式は身内だけで、ペッパーの実家の近くにある教会で行うことになった。
翌朝『来週結婚式をあげるから』と電話すると、両親はさすがに呆気に取られていた。その日からトニーが手配したプランナーと共に、ペッパーは慌ただしくドレスやブーケの打ち合わせに追われた。
一方のトニーは、結婚式の後、一週間の休暇を取るため、連日深夜遅くまで働くことになったが、一週間後の結婚式とハネムーンのことを考えると、その忙しさすら楽しくなっていたのだった。
♥ ♥ ♥
式まであと二日。
式の打ち合わせも終わり、あとは当日を待つのみ。
朝早く出ていき、日付が変わる頃帰宅するトニーとは、ほとんど会話らしい会話ができていない。誰も知り合いもいない土地で、しかもまだ土地勘もないため、何をしようか途方に暮れたペッパー。
(そうだ!トニーに何か作って行ってあげよう!)
そう思いついたペッパーは、ランチを作り始めた。
ペッパーがスターク・インダストリーズへ行くのは初めてだった。結婚式後に正式にお披露目しようと考えていたトニーは、まだペッパーを会社に連れて行ったことはなかったのだ。
あまりに広い会社。どこへ行けばいいか分からず、トニーに電話するも会議中なのか電話に出ない。正面の一番大きな建物に入ったペッパーは、受付に行ってみることにした。
「あの…すみません。トニー…いえ、社長にお会いしたいんですが…」
トニーを訪ねて見知らぬ女性がやって来ることは日常茶飯事。
また誰か来たわ…とため息をついた受付嬢だが、急いで来客用の笑顔を張り付けると、機械的な口調で言った。
「社長とアポイントは取られていますか?」
「い、いえ…あの…」
もごもごと答えるペッパーを受付嬢は品定めし始めた。
日頃社長を尋ねてくる女性は、色気で落とそうとしていると、誰が見ても分かるような恰好をしているのに、今日の人はやけに幼い恰好ね…。この子ったらいくつ?スタイルはいいのに、まだ高校生くらいじゃない⁈
そんなことを考えていた受付嬢だが、目の前の来客がいつまでも答えないのにしびれを切らして、冷たく言い放った。
「失礼ですが、社長とのご関係は?ご用件をお聞きしていいかしら?」
(妻と名乗っていいのかしら?正式にはまだだもの…。婚約者と言えばいいの?)
オロオロするペッパーを見た受付嬢は、自分よりも明らかに年下の来客をあろうことか鼻で笑った。
(この子ったら、何しに来たの?それに、社長には婚約者がいるのよ?あんたみたいな子供、相手にされるわけないでしょ?)
喉元まで出かかっていた言葉をぐっとこらえた受付嬢。
「申し訳ありませんが、お引き取り下さい」
と、ロビーに響き渡るような大きな声で言った。
(まさかトニーに会うのがこんなに大変だなんて…)
周りのスーツを着こなした大人な男性や女性たちの視線が一斉に自分に集まったのを感じたペッパー。先日買ってもらったワンピースを着たペッパーは、自分が場違いであるように感じ、ワンピースの裾をぎゅっと握りしめた。
情けなくなり、俯いた拍子に涙がこぼれ落ちた。
ペッパーの涙に、目の前の二十歳になるかならないかのような女の子を泣かせてしまった受付嬢は慌てた。
「ちょっと、大丈夫?」
「大丈夫です…。ごめんなさい…」
そういうと、ペッパーは涙を堪えて出て行った。
数メートル歩いたところで、ペッパーの耳に大好きな声が飛び込んできた。
「ペッパー!」
呼ばれて振り返ると、車の窓から顔を覗かせているトニーがいた。
「トニー…」
車に近づくと、目を真っ赤にしたペッパーに気付いたトニーは顔色を変えた。
「どうしたんだ?何かあったのか?」
先ほどの出来事を話すわけにはいかない…そう思ったペッパーは、笑顔を張り付けると、トニーに紙袋を差し出した。
「何でもないわ。あのね、あなたにお弁当を作って来たんだけど…」
紙袋を受け取ったトニーは、心底嬉しそうな顔をした。
「わざわざ持って来てくれたのか?実は腹ペコなんだ。今からもう一件会議があるんだが、それが終われば今日は終わりなんだ。一緒に来るか?」
「え…でも…迷惑でしょ?」
「は?迷惑?そんなわけないだろ?せっかくだから、帰りに食事でもして帰ろう」
「うん!」
ドアを開けたトニーはペッパーを車に引っぱり込んだ。
車に乗り込むと、トニーの隣には一人の女性が座っていた。
「ペッパー、紹介しよう。秘書のエミリーだ」
エミリーと紹介された女性は、美人でゴージャスな大人の女性だった。
「ヴァージニア様、初めまして。エミリー・ネルソンです」
「は、初めまして…ヴァージニアです…」
ニコっと笑ったエミリーに見つめられたペッパーは、真っ赤になって俯いてしまった。
「社長のおっしゃる通り、可愛らしい方ですね」
「言っただろ?」
ペッパーの作ったお弁当をパクパク食べながら、トニーはニヤリと笑った。だが、仲睦まじく話をするトニーとエミリー。二人の間に入れないペッパーの目に浮かんだ不安の色に気付いたエミリーは、
「停まってくれる?」
と運転手に告げた。
「どうしたんだ?」
不思議そうな顔をするトニーにエミリーは笑った。
