Iron wedding.

「ハニー、誕生日おめでとう」
目覚めのキスと共に甘い言葉を贈られたペッパーは、くすぐったそうに笑い声を上げた。シーツごと妻を抱きしめたトニーは、顔中にキスをすると、唇にもキスをした。
「それから、結婚記念日おめでとう…だな」
昨晩彼の胸元に付けた告げた赤い印を指でなぞったペッパーは、ふふっと嬉しそうに微笑んだ。
「おめでとう、ダーリン」

ローディは、モーガンを預かるから泊まりがけのデートでもしてこいと言ってくれたが、娘と離れるのは…と、結局家でゆっくり過ごすことにした。
ママの誕生日とパパとママの記念日だと、モーガンはティーパーティーを開いてくれた。湖のそばにセッティングされた小さなテーブルと椅子には、庭に咲いた花やモーガンの作った装飾が飾られており、ジェラルドも首にりぼんをぐるぐる巻きにされていた。
「パパとママはすわっててね!」
小さな椅子に無理矢理座った2人が待っていると、大きな籠を抱えたモーガンが家の中から出てきた。籠は小さなモーガンには大きすぎるようで、彼女は真っ赤な顔をして懸命に運んでいるではないか。手伝わなければと思わず立ち上がったトニーだが、父親に気づいたモーガンは叫んだ。
「パパ、だいじょうぶだから!あたしにまかせて!」
そう言われても、転倒しないか心配で堪らない。チラリとペッパーを見ると、彼女は大丈夫よというように笑顔で頷いたのだから、トニーは渋々椅子に座らざるを得なかった。
最後は籠を引き摺るように持ってやって来たモーガンは、中から取り出した物を小さなテーブルの上に並べ始めた。ランチョンマットを3枚並べ、コップを置いた。プラスティックのアイアンマンの柄のコップはトニーの前に、ディズニープリンセスの柄のコップはペッパーと自分の前に置いた。そしてオレンジジュースをなみなみと3つのコップに注ぐと、最後にお皿の上に様々なお菓子を並べた。
「じゅんびできたよ!」
そう告げると、モーガンは両親の間の席に腰を下ろした。そして母親に向かって笑みを浮かべた。
「ママ、おたんじょうびおめでと!それからパパとママ…きねんび……えっと…………」
何日も前から、何の記念日か父親に教えてもらっていたのに、肝心な時に忘れてしまった。うんうん唸りながら頭を捻っている娘に、トニーは耳元で囁いた。
「結婚記念日だ」
アッ!と声を出したモーガンは、こほんと咳払いをすると、
「けっこんきねんび、おめでと!」
と、手を叩いた。

誕生日と結婚6年目の記念に、トニーはペッパーに淡水パールのネックレスとピアスを贈った。
「明日のパーティーに、付けて行くわね」
明日は会社主催のペッパーの誕生日パーティーが開催される。
「どのドレスにするんだ?」
「この間買った、CHANELのドレスよ」
そのドレスは先日一緒に買いに行った。新作だと勧められ、試着してみると最高に似合っていたので購入したが、背中はかなり露出度が高めだったことをトニーは思い出した。

ペッパーからの結婚記念日のプレゼントは、鉄婚式に相応しいものだった。それは、アイアンマンとレスキューのオリジナルフィギュア。そして2人の足元にはレスキューのヘルメットを被った女の子のフィギュアも…。
世界に一つだけのオリジナルフィギュアに、トニーは大喜びだ。
家族写真が沢山飾ってあるサイドボードにフィギュアを置いたトニーは、昼間のティーパーティーの時に写した家族写真を真新しいフレームに入れると、並べて飾った。
「また一つ、思い出が増えたな」
ペッパーの隣に腰を下ろしたトニーは、妻の肩を抱き寄せた。
「そうね」
ふふっと笑ったペッパーは、トニーの頬にキスをすると、右腕の義手に指を滑らせた。
1年前の記念日、トニーはアーマーをプレゼントしてくれた。その数日後、まさかあんな事態が起こるとは、思いもしなかったが…。あの時、トニーがあのまま命を落としていたら、もう二度とこうやって思い出を増やすことができなかった。それがこれからも2人で過ごすことができるのだから、それだけでも今年は最高のプレゼントだ。
するとトニーも同じことを考えていたようで、
「君の誕生日と結婚記念日、これからもずっと祝えるなんて、幸せだな…」
と笑みを浮かべた。

