去ろうとしたヴァージニアだが、何とトニーが声を掛けてきた。
「俺も出かけるところなんだ。よければ送っていこうか?」
ヴァージニアは地下鉄で通勤しているが、正直あの雑然のした空気に嫌気がさしていた。だからトニーの申し出は非常に有難かったのだが、ろくに話もしたことがない彼に甘えていいものか、彼女は迷った。
「え…でも……。いいんですか、スタークさん?」
するとトニーは
「堅苦しいから、トニーでいいよ」
と言うと、ヴァージニアの荷物を持ち、ガレージへと向かった。

初めて入ったガレージには何台も高級車が停まっていた。どれも全てトニーのものというのだから、一体彼は何者なのかしらと、ヴァージニアは頭を捻った。

車中では何を話したらいいのかお互いに分からず、2人とも黙ったままだったが、ヴァージニアの職場に到着すると、トニーが口を開いた。
「帰りは何時?」
「17時に終わります」
するとトニーは、ヴァージニアに向かって笑みを浮かべた。
「迎えに来るよ。だから待ってて」
そう言うとトニーは、ヴァージニアの返事も聞かずに去ってしまった。

「どういうことかしら……」
その場に残されたヴァージニアは、トニーの言葉の意味を考えようとしたが、きっと親切心からだろうと思い込むことにした。

夕方になり、約束通りトニーはちゃんと迎えに来てくれた。
助手席に座るなり、トニーはヴァージニアに告げた。
「何か食べて帰らないか?せっかくルームメイトになったんだし、お互いのことをもっと知るいい機会じゃないか?」
確かにこういう機会でもないと、何も知らないままになりそうだ。ヴァージニアが頷いたのを横目で見たトニーは、家とは反対方向に車を走らせた。

トニーはマンハッタンにある超高級ステーキハウスにヴァージニアを連れて行った。
来たことがないような店にヴァージニアは目を白黒させた。が、トニーは常連なのか、奥からマネージャーらしき男性がすっ飛んで来たではないか。
「これはこれはスターク様…」
ペコペコと頭を下げまくるマネージャーは、2人を夜景の見える個室に通した。

その後もやたらVIP待遇で、料理長が自ら給仕してくれるし、サービスだと超高級シャンパンまで振る舞われたのだから、トニーは一体何者なのかとヴァージニアは不思議に思い始めた。すると、
「俺のこと、何者だって思ってるだろ?」
と、トニーが悪戯めいた笑みを浮かべた。
頷いたヴァージニアに、楽しそうに微笑んだトニーなのに、
「先に君のことが知りたい」
と言うのだから、ヴァージニアは自分から話し始めることにした。
「じゃ、じゃあ…改めて自己紹介から…。ヴァージニア・ポッツです。22歳です。スタンフォード大で、経営学を学びました。A.I.M.という会社で社長秘書をしています。私、NYは初めてで…」
と、トニーが眉間に皺を寄せた。最も本当に一瞬だったので、ヴァージニアは気づいていなかったが…。
「A.I.M.ねぇ…。ご両親は?」
するとヴァージニアは寂しそうに顔を曇らせた。
「両親は私が20歳の時に事件に巻き込まれて亡くなりました」
すると、トニーは黙って頷くと、今度は自分の番だと、口を開いた。
「トニー・スターク。24歳。MIT卒。ちなみに、ローディは大学の時のルームメイト。それ以来あいつは俺の親友なんだ。俺も両親は亡くなった。交通事故で…。去年の12月。クリスマスの前に…。今は親父の会社の跡を継いで…」

トニーの言葉に、ヴァージニアの脳裏にとある出来事が浮かんだ。
(え…スタークって……もしかして……)
2年前のクリスマス前、NY郊外で起こった悲惨な事故。全米中…いや、世界中が彼らの死を悼んだあの事故の犠牲者は、ハワード・スタークとマリア・スターク夫妻だった。つまり目の前にいるトニー・スタークは……。

