12.Babysitter! au

友人であるナターシャが夫のクリントと共に5日間の出張に行くことになり、ヴァージニア・ポッツは生後8ヶ月の彼らの娘アヴァを預かることになった。生まれた時からよく面倒を見ていたためか、アヴァはヴァージニアに懐いていたのだ。

当日、友人宅に向かうと、同年代の見知らぬ男性がいた。ヴァージニアは、首を傾げた。一体彼は誰だと…。すると2人は思わぬことを言い出した。
『数日前に隣の家に泥棒が入った。女一人で留守番させるのは物騒だから、用心棒代わりにクリントの友人を呼んだ』と。
初対面の男性と5日も過ごすのかと思ったヴァージニアだが、身の安全には変えられない。

ということで、トニー・スタークと名乗った男性とヴァージニアは、期間限定の共同生活をすることになった。

2人きりになると、トニーはヴァージニアに告げた。
「先に言っとくけど、俺、料理は出来ないから。それから、子供と遊ぶのは好きだけど、赤ん坊の世話なんかしたことない」
いきなりそんなことを言われたものだから、ヴァージニアは思わず眉を顰めた。
「じゃあ、どうして子守を引き受けたの?」
するとトニーは頭をポリポリと掻くと肩を竦めた。
「あいつには借りがあるから、断れなかった」
悪びれもなく言うトニーに、ヴァージニアは溜息を付いた。こんな人と5日間も一緒に過ごすなんて…と、幸先不安になったヴァージニアだが、文句を言っても仕方ない。
抱いていたアヴァをトニーに渡すと、彼女は彼に告げた。
「分かったわ。食事は私が作る。あなたはこの子と遊んでて」
「了解」
大きく頷いたトニーは、アヴァを連れてリビングの隅のおもちゃコーナーへ向かった。

昼食を作りながら、ヴァージニアはチラチラと2人の様子を伺った。するとトニーはアヴァと楽しそうに遊んでいた。可愛らしく笑い声を上げているアヴァは、トニーがお気に入りになったのだろう、抱きついて離れようとしない。
それでも昼食を食べ終わると、アヴァはあっという間に眠ってしまったのだが、途端に2人は暇になってしまった。
「せっかくだしさ、話でもしようぜ」
「えぇ」
ということで、お互いの自己紹介から始まった話だが、30分もすると意気投合した2人は、夕方になりアヴァが起きてくるまで、すっかり盛り上がっていた。

夜になり、アヴァを寝かしつけたが、慣れない一日に疲れ切った2人は、早々に休むことにした。が、バートン家にはゲストルームは1つしかないではないか。
「俺は下のリビングで寝るよ」
肩を竦めたトニーだが、リビングにあるソファはどう考えてもトニーの身体よりも小さいのだ。それではゆっくり眠れないだろうと、ヴァージニアは顔を曇らせた。
「でも…」
「大丈夫さ」
ニッと笑みを浮かべたトニーは、手を振りながら階段を降りて行った。

…と言ったものの、ソファーは男のトニーの身体には、あまりにも小さかった。いっそのこと床で寝ようかと思ったが、硬いフローリングの上では背中が痛くなりそうだ。結局狭いソファに無理矢理身体を押し込んだトニーは、膝を抱えると目を閉じた。

日付が超えた頃…。
ゴソゴソという音と共に、赤ん坊の泣き声とヴァージニアの声が聞こえてきた。
起き上がったトニーが大欠伸をしながらキッチンへ向かうと、泣き喚いているアヴァを抱いたヴァージニアが、四苦八苦しながらミルクを作っていた。
「俺が抱っこしておくよ」
そう声を掛けると、ヴァージニアは小さく「あ…」と声を出すと、申し訳なさそうにトニーを見つめた。
「起こしてごめんなさい」
「お互い様だろ」
肩を竦めたトニーに、手早くミルクを作ったヴァージニアは哺乳瓶を手渡した。すると彼は辿々しく、アヴァにミルクを飲ませ始めた。
一心不乱にミルクを飲むアヴァは可愛らしく、トニーは目を細めた。
「可愛いな」
ヴァージニアはドキっとした。というのも、トニーはとても優しい瞳をしていたから…。