「いえ、ただ。この一週間お忙しかったですから、お二人でお話することもあるかと思いまして。私は前に座りますから。それと、ヴァージニア様。大丈夫です よ。社長はあなたのことしか見えていませんから。それに、私にも婚約者がいるんです。だから、社長の秘書に採用されているんですけどね」
ペッパーにウインクしたエミリーは楽しそうに笑った。
後部座席で二人きりになると、お弁当を食べ終わったトニーは、ペッパーを抱き寄せ膝の上に座らせた。
「と、トニーったら…」
真っ赤になっているペッパーの首元に顔を埋めたトニー。一週間ぶりに触れるペッパーの柔らかな身体に溺れたい思いを、トニーは必死で我慢すると、ペッパーの唇に甘いキスをおとした。
「ゆっくり話すのも久しぶりだな」
「そうね…いつもごめんなさい。先に寝ちゃってて…」
しょんぼりするペッパーにトニーは笑った。
「いいさ。いつ帰れるか分からない俺を待っていて、君が体調を崩したら大変だ」
そう言いながらペッパーのお腹に手を当てたトニーは、お腹に向かって話し始めた。
「お前と話すのも久しぶりだな。元気にしてたか?一週間、ママを独り占めできただろ?だから、明後日からはしばらく俺が独占しても許してくれよ?」
運転手と助手席のエミリーは笑いをこらえているのか、肩が震えている。
「と、トニーったら!!!」
真っ赤になったペッパーは、トニーの肩をポカポカと叩いた。
「本当のことだ。いいじゃないか」
からかうように言うトニーは、まだ文句を言おうとしているペッパーの口を唇で塞いだ。
「社長、到着しました」
二人がキスをしている間に、車はいつの間にか目的地へと到着していた。
車から降りたペッパーは目を丸くした。そこは、空軍の基地だった。
「こちらへどうぞ」
恰幅のいい軍人に先導されて向かったのは、基地の中にある部屋だった。
部屋には背の高い一人の男性が待っていた。その男性は、トニーと手を繋いだペッパーを見ると顔を輝かせた。
「トニー!隣の女性はもしかして…」
「あぁ、ヴァージニアだ。お前に会わせようとわざわざついて来てもらったんだ。ありがたく思えよ」
大げさに言うトニーを無視したその男性は、ペッパーの方へ歩み寄った。
「やっぱり!ヴァージニアさん、初めてお目にかかります。ジェームズ・ローズです。」
差し出された手はとても温かくペッパーの顔に笑みがこぼれた。
「ヴァージニア・ポッツです。初めまして。」
「ローディとは付き合いが長いんだ」
ソファーに座ったトニーは、ペッパーに説明し始めた。
「そう。トニーがLAを離れていた時は別として…。トニーが大変だった時もペッパーさんが支えてくれていたそうだね。こっちに戻ってきてから仕事でもプラ イベートでもよく会っていたんだけど、会うたびに君の惚気話ばかりだったんだ。だから、ペッパーさんに会うのが、待ち遠しかったんだよ」
「そうなんですか…」
まさか自分がいない所で自分の惚気話をされていたなんて…。急に恥ずかしくなったペッパーは、頬を赤らめた。
「おい、ローディ。俺の妻に馴れ馴れしくしないでくれよ」
ペッパーの肩を抱き寄せたトニーだが、基地の責任者が入ってきたのに気づき、身体を離した。
ものの数分で交渉も終わり、二人は帰路へついていた。
何処かへ電話をかけていたトニーだったが、
「サンタモニカまで行ってくれ」
と運転手へ告げた。
「せっかくだから、夕飯は食べて帰ろう」
「うん!」
嬉しそうなペッパーの頬をそっと撫でたトニーは、頭にキスをした。
予約したレストランに到着すると、それまで邪魔しないよう黙っていたエミリーが声をかけた。
「ところで、社長。ヴァージニア様をいつお披露目されるんですか?」
「ハネムーンから帰ってきたら…と思っているが…」
「では、パーティーの予定を入れておきます」
「あぁ、頼む」
「では、ヴァージニア様。パーティーのドレスは、ハネムーンから戻られてからでよろしいですか?」
「は、はぁ…」
目の間繰り広げられている会話に目が点になっているペッパー。ペッパーの様子に気づいたトニーは、心配そうにペッパーの手をキュッと握った。
「大丈夫か?ペッパー?」
「うん…。ただ…何だかおとぎ話の世界みたいで…。私の旦那様ってすごい人なのね…」
先ほどの会話でも驚いたペッパーだが、トニーに手を取られ入ったレストランは貸し切りで、さらに目を丸くしたのだった。
♥ ♥ ♥
三日後。
結婚式はトニーとペッパー、そしてペッパーの両親だけの小さな式。純白のウエディングドレスに身を包んだペッパーの姿に、トニーもそしてペッパーの両親も目を細めた。
そしてトニーとペッパーは、ハネムーンへ向かった。
プライベートジェットで向かったのは、南の小さな島。
誰もいない二人だけの空間で、二人は人目を気にすることなく、愛し合った。
一日中ベッドの中にいることもあれば、そのままの格好でビーチへ向かい、美しい海を楽しむこともあった。
ペッパーはトニーの腕の中で祈った。この幸せがいつまでも続きますように…と。
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