ーーー

ベッドにうつ伏せになったペッパーの背中に唇を這わせたトニーは、音を立てて赤い印を次々と刻みつけた。先程からトニーは背中にばかりキスをしている。そんなことをすれば、背中がどうなるか分かりそうなものなのに…。
「トニーったら…。ドレスが着られなくなるわ」
念のため注意すると、トニーはふんっと鼻を鳴らした。
「知ってる。わざとやってるんだ」
ペッパーは眉を顰めた。
「あのドレス、あなたがいいって言ったんじゃないの」
頬を膨らませたペッパーだが、理由は分かっている。トニーは人前であのドレスを着て欲しくないのだ。が、トニーは黙ったままキスを続けている。溜息をついたペッパーは、
「あなたが嫌なら、別のドレスにするわ」
と告げてみたが、キスを止めたトニーが顔を上げた。
「そんなに束縛する夫じゃないぞ?」
「でも、顔に書いてあるわよ。あのドレスは着られないようにしてやるって」
ペッパーはクスクス笑い声を上げた。
いつまで経っても子供じみたところのあるトニーだが、そんなところもペッパーの愛する彼の一面だ。それに、自分にだからこそ見せてくれている面だろうから、いつまで変わらないでいて欲しいと、ペッパーは密かに思っているのだが…。
が、そんなことを言えば、ますますむきになるのは目に見えている。そこでペッパーは譲歩しつつ、夫の機嫌を良くするという方法を取ることにした。
「もう一枚候補があるの。あのドレスは、あなたとデートする時までとっておくわね。だから…」
まだ不機嫌そうに眉間に皺を寄せているトニーににじり寄ったペッパーは、耳元で囁いた。
「あなただけのものだという印を…身体中に刻み込んで…」
仕上げに耳たぶを甘噛みすると、トニーは真っ赤な顔をしてブルっと身体を震わせた。が、こほんと咳払いをすると、わざとポーカーフェイスを装った。
「仕方ない。愛する妻のためだ。しかも結婚記念日だしな」
先程までとは打って変わり、ニコニコ笑みを浮かべたトニーは、ペッパーをベッドに押し倒した。そして頬を掴むとキスをした。唇を割り、トニーの舌が入り込んできた。ペッパーも彼の舌に絡めながら頭に手を添えると、後ろ毛を掴んだ。暫くお互いの唇を堪能していたが、トニーは唇を離すと、今度は首筋から胸元にかけてキスをし始めた。何度も赤い印を刻みつけるようにキスを繰り返しながら、トニーの唇はどんどん下に降りていく。立ち上がった乳首をしゃぶると、胸を手で揉みながら、今度は臍周りにキスをした。柔らかな唇の感触に、ペッパーはブルッと身震いしたが、赤い花を幾つも散らしたトニーは、腰回りを撫でながら、太腿の付け根に唇を這わせ始めた。段々と位置をずらして触れてくるトニーに、ペッパーは思わず声を出した。が、トニーはペッパーの両足を広げると、敏感な部分をペロリと舐めた。
「んんっ!!」
ビクッと身体を震わせたペッパーだが、トニーは執拗に舐め始めた。必死に耐えていたペッパーだが、トニーの愛撫は的確すぎて、すぐに耐えられなくなってきた。そこで甘えるように夫の名を呼ぶと、彼も限界だったようで、そそくさと身体を起こすと、ペッパーの背中に腕を回した。
トニーが入り込んできた。この瞬間がペッパーは好きだ。トニーに初めて抱かれた時からずっと…。
トニーの首元に腕を巻き付けたペッパーが両足で彼の腰を挟みこむと、2人は愛し合い始めた…。

※※※
お化けに追いかけられる夢を見たモーガンは、小さく悲鳴を上げると飛び起きた。キョロキョロと辺りを見渡したが、勿論誰もいない。ベッドの下に落ちてしまったアイアンマンのぬいぐるみを抱きしめた彼女は、もう一度眠ろうと布団の中に潜り込んだ。

ガタッと音がした。
さっきのお化けがお部屋にやって来たのかもしれない。怖くて眠れなくなってしまったモーガンは、パパとママも眠っているから起こしたら可哀想かと思ったが、部屋を出ると、両親の寝室へと向かった。

部屋のドアは閉まっていたが、隙間からは灯りが漏れている。パパとママはまだ起きてるんだと安心したモーガンはドアを開けようとした。が、部屋の中からはギシギシと音がする。それに母親が父親の名前を叫んでいる声も…。
母親が出張で不在の夜は、父親と一緒に眠ることがあるが、その時父親はふざけてベッドの中で自分のことを思いっきりくすぐってくる。今聞こえている母親の声は楽しそうだし、きっとパパはママのことをくすぐって遊んでいるのだと思ったモーガンは、そっと寝室のドアを開けた……。