いつの間にか見とれていたようで、トニーに声を掛けられ我に返ると、アヴァはトニーの腕の中で眠っていた。そのまま子供部屋に向かったトニーは、アヴァをそっとベビーベッドに寝かせた。
「アヴァが起きたら、俺も起こしてくれ」
そう告げると、トニーはリビングへと降りて行った。

……

2日目。
天気も良いため、2人はアヴァを公園に連れて行くことにした。
アヴァを乗せたベビーカーをトニーが押し、ヴァージニアはその横を歩いていたのだが、途中すれ違う人に、『可愛い赤ちゃん!何ヶ月?』と何度も聞かれた。
そして公園に到着し、芝生の上でアヴァを遊ばせていると…。
「あらあら!パパにそっくり!」
見知らぬ老婦人にそう言われ、トニーとヴァージニアは顔を見合わせた。
自分たちは夫婦に見えるのだろうかと、首を傾げた2人だが、何故か分からないが、そう言われても悪い気がしなかった。

その日、夜中にアヴァが起きたため、ヴァージニアはトニーを起こした。そしてトニーがアヴァをあやしている間にミルクを作った。昨日はおぼつかなかった手つきも、今日は随分と手慣れたものになっており、アヴァもトニーの腕の中であっという間に寝入ってしまった。

……

3日目。
その日は生憎の空模様。そのため、3人は家の中で遊んだ。
アヴァはトニーのことが『一番大好きなお気に入りのおじさん』になったようで、両親が不在でも愚図りもせずご機嫌だ。

ランチの用意をしたヴァージニアが2人を呼びに向かうと、トニーはアヴァをつかまり立ちさせ、音楽に合わせ踊っていた。アヴァはただトニーに手を取られて身体を揺らしているだけだったが、可愛らしい声を上げて笑っていた。が、ヴァージニアはアヴァではなく、トニーの笑顔に見惚れてしまった。

その夜。なかなか寝つかないアヴァに、トニーは子守唄を歌い出したのだが、その歌声に、ヴァージニアは思わず聞き入ってしまった。優しい歌声だった。どこか懐かしく…そして心がホッとする…トニーの歌声はとても心地よく、ヴァージニアはウトウトし始めた。

しばらくしてアヴァを寝かしつけたトニーがリビングに降りてくると、ヴァージニアはソファで眠っていた。
「風邪引くぞ?」
肩を揺さぶったが、熟睡しているヴァージニアは、ちっとも目を覚まさない。
頬を撫でると、ヴァージニアが寝言を言った。
「トニー………」
甘ったるい声で名前を呼ばれたトニーは、じっとヴァージニアを見つめた。
出会ってまだ3日なのに、トニーはヴァージニアに心を捕われていたのだ。が、彼女の気持ちは分からない。思い切って気持ちを伝えようかとも考えたが、あと2日はこの家族ごっこを続けなければならない。気不味くなるようなことだけは避けないといけないと考え直したトニーは、頬に軽くキスをすると、ヴァージニアを抱き上げた。そして彼女をゲストルームに運ぶと自分はリビングへと降りて行った。

このまま何事もなく過ぎるのかと思っていたが…。
4日目の朝、アヴァが熱を出した。
真っ赤な顔をしているアヴァを抱きしめたヴァージニアは、慌てふためいており、今にも泣き出しそうだ。
「ど、どうしよう…。どうすればいいの…」
すると、何処かに電話をし終えたトニーが、ヴァージニアの肩を掴んだ。
「落ち着け」
「で、でも……」
ヴァージニアの目からポロポロと涙が溢れ始めた。その涙を見たトニーは、思わず彼女を抱きしめた。
「大丈夫だ。俺がいる…」
トニーの腕の中に閉じ込められたヴァージニアは、すぅと心が落ち着いた。トニーの温もりに安心したヴァージニアは、小さく頷いた。

先程トニーは病院に連絡していたようで、2人は早速アヴァを病院へ連れて行った。
アヴァの主治医の医師は
「小さいお子さんにはよくあることなんですよ。アヴァちゃんはご機嫌ですし、様子をみましょうね」
と告げ、その言葉に安心した2人は家へと戻った。

