She’ your daughter.

日曜日はいつも遅くまで寝ているトニーだが、今日は珍しく早く目が覚めてしまった。大欠伸をしながら起き上がったトニーは、シャワーを浴び、髭を整え、服を着替えると、寝室を出ようとしたのだが……。

「……」
何故かドアが開かない。ガチャガチャとドアノブを捻るが、ドアがピクリとも動かないではないか。鍵が掛かっているのかと開けてみたが、やっぱりドアは開かない。ちなみに、妻の姿は寝室にないのだから、彼女はこのドアを開けて寝室を出たということだろう。
以前の家ならば、A.I.に家全体の管理をさせていたので、こういう事態になってもどうにかなっていた。が、残念ながらこの家には、そういうシステムを組み込んでいないため、A.I.に頼ることはできない。

「おーーい!」
ドア越しに叫んでみたが、2階の奥にある寝室からは階下に声は届かないようで、妻と娘の声は聞こえない。
やれやれと頭を振ったトニーは状況を把握しようと、鍵穴から部屋の外を覗いてみた。するとドアの前に椅子や箱が置いてあるではないか。
「…何だこれは…」
トニーはギョッとしたように目を見開いた。誰の仕業か知らないが、誰かが自分を寝室に閉じ込めたのだ。
「一体、誰の仕業だ?!」
足を踏み鳴らしたトニーは、ため息をついた。セットしたばかりの髪の毛を掻きむしった彼は、部屋の中をウロウロしながら、脱出方法を考え始めた。

窓から脱出しようか…。が、ここは2階だし、下手をすれば転落して、怪我をするのは目に見えている。
それならば、ペッパーに電話して助けてもらおう…。と思ったが、昨夜はリビングで妻といい雰囲気になり、そのまま寝室に上がってきたので、携帯電話は1階に置きっぱなしだ。
こういう時こそアーマーの出番だ!…と言いたいところだが、サノスとの戦いから半年。ヒーロー業から引退して半年、リアクターはアーマーと共にラボの展示ケースに収納しており、手元にない。

こうなったら、義手にリパルサー機能の1つや2つ、付けていればよかったと、右腕に目にやったトニーは、もう何度目かの溜息をついた。

「仕方ないな…。待つしかないか…」
ベッドに横になったトニーは、暇潰しにと天井の木目を数え始めたのだが…。

そもそも、どうして部屋のドアが封鎖されているのだろうか…。余程自分を寝室から出したくないのだろうが、ペッパーとモーガンがそんなことをするはずはない。となると、妻と娘以外の第三者が、自分を閉じ込めておくためにしたのだろう。それはつまり……。

最悪の事態がトニーの頭をよぎった。
『誰かが家に侵入し、2人は監禁されている』。
そう考えると、自分がこの部屋に閉じ込められているのも納得できる。なぜなら、引退したとはいえ、トニー・スタークはアイアンマンだからだ。

真っ青になったトニーは、ベッドから飛び起きると、ドアにへばりついた。そして階下の様子を少しでも探ろうと、聞き耳を立てたのだが…。

「キャー!」
階下からペッパーの悲鳴が聞こえると同時に、パンっ!という破裂音が聞こえ、トニーは飛び上がった。
「大変だ!!!」
妻の悲鳴と破裂音…。これは犯人が発砲したに違いない。
どうにかして寝室から脱出し、妻と娘を救出しなければ…と、トニーは窓際に走った。
このまま飛び降りれば足を骨折して、犯人と戦うどころではないだろう。ロープの代わりになる物はないだろうかと、キョロキョロと寝室を見渡したトニーは、ベッドのシーツを剥いだ。確か昨日新調したばかりだと妻が言っていた気がするが、そんな悠長なことを言っている場合ではない。シーツを引き裂いたトニーは、それをロープのように結んだ。が、長さが足りない。そこでカーテンも破り裂いたトニーは、シーツに結びつけ、ベッドの支柱に括り付けた。そして窓を全開にすると地面に向かってそれを垂らした。これなら怪我することなく外に出ることができそうだと頷いたトニーは、今度は何か武器になるような物はないかと部屋を探し始めた。が、ここは寝室。武器になりそうな物と言ってもバスルームにある剃刀くらいしかない。それでも何かないかとベッドの下を覗き込んだトニーは、円盤のような物があることに気づき、手を伸ばした。それはキャプテン・アメリカの盾のおもちゃ…モーガンが今よりも幼い頃に使っていたおもちゃだった。
「…何もないよりはマシか…」
首を振ったトニーは、おもちゃの盾を背負うと、シーツのロープを伝い窓からゆっくりと降り始めた…。

