1.room mate! au

大学を卒業しNYへ引っ越すことになったヴァージニア・ポッツだが、職場近くのマンハッタンのアパートの家賃は高く、手が出る金額ではなかった。

途方に暮れていたところに、友達の知り合いがルームメイト募集していると教えてくれた。場所はセントラルパークのすぐそばという好物件。しかも家賃は0円というではないか。破格の条件に、訳あり物件なのかと尋ねたが、『料理洗濯が出来る人』というのが唯一の条件というのだから、掃除も洗濯も料理も得意なヴァージニアは、縋る思いで申し込んだ。すると即OKの返事が届いた。

***

数日後。鞄一つを持ったヴァージニアは、教えられた住所に向かった。メイン通りに面した建物のチャイムを押すと、出迎えてくれたのは同世代の男性だった。
「君がポッツくん?」
爽やかな笑みを浮かべた男性に、ヴァージニアはぺこりと頭を下げた。
「は、はい。ヴァージニア・ポッツです」
そんな彼女に手を差し出した男性は、ヴァージニアの手を引っ張ると家の中に入れた。
「よろしく。俺はトニー・スターク」
そう告げると、トニーはヴァージニアの荷物を持つと歩き始めた。

「もう1人いるんだ。今はいないけど。というよりも、普段はいないんだ。あいつは空軍勤務だから、殆どここにはいない。週末には帰ってくるから、今日の夕方には戻ってくる。名前は、ジェームズ・ローズ…俺はローディって呼んでるから、君もそう呼べばいい」
ベラベラ喋りながらトニーはヴァージニアを2階へ連れて行った。そして幾つかあるドアの一つを開けた。
「ここが君の部屋」
今までいた寮の3倍はありそうな広々とした部屋には、何もかも完備されており、あまりの広さにヴァージニアは目を白黒させた。
「風呂とトイレも部屋にある。キッチンとランドリーは1階にある。他にも部屋はたくさんあるから、もしこの部屋だけで足りなかったら言ってくれ。それから、必要な家具や電化製品とかあったら何でも言ってくれ」
黙ったままのヴァージニアに、些か不安になったトニーは振り返ると彼女を見つめた。
「気に入らなかったか?」
トニーの言葉に我に返ったヴァージニアは、慌てて首を振った。
「い、いえ!こんなに広いお部屋だとは思ってなかったんで…。本当に家賃は払わなくていいんですか?」
ヴァージニアの言葉にホッとしたのか、肩の力を抜いたトニーは、笑みを浮かべた。
「勿論だ。だけど、聞いただろうけど、料理をして欲しいんだ。俺もローディも料理や掃除はからっきしなんだ。掃除はハウスキーパーを雇ってるからいいんだけど。週に一度、ローディが戻って来た時は、みんなで夕食を食べてるんだ。その時に、何か作ってくれればいいんだ」
鼻の頭をかいたトニーに、ヴァージニアは笑顔で告げた。
「私、料理は得意なんです」
「よかった。前にいた子は、出て行ってさ…」
何気なく言った言葉だったかもしれないが、ヴァージニアは前任者がいたこと、そしてこんな好条件なのに出て行ってしまったことが気になった。が、トニーは理由を言おうとしないのだから、今は聞くべきではないのだろうと考えた。

夕方になると、ローディが戻って来た。トニーもだが、気さくなローディに、ヴァージニアはすぐに打ち解けることができた。
夜遅いこともあり、挨拶程度しかすることができず、お互いの素性もだが、前任者が出て行った理由も、結局ヴァージニアは聞けずじまいだった。

***

週が明け、月曜日になった。
ヴァージニアは仕事に慣れるのに必死だった。トニーの方も夜遅く帰宅することが多いようで、2人は一度も顔を合わせることがなかった。

あっという間に週末になったが、ローディは戻って来ないというので、3人での食事会は中止となり、ヴァージニアは職場の同僚と食事に行った。そして夜も更けた頃帰宅したのだが、2階に上がる階段の途中で、何やら声が聞こえることに彼女は気づいた。
(スタークさんが帰ってきてるのかしら?)
ヴァージニアの部屋はトニーの向かい側なのだが、見ると、トニーの部屋のドアが少しだけ開いている。
部屋に近づくにつれ、声はハッキリと聞こえてきたのだが…。