※※※

2人が同時にクライマックスを迎えようとしたその時……。

「パパ…ママ…」
可愛らしい声に、2人はギョッとして顔を上げた。見ると、ドアの隙間からモーガンがこっそり覗いているではないか。
声にならない悲鳴を上げたペッパーは、トニーにしがみついた。大急ぎでペッパーから抜け出たトニーはシーツを手繰り寄せると、自分たちの身体の上に掛けた。
「も、も、モーガン?!!ど、ど、どうしたの?」
慌てふためく母親に気づいていないのか、目を擦りながら部屋に入ってきたモーガンはベッドに近付いてきた。
「ベッドのしたに、おばけがいるの……」
退治してやりたいが、シーツの下は2人とも真っ裸だ。娘の前では出るに出られない。それなのに、
「…ぱ、パパに退治してもらいましょうね!」
と、ペッパーが甲高い声で叫んだ。どうするつもりだと、思わずペッパーを睨みつけたトニーだが、モーガンはキラキラした瞳で自分を見つめてくるではないか。
「パパ、アイアンマンだもんね!」
嬉しそうに告げる娘に、トニーは嫌と言えなくなった。
「……そうだな……」
どうやってシーツの中から出ればいいんだ…せめてパンツだけでもあれば…と探したが、あいにくパンツはモーガンの足元に転がっている。そうかと言って、シーツを腰に巻けば、今度はペッパーが顕もない姿になってしまう。暫く必死で考えていたトニーだが、名案を思いついたぞと、顔を輝かせた。
「モーガン!パパはアイアンマンに変身するから、目を閉じていてくれ!」 
が、モーガンは首を傾げた。
「どうして?」
「新しいアーマーなんだ。まだ完成していないから、誰にも見られたくないんだ」
よくもまぁ、そんな嘘がペラペラと口から出てくるわね…とペッパーは妙に感心してしまったが、素直な娘は父親の言葉を信じきっており、
「うん!」
と頷くと目をギュッと閉じた。その隙にトニーはベッドから飛び出ると、パンツを拾い有り得ない速さで履いた。そして
「お化けを退治してくるぞ!」
と叫ぶと、部屋を出て行った。急ぎすぎて、パンツの前後ろを逆に履いているとも知らず…。
これで後はトニーが戻ってくるのを待つだけね…と、一安心したペッパーだったが…。
「パパとママとねていい?」
と、無邪気な顔をして娘は恐ろしいことを言い出した。そして母親の返事を待たず、勝手にベッドに登った。
「ま、ま、待って!モーガン!!」
悲鳴を上げたペッパーだが、娘は自分も中に入ろうと、勢いよくシーツを剥いだ。

モーガンは驚いた。何も着ていない母親が、ベッドの上で丸くなっているのだから…。
「ママ…どうしてパジャマ、きてないの?」
怪訝そうに眉を顰めたモーガンは、シーツを握りしめたまま首を傾げている。
一体どうやって説明すればいいのだろう…。トニーなら適当に誤魔化せるだろうが、ペッパーはそういうのはどうも苦手だ。
「え……っと………その…………」
真っ赤になったペッパーはモゴモゴと口籠った。

と、そこへ戻ってきたのはトニー。
ベッドの上には全裸の妻、そしてポカンとしている娘の姿に、トニーは叫びそうになった。が、そこはトニー・スターク。わざとらしく悲鳴を上げた彼は、ベッドに駆け寄った。
「大変だ!!モーガンの部屋にいたお化けが、ママのパジャマを食べてしまったぞ!!」
「え!!おばけが?!」
父親の発言にその場で飛び上がったモーガンは、顔色を変えた。そしてベッドから降りた彼女は、どこにお化けがいるのかと、不安げに父親を見上げた。そんな娘の髪をくしゃっと撫でたトニーは、彼女の耳元でこそこそ囁いた。
「モーガン、お化けはまだこの部屋にいる。パパが退治するから、モーガンは部屋で待っていてくれ」
「うん!」
娘が走って寝室を出て行ったのを確認したトニーは、やれやれと額の汗をぬぐった。そして、床に落ちているパジャマを拾うと、ペッパーに渡した。
急いで身なりを整えた(トニーはパンツを逆に履いていることに気づいていないが…)2人は、顔を見合わせると笑い出した。
ゲラゲラ笑っていると、暫くしてモーガンが戻ってきた。
「パパ?おばけはいなくなった?」
どうして両親が大笑いしているのか分からないモーガンは、不思議そうに2人を見比べた。
「パパがやっつけてくれたわよ」
笑いすぎて目に浮かんだ涙を拭ったペッパーは、娘を手招きした。嬉しそうに駆け寄ってきた娘を抱き上げたトニーは、自分たちの間に彼女を寝かせた。
「お化けもいなくなったし、寝ようか」
「うん!」
両親の手を握ったモーガンは、おやすみなさいと告げると、目を閉じ眠り始めた。
娘の鼻を突き、眠っていることを確認すると、トニーはふぅと息を吐いた。
「うまく誤魔化せたか?」
「パパの言うことは全部正しいって信じているから、大丈夫よ」
クスクス笑ったペッパーは、空いている方の手を伸ばした。その手を握ったトニーは、娘に視線を移した。
「パパの言うことをいつまで信じてくれるかな?」
トニーは優しい瞳で娘を見つめていた。先程までの男としての彼とは違う、父親としてのトニーに、ペッパーは何億回目かの恋をした。
「ずっとよ。大好きなパパのことだから…」
微笑んだペッパーは繋がれた手をギュッと握りしめた。するとトニーはペッパーを見つめた。蕩けるような笑みを浮かべた彼は、幸せそうに笑っていた。
ペッパーは祈った。5年先も10年先も永遠に、こうやって手を繋いで歩いていられますように…と…。

最初にいいねと言ってみませんか?

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。