I love you 3000…Ⅱ 16 母の日

5月。
プリスクールで、もうすぐ母の日だと教えてもらったモーガンは、迎えに来た父親に車に乗り込むや否や尋ねた。
「パパ、もうすぐ、母の日なんでしょ?」
娘に言われてトニーは思い出した。いや、正確には、母の日の存在は覚えていたが、それが2週後の日曜ということを忘れていたのだ。というのも、ペッパーは5ヶ月目に入った。と同時に、胎動を感じるようになった。そこで子供部屋の準備を始めたのだが、安定期に入ったペッパーは出張に出掛ける回数も多くなり、トニーも慌ただしく過ごしていたため忘れていたのだ。

「そうだ、母の日だ。よし、モーガン、ママにプレゼントをしよう。何がいいかな?」
後部座席に視線を送ると、うーーんとモーガンは頭を捻らせ必死に考えているではないか。娘の可愛らしい姿を暫し眺めていたトニーだが、何か名案を思いついたのか、モーガンがパッと顔を輝かせた。
「あのね、ママにね、おやすみをプレゼントしてあげよ!ママね、おしごともがんばってるし、ごはんもつくってくれるし…。だからね、ママがね、すきなことする日にするの!」

確かにここ最近のペッパーは多忙だった。先月まで悪阻で体調が悪く、仕事をセーブしていたのもあるが、出産後もしばらくはペースを落として家で働くため、その皺寄せが今来ているのだ。ペッパーが休む間はトニーが会議などにも出席することになっているが、会社の経営をペッパーに任せてもう何年も経つので、果たしてあてになるのかどうか不明だが…。

ということで、日曜日は朝からペッパーに自由にしてもらう…というのが、トニーとモーガンが選んだプレゼントだった。が、サプライズ好きなトニーとしてはやはり妻を驚かせたい。そこでトニーは娘に協力を要請すると、とびっきりのサプライズの準備を始めた。

日曜日になった。
ペッパーが目を覚ますと、トニーは起きた後だった。
シャワーを浴びキッチンに向かうと、トニーはモーガンを助手に朝食を作っていた。
「おはよ。2人とも早いわね」
日曜日は大体遅くまで寝ていることが多い2人が早起きをし、そして朝食まで作っているのだ。
「おはよう、ハニー」
唇にキスをしたトニーは、ペッパーを座らせるとパンケーキを皿に盛った。
「ママ!おはよ!」
モーガンはカーネーションの花束を差し出した。
「え?ママに?」
目をパチクリさせているペッパーに、モーガンはふふっと笑った。
「きょうは母の日だから」
だから親子揃って早起きしてるのね…と理解したペッパーだが、おそらくトニーのことだからサプライズを用意しているだろう。2人は一体どんなサプライズを用意してくれているのかしら…と、ペッパーは今日一日が楽しみになってきた。

朝食を食べると、トニーはペッパーに告げた。
「ハニー、今日は一日自由気ままにゆっくりして来い」
それが今年のプレゼントだと笑ったトニーだが、急に言われても何をしたらいいのかペッパーは分からなかった。というのも、休日は家族で過ごすのが当たり前になっていたから…。
「でも…」
なにか言いかけたペッパーを、トニーはガレージに連れて行った。そこには、見慣れぬ新車があった。真っ赤なリボンが掛かった新車が…。
「私からのプレゼントだ」
リボンを解いたトニーは、驚きすぎて言葉を失っている妻に鍵を渡すと、車に押し込んだ。

「トニーったら…」
母の日のプレゼントに新車とは、トニーらしいといえばそうなのだが、去年の誕生日にも車をプレゼントしてもらったばかりだった。
そうは言っても最新の車両は走り心地も良く、何より後部座席も広いので、モーガンと生まれてくる子供を乗せて走るのにちょうどよい。トニーのそんな心配りさえも嬉しくなったペッパーは、ふふっと笑みを浮かべた。

