胸と脇腹を撃たれたトニーはすぐに手術室に運ばれたが、大量に出血しているため、病院に搬送された時には脈も弱く血圧も低下しており非常に危険な状態だった。
生死の境をさまようトニーを、ペッパーとそして駆けつけたジャーヴィスは見守ることしかできなかった。
「ハワード様とマリア様も急遽戻って来られるそうです」
そう切り出したジャーヴィスは、手術後ICUで処置を施されるトニーを外から見守っているペッパーを椅子に座らせると話し始めた。
「私が把握しているお話をしておきます。キリアン様はA.I.M.という企業の御子息です。トニー様も一度お会いしたことがあるはずですが…相手が女性ではないのでお忘れでしょうね」
微かに口角を上げたジャーヴィスだが、トニーを思い出したのか目を潤ませた。
「A.l.M.との関わりの前に、スターク・インダストリーズの話をさせてください。スターク・インダストリーズは、兵器を製造して軍に卸しています。ですがトニー様は将来のことを考え、方向転換しようとハワード様にずっと言われていました。なかなか首を縦に振らなかったハワード様ですが、ここ数年はトニー様に同意され、LAに本社を移動させるのを機に、兵器製造から撤退するおつもりでした。そこにA.I.M.が現れました。A.I.M.は数年前からとある実験を行っていました。組織の再生…つまり、事故や病気で身体の一部を失った方々の希望となるような開発です。最初はハワード様も興味を示されました。ですが、実際は、人間を兵器に変える恐ろしい人体実験だっだのです。それに気付いたハワード様は、協力しないと拒否されました。ですが、A.I.M.側としては、その研究を完成させて軍に売り込みたかったのです。そして、完成にはハワード様…いえ、トニー様の頭脳が必要だと言われました。ですが、ハワード様は拒まれました。トニー様をそんな非人道的なことに協力させたくないと…。すると、A.I.M.はハワード様を脅したのです。協力しないと大切な物を傷つけると…。ハワード様の大切な物…それはマリア様とトニー様、そしてペッパー様です。中でもトニー様は…たった一人の跡取りですから、向こうからしてみれば、格好のターゲットだったんでしょう。首を縦に振らないハワード様でしたが、数日前に脅迫状が届きました。協力しないとトニー様を殺すと…。ハワード様は悩まれ、トニー様にそのお話をされました。ですが、トニー様は『俺なら大丈夫だ。だから親父の思う通りにしろよ』と言われたそうです」
「それでトニーは…」
命を狙われたのだ。だが、どうしてキリアンが自分を狙うのかペッパーは分からなかった。
真っ赤に腫れ上がったペッパーの目に新たな涙が浮かんだのに気付いたジャーヴィスは、ハンカチをそっと差し出した。
「キリアン様は、自分こそがA.I.M.の研究を完成させられると思っておいでです。ですが、キリアン様のお父上は、トニー様の方が優れていると昔からキリアン様と比べられていました。そのため、キリアン様はトニー様のことを良く思っていらっしゃらないのです。そこで考えたのでしょう。トニー様の大切なペッパー様を奪ってやろうと。ペッパー様を手に入れることが、トニー様に勝ったトロフィーだと思っておいでのようです。ですから、ペッパー様のことを何が何でも奪おうとされるはずです。ペッパー様も危険です。ハワード様から護衛をつけるように言われております」
キリアンのあの狂気に満ちた瞳を思い出したペッパーは、身体を震わせた。
「ジャーヴィスさん…トニーは助かりますよね?」
