S.H.I.L.D.長官であるニック・フューリーは悩んでいた。モニターの前に立ち、かれこれ1時間は頭を捻っているボスの背後で、マリア・ヒルは大あくび。
「長官、そんなに悩まれると…」
思わず口を挟んだヒルだが、
「ハゲるぞ?か?」
と自虐ネタを口にしたフューリーは振り返った。
それ以上ハゲようがないだろうと思いつつも、長官の戯言を無視したヒルはいつものように冷静に言葉を発した。
「何を悩まれているんです?」
部下の言葉にフューリーは目を光らせた。
「次の任務のことだ。誰を行かせるのが最適かと考えているんだ。バートンとロマノフは…。クリスマスを台無しされたから休ませろと、ロマノフがえらい剣幕でな…」
S.H.I.L.D.直属のエージェントなのだから、命令されれば休暇も何もあったものではなさそうだが、優秀なエージェントだけにここでごねると後が面 倒ということらしい。となると、他に頼るところはあの面子しかいない。
ヒルの脳裏にまず最初に浮かんだのは、温和な二人。
「ロジャースとバナーはどうです?」
実直な超人と科学者ならば、長官の頼みを断らないだろう…という考えは、フューリーの言葉で崩れ去った。
「あいつらはバイクの旅に出掛けたんだ」
「バイクの旅…ですか?」
なぜあの二人が…と、目をパチクリさせていると、フューリーは何か思い出したのか遠くを見つめた。
「あぁ。何でも、某俳優がバイクで大陸を横断したドキュメンタリーを見たそうだ。それに感化されたらしい。キャプテンは号泣していたそうだ。後は簡単だ。思い立ったら即行動だ。この寒いのに、アラスカ方面へ行くらしい。というわけで、年末年始は男二人で旅をするそうだ」
なぜ真冬のアラスカへ…しかもバイク…。キャプテンは立派なバイクを持っているが、バナーは果たして持っているのだろうか…。ふと思い出したのは、あのNYでの決戦。
「バイクって…もしかしてバナーは…」
「あぁ、あのボロい原付でだ」
フューリーが顔をしかめたのも無理はない。あの二人はNYからアラスカまで何キロあると思っているのだろう。今頃どこか彷徨っていそうだが、そうかと言って探す気にもならない。となると、残るメンバーはあの二人。
「ソーはアスガルドですし…。スタークはどうです?」
『スターク』と聞いたフューリーは肩をすくめた。
「スタークか?無理だろ。だが、念のため連絡してみるか…」
数回の呼び出しの後、スピーカーからは機械的な声が聞こえてきた。
『ニック・フューリー様でございますね』
名乗る前に名前を言われたがフューリーは顔色一つ変えなかった。
「そうだ、フューリーだ。至急スタークに繋いでくれ」
『申し訳ありません。トニー様はお取り込み中でして…』
おそらくそう対応しろと言われているのだろう。何となく展開が読めたフューリーだが、咳払いをすると努めて冷静に言った。
「急ぎなんだ」
『かしこまりました。お待ちください』
やけに軽快な保留音が司令室に響き渡る。待てど待てども切れない保留音に、ヒルは痺れを切らした。
「長官…嫌な予感がします」
「そうだな。だが、今さら遅い」
「ですが…」
ヒルが何か言いかけたときだった。突然保留音が切れ、聞き慣れた声が響き渡った。
「ニック!今忙しいんだ。後にしてくれ」
お目当ての人物、トニー・スターク。彼が電話口に出たということは、少なくとも聞く耳は持とうとしたということだろう。切られては大変と、フューリーは早速要件を言うことにした。
「スターク、君に頼みたい仕事が…」
だが、彼の言葉はトニー・スタークのため息と共に消し去られた。
「おいおい。今日は大晦日、明日は新年だぞ?こんな大事な時に仕事か?悪いが他を当たってくれ。私には大事な仕事があるんだ」
予想通りの言葉だが、カチンときたヒルは怒りを押し殺して叫んだ。
「スターク!こっちも大事な仕事なの!」
すると…。
「…トニー…どうしたの?」
電話の向こうから女性の声が微かに聞こえてきた。
「ハニー、すまない。あのハゲ親父からだ」
「スターク…聞こえてるぞ…」
どうやら自分がネタにするにはいいが、他人…特にトニー・スタークに言われると気に入らないらしい。フューリーの握りしめていたペンがバキッと真っ二つになったのを見て、ヒル以下エージェントはゴクリと唾を飲み込んだ。
「お仕事?それなら…」
トニー・スタークは電話口を押さえることを知らないのか、二人の会話は丸聞こえだ。ちなみに、やけに艶っぽい声だが、スタークと一緒にいるのは彼の恋人であるペッパー・ポッツだろう。
「いや、大丈夫だ。私が君との休暇を蹴ってまで行く用事ではない。それに、年越しで君のこと愛すると約束しただろ?ほら、続きだ。もっと脚を開け。私を全て受け止めろ!」
「ん……あぁ!」
ガチャ!!
これ以上は危険と判断したフューリーは、通信を切断した。振り返ったフューリーにヒルは肩をすくめた。
「…無理だったな…」
「えぇ…」
あの二人はいつものことなのだが、どうも慣れない。顔を赤らめている室内のエージェントを見渡したフューリーは、ガラス張りの向こうの青空を見つめながら呟いた。
「やはりあの二人に頼むか…」
と、結局のところ、クリントとナターシャに任務が回ってきたのは、別のお話。