それから1週間が経った。
退院はしたが、トニーは外に出るのが怖いと部屋に篭っていた。
ペッパーは毎日見舞いにやって来た。スティーブやローディたちもトニーに会いたがっていたが、トニーはペッパー以外にはまだ会う自信がないと断っていたのだ。そのため、彼らは手紙などをペッパーに託けていた。が、ペッパーもトニーと話をすることはなかった。カーテンを閉め切った真っ暗な部屋に、トニーは閉じこもっていたから…。部屋の隅かベッドの上に座り込んだトニーは、話をするどころか、ペッパーに目を合わせようともしなかった。
今日もペッパーは沢山の物を託されてやって来たのだが、トニーはベッドの上にボンヤリと座っていた。
「トニー」
呼びかけても、トニーは返事をしない。
アーム型ロボットのダミーが小さな電子音を出した。ダミーのそばには、2台目だと作っていた『ユー』と名付けられたロボットが置かれているが、こちらはスイッチが入っていなかった。
荷物を置いたペッパーは、トニーの隣に腰を下ろした。そして彼の背中にそっと手を置いたのだが、トニーはビクッと身体を震わせた。目をギュッと閉じたトニーは顔面蒼白で、ペッパーは慌てて手を離した。
「ごめんなさい」
あの事件以来、トニーは身体を触れられることを拒んだ。それはペッパーでも…。
ペッパーが悲しそうに顔を歪めたのに気づいたトニーは、視線を伏せたまま呟いた。
「ごめん…」
悲痛な声に、ペッパーは胸が締め付けられた。何とかしたかった。だが、どう声を掛けていいのか分からない。トニーは頑張っているのだから、今更『頑張れ』なんて安っぽい言葉を掛けられるはずもなかった。
持って行き場のない感情を握りつぶすように、ペッパーは膝の上で拳を握りしめた。
しばらくして、トニーがポツリと呟いた。
「…怖いんだ……」
顔を上げたペッパーはトニーを見つめた。相変わらず視線を伏せたままのトニーは、目をギュッと閉じ、小さく震えていた。
「誰かと話すのも…顔を合わせるのも…怖い…。もう…ここから出たくない…」
ポツリポツリとトニーの目から涙が流れ落ちた。そして呻き声を上げたトニーは、頭を抱えると、自分を守るかのように身体を丸めた。
トニーの心の根深いところに植え付けられた恐怖。その張本人であるホイットニーの顔を思い浮かべたペッパーは、思いつく限りの罵りの言葉を心の中で叫んだ。が、同時に思い出した。あの時トニーが彼女に向かって告げた言葉を…。
『ペッパーが俺に本当の愛を教えてくれた。ペッパーは、ありのままの俺を受け止めてくれる。愛してくれる』
力不足かもしれない。だが、今のトニーを受け止め、そして共に歩き始めることができるのは、自分だけ…。例え何年かかろうとも…。
すぅと深呼吸したペッパーは、立ち上がるとトニーの目の前に跪いた。そして膝の上で震える彼の手をそっと両手で包み込んだ。
「トニー、私がそばにいる。あなたの手、絶対に離さないから…。これから先、何があっても、絶対に離さないわ。だから大丈夫よ。信じて…」
ペッパーの言葉に、トニーの震えが止まった。
前へ進まなくてはと分かっている。だが、その一歩を踏み出すのが怖かった。
学園の友達が、自分をどんな目で見るのか…もし、またひとりぼっちになったらと思うと、その一歩を踏み出す勇気がなかった。
だが、ペッパーの手は温かかった。全てを包み込み、そして受け止めてくれるように温かかった。だから、この温もりがあれば、もしかしたら…大丈夫かもしれない…。
そう考えたトニーは、小さく頷くと顔を上げた。
怯えたような瞳をしたトニーだが、ペッパーをまっすぐに見つめると、か細い声を出した。
「…手…握っててくれないか…」
「いいわよ」
そう言うと、ペッパーはトニーの手を両手で包み込んだ。そしてそのまま自分の胸元に当てた。
彼女の鼓動が微かに伝わってきた。心地よいリズムにトニーはそっと目を閉じた。先程までの暗闇の世界とは違い、そこには明るい世界が広がっていた。ペッパーがそばにいてくれるだけで、世界はこんなにも変わるのだ。だからこそ、彼女となら、きっと乗り越えることができる…。そう考えたトニーは、ゆっくりと目を開くと、何度も深呼吸をした。
「…キスしてくれ…」
大丈夫かしらと思いつつも、ペッパーはトニーの頬にそっと触れてみた。と、トニーが泣き出しそうな顔になった。慌てて手を離そうとしたペッパーだが、トニーはそれを押し留めた。
「大丈夫だから…」
目を閉じ恐怖と必死に戦っているトニーの唇にペッパーはそっと唇を合わせた。まるでファーストキスを思い出すような、軽い口づけだったが、トニーの震えが止まった。
「…もう一回…」
トニーの囁きに誘われるように、今度は先程よりも唇を押し付けてみた。
すると、トニーが腕を動かした。そしてゆっくりとだが、ペッパーの背中に触れた。そこでペッパーも恐る恐るトニーの背中に触れてみた。今度は大丈夫だった。
トニーはペッパーを力強く抱きしめた。
(トニー…)
キスをしながら、ペッパーの目からは嬉し涙が零れ落ちた。
→⑱へ…