「ペッパー様…。トニー様はペッパー様のことをおいていかれたりしません。だから祈りましょう…」
顔を覆ったペッパーの背中をジャーヴィスが優しく撫でていると、医師がICUから出てきた。
「先生、トニー様は…」
立ち上がったジャーヴィスに座るよう促した医師は、悲痛な面持ちで話し始めた。
「トニー様は胸部を1発、腹部を2発撃たれました。出血が酷く手術中にショック状態になりましたが、何とか持ち直しました。ただ、危険な状態には変わりありません…。ご両親は?」
「もうすぐ到着すると思いますが…トニー様は…助かるんですか?」
「最善を尽くします」
医師はジャーヴィスの肩を軽く叩くと、二人を中に通した。
消毒薬の匂いが充満しモニターと呼吸器の音が支配するその部屋で、トニーは眠っていた。
「トニー様…坊っちゃま…」
トニーの手を取ったジャーヴィスは、静かに呼びかけると頬にそっと触れた。小さく震えるジャーヴィスの背中。忙しい両親の代わりにトニーを愛し続けた ジャーヴィスは、まるで父親のような存在だとトニーが言っていたのを思い出した。おそらくジャーヴィスにとっても、トニーは主人であり、そして息子のような存在…。いつも冷静で感情を露わにしない彼が泣いていることに気付いたペッパーは、ベッドサイドに近寄るとそっとトニーの手を握った。いつも温かく力強い彼の手は、冷たく何の反応もない。
「トニー…」
そっと呼びかけたペッパーだが、もちろん答えがあるはずもない。
その時、複数の足音が聞こえ、部屋の入り口にハワードとマリアが姿を現した。
トニーの姿を見た二人は顔色を変えた。
「トニー!!」
駆け寄ったマリアは泣きながらトニーに縋り付いた。
「トニー……お願い…目を開けて…」
泣き叫ぶマリアにペッパーは何も言うことができなかった。そして…。
「すまない…トニー、すまない…お前をこんな目に合わせてしまった…許してくれ……」
目を覚まさない息子の手を握りしめたハワードの目から大粒の涙が零れ落ちた。
3日後。今だ目を覚まさないトニーは、小康状態が続いていた。
あれ以来キリアンは姿を消しており、警察の必死の捜索にも関わらず発見できていなかった。おそらく父親が匿っているのだろうと怒り狂ったハワードは A.I.M.に乗り込んだ。だが、今回の事件はキリアンが単独で起こしたらしく、逆に彼の父親から居場所を聞かれる始末。重体だがトニーが生きていると知れば病院に現れるかもしれないと、ハワードは厳重な警備を引いたのだった。
ペッパーも家にいるのは危険だと、マリアと共にトニーに付き添っていた。だがマリアは片時もトニーのそばを離れようとしない。一睡もしていないマリアが心配になったペッパーは、
「お母様、少し休んでください。代わります」
と言うのだが、マリアは
「大丈夫よ、ペッパーちゃん。ごめんなさいね、あなたまで巻き込んで…」
と、ペッパーを抱きしめたのだった。
ペッパーの母親が作ってくれたサンドウィッチを摘みながら話をしていると、マリアの携帯が鳴った。
「あら、ごめんなさい。ハワードから電話だわ…。何か進展があったのかも…。ペッパーちゃん、トニーのこと見ててくれる?」
「はい」
電話片手に部屋の外に出て行った。マリアを見送ると、ペッパーはトニーのそばに座った。
「ねぇ、トニー。もうすぐクリスマスよ?早く目を覚まして?誕生日の埋め合わせをしてくれるんでしょ?」
血の気のない頬をそっと撫でたペッパーだが、彼の頬の冷たさは悲しみが増す一方。
(トニーは頑張ってるのよ!だから、泣いちゃダメ!)