が、一体どこに行ったらいいのだろう。森の中の私有地から道路に出たペッパーは、どこに行こうかと車を停めた。
『ミセス・スターク、目的地を設定しました』
突然F.R.I.D.A.Y.がナビを操作したかと思うと、車は勝手に動き始めた。
「えっ!ど、どこに行くの?!」
自分は何も触ってないのに…と、目を白黒させたペッパーだが、トニーが開発した自動運転のためか、はたまたこの車をそう設定しているせいなのか、自分でハンドルを握っても自由が効かないではないか。
こうなったらトニーに任せるしかない…と諦めたペッパーは、溜息をついた。

その頃、ガレージのラボでは…。
「ママ、びっくりしてるよ」
助手席に座ったモーガンは、手元のモニターに映っている母親を見ると、運転席のトニーに向かってヒヒっと笑った。
「そりゃそうだ。パパが開発した遠隔運転装置だからな!」
運転席と助手席、そしてハンドルとアクセル・ブレーキだけの簡易的な装置の前には、ペッパーが見ている風景が見れる大きなモニターが映し出されていた。
車のハンドルを握ったトニーは、モニターを見ながら目的地へとペッパーの車を走らせた。
実は、ペッパーの車は、トニーが遠隔で操作していたのだ。これも全てサプライズのため。一日ゆっくりして来いと言っても、ペッパーのことだからすぐに帰ってくると考えたトニーは、遠隔で妻を連れまわすことにしたのだ。そこで新車を買い、この遠隔運転装置を取り付けた。機能性はハッピーを実験台に実証済みだ。
鼻歌を歌いながら運転する父親を横目に、モーガンは時折悲鳴を上げている母親を見ながら、ポップコーンを頬張った。

『ミセス・スターク、目的地に到着しました』
荒っぽい自動運転…実際はトニーの運転だが…に、若干頭がフラフラしていたペッパーは、F.R.I.D.A.Y.の声に車を降りた。
「ここって……」
そこはペッパーが行きつけのサロンだった。
「お待ちしておりました、ミセス・スターク」
顔馴染みのスタッフに出迎えられたペッパーは、どうして予約が入っているのかと目を瞬かせた。
「ご主人からお伺いしております。今日はフルコースのてんこ盛りで、頭の先から足の指の先まで、ピカピカに磨き上げてくれと…」
トニーの言葉をそのまま伝えたスタッフは、若干笑いを噛み締めていたが、イマイチ状況が分かっていないのか、何度も瞬きをしているペッパーを部屋に押し込んだ。

「よし、モーガン。ママは3時間は出てこないから、その間に昼ごはんにしよう」
「うん!」
助手席から飛び降りたモーガンは、父親の右手を繋いだ。
「何が食べたい?」
「チーズバーガー!」
「さすが天才同士。意見が一致したぞ?」
わざとらしく眉を吊り上げたトニーは、F.R.I.D.A.Y.にチーズバーガーのデリバリーを頼むよう告げた。

マタニティコースのエステを受けたペッパーは、手足にネイルもしてもらい、スッキリとした気分で車に乗り込んだ。
「さて、次はどこに行くの、F.R.I.D.A.Y.?」
『次の目的地を設定しました』
と、車が動き始めた。
目的が分からない旅に、今度はどこに行くのかしら…と、ペッパーは楽しみになってきた。

次にやって来たのは、今NYで話題のオーガニックレストランだった。
入り口を潜ると、支配人が飛んで出てきた。
「お待ちしておりました。ミセス・スターク。こちらへ…」
案内されたのは、窓際の静かな席。
トニーは料理も指定していたらしく、ペッパーは美味い料理をしっかり堪能した。

2時間後、ペッパーがレストランから出てきた。シートの隣で義手の整備をしていたトニーは慌てて運転席に座るとハンドルを握った。
助手席ではしゃいでいた娘は、夢の中。
娘に毛布をかけたトニーは、車を走らせ始めた。

