5月。旅立ちの日にふさわしく、空は青く晴れ渡っていた。
卒業式を終え皆喜びに溢れる中、ペッパーは何か思いつめたような表情で歩いていた。
まだ膨んでいないお腹にそっと手を当てる。
両親にも言えず、トニーもそばにいない。だれにも相談できないまま三ヶ月目に入ってしまった。こっそりと検診に行っているが、お腹はこれから大きくなるため、いつまでも隠し通せるはずもない。
妊娠していると分かったのは、彼のご両親が亡くなられたあの日。検査薬で調べたその足で彼に知らせに行ったけど、訃報を聞き動揺する彼には言えなかった。 その後、教師を辞めた彼とは会っていないけど、毎日のようにくれていた電話でも言えなかった。環境の激変した彼の負担になりたくなかった。もうすぐLAに引っ越す。そうすれば彼に会える。それまで一人で頑張るつもりだった。
でも今後のことを考えると、不安で胸が張り裂けそう。
トニーとのことは両親に話していない。私が大学へ進学するのをとても楽しみにしている両親に、妊娠したとは言えない。トニーのことを両親は許さないかもしれない。もしかしたら、堕ろせと言われるかもしれない…。でも、そんなつもりはない。愛する彼との子供。何があっても生むつもり。
テレビや雑誌で見る彼は、別の世界の人のようだった。最近忙しいのか、電話をかけても繋がらない。もしかしたら、LAで私よりも綺麗で大人の女性に出会って…私のことなんか忘れてしまったのかもしれない…。話せない分、どんどん悪い方向に考えてしまう…。
私とトニーの関係を唯一知っているバナー先生に相談しようと決めた。その矢先に倒れちゃったけど…。
先生は親身になって今後のことを一緒に考えてくれた。トニーに迷惑掛けたくないと泣く私を叱ってくれた。トニーは君のことを心から愛している。だから、心配しなくてもいい。彼なら必ず君のことを守ってくれる…。バナー先生は私を諭すように何度も話してくれた。
そう…トニーにきちんと言うべきよね。彼は、私がLAに行ったら一緒に暮らそう…私が大学を卒業してからでいいから結婚しようと言ってくれていた。でもあの時と状況は違う。彼は私の手の届かない世界に行ってしまった。今、私が彼の前に姿を現すと、彼に迷惑がかかる。生徒に手を出していたと、マスコミに叩かれるかもしれない…。もし私のせいで、彼が非難されるようなことになったら…私…。
そんなことを考えながら歩いていたペッパーの耳に、黄色い歓声が飛び込んできた。
「どうしたの?」
そばを走って通り過ぎようとしたクラスメイトに声をかけると、彼女は顔を高揚させて叫んだ。
「あ!ペッパー!それがね、スターク先生が来てるらしいのよ!校門の所にいるんだって!早く行きましょ!」
え…トニーが?
気がつくとペッパーは小走りに校門へ向かっていた。
門の外にはシルバーのアウディが止まっており、その側にはペッパーが会いたくてたまらなかったトニー・スタークが生徒に囲まれて笑っていた。
(トニー…)
久しぶりに見るトニーは少し痩せていた。前髪をあげ、高級そうなスーツに身を包み、サングラスをかけた彼は髭を生やし、すっかり変わっていた。
少し離れた所からトニーを見つめていたペッパーだが、生徒たちに囲まれ嬉しそうなトニーになかなか声を掛けられずにいた。
「先生、大変だったでしょ? お別れが言えなくてさみしかったのよ」
「俺もみんなにちゃんと挨拶できなかったから、気になっていたんだ」
「先生、来てくれてうれしい!よかった、先生にもありがとうってお礼が言えたもん!」
「でも、先生?どうしたの?」
「あぁ、大切な用事があって来たんだ…」
話しながらもペッパーの姿を探していたトニーが、離れた所にいるペッパーに気付いた。
「すまない。通してくれ…」
生徒たちの輪を掻き分け、ペッパーの方へ歩き出した。掛けていたサングラスを胸のポケットに突っ込んだトニー。外見は変わっていたが、彼の瞳は二人きりの時に見せてくれていたものと変わりなかった。
「ペッパー!」
ペッパーの方へ駆け寄ったトニーは、目に涙を浮かべ動けないペッパーを抱き寄せた。
「ペッパー、迎えに来た。迎えに来るのが遅くなってすまなかった。気付いてやれなくてすまなかった…。一人で苦しませてすまなかった…」
「トニー…」
一ヶ月ぶりに会うトニー。抱きしめてくれる力強い腕も、広くて大きな背中も何の変わりもなく、ペッパーはトニーのジャケットをギュッと掴むと、涙で濡れた顔を隠すように胸元に顔を埋めた。
抱きしめたペッパーの頭と背中を撫でていたトニーだが、身体を離すとペッパーの頬を撫でながら目をじっと見つめた。
「ペッパー、結婚しよう。もう俺たちの関係は隠さなくてもいいんだ…。君に側にいて欲しい。愛してるよ、ペッパー…」
「私も…愛してる…」
どちらともなく近づけた唇。久しぶりに味わう柔らかな口づけは、二人の胸に空いた穴をみるみるうちに埋めてくれた。
二人はいつまでも抱き合いキスをしていた。
生徒や保護者の歓声と拍手と悲鳴が聞こえる中で…。
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