艶めかしい声に、ヴァージニアは飛び上がった。ベッドの軋む音と共に、女性の喘ぎ声が聞こえたのだから、トニーの部屋で何が行われているのかくらい、さすがに想像はつく。
真っ赤になったヴァージニアは慌てて自分の部屋に駆け込むと、ドアを閉めた。

声は数時間続いていたが、バタンとドアが閉まる音と共に、ヒールの音が遠ざかっていった。

トニーにも恋人はいるわよね…と思っていたヴァージニアだが、その翌日も情事の声は昼間から聞こえてきた。だが、相手は昨日とは違う女性のようだ。しかも、夕方出掛けて行ったトニーは、また別の女性と共に戻って来た。

ルームメイトと言っても、顔を合わせることは殆どなく、素性も殆ど知らないのだ。だからトニーと女性のことが気になって仕方なかったが、尋ねる訳にもいかず、ヴァージニアはこれが前任者が出て行った理由なのね…と、溜息をついた。

***

数日後。
ヴァージニアが仕事に出かけようと部屋を出ると、トニーも丁度部屋から出てきたところだった。
スーツを着たトニーはカッコよく、思わず見とれてしまったヴァージニアだが、あの艶めかしい声を思い出すと、頬を真っ赤に染めた。
挨拶をしてその場を立ち去ろうとしたヴァージニアだが、何とトニーが声を掛けてきた。
「俺も出かけるところなんだ。よければ送っていこうか?」
ヴァージニアは地下鉄で通勤しているが、正直あの雑然のした空気に嫌気がさしていた。だからトニーの申し出は非常に有難かったのだが、ろくに話もしたことがない彼に甘えていいものか、彼女は迷った。
「え…でも……。いいんですか、スタークさん?」
するとトニーは
「堅苦しいから、トニーでいいよ」
と言うと、ヴァージニアの荷物を持ち、ガレージへと向かった。

初めて入ったガレージには何台も高級車が停まっていた。どれも全てトニーのものというのだから、一体彼は何者なのかしらと、ヴァージニアは頭を捻った。

車中では何を話したらいいのかお互いに分からず、2人とも黙ったままだったが、ヴァージニアの職場に到着すると、トニーが口を開いた。
「帰りは何時?」
「17時に終わります」
するとトニーは、ヴァージニアに向かって笑みを浮かべた。
「迎えに来るよ。だから待ってて」
そう言うとトニーは、ヴァージニアの返事も聞かずに去ってしまった。

「どういうことかしら……」
その場に残されたヴァージニアは、トニーの言葉の意味を考えようとしたが、きっと親切心からだろうと思い込むことにした。

夕方になり、約束通りトニーはちゃんと迎えに来てくれた。
助手席に座るなり、トニーはヴァージニアに告げた。
「何か食べて帰らないか?せっかくルームメイトになったんだし、お互いのことをもっと知るいい機会じゃないか?」
確かにこういう機会でもないと、何も知らないままになりそうだ。ヴァージニアが頷いたのを横目で見たトニーは、家とは反対方向に車を走らせた。

トニーはマンハッタンにある超高級ステーキハウスにヴァージニアを連れて行った。
来たことがないような店にヴァージニアは目を白黒させた。が、トニーは常連なのか、奥からマネージャーらしき男性がすっ飛んで来たではないか。
「これはこれはスターク様…」
ペコペコと頭を下げまくるマネージャーは、2人を夜景の見える個室に通した。