目に浮かびそうになった涙を拭ったペッパーは、トニーの手を握ると手の甲にキスをした。
その時、ドアをノックする音が聞こえ、ペッパーは振り返った。
セキュリティ上の問題から面会謝絶なのに…と思ったペッパーだったが、病院の関係者かもしれないと声をかけた。
「どうぞ?」
だが、ドアが開き姿を現したのは、警察が必死で探しているキリアンだった。厳重に引かれているはずの警備をどうやってくぐり抜けたのだろうか。
「キリアンくん…」
顔色を変えたペッパーは立ち上がった。トニーに付けられたモニターが規則正しく動いているのを見たキリアンは、顔をしかめた。
「やぁ、ヴァージニア。こいつはまだ生きてるのか?しぶといな。早く死ねばいいのに。あ、でも、もうすぐ死ぬかもしれないね?」
目の前の男のせいで、トニーは命を落としかけている…。嘲り笑うキリアンに、ペッパーは怒りを隠さなかった。
「どうしてトニーに酷いことするのよ!トニーはあなたに何もしてないでしょ!」
鼻を鳴らしたキリアンは、顎をしゃくった。
「何でみんなトニー・スタークなんだ?こいつがそんなに偉いのか?僕はこいつが嫌いだ。トニー・スタークが死んだら、こいつの会社はそのうち潰れるだろ? それに、君も手に入る。そうすれば、僕はこいつに勝利したことになる」
ペッパーにはキリアンが何を言っているのか理解できなかった。キリアンに対し憎しみしか浮かんでこないペッパーは、真っ赤な顔をして叫んだ。
「私はあなたなんて嫌いよ!だから出ていって!」
ペッパーに拒否されたキリアンは、
「うるさい!」
と大声で叫んだ。
(トニー・スタークのせいだ。あいつが生きているから、彼女は僕のものにならないんだ)
全てをトニーのせいだと思っているキリアンは、とどめを刺そうとナイフを取り出した。
このままではトニーの命が奪われてしまう…。そう思ったペッパーは、とっさにトニーの上に覆いかぶさった。
トニーを守ろうとするペッパー。逆上したキリアンは、ナイフを振りかざしたが、ペッパーのことは傷つけることができず、後ずさりした。
「どけ!」
「いやよ!絶対に動かないから!」
ペッパーの瞳は怒りと、そして何があってもトニーを守るという思いに燃えている。その決意はナイフで脅しても覆るものではない。二人が睨み合っていると、
「動くな!!」
という声と共にたくさんの警官が病室内へ雪崩れ込んで来た。呆然とするキリアンは床に押し倒されると、手錠を掛けられた。
「ペッパーちゃん!大丈夫?」
駆け寄ってきたマリアは、ペッパーが無事であることを確認すると、泣きながら彼女を抱きしめた。
「大丈夫です、お母様。トニーも大丈夫です」
マリアを抱きしめたペッパーは立ち上がると、まだ喚いているキリアンに近づいた。
「スタークのせいだ!覚えてろよ!必ず殺してやる!」
トニーを殺すと叫んでいるキリアン。唇を噛み締めたペッパーは、キリアンの頬を思いっきり平手打ちした。
「あなたなんかにトニーは傷つけさせないわ。絶対ね。彼は強いのよ。それに、あなたみたいに人を傷つけたりしないわ。だから彼はみんなに好かれてるの。分かる?そこが彼とあなたの大きな違いなの」
その2日後、ようやく目を覚ましたトニーは、手を握りしめているペッパーに顔を向けると、囁くような声で尋ねた。
「ぺっぱ………けが……ないか……」
「私は大丈夫よ…」
頬を伝わるペッパーの涙をゆっくりと拭ったトニーは、
「よかった………」
と、微笑んだ。
「もう大丈夫です」
トニーを診察した医師も安心したように笑い、マリアもハワードに連絡してくると病室を出て行った。
二人きりになった病室。まだぼんやりとしているトニーの頬にペッパーはそっと触れた。
「しばらく入院ということは、一緒にいられるわね?」
ふふっと嬉しそうに笑ったペッパーだが、トニーは顔を顰めた。
「一緒に…いられるのは…嬉しいけど…。俺は…死にかけたんだ…」
「そうよね。ごめんなさい。でも、戻ってきてくれてよかったわ」
微笑んだペッパーにつられるように、トニーも口の端を上げた。
「今日はクリスマスよ。二人でお祝いする初めてのクリスマスね」
「そうだな…。ペッパー…メリークリスマス…」
ニヤっと笑ったトニーだが、咳き込んだ彼は苦しそうに顔を歪めた。
額に浮かんだ汗を拭ったペッパーは、シーツを掛け直すと手を握り直した。
「少し眠って。元気になったら、誕生日とクリスマスの埋め合わせをしてくれるんでしょ?」
「あぁ…」
か細い声で呟いたトニーはゆっくりと目を閉じたが、ペッパーが指を絡めるように手を握り直すと、力強く握り返してきた。
「楽しみにしてるわ。だから、早く良くなってね」
額にキスをすると、くすぐったそうに笑ったトニーだが、すぐに気持ち良さそうな寝息が聞こえてきたのだった。
トニー大学生×ペッパー高校生編。A.I.M.の設定は捏造です