翌日。トニーは決意した。このままここにいても、ペッパーとモーガンに会いたくなる一方だし、会えば迷惑を掛けるだけだ。だから、自分はどこか遠くに行こう。地球ではない、宇宙の果ての遠くの惑星か何処かに行き、そこで暮らそうと。
ストレンジに頼めばそれくらいの願いは叶えてくれるだろうと、彼の姿を探したが、ストレンジは何処かに出掛けているのか姿が見えない。家の中を探し回っていると、そのストレンジがひょっこり現れた。
珍しく顔をほころばせたストレンジは、トニーが言葉を発する前に口を開いた。
「お前に会わせたい人がいる」
そう言うと、彼はすぐ側にある部屋のドアを開けた。
部屋には一人の少女が立っていた。
それは…。
「…モーガン………」
見間違えるはずがない。少女はトニーの最愛の娘、モーガンだった。記憶の中にある娘より5年分成長していたが、一目見ただけで、トニーは娘だと確信した。
少女…いや、モーガンはトニーの姿に目を見開くと口を押さえた。が、すぐに大粒の涙が目元に浮かび、涙を堪えるように口を尖らせた彼女は、絞り出すように囁いた。
「パパ………」
駆け寄ってきたモーガンはトニーに抱きつくと、声を上げて泣き始めた。娘を抱きしめたトニーも涙が止まらなかった。
二度と会えないと思っていた娘が、今自分の腕の中にいるのだ。娘に会えないのならと、生き返ったことを恨んだこともあったが、今ばかりは感謝しかなかった。
しゃくり上げながら顔を上げたモーガンは、トニーをじっと見つめた。
4歳で突然父親と永遠の別れを迎えたため、声も温もりも正直あまり覚えていなかった。だが、こうやって父親に抱きしめられると、あの頃の父親との記憶が鮮明に蘇ってきた。温もりも何もかもが、大好きなパパのものだ。もう二度と触れ合うことが出来ないはずの父親が、目の前にいるのだから、モーガンは感無量で何を言っていいのか分からなかった。
「モーグーナ、大きくなったな」
愛おしそうに娘の頬を撫でたトニーは、涙を袖で拭き取ると、軽くキスをした。チクチクとした髭の感触はとても懐かしいもので、くすぐったそうに笑ったモーガンは、甘えるように父親の首に腕を回した。
モーガンをそのまま抱き上げたトニーは、ソファーに移動した。そして娘を膝の上に座らせると、もしもう一度娘に会えるなら言いたかったとずっと考えていたことを伝えることにした。
「モーガン、すまなかったな。急に死んで……」
トニーの言葉を遮るように、モーガンは首を振った。
「謝らないで、パパ。パパだってそんなつもりなかったんでしょ?だから謝ったらダメ」
その言い方はペッパーそっくりで、トニーは小さく笑みを浮かべた。つられるように笑みを浮かべたモーガンは、父親の手に触れると話し始めた。
「ストレンジおじさんが、パパが生き返ったって教えてくれたの。最初は信じられなかった。だって、人間が生き返ることなんてないでしょ?でも、奇跡が起こったって、ストレンジおじさんはパパの映像を見せてくれたの。本当にパパだった。だからパパに会いたいってお願いして、連れてきてもらったの。でもね、パパが生き返ったこと、ママはまだ知らないの。ママにはまだ言ってないから……」
何となく言いにくそうに口ごもったモーガンに、トニーはあのTVの映像を思い出した。
「ペッパーは………ママは元気か?」
そう言うのが精一杯だった。するとモーガンは悲しそうに頷くと、視線を伏せた。
「あのね、ママね…。パパじゃない男の人と……」
小さな涙をポロリと流した娘に
「モーガン、ママの人生だ。ママにもそばにいてくれる人が必要なんだ」
と、トニーはやっとの思いでそう告げたが、モーガンは顔を上げると首を振った。
「ママね、今でもパパのことだけを愛してるって言ってた。でも、寂しいって。誰かにそばにいて欲しいって、ずっと言ってたの。だからポールおじさんと出会って、ママはおじさんにそばにいて欲しいって言ったの」
『ポールおじさん』というのがあの男性の正体で、ペッパーとモーガンと共に暮らしているのだ…。そう考えると取り乱しそうになったトニーだが、娘の前だからと必死で我慢した。そんな父親の気持ちに気づいたのか、モーガンは肩を竦めた。
「パパ、安心して。ポールおじさんとママはまだ結婚はしてないのよ。私が嫌って言ってるから。私ね、おじさんのこと、『パパ』って言いたくない。私のパパはトニー・スタークだけだから。おじさんは私に『パパ』って呼んでもらいたいんだって。父親になりたいって。でも私……」
「モーガン……」
娘の思いにトニーは涙が出そうになった。死しても尚、娘は自分のことをこんなにも慕い愛してくれていたのだと、トニーは嬉しくて堪らなかった。娘を抱きしめると、モーガンも父親の胸元に顔を押し付けた。
「それにね、ママもなの。ママも婚約したけど、結婚はまだ待ってって言ってるの。どうしてって聞いたら、ママ、言ってた。ママはまだパパのことを愛してる。パパのことを忘れられない。パパはママの人生そのものだった。おじさんは良い人だけど、パパといる時みたいに楽しくないって…。ママ、よく泣いてるの。トニーに会いたいって……」
トニーは何も言えなかった。勿論ペッパーがそう思ってくれていることは嬉しい。だが、自分の存在は未だ彼女にまとわりついているのだ。せっかく自分の人生を歩もうとしているのに、ここで会えば、またペッパーの人生を掻き回してしまうのではと、トニーは途端に怖くなった。
そのため、
「パパ、ママに話していい?パパが生き返ったこと」
と、モーガンに尋ねられても、トニーは即答出来なかった。なかなか頷かない父親に、モーガンは何度も頼んだ。母親に話しても良いかと。
「パパ、お願い」
娘の縋るような視線に、トニーも会いたいという思いを抑えきれなくなり、彼は小さく頷いた。
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