その後もやたらVIP待遇で、料理長が自ら給仕してくれるし、サービスだと超高級シャンパンまで振る舞われたのだから、トニーは一体何者なのかとヴァージニアは不思議に思い始めた。すると、
「俺のこと、何者だって思ってるだろ?」
と、トニーが悪戯めいた笑みを浮かべた。
頷いたヴァージニアに、楽しそうに微笑んだトニーなのに、
「先に君のことが知りたい」
と言うのだから、ヴァージニアは自分から話し始めることにした。
「じゃ、じゃあ…改めて自己紹介から…。ヴァージニア・ポッツです。22歳です。スタンフォード大で、経営学を学びました。A.I.M.という会社で社長秘書をしています。私、NYは初めてで…」
と、トニーが眉間に皺を寄せた。最も本当に一瞬だったので、ヴァージニアは気づいていなかったが…。
「A.I.M.ねぇ…。ご両親は?」
するとヴァージニアは寂しそうに顔を曇らせた。
「両親は私が20歳の時に事件に巻き込まれて亡くなりました」
すると、トニーは黙って頷くと、今度は自分の番だと、口を開いた。
「トニー・スターク。24歳。MIT卒。ちなみに、ローディは大学の時のルームメイト。それ以来あいつは俺の親友なんだ。俺も両親は亡くなった。交通事故で…。去年の12月。クリスマスの前に…。今は親父の会社の跡を継いで…」

トニーの言葉に、ヴァージニアの脳裏にとある出来事が浮かんだ。
(え…スタークって……もしかして……)
2年前のクリスマス前、NY郊外で起こった悲惨な事故。全米中…いや、世界中が彼らの死を悼んだあの事故の犠牲者は、ハワード・スタークとマリア・スターク夫妻だった。つまり目の前にいるトニー・スタークは……。

「もしかして…トニーって、あのスタークなの?!」
大声を上げて立ち上がったヴァージニアを、トニーは楽しそうに見つめた。
「おそらく君が考えている、そのスタークだろうな」

スターク・インダストリーズと言えば、誰もが知っている大企業。ヴァージニアもA.I.M.に就職をしているが、実はスターク・インダストリーズへの就職も最後まで考えていた程だ。そんな企業のCEOは、同じマンハッタンでも高層ビルのペントハウスとか、郊外の大豪邸に住んでいると思っていたのに、まさか自分のルームメイトであるトニー・スタークが、そのスターク・インダストリーズのCEOだとは…。

暫くしてようやく落ち着きを取り戻したヴァージニアは、椅子に腰を下ろすと息を整えた。
「全然気づかなかったわ…ごめんなさい…」
申し訳なさそうに頭を下げたヴァージニアに、トニーは楽しそうに笑い声を上げた。

それから2人はお互いのことを話した。

顔を合わせると、時間が合えばランチやディナーを共にし、3週間ほど経った頃には、何でも話せる親友になっていた。
この頃になると、ヴァージニアは仕事のこともトニーによく相談をするようになっていた。自分が就職を考えていた頃のA.I.M.と、今のA.I.M.はどこか変わってしまった気がするという話を、トニーは黙って聞いてくれた。

いつしか2人は2日に1度は夕食を共にするようになっていた。というのも、トニーは以前のように見知らぬ女性を連れて帰ってこなくなっていたのだ。その代わり、彼はヴァージニアを連れて夕食に行くようになった。

週末には、NYの街中を案内してくれた。お礼にヴァージニアはトニーに食事を作った。ヴァージニアの手料理をトニーは美味い美味いと嬉しそうに食べるのだから、彼女は嬉しくてたまらなかった。

ヴァージニアはトニーといると心の底から安心できた。だがそれは、きっと兄のような存在だからだと、ヴァージニアは考えていた。

***

クリスマスになった。
トニーはスターク・インダストリーズのパーティーにヴァージニアを連れて行った。もちろんローディも同伴したのだが、トニーは有名モデルとキスばかりしていた。そしてそのまま何処かに消えてしまった。
「明日まで帰ってこないぞ」
苦笑するローディは、いつものことだと言ったが、ヴァージニアはそんなトニーの姿に胸が傷んだ。

