二人に逃げ場はなかった。
身体を寄せ合った二人は、四方を壁に囲まれた隅に身を潜めていた。
血が流れ落ちる腹部を押さえたトニーは、苦しそうに顔を歪めている。少しでも止血しようと傷口を押さえているペッパーだったが、出血は止まらず、二人の足元は真っ赤に染まっている。
「トニー…」
真っ赤な目をしたペッパーは唇を噛み締めると、逃げ始めてからずっと虚ろな目をしているトニーに抱きついた。
それは突然だった。友達だと思っていた仲間が次々と襲いかかってきた。
詳しい理由は分からない。ただ一つ確かなこと…それは、『アイアンマンことトニー・スタークは敵』と世界中が宣戦したこと。
アーマー、そして開発してきた物を奪われ悪用されることを恐れたトニーは、自らの手で全てを破壊した。
それ故に、アーマーもない。ジャーヴィスもいない。頼れるものは何もない。
トニーに残されたのは、頭脳と身体とそして最愛の人。
『何としても君だけは守る』
そう誓ったトニーは、彼女の盾となり逃げ続けてきたのだが…。
身を呈し二人を守ろうとしたハッピー、そしてローディは殺された。二人を影ながら助けようとした大勢の人々もまた命を奪われた。世界中が敵となった今、二人に逃げ場はなかった。かつての仲間だけではない。多額の懸賞金を掛けられたトニーにとって、全世界の人間は敵だった。
追われる身となり傷ついた二人が最後に逃げ込んだのは、マリブの海の見える破壊された元の家だった。
だが、今や周囲は上空までも囲まれている。
『降伏すれば彼女だけは助けてやる』
そう言われ、何度となくペッパーを引き離そうとしたトニーだが、彼女は頑なに拒んだ。
『あなたなしの人生なんて考えられない。死ぬ時は一緒よ…』と。
その言葉に甘えて、最期と選んだ場所まで連れて来てしまった。
もはやこれまで…。
自分はもうすぐ死ぬ。彼女には生きて欲しかった。自分の分も生き続け、この先の人生を歩み続けて欲しかった。
だが、彼女は拒んだ。二人一緒でないと嫌だと…。
繋がれた手からは段々と温もりが失われているのに気づいたペッパーだったが、無理矢理笑みを浮かべると、この世で唯一の愛する男性の頬を撫でた。
青白い顔をしたトニーは、胸元に擦り寄ってきたペッパーを力いっぱい抱きしめようとした。だが、すでに力の入らなくなった腕は空を切り地面に落ちた。
潤んだ瞳が交錯し、二人は微笑みあった。
「なぁ…ペッパー……い、一緒に…来て…くれるか?」
苦しい息の中、絞り出した言葉にペッパーは一粒の涙を零しながらもにっこりと笑った。
「もちろんよ。最期まであなたと一緒にいるわ。だから、お願い…。私も連れて行って…」
彼女の決意を受け止めたトニーの目に迷いはなかった。
「よし…行こう…」
一人では立つこともできないトニーを支えたペッパーは、ゆっくりとドアに向かって歩き始めた。
懐から拳銃を取り出したトニー。とうに弾は尽きており、見せかけだけの姿だが、例え弾が入っていても彼には撃つ意思などもはやなかった。それでも力の入らぬ腕を奮い立たせ何とか拳銃を握ったトニーは、最期に言葉を交わそうと、ペッパーをじっと見つめた。先ほどまでの虚ろな瞳とは違い、その瞳は澄み切っており、そしてあの煌めく魅力的な輝きを取り戻していた。
「ハニー……ありがとう……。これからも…永遠に愛してる……」
いつものようにニヤリと笑ったトニーに、ペッパーは零れ落ちそうな涙を堪えるように何度か瞬きをした。
「私もよ。トニー、愛してるわ。ねぇ、私たち、生まれ変わってもまた愛し合えるわよね?」
「あぁ…。必ず…君のことを…探し出す…」
「約束よ。待ってるから…」
どちらともなく唇を合わせた二人。これがこの世で交わす最期のキス。永遠とも思える口づけは、突然騒がしくなった周囲の雑音でかき消された。
眩い光の中、硬く抱き合った二人を、銃弾の雨が襲いかかった……。
if話。ペッパーはもちろんですが、ハッピーとローディも何があってもトニーを裏切らないと思います。