トニーはペッパー行きつけのブティックに向かった。後はここで思う存分、買い物をしてもらい、今日の任務は終わりだ。
助手席のモーガンが、モソモソと動いた。大欠伸をしたモーガンは、目をこすりながら起き上がった。
「ママは?」
「買い物中」
店に入っていく母親を見届けたモーガンは、父親を見上げた。
「ねぇ、パパ。ママ、たのしかったかなぁ…」
不安げな様子の娘の頭をトニーは撫でた。
「大丈夫さ。モーガンが考えたプレゼントなんだ。ママは楽しんでくれたぞ?」

暫くすると、ペッパーが出てきた。大きな紙袋や箱を大量に車に積み込んだペッパーは、嬉しそうに鼻歌を歌っていた。
「ほら、モーガン。ママは超ご機嫌だぞ!」
「ホントだ!よかった!」
嬉しそうな母親の様子に、モーガンは安心したように息を吐いた。

私有地の入り口に到着すると、トニーは遠隔装置を切った。
「よし、ママはもう帰ってくるぞ。モーガン、あの手紙の出番だ」
「うん!」
頷いたモーガンは、トニーと手を繋ぐとガレージを飛び出した。

一方のペッパーは…。
私有地の入り口に到着すると、自動運転は終わってしまった。一体どういうことなのかと、首を傾げながら運転し始めた。

「ただいまー」
家の中は食欲をそそる匂いで満たされていた。
どうやらトニーが夕食に中華をデリバリーしてくれているようだ。
「おかえり。どうだ?リラックスできたか?」
テーブルに夕食のセッティングをしていたトニーは、ペッパーを抱きしめるとキスをした。
「ええ、とってもリラックスできたわ」
ありがとうと言いながら夫の唇にキスをしたペッパーに、モーガンがパタパタ駆け寄って来た。
「ママ、おかえり!」
母親に飛びついたモーガンは、手に何かを押し付けた。
「あら?何?」
モーガンに渡されたのは、可愛らしい封筒だった。
「母の日だからね、ママへおてがみかいたの」
ニコニコ笑うモーガンをトニーは抱き上げた。
椅子に腰掛けたペッパーは、封筒を開くと手紙を読み始めた。

『ママへ

ははのひ、おめでとう。
ママは せかいいちのママです。
ママのごはんは、せかいいちおいしいからだいすきです。
ママはおこるとこわいけど、ほんとうはとってもやさしいママです。

ママはおしごとでいそがしいけど、おしごとをがんばってるママはかっこいいよ。ねるまえにママはまいにちあたしとおはなししてくれます。おしごとでつかれてるのに、ありがとう、ママ。

あたしはおおきくなったら、ママみたいになりたいです。
ママみたいにおしごとをがんばって、パパみたいなかっこいいひととけっこんしたいです。

ママがあたしのママでよかったです。
ママ、3000かいあいしてるよ。

モーガン・H・スターク』

手紙を読み終えたペッパーは、涙の浮かんだ瞳で娘を見つめた。
「モーガン…ありがとう…。ママ…嬉しくて…」
そう言うと、ペッパーは涙を零した。
モーガンは父親を見上げた。すると父親も嬉しそうにモーガンの髪を撫でた。
「ママも…モーガンのママになれて本当によかったわ。モーガン、ありがとう…。ママの娘になってくれて…」
母親の言葉にモーガンは目を輝かせた。
「ママ!パパとおんなじこといってるよ!」
トニーの膝の上から飛び降りたモーガンは、母親に飛びついた。

娘を抱きしめたペッパーはトニーを見た。トニーは笑っていた。本当に嬉しそうに笑っていた。
トニーの笑顔と、そしてモーガンからの手紙…。トニーと出会い夫婦になり、そしてモーガンに恵まれたことをペッパーは心の底から感謝した。

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