大晦日にもパーティが開かれた。
そこでもトニーは見知らぬ美女と共に姿を消してしまった。そんな彼の姿に、ヴァージニアはやはり胸が苦しくなってきた。

トニーとは恋人でも何でもないのに、どうして胸が痛むのだろうか…。
胸の内をトニーに明かすこともできず、ヴァージニアは一人悶々として日々を送った。

***

数日後。
酔っ払ったトニーが夜遅く帰宅した。
偶然キッチンにいたヴァージニアは、キッチンの床に座り込んだトニーに気づくと、コップに水を汲んだ。
「トニー、大丈夫?」
トニーに水を渡したヴァージニアは、彼の背中を撫でた。するとやけに真剣な瞳をしたトニーが、ヴァージニアの手を握りしめた。
「ヴァージニア……」
囁くような声で名前を呼ばれ、ヴァージニアは胸がドキドキし始めた。返事をした方がいいのだろうが、ヴァージニアは言葉を出すことが出来なかった。
するとトニーが掠れた声で何か呟いた。
「好きだ」
「え…」
囁き声だったが、彼は確かに『好きだ』と言った。つまり、トニーに告白されたということだ。にわかに信じられないヴァージニアは、目をパチクリさせると、可愛らしく彼を睨みつけた。
「トニーったら…酔ってるんでしょ?」
するとトニーは真面目な顔をして、ヴァージニアの手を握りしめた。
「酔ってるけど、正気だ。俺、ようやく分かったんだ。君のこと…愛してるって……」
彼の真剣な瞳が全てを物語っていた。彼の言葉は真実であると…。
「で、でも………」
ヴァージニアはそれでも信じらなかった。
彼はいつだって他の女性と遊んでいた。自分に気があるようにはとてもじゃないが思えなかった。
それでも、いつも胸が苦しかった。彼が他の女性とキスをしていると…。
嫉妬していた。あの女性が自分だったらと、いつも思っていた。
つまりヴァージニアは、トニーのことが好きになっていたのだ。

目に涙を浮かべたヴァージニアに優しい瞳をしたトニーは、彼女の頬に手を添えた。
「俺のこと…嫌い?」
ヴァージニアは小さく首を振った。
「ううん……好き…。あなたのこと…好きになってたわ…」
すると笑みを浮かべたトニーはヴァージニアを抱き寄せた。そして頬を両手で包み込むと、唇をそっと重ねた。触れる程度の優しいキスだったが、唇を離したヴァージニアは頬に添えられたトニーの手に自分の手を重ねた。
「もう1回…」
掠れた声で囁いたトニーに向かって頷くと、彼は今度は貪るようなキスをし始めた。
「ん…」
ヴァージニアが唇を開けると、トニーは舌を入れてきた。彼の舌に自分の舌を絡めたヴァージニアは、堪らなくなりトニーの頭を抱え込んだ。ヴァージニアはトニーに身体をすり寄せた。キスの続きを強請るように身体を押し付けてくるヴァージニアを、トニーもギュッと力強く抱きしめた。

暫くお互いの唇を堪能していた2人だが、唇を離したトニーは、ヴァージニアに提案した。
「そうだ。仕事、辞めろよ。ずっと言おうと思ってた。A.I.M.はヤバい会社だ。だから巻き込まれないうちに、辞めろって」
今の職場を退職すること…それはヴァージニアもここ何ヶ月かずっと考えていたことだった。だが、次の仕事が見つかるまでは…と、辞めれずにいたのだ。
「でも……」
迷うヴァージニアにもう一度キスをしたトニーは、笑みを浮かべた。
「俺の秘書になってくれ」
「え?あなたの?」
それはつまり、スターク・インダストリーズに就職するということ。有難いが突然の申し出に、ヴァージニアは目を白黒させた。
「あぁ。秘書が嫌なら、妻になってくれてもいいぞ?」
「つ、妻?!」
就職先の斡旋どころか、さりげなくプロポーズまでされたヴァージニアは、真っ赤な顔をして飛び上がった。が、楽しそうに笑い声を上げたトニーは、ヴァージニアを抱き上げると寝室へと向かった。

翌朝、ローディが戻って来ると、トニーとヴァージニアはキッチンにいた。
ヴァージニアはトニーのTシャツだけを着ており、2人はキスをしながら朝食の用意をしているのだから、2人が互いに好意を持っていると密かに気付いていたローディも、怒涛の展開に目をくるりと回した。
「おいおい、俺がいない間に、何があったんだ?」
振り返ったトニーはヴァージニアの腰に手を回すと、ニヤリと笑みを浮かべた。
「言ってなかったな。ポッツくんは俺の秘書になったんだ。そのうちミセス・スタークになる」
見つめ合ったトニーとヴァージニアがキスをすると、ローディはわざとらしく肩を竦めた。

2 人がいいねと言っています。

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