眩しいほどの太陽にペッパーは目を覚ました。いつものように伸びをして起き上がろうとするが、身体が動かない。
(あ…そうだわ。私…)
ここはマリブ。実家ではないことを思い出したペッパーは、目の前いる最愛の人をちらりと見た。トニーはペッパーを腕の中に閉じこめたまま、幸せそうな顔をして眠っている。
(今日からは二人で暮らしていくのよね…)
全身に散らばる紅い花に気づいたペッパーは、昨晩から明け方にかけての甘く蕩けるような時を思い出し、顔を赤らめた。トニーを起こさないように腕の中から抜け出すと、腰回りに申し訳ない程度にかかっているシーツをトニーの肩までかけ、シャワールームへ向かった。
三十分ほどたった頃。抱きしめていたはずの温もりが消え、トニーは目を覚ました。腕の中はもぬけの殻。
(ペッパーがいない!昨日の出来事は夢だったのか?)
「ペッパー?!」
部屋の隅に転がっていたバスローブを引っかけたトニーだが、部屋を出る前に何も着ていないことに気づくと、慌てて下着を履き寝室を飛び出した。
階下へ向かったトニーは、香しい匂いに気付きキッチンへと向かった。
「おはよう、トニー。どうしたの?」
トニーの恰好を見たペッパーは目を丸くした。辛うじて下着は履いているが、バスローブを引っかけただけの身体には昨晩の名残のキスマークが無数についてい た。盛大に寝癖の付いた頭に手を当てたトニーは目を見開いてペッパーを見つめていたが、大きく息を吐くと椅子へ座り込んだ。
(よかった…夢じゃなかったんだ…)
頭を抱えていたトニーだが、やがて肩を震わせ笑い出した。
(トニー⁈おかしくなっちゃったの⁈)
慌てたペッパーは、トニーに駆け寄り抱きついた。
「トニー…。な、何かあったの?」
トニーは目に涙を浮かべ笑っていたが、心配そうなペッパーを見ると笑うのをやめ、膝の上にペッパーを座らせた。
「いや。目を覚ましたら君がいなかったから、夢の中の出来事だと思ったんだ。だが、君の姿を見たら安心して、慌てた自分がおかしくて…」
トニーの首元に腕を回したペッパーは、クスっと笑うと自分の額をトニーの額につけた。
「私はどこにも行かないわ。ずっとあなたのそばにいるって決めたもの…」
「そうだな…ずっと一緒だ…」
笑みを浮かべたトニーは、ペッパーの唇を奪った。
ペッパーの作った朝食を食べた二人は、並んで後片付けをしていた。
「天気もいいし、買い物に行かないか?」
「でも、仕事は?」
「今日も休みを取っているんだ。せっかく二人で暮らせるようになったんだし」
「いいの?やった!」
嬉しそうに飛び上がったペッパー。トニーも思わず笑みを浮かべた。
トニーはペッパーを連れて海沿いのショッピングスポットへ向かった。平日ということもあり人も少なく、二人は腕を組んで歩いていた。
「そういえば、お出かけするのって、あの旅行以来ね」
「そう言えばそうだな…。もう誰の目も気にしなくていいからな」
「うん」
笑顔を浮かべたペッパーの頬にトニーはキスをした。
「この店、覗いてもいいか?」
しばらくぶらぶらと歩いていた二人だが、トニーが一軒の店の前で立ち止まった。そこはおしゃれなセレクトショップだった。
顔なじみなのだろう、トニーが店に入ると、オーナーらしき女性が飛んで来た。
「スターク様、いつもありがとうございます」
「頼んでいた物、入っているか?」
