午後になり、ペッパーがやって来た。が、いつも一緒に来る娘がいないではないか。
視線をキョロキョロさせたトニーに、夫の着替えを片付けたペッパーは、微笑んだ。
「今日は、ハッピーと一緒にチーズバーガーを食べに行ってるの」
好きな食べ物まで似ている娘に、トニーは苦笑した。
「スティーブと話せた?」
妻の問いにトニーは
「あぁ」
と、小さく頷いたが、それ以外何も言わなかった。男同士の2人だけの話だろうと、ペッパーはそれ以外聞かなかった。それに、トニーが話したい時が来れば話してくれるだろうから…。
「次の手術の日が決まったの。5日後よ」
話題を変えるように、ペッパーは話し始めた。
次の手術、それは焼け爛れた顔と身体の皮膚をワカンダで開発された技術を用い、置き換える手術だ。これを受けると、殆ど痕もなく綺麗に戻るらしい。
「ワカンダから来てくださることになったの。本当はあなたの容態が落ち着いたら、あちらに搬送してって話だったんだけど…。まだ長時間の移動は無理だし、一刻も早く受けた方がいいという話になって…」
言葉を切ったペッパーは、顔を歪めた。理由はトニーも知っている。それはこの手術は、術後当分の間、相当の苦痛が伴うこと。
それでもトニーは手術を受けると決めていた。今のままでは右側の顔が引きつり、目が見えなくなると言われたから。両目でペッパーと娘の顔をしっかり見たいと、トニーは手術を受ける決意をしたのだ。
実はこの技術、ワカンダの王女であるシュリが開発したものらしい。が、まだ試作段階だったものを、トニーのためにと臨床で使える段階まで短時間で仕上げたというのだ。
が、右腕にはまだこの技術は使えない。というのも、トニーの右腕…特にストーン付近の部位は、皮膚どころか血管や神経までやられており、その修復も必要だからだ。トニーはそう聞いていた。実際この目で見た訳ではないので、信じるしかないのだが…。そしてシュリはそれも今、必死に研究開発しているらしいが、まずは5日後の手術を見届けるために、医師団と共にやって来るとのことだ。
「ありがたいわね。あなたのために、みなさんが動いて下さって…」
「そうだな…」
人のありがたさ…それは今回、トニーも特に感じていた。皆が自分の命を救うために必死に動いてくれた。世界各国の専門の医師が集結し、自分を治すためにチームを結成してくれたのだ。
ありがとうと感謝の念を告げると、皆口を揃えて言った。『世界を救ったヒーローのためだから当たり前です』と…。
ヒーローになんてなるつもりはなかった。ただ、この世界を…モーガンたちが生きていく未来の世界を守りたかった。ただそれだけだったのに、結果的にアイアンマンは本物のヒーローだと讃えられることになった。
が、それももう終わりだ。これから先、アイアンマンになることはもうないのだから…。今や、トニー・スターク自身がアイアンマンなのだが、アーマーに身を包み戦う日々はもうやって来ないだろう…。
アーマーのことを考えていたトニーは、ふと思い出した。
「ところで、アーマーの使い心地はどうだった?君のレスキューアーマー、実戦ではどうだったかと思って…」
「レスキュー?」
聞きなれない名前にペッパーは首を傾げた。
「あぁ、君はいつだって私のことを助けてくれるだろ?だから君のアーマーは、レスキューという名前なんだ」
あの時、スティーブたちがやって来た数日後。その日は5回目の結婚記念日だったのだが、記念日の贈り物だとトニーはペッパーにアーマーを贈ったのだ。
最初はいきなりどうしたのかと思った。この5年間、ペッパーにアーマーを…という話は一切なかったのだから。
「もし私に何かあったら…これを着て、モーガンを守るんだ」
そう言って笑ったトニーだが、その日から彼は戦い方やアーマーの使い方をペッパーに伝授し続けた。
トニーは予感していたのかもしれない。あの戦いが近々起こることを…、そして自分が命を落とす可能性が高いことを…。
トニーがアーマーを作ってくれたおかげで、結果的にあの場に駆け付け、共に戦うことが出来たのだから、ただ感謝するしかなかった。が、出来れば使いたくない。アーマーを使わなければならないような状況に、これからはならぬようせねばならないのだから…。
「もう出番がないことを祈るわ…。勿論あなたとモーガンに危険が及ぶようなことがあれば、今度は私があなたたちを守る。でも、もうそういうことがないような…そんな世の中になって欲しいわ…」
ペッパーの言葉にトニーは何度か瞬きした。あの時のペッパーは本当に強かった。自分と互角に戦い、そして気丈にも死を迎えようとしている自分を支えようとしたのだから…。だがそれは、アーマーの力だけではない。ペッパー自身の心の強さが、彼女を駆り立てたのだ。
「そうだな…」
アーマーの必要がない世の中…そんな世の中が来れば何も言うことはない。自分が命を懸けて戦った意味があるのだから…。
ペッパーの手を握りしめたトニーは、妻と見つめ合うとニッコリ笑った。
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