「もしかして…トニーって、あのスタークなの?!」
大声を上げて立ち上がったヴァージニアを、トニーは楽しそうに見つめた。
「おそらく君が考えている、そのスタークだろうな」

スターク・インダストリーズと言えば、誰もが知っている大企業。ヴァージニアもA.I.M.に就職をしているが、実はスターク・インダストリーズへの就職も最後まで考えていた程だ。そんな企業のCEOは、同じマンハッタンでも高層ビルのペントハウスとか、郊外の大豪邸に住んでいると思っていたのに、まさか自分のルームメイトであるトニー・スタークが、そのスターク・インダストリーズのCEOだとは…。

暫くしてようやく落ち着きを取り戻したヴァージニアは、椅子に腰を下ろすと息を整えた。
「全然気づかなかったわ…ごめんなさい…」
申し訳なさそうに頭を下げたヴァージニアに、トニーは楽しそうに笑い声を上げた。

それから2人はお互いのことを話した。

顔を合わせると、時間が合えばランチやディナーを共にし、3週間ほど経った頃には、何でも話せる親友になっていた。
この頃になると、ヴァージニアは仕事のこともトニーによく相談をするようになっていた。自分が就職を考えていた頃のA.I.M.と、今のA.I.M.はどこか変わってしまった気がするという話を、トニーは黙って聞いてくれた。

いつしか2人は2日に1度は夕食を共にするようになっていた。というのも、トニーは以前のように見知らぬ女性を連れて帰ってこなくなっていたのだ。その代わり、彼はヴァージニアを連れて夕食に行くようになった。

週末には、NYの街中を案内してくれた。お礼にヴァージニアはトニーに食事を作った。ヴァージニアの手料理をトニーは美味い美味いと嬉しそうに食べるのだから、彼女は嬉しくてたまらなかった。

ヴァージニアはトニーといると心の底から安心できた。だがそれは、きっと兄のような存在だからだと、ヴァージニアは考えていた。

***

クリスマスになった。
トニーはスターク・インダストリーズのパーティーにヴァージニアを連れて行った。もちろんローディも同伴したのだが、トニーは有名モデルとキスばかりしていた。そしてそのまま何処かに消えてしまった。
「明日まで帰ってこないぞ」
苦笑するローディは、いつものことだと言ったが、ヴァージニアはそんなトニーの姿に胸が傷んだ。

大晦日にもパーティが開かれた。
そこでもトニーは見知らぬ美女と共に姿を消してしまった。そんな彼の姿に、ヴァージニアはやはり胸が苦しくなってきた。

トニーとは恋人でも何でもないのに、どうして胸が痛むのだろうか…。
胸の内をトニーに明かすこともできず、ヴァージニアは一人悶々として日々を送った。

***

数日後。
酔っ払ったトニーが夜遅く帰宅した。
偶然キッチンにいたヴァージニアは、キッチンの床に座り込んだトニーに気づくと、コップに水を汲んだ。
「トニー、大丈夫?」
トニーに水を渡したヴァージニアは、彼の背中を撫でた。するとやけに真剣な瞳をしたトニーが、ヴァージニアの手を握りしめた。
「ヴァージニア……」
囁くような声で名前を呼ばれ、ヴァージニアは胸がドキドキし始めた。返事をした方がいいのだろうが、ヴァージニアは言葉を出すことが出来なかった。
するとトニーが掠れた声で何か呟いた。
「好きだ」
「え…」
囁き声だったが、彼は確かに『好きだ』と言った。つまり、トニーに告白されたということだ。にわかに信じられないヴァージニアは、目をパチクリさせると、可愛らしく彼を睨みつけた。
「トニーったら…酔ってるんでしょ?」
するとトニーは真面目な顔をして、ヴァージニアの手を握りしめた。
「酔ってるけど、正気だ。俺、ようやく分かったんだ。君のこと…愛してるって……」
彼の真剣な瞳が全てを物語っていた。彼の言葉は真実であると…。
「で、でも………」
ヴァージニアはそれでも信じらなかった。
彼はいつだって他の女性と遊んでいた。自分に気があるようにはとてもじゃないが思えなかった。
それでも、いつも胸が苦しかった。彼が他の女性とキスをしていると…。
嫉妬していた。あの女性が自分だったらと、いつも思っていた。
つまりヴァージニアは、トニーのことが好きになっていたのだ。