「えぇ。今朝ちょうど入荷したんです」
見るからに高そうな服が並んだその店は、ペッパーにとっては来たことがないような場所だった。トニーの後ろでキョロキョロと辺りを見回すペッパーに気付いた女性オーナーが声をかけた。
「あら?今日はお一人ではないんですね。スターク様が女性とご来店されるなんて初めてですよね?」
自分の後ろにいたペッパーを引っ張り隣に並ばせたトニーは、肩を抱き寄せた。
「あぁ、紹介する。妻のヴァージニアだ」
店内にはトニーとペッパー以外いないのだが(というのも、トニーが来店すると貸し切りにするため、店の入り口には『準備中』と札が下げられるのだ)、聞き耳を立てていた店員たちがざわめいた。
「奥様?ご結婚されたんですか?」
「正確にはまだだが…。近々する予定だ」
店内の反応に苦笑したトニーだが、ペッパーは複雑な顔をしていた。そんなペッパーにオーナーはニッコリ笑うと頭を下げた。
「ヴァージニア様、よろしくお願いします。何かご相談があれば遠慮なくおっしゃって下さいね」
「こ、こちらこそ…」
頭をぴょこんと下げたペッパーに
「スターク様、ヴァージニア様は可愛らしい方ですね」
と、オーナーは微笑んだ。
「ペッパー、欲しい物があったら言えよ?」
そう言うと、トニーは服を選び始めた。
キョロキョロと辺りを見回すペッパー。自分がいつも着ているような服だけではなく、大人っぽい服もありペッパーは目を輝かせた。
(私の服…子どもっぽいわよね…。トニーの奥さんになるんだもの…。もっと大人っぽい服装にしなきゃ…)
服を選び始めたペッパーに、店員が声をかけた。
「ヴァージニア様、これはいかがですか?」
「え?」
店員が次々と勧めてくる服は、どれも胸元や脚が強調されるような服ばかり。そんな服を着たことのないペッパーは、目を白黒させた。
「ヴァージニア様はスタイルもいいですし、このような服もお似合いになると思いますよ?」
「そ、そうですか?」
店員の言葉に、ペッパーは勧められた中でも一番大人しめの服を手に取った。
そこへ、数枚の洋服を手に、トニーが戻ってきた。
「ペッパー、いいのがあったか?」
「あ、トニー。うん、これなんかどうかしら…」
ペッパーは手に持っていた服を広げた。精一杯大人っぽく見せようとペッパーが選んだのは、胸元が広く開いたシャツにショートパンツ。トニーの驚く顔を思い浮かべたペッパーだが、予想に反してトニーは渋い顔をした。
「何だ、その服は?」
顔をしかめたトニーは、手に持っていた洋服をペッパーに渡した。
「これはどうだ?」
それは、色鮮やかな花柄のワンピース。ペッパーは一目で気に入ったが、今着ている服とあまり変わらない。
「かわいいけど…私、こういうお洋服持ってないから…」
本当はトニーが選んでくれたワンピースがいいのだが、何となく後に引けなくなったペッパーは、自分が手に持っている洋服をトニーに差し出した。
トニーは、差し出した服を受け取ると、そばにいた店員に渡した。
「君はこっちの方が似合う。それに、そんな短いのを履いてどうするんだ?この子のためにもよくないだろ?」
ペッパーの少しふっくらしてきたお腹に触れたトニーは、ペッパーの顔を覗き込んだ。
「そうだけど…」
口を尖らせているペッパーを見たトニーは苦笑い。
(もしかして、俺に釣り合うような服を…と思っているんじゃないだろな?)