外から何かが崩れる大きな音と悲鳴が聞こえ、キッチンにいたペッパーとモーガンは飛び上がった。顔を見合わせた母と娘は、その悲鳴がトニーのものだと気づくと、外に飛び出た。
すると、崩れた薪の山の中に、何故かキャプテン・アメリカのおもちゃの盾を背負っているトニーが倒れているではないか。
「と、トニー?!」
「パパ!!」
慌てて駆け寄ったペッパーはトニーを抱き起こした。一体何が起こったのだろうか。どうしてトニーはこんな所に倒れているのだろうか…。
と、ペッパーは気づいた。トニーはシーツとカーテンを括り付けた物を握りしめていることに…。そしてそれはちぎれており、残りの物は2階の自分たちの寝室の窓から垂れ下がっている。つまりトニーは、部屋のドアからではなく、2階の窓から寝室を出ようとしたが、途中でシーツがちぎれてしまい、積み上げていた薪の上に転落したということだろう。
一体どうしてトニーがそんなことをしようとしたのか見当もつかないペッパーは、彼の突拍子もない行動に、頭を抱え込んでしまった。が、トニーは転落した時に頭をぶつけたようで、気を失っている。

「モーガン、F.R.I.D.A.Y.に救急車を呼ぶように言ってくれる?」
泣き出しそうな顔で父親の手を握りしめている娘にそう告げると、黙って頷いた彼女は、家の中に走って行った。

トニーは病院に担ぎ込まれた。軽い脳震盪を起こしており、左足首を捻挫しているが、他は特に異常はなく、夕方には退院できると告げられたペッパーは、安心したように息を吐いた。
「どうしてパパは、窓から出ようとしたのかしらね?」
溜息を付いたペッパーは傍にいる娘が暗い顔をしているのに気づくと、彼女にそう尋ねた。すると、それまで黙っていたモーガンがグズグズと泣き始めたではないか。
「モーガン、どうしたの?」
するとモーガンは大粒の涙を零しながら母親を見上げると、蚊の鳴くような声で告げた。
「ごめんなさい…」
何故、娘は謝っているのだろうか。見当もつかないペッパーは目をパチクリさせており、そんな母親をチラチラ見上げながら、モーガンは話し始めた……。

今日はパパの誕生日。
パパはサプライズが大好きだから、ママとパーティーの用意をしていることは、パパには絶対に秘密にしておきたかった。だから、部屋にパパを閉じ込めておこう…。

