私と違い、誰にでもそれなりに対応できるペッパーにも、一人だけ受け入れられない人物がいた。
それは、クリスティン・エヴァーハート。
一度だけ…もちろん、パーティー三昧だったあの頃だが…彼女とは一夜に共にした。その後、何度か顔を合わせたが、私は彼女の名前すらも正確に覚えていな かった。いや、訂正しよう。名前を覚えていないのは、彼女だけではない。ペッパー以外の女性の名前を覚えていたことは、正直なところないのが事実だ。
それなのに、なぜ彼女の名前を正確に言えるのか、だと?それは、彼女の名前が私たちのゴシップ記事に必ず書かれているからだ。
記事と言っても、私たちが何処ぞのレストランでキスをしていたとか、休暇の行き先といった可愛らしいものではない。とは言っても、彼女の記事も最初はその程度だったのだが、あれは確か私たちが恋人になってから二週間程経った頃だ。共に出社した私たちは前夜の名残もあり車の後部座席で愛し合っていた。キスに酔ったペッパーの胸に顔を埋め、この場で続きを頂いてもいいものかと考えていたその時だった。突然後部座席のドアが開き、眩い光が何度か光った。私たちが顔を上げた時には犯人は立ち去った後だったが、翌朝のゴシップ誌の一面にはその時の写真と共に彼女の名前、そしてペッパーのことを中傷するコメントが掲載されたのだった。
その後も彼女はペッパーが顔をしかめるような記事―ハイスクール時代の恋人との写真はまだしも、どこで手に入れた…いや、合成したのか、全裸写真が一面を飾ったこともある。一番酷かったのはペッパーとブルースがキスをしている写真(もちろん悪質な合成だ)が掲載された時だった。だが、私たちの絆は確固たるものとなっていたし、今や『Mr.&Mrs.スターク』となった私たちは、周囲の反応はともかく、ベッドの中でその 記事を見て笑い合ったのだった。
しかしながら今回だけは違った。
あろうことか、ターゲットにされたのは、私とペッパーの愛の結晶というべき我が子だった。まだ母親の胎内にいる我が子を、あのエヴァーハート嬢は標的に定めだのだった。
『スターク氏の子供ではない?!』
と各誌の一面を派手なタイトルが飾ったのは、予定日まであと2か月ばかりというある朝だった。
寝ぼけ眼でコーヒーを飲みつつ新聞を手に取った私は、椅子の上で飛び上がった。
「ペッパー!!!」
思わず大声を出すと、リビングにいた彼女はダイニングまで駆け上がって来た。
「おい!大変だ!!」
新聞を妻の目の前に突きだすと、彼女はひったくるようにして読み始めた。
「現在妊娠中のヴァージニア・スタークだが、スターク氏の子供はではないという確かな証言が取れた。子供の本当の父親はA氏。
A氏はスターク夫人ことヴァージニアと10年以上、身体だけの関係を持っているとのこと。A氏に話を聞いた。
『ヴァージニアとは彼女がスターク氏と恋人になる前から関係を持っています。それは今でも続いています。彼女のお腹の子供は私の子供です。ヴァージニアも知っていますが、スターク氏には彼の子供と言ったのです。それは私も承知の上です。今後も彼女との関係を切るつもりはありません』
…何よ、これ!!誰が書いたの!」
怒り狂ったペッパーは、執筆者の名前を見ると、ますます眉間に皺を寄せた。
「またあの女よ!何が楽しくて、こんなことするのよ!」
金切り声をあげたペッパーは、顔を真っ赤にして足を踏み鳴らした。
記事の内容に腹が立っているのは私も同じだが、それよりもこんなに興奮すれば赤ん坊のためによくないはずだ。
何度か深呼吸をし気持ちを落ち着かせた私は、新聞をぐちゃぐちゃに丸めているペッパーを抱き締めると、椅子に座らせた。
「ハニー、落ち着け。怒るとお腹の子供に悪いぞ。この子が私と君の子供であることは100%間違いない事実だ。そもそも、このAという男、金でも握らされたんだろう。それにしても、よくもまぁ、こんな記事を思いつくな。放っておけ」
ノンカフェインの紅茶を入れ手渡すと、一口二口飲んだペッパーはやっと落ち着いたようだ。
目を軽く閉じ、繰り返し深呼吸をしたペッパーは、大きく息を吐いた。
「そうね。でも、今回は許せないわ!」
頬を膨らませたペッパーは、目を三角にしながら朝食を作り始めた。
社の前には案の定、マスコミが大量に押しかけていた。
車を降りた二人を、マスコミがどっと取り囲んだ。
「スタークさん!事実なんですか?!」
マイクを向けるマスコミをハッピーは押しのけているが、今回は人数が多すぎた。
お腹の大きなペッパーを守るように手を繋ぎ身体を抱き寄せていたが、そんな彼女にもマスコミは容赦なかった。
「ノーコメントですか?やっぱり子供は報道されてる男性が父親なんでしょ?」
この声はエヴァーハート嬢。文句の一つや二つ…いや、こてんぱに打ちのめしてやろうと、彼女に顔を向けた時だった。
繋いだ手にグッと力が入り、ペッパーの爪が皮膚に食い込んだ。
「私はね、トニー・スタークに愛されてるこの世でただ一人のオンナなのよ!」
ペッパーの声が辺り一面に響き渡った。
シーンと静まり返ったその空間で、ペッパーはただ一人、エヴァーハート嬢の方だけを見つめていた。
「だから、私のことはいくら悪く書いてもいいわ!それが嘘偽りだとしても、私は受けて立つから!でも、トニーと、それにこの子のことを傷付けるのは許さない!」
お腹に手を当てたペッパーは、怒りに満ちた瞳で彼女を睨みつけると、私の手を握り直した。
「トニー、行きましょ?」
「あぁ…」
ペッパーの剣幕に…いや、その瞳に浮かんだ確固たる決意に誰も何も言えなかった。さすがは我が妻。この強さこそが、彼女が私の妻でいてくれる強さなのだろう。
ふっと笑みを浮かべた私はサングラス越しに件の女性を睨みつけた。
「今回ばかりは私も許せない。君は私の妻を傷つけた。それも、一番やってはいけない手段でだ。後で弁護士を向かわせる。詳しいことは彼から聞いてくれ」
私たちの怒り、そして事の重大さにやっと気づいたのだろう。エヴァーハート嬢は顔色を変えると踵を返し立ち去ったのだった。
トニペパ未来編。クリスティン・エヴァーハートは、IM1でトニーと寝て、IM2でハマーに取り入ったあの女性記者です。