医師の言葉通り、アヴァは食欲も旺盛でご機嫌だ。
いつもよりも少し早めにアヴァを寝かしつけたヴァージニアは、コーヒーを淹れると、リビングでテレビを見ているトニーの元に向かった。
「トニー、今日はありがとう。私一人だったら、パニックになって、何も出来なかったわ。あなたがいてくれたから…私…」
礼を言うヴァージニアに、トニーは首を振った。
「正直に言うとさ、俺も内心パニックだったんだ。今日だけじゃなくてさ、本当は毎日。留守番を任せられてるのに、アヴァに何かあったらどうしようって、毎日思ってた。でも、君がいてくれたから、大丈夫だって思うことにしたんだ。だからさ、お礼を言うのはこっちの方さ。ヴァージニアがいてくれたから…俺…」
トニーはヴァージニアを見つめた。真剣な瞳に見つめられ、ヴァージニアは顔を真っ赤にすると、唇を震わせた。
トニーの顔が近づいてきた。彼を迎え入れようと、ヴァージニアはそっと目を閉じたのだが……。

「うぇぇぇーーーん!」
タイミング悪く、アヴァの泣き声が聞こえ、2人は慌てて立ち上がった。

翌朝。アヴァは熱も下がり、昼前には友人夫妻も戻ってきた。何度も礼を言うクリントとナターシャに、「いつでも預かる」と告げた2人は、揃って家を出た。
歩いて帰ろうとしているヴァージニアに、トニーは家まで車で送ると告げたため、ヴァージニアはその言葉に甘えることにした。

この5日間は楽しかった。アヴァと過ごしたこともだが、トニーと出会い過ごしたことが、何よりも楽しかった。だが、その楽しかった日々もこれで終わりだ。もうトニーとは一緒にいられないと思うと、ヴァージニアは寂しくて堪らなかった。

すると黙っていたトニーが口を開いた。
「なぁ、よかったらなんだけど…昼飯食いに行かないか?」
「え?」
顔を上げたヴァージニアは、トニーを見つめた。
「せっかく知り合ったんだし…その……」
トニーは珍しく真っ赤な顔をしており、ヴァージニアは彼をじっと見つめた。

トニーは5日間、そんな素振りは一度も見せなかった。いや、昨晩、もしかしたら…と思ったが、今朝は何も言わなかったので、思い過ごしだと考えることにしていたのに…。
何も言わないヴァージニアに、トニーは少しだけ悲しそうな表情になった。
「いや、予定があるなら別に…」
我に返ったヴァージニアは、首を振った。
「ううん、時間はたっぷりあるわ」
ニッコリ微笑んだヴァージニアに、トニーも笑みを浮かべた。

***

1年後。
アヴァは両親と共にパーティーにやって来た。アヴァはパーティーに参加するのは初めてだった。そのため、華やかな衣装に身を包んだ大勢の大人たちを珍しそうに眺めていたのだが…。
「トニーおいたん!!」
大好きなトニーおじさんが手を振りながらやって来たのだ。母親の手を離したアヴァは走り出した。
「アヴァ、元気だったか?」
駆け寄って来たアヴァをトニーは笑いながら抱き上げた。
「うん!」
アヴァはトニーが大好きだった。両親が不在な時、アヴァはトニーの家に泊まりに行った。そして、いつもは両親から禁止されている、夜更かししてベッドの中でアイスクリームを食べたり…と、所謂『悪いこと』を一緒にしていた。一緒に悪いことをしてくれるのは、トニーおじさんだけではなかった。トニーおじさんの家に泊まりに行くと、いつも一緒にいるのは…。

「あ!ジニーちゃん!」
トニーおじさんといつも一緒にいる、その『ジニーちゃん』ことヴァージニアが、トニーの隣にやって来た。
「ジニーちゃん、おひめちゃまみたいね」
ウェディングドレスに身を包んだヴァージニアは、まるで絵本で見るお姫様のようで、アヴァは眩しそうに目を細めた。
嬉しそうに笑ったヴァージニアはトニーを見つめた。軽くキスをしたトニーは、アヴァの頬にもキスをすると、再びヴァージニアを見つめた。
「ジニーがお姫様なら、アヴァは俺たちのキューピットだな」
『キューピット』が何なのか分からなかったアヴァだが、大好きなトニーとヴァージニアが幸せそうに笑っているのだ。嬉しくなった彼女は、2人の頬にキスをした。

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