目に涙を浮かべたヴァージニアに優しい瞳をしたトニーは、彼女の頬に手を添えた。
「俺のこと…嫌い?」
ヴァージニアは小さく首を振った。
「ううん……好き…。あなたのこと…好きになってたわ…」
すると笑みを浮かべたトニーはヴァージニアを抱き寄せた。そして頬を両手で包み込むと、唇をそっと重ねた。触れる程度の優しいキスだったが、唇を離したヴァージニアは頬に添えられたトニーの手に自分の手を重ねた。
「もう1回…」
掠れた声で囁いたトニーに向かって頷くと、彼は今度は貪るようなキスをし始めた。
「ん…」
ヴァージニアが唇を開けると、トニーは舌を入れてきた。彼の舌に自分の舌を絡めたヴァージニアは、堪らなくなりトニーの頭を抱え込んだ。ヴァージニアはトニーに身体をすり寄せた。キスの続きを強請るように身体を押し付けてくるヴァージニアを、トニーもギュッと力強く抱きしめた。

暫くお互いの唇を堪能していた2人だが、唇を離したトニーは、ヴァージニアに提案した。
「そうだ。仕事、辞めろよ。ずっと言おうと思ってた。A.I.M.はヤバい会社だ。だから巻き込まれないうちに、辞めろって」
今の職場を退職すること…それはヴァージニアもここ何ヶ月かずっと考えていたことだった。だが、次の仕事が見つかるまでは…と、辞めれずにいたのだ。
「でも……」
迷うヴァージニアにもう一度キスをしたトニーは、笑みを浮かべた。
「俺の秘書になってくれ」
「え?あなたの?」
それはつまり、スターク・インダストリーズに就職するということ。有難いが突然の申し出に、ヴァージニアは目を白黒させた。
「あぁ。秘書が嫌なら、妻になってくれてもいいぞ?」
「つ、妻?!」
就職先の斡旋どころか、さりげなくプロポーズまでされたヴァージニアは、真っ赤な顔をして飛び上がった。が、楽しそうに笑い声を上げたトニーは、ヴァージニアを抱き上げると寝室へと向かった。

翌朝、ローディが戻って来ると、トニーとヴァージニアはキッチンにいた。
ヴァージニアはトニーのTシャツだけを着ており、2人はキスをしながら朝食の用意をしているのだから、2人が互いに好意を持っていると密かに気付いていたローディも、怒涛の展開に目をくるりと回した。
「おいおい、俺がいない間に、何があったんだ?」
振り返ったトニーはヴァージニアの腰に手を回すと、ニヤリと笑みを浮かべた。
「言ってなかったな。ポッツくんは俺の秘書になったんだ。そのうちミセス・スタークになる」
見つめ合ったトニーとヴァージニアがキスをすると、ローディはわざとらしく肩を竦めた。

2 人がいいねと言っています。

End of 2023…

2023年も終わる。
今年は本当に色々あった。
失ったものもあったが、戻ってきたものの方が圧倒的に多い年だった。

妻と娘の寝顔を見つめながら、トニーはこの1年のことを思い返していた。

今こうやって2人と同じベッドにいるのは、奇跡だ。2か月前に自分は死んでいてもおかしくなかった。いや、死んで当然だと思っていた。
だが、奇跡が起こり、今こうやって家族と共に生きている。右腕は失ったが、大切なものは全て取り戻すことができた…。

枕元の時計を見ると、日付は超え新しい年になっていた。
2024年…きっと素晴らしい年になる。これからは、妻と娘とそして自分の幸せだけを考えて生きていくのだから…。

「今年も…よろしくな…」
首をのばし妻と娘にキスをしたトニーは、左腕で2人を抱きしめると目を閉じた。

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Where is the shield?