泣きながらそう告白した娘に、ペッパーは呆気に取られてしまった。が、チラリとトニーに視線を送ったペッパーは、(あなたの娘ね……)と心の中で呟くと、まだ泣いている娘の頭を撫でた。
「パパが目を覚ましたら、ちゃんと謝るのよ。それから、お家に帰ったら、パパのお誕生日パーティーをしましょうね」
小さく頷いたモーガンは顔をあげると、上目遣いで母親を見つめた。その仕草はトニーそっくりで、ペッパーは思わず笑みを浮かべた。
「それにしても、あなたは本当にパパそっくりね」
すると、何度か瞬きしたモーガンは、パッと笑みを浮かべると大きく頷いた。
「うん!だって、あたし、パパだいすきだから!あた
しね、おおきくなったら、パパみたいになるの!」
するとトニーが口元に笑みを浮かべた。が、彼は目を開けようとしないのだから、このまま寝たふりをするつもりだと気づいたペッパーは、もっと彼を喜ばせようと、娘に尋ねた。
「モーガンはパパのどんなところが好きなの?」
するとモーガンは、唇を尖らせて少しの間考えていたが、指折り数え始めた。
「えっとねぇ……、パパはなんでもつくってくれるし、あたしといっぱいあそんでくれるし…。ほんもよんでくれるし、たのしいおはなしをいっぱいしてくれるの。パパはおこるとこわいけど、いつもやさしいしおもしろいし。あたしのこともママのこともだいすきだし…」
と、何か思い出したのか、モーガンは言葉を詰まらせた。何度か瞬きしたモーガンはまだ目をつぶっている父親の手にそっと触れた。
「パパ、いっぱいけがしちゃったけど、パパがおうちにかえってきてくれて、あたし、うれしかったよ。パパとバイバイしなくてよかったよ。パパはね、アイアンマンだけど、あたしのパパだから。あたしのヒーローだから。だからあたし、パパみたいになりたいの。おおきくなったら、パパみたいにカッコよくなりたいの。それでね、パパのおよめちゃんになるのよ!」
声高々と宣言したモーガンは、可愛らしい娘の言葉に笑みを浮かべている母親に尋ねた。
「ママはパパのどんなところがすきなの?」
突然話を振られたペッパーは、
「そうねぇ…」
と呟くと、思い出していた。トニーと出会い、秘書として彼のそばにずっといた頃のことを…。恋人になり、結婚し、娘を授かったことを…。そして半年前、彼を永遠に失いかけたことを…。
「パパと初めて会った時、ママはね、パパのことをわがままだし、子供みたいな人だと思ったわ。でも、パパの目はとっても力強くて綺麗だったの。だからこの人となら、きっと上手くやっていけるって思ったの。それからママはパパと沢山のことを乗り越えてきた。色んなことがあったわ。喧嘩もした。楽しいことも辛いことも沢山あったわ。パパがアイアンマンになってからは、悲しいことも沢山あったわ。パパが怪我をして帰ってくるたびに、ママはいつかパパを失うんじゃないかって怖かった。だけどね、パパはいつも自分に正直だったわ。自分が傷ついても、正しいと思うことをやめないという信念があった。それから、パパはいつだってママのことを守ってくれた。ママのことを誰よりも信頼してくれたの。だからママも決めたの。パパのことを支えようって。パパが安心して正しいことができるように、ママがずっとパパのことを支えようって…。だって、ママがパパのことを…本当のトニーのことを誰よりも知っているんだから…」
話が逸れてしまったが、娘は真剣に耳を傾けてくれているようで、神妙な顔をして聞いている。
「だからね、パパの…トニーの好きなところは…いいえ、愛しているのは……、全部よ」
すると顔を輝かせたモーガンは、父親から手を離すと母親に抱きついた。
「パパ、ママのことせかいでいちばんあいしてるもんね!」

妻と娘の会話を聞きながら、トニーはこぼれそうな涙を必死で抑えていた。
実は、ペッパーとモーガンが病室へ入ってきた時から目を覚ましていたので、2人の話は初めから聞いていた。だから勿論、今回の一件がモーガンの仕業であることも…。
妻と娘の言葉は、面と向かって言われれば泣いて喜びたいような言葉だ。本当なら2人を抱きしめ顔中にキスをしているはずなのに…。
が、完全に起きるタイミングを逃してしまった。
自分の話で盛り上がっている妻と娘の声を聞きながら、トニーはそれから小一時間、起きるタイミングを見計らっていたとか…。

最初にいいねと言ってみませんか?

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。