―あなたがペッパー・ポッツ?
―どうやってトニー・スタークに取り入ったの?
―その美貌と身体で迫ったの?
―さぞかしいい身体なんでしょうね?
矢継ぎ早に浴びせられる声に、ペッパーは思わず胸元をギュッと掴んだ。
そう言われるのは慣れている。
トニー・スタークに選ばれた唯一のオンナとなってから、嫉妬に塗れた視線で見られるのは…。
唇を噛みしめたペッパーは、その視線から逃れようと踵を返した。だが…。
―所詮、お前はスタークのおもちゃだ。
―都合のいい時だけ弄ばれるオモチャなんだ。
―スタークの愛玩だろ?
いつになく酷い誹謗中傷に思わず立ち止まったペッパーは、考えるより先に反論していた。
「ち、違うわ!彼は私のことを愛してくれているもの!」
だが、周りからはクスクスと失笑が沸き起こった。
―本当か?
―お前がそう思っているだけだろ?
―スタークに聞いてみろ。
トニーに聞けば分かるわと言い返そうとしたその時、背後から大好きな声が聞こえてきた。
「ト…」
派手なスーツに身を包んだトニーの横には、黒髪の美女がぴったりと寄り添っている。その美女には見覚えがあった。
(マヤ・ハンセン?どうして…。彼女は…)
この世にいるはずのない女性は、トニーの腰に手を回し首筋にキスをしている。そして左手には大きなダイアのついた指輪。
状況が理解できず立ちすくむペッパーに気づいたトニーは、笑みを浮かべた。
「ペッパー。紹介がまだだったな?妻のマヤだ」
「え…」
『妻』と紹介されたマヤは、ペッパーに冷めた視線を送ると、勝ち誇った顔をした。
「トニー、このオンナ?あなたのオモチャって」
頷いたトニーはマヤにキスをすると、ペッパーに近づいてきた。
(トニーは否定しなかった。私の事を『オモチャ』と言われても…)
ショックのあまり目に涙を溜めているペッパーだが、トニーはそれに気づいていないのだろう。
「そうだ、ペッパー。ちょっと来い。ちょうどヤリたかったんだ」
と言うと、ペッパーの身体をその場に押し倒した。
「い、いや!!」
じたばたと必死で抵抗するペッパーだが、その身体を押さえつけたトニーは、首元のネクタイを緩めた。
「マヤも君の存在は知ってる。君がオモチャになってくれるから助かると理解してくれてるんだ。子供ができたら私とマヤの子として育てるから安心してくれ」
いつも優しく煌めく琥珀色の目には光がなく、ペッパーの姿は映っていない。
「トニー…何言ってるの…私…」
恐怖で震えるペッパーだが、トニーもマヤも周囲の人々も、下衆な笑みを浮かべるばかり。手首を緩めたネクタイで縛り上げたトニーは、ペッパーの身体をぐっと割り、無理矢理入り込んできた。
「い…いやぁぁぁ!!!!」
(こんなのトニーじゃない!助けて…トニー…)
身体を揺さぶられ、ぼろぼろと頬を伝わり落ちる涙が床に飛び散った。
目をギュッと閉じたペッパーの耳には、嘲り笑う大勢の声しか聞こえなかった…。
「…パー、ペッパー!」
ギュッと閉じていた目を開くと、目の前には大きな目に隠し切れない程の不安を浮かべた最愛の男性がいた。
「トニー…」
先ほどの光景が蘇り、小さく震える身体を両腕で抱え込んだペッパーだったが、何も身に着けていないトニーの胸元に自分が付けた唇の跡が残っているのを見ると、先ほどの出来事は悪夢でこれが現実なのだとやっと実感した。
「どうした?怖い夢でも見たのか?」
優しく囁かれたその言葉に、どっと安心したペッパーの目には大粒の涙が浮かんだ。
「と、トニー…わ、私…」
そう言うのが精いっぱいだった。ペッパーはトニーの胸元に顔を埋めると声を出して泣き出した。
おそらく悪夢でも見たのだろう。あの事件の後、自分とは入れ替わるように彼女は悪夢に魘され始めた。その夢は襲撃され全てを奪われるものであったり、あの おぞましいエクストリミスを注入されるものであったりと様々だが、どうやら今回の夢はそれよりも数段恐ろしいものらしい。
彼女が話し始めるのを辛抱強く待っていたトニーだったが、ペッパーは泣くばかりで話そうとしない。
こういう時は、何も言わずただ優しく抱きしめるだけでいい…。
長年彼女と行動を共にし学んだトニーは、彼女を腕の中に閉じ込めると背中をゆっくりと撫で始めた。
「ハニー…泣かないでくれ。心配するな。私が君のそばにずっといる。だから安心してくれ」
子供をあやすように優しく耳元で囁くと、ペッパーはしゃくりあげながら顔を上げた。
「わ、私…あなたの…」
(そういうことか…)
『本当に私でいいの?』という言葉…それはこの数か月彼女に幾度となく聞かれたことなのだが…を思い出したトニーは、ペッパーが言わんとしていることを瞬時に理解したのだった。
(君が安心できるまで、何度でも言うさ)
口元を緩めたトニーは、涙で濡れた頬に唇を這わせた。
「あぁ、君はもうすぐ私の大切な妻になるんだ。君以外、私の妻は務まらない…だろ?」
ニヤっと笑ったトニーにつられるように、ペッパーもクスっと笑った。
「やっと笑ってくれたな。君に涙は似合わない。ほら、君の素敵な笑顔をもっと見せてくれ」
頬から首筋、そして胸元に唇を這わせたトニーは、ペッパーが心から笑うまで所有の証を次々と刻んでいった。
ペッパーにとっての悪夢は、トニーがいなくなることだと思います。