EG後、トニーが生き残った世界。
モーガン役のLexiちゃんが、キャップの盾をソリ代わりにしていた投稿から。

***

ある冬の日。
モーガンが目を覚ますと、外は一面の雪景色だった。
今年もアレをする時がやって来たと、顔を輝かせたモーガンは、ベッドから飛び起きた。そして大急ぎで顔を洗い歯を磨いた彼女は、服を着替えると、部屋を飛び出した。そのままガレージに向かった彼女は、父親の車のトランクの前で立ち止まった。
「F.R.I.D.A.Y.、あけて!」
小さな主人の言葉に従ったF.R.I.D.A.Yは、トランクを開けた。背伸びしてトランクを覗き込んだモーガンだが…。
「あれ?……ない!!」
去年まではあったアレは、トランクから姿を消していた。いや、数ヶ月前まではあった。確か父親が車を変える前までは、自分のうさぎのぬいぐるみと一緒に入っていたはずだ。実を言うと、そのうさぎのぬいぐるみも姿が見えないのだが、『パパの車は爆破に巻き込まれて壊れた。だから新しい車に変えたんだ』と父親は話してくれたから、その時に一緒にいなくなってしまったんだとモーガンは考えていた。だが、アレは『世界一丈夫なもので出来ている』らしいから、爆破なんかで壊れるはずがないのだ。
それなのに、姿が見えないのは、ちゃんと理由があるはずだ。これは父親に直接聞いてみるしかないと考えたモーガンは、キッチンへと向かった。

キッチンへ向かうと、母親は朝食作りの真っ最中、そして父親はテーブルにつき、大欠伸をしながら新聞を読んでいた。
「パパ!おはよ!」
「おはよう、モーガン」
新聞を置いた父親は、左腕を伸ばすと、髪の毛をクシャッと撫でてくれた。
くすぐったそうに笑ったモーガンは父親を見上げた。父親の顔の右側には火傷の痕が残っており、右腕も無くなってしまったのだから、父親は色々大変そうだ。食事をするのも片腕ではまだ慣れないようで、母親がいつも手伝っている。
父親が片腕になってしまったことで、モーガンが何より寂しいのは、以前のように抱き上げてもらえないことだ。だが、父親は約束してくれた。『パパは右腕の代わりになるアイアンマンの腕を作るぞ。それが出来たら、モーガンのことも抱っこできるからな』と。
つい最近まで父親は入院しており、数日前のクリスマスにやっと家に戻ってきたから、アイアンマンの腕が出来るのは、もう少し先だろう。
そこで、腕を伸ばし抱き上げてもらう代わりに自分で父親の膝の上によじ登ると、モーガンはアレの行方について尋ねてみることにした。

「ねぇ、パパ。キャップおじさんのたて、どこにあるの?」
娘の言葉に目をぱちくりさせたトニーは、あぁ…と声を出した。
「あれはな…キャプテンに返した」
「えーーー!」
頬を膨らませ、不服そうに声を上げた娘に、チラリと窓の外を見たトニーは、そういうことかと苦笑した。

キャプテンには『娘がそり遊びに使う前に…』と告げたが、実は毎年遊んでいた。モーガンが幼い頃から毎年遊んでいた。あの盾は非常に滑りがよく、夏は草の上を、冬は雪の上を滑るのに、形も大きさも丁度よかったのだ。それでも流石に毎年毎年使って悪いという気もしたため、同じ大きさと形で作ってみたのだが、素材が違うためか、本物の盾のように良い滑り具合とはならなかったのだ。

ガックリと肩を落としている娘はしょぼくれており、『やっぱり返してくれ』と言いに行こうかと一瞬考えたトニーだが、そんなことは出来るはずもなく、後で普通のそりを買いに行き、ロケットエンジンでも付けて改良するかと一人考えながら、娘の頬にキスをした。

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