トニーはうつむいているペッパーの頬を触ると顔をあげた。少し潤んだオーシャンブルーの瞳をじっと見つめたトニーは、ペッパーに向かって優しく話し始めた。
「なあ、ペッパー。俺は今のままの君が好きなんだ。前にも言っただろ?君は君のままが一番輝いているって…。だから、無理しなくていいんだ。君のことだ、俺に釣り合うように…と考えているんだろ?だが、今の君でも、俺にはもったいないくらいなんだぞ?」
トニーの言葉に、ペッパーの目から涙が一粒こぼれ落ちた。
「ホント?」
「あぁ、本当だ」
トニーの背中に腕を回したペッパーは、顔を胸元に押し付けた。
「私ね、本当はあなたが選んでくれたワンピースの方が気に入ったの…」
ペッパーの頭を優しく撫でたトニーは、嬉しそうにつぶやいた。
「それはよかった。ペッパー、君が好きな物を選べよ。それに…ほら、もうすぐマタニティーウェアも必要になるだろ?」
顔を赤らめたペッパーにトニーは楽しそうにウインクした。
洋服や靴、バックにアクセサリーとたくさん買ってもらったペッパー。お揃いの物が欲しいと、ペッパーはマグカップやパジャマなどの日用品も楽しそうに揃えていき、帰る頃には車のトランクは荷物でいっぱいになっていた。
「もう一軒大事な所に寄るぞ?」
そう言ってトニーが車を走らせたのは、スターク・インダストリーズも支援している病院だった。
「病院?」
「あぁ。これからはこっちで検診を受けないといけないだろ?ここは、俺が産まれた病院だ。顔なじみの先生もいるから、君もここなら安心かと思って…」
「そうなの?あなたが産まれた病院で、あなたの赤ちゃんを産むって…何か不思議ね」
トニーの腕にしがみついたペッパーは、笑みを浮かべた。
ペッパーを診察してくれたミルズと名乗った年配の女医は、
「順調ですよ」
と、不安そうな顔をしていたペッパーを安心させるように笑った。
「私がまだ新人だった時に、トニー様がお生まれになったんですよ。それ以来のお付き合いなんです。小さかったトニー様がお嫁さんをもらって、しかもお子さんまで…」
照れ臭そうに頭をかくトニーにミルズはウインクした。
「四ヶ月でしたら、エコーで赤ちゃんの様子が見られますよ?」
そう言うと、ミルズはエコーの準備を始めた。
ペッパーのお腹に機器を当てたミルズは、モニターに写る小さなものを指差した。
「あら?ちょうど起きてますよ?ほら、元気な赤ちゃん」
5センチほどの大きさだが、ぴょこぴょこと手足を動かしている胎児。初めて見るわが子に二人の目は釘づけだった。
「見て…トニー…私たちの赤ちゃん…」
感動のあまり涙をポロポロこぼすペッパーの手をそっと握ったトニーは、ペッパーの額にキスを落とした。
「元気な子だな。君に似ているか?世界一可愛い赤ちゃんだ」
嬉しそうに語り合う二人に、ミルズは写真を渡した。
「では来月。次は性別も分かるかもしれませんよ」
カバンの中に写真をしまったペッパーは、
「先生、私、分からないことだらけなんです。これからよろしくお願いします」
と頭を下げた。
自宅に帰りソファーに座っていると、ペッパーがお揃いのマグカップにコーヒーを入れて持ってきた。
「おい、ペッパー。コーヒーは…」
慌ててカップを覗き込むトニーにペッパーは苦笑い。
「大丈夫。私はミルクだから」
トニーの隣に座ったペッパーは、嬉しそうに身体をすり寄せた。
「ふふ…新婚さんみたい」
その言葉に、ペッパーの肩を抱き寄せていたトニーだが、姿勢を正した
「そうだ。そのことなんだが…」
トニーの目は真剣だ。思わず姿勢を正したペッパーの手を取ると、トニーは手の甲に口づけをした。
「ペッパー。結婚しよう。君のお腹が大きくなる前に、花嫁姿をお義父さんとお義母さんにも見せてあげたいし、君をハネムーンにも連れて行ってやりたいんだ」
「トニー…」
ペッパーの目にはみるみるうちに涙が溜まり始めた。
「何なら明日でもいいんだぞ?」
ニヤリと笑ったトニーを見たペッパーは飛び上がった。
「明日?!そ、それは…心の準備が…」
真っ赤になってもじもじするペッパーを膝の上の乗せたトニーは
「その計画は明日から練るとして…。いいか?」
唇にキスを落とすと、トニーはペッパーを抱き上げ寝室へと向かった。
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