翌日、馴染みのスタイリストに髪を切ってもらったトニーは、スッキリとした気分でリビングに座っていた。
ペッパーが淹れたノンカフェインの紅茶片手に新聞を読み寛いでいたトニーだったが、そこへペッパーがやって来た。
「トニー、今日は病院へ行く日よ」
トニーの着替えを彼のそばに置いたペッパーだが、トニーは浮かない顔をしているではないか。
「どうしたの?」
「この状況でも行かないとダメか?」
トニーがテレビを付けると、トニーがまだ入院していると思っている大勢のマスコミ、そして群衆が病院に集まっていた。
『トニー・スタークは姿を現しません。今回の事件の全貌を、彼は説明する気があるのでしょうか?』
『人々が突然消えた今回の怪奇現象には、アベンジャーズが関与していると思われます。アベンジャーズの中心人物であるトニー・スタークは、この現象に深く関わっているものと思われます』
「F.R.I.D.A.Y.、消して」
テレビを消すよう命じたペッパーは、悪態を付いた。何故トニーのせいになっているのだろう。トニーは死に直面する程の目に遭ったというのに…。いや、今回のことだけではない。地球上で起こり、アベンジャーズが関わった事件は、全てトニーのせいだと言う人々が未だにいるのだ。
ペッパーがトニーを見ると、彼は肩を竦めた。
「いつものことだ。だが、今はまだ出たくない。こんなに痩せて弱ってしまってるんだぞ?強くてかっこいい私のイメージが崩れてしまう」
冗談を交えて言っているが、トニーの瞳には隠しきれない恐怖と不安が見え隠れしているのにペッパーは気づいた。
「分かったわ」
そう言うとペッパーは電話を掛け始めた。
小一時間程経った頃、馴染みの医師がやって来た。トニーを診察した医師は、順調に回復していること、今日から普通の食事をしても良いこと、リハビリを始めるよう伝えると、採血の結果はすぐに電話で連絡すると言い、帰って行った。
「順調ですって。よかったわ」
「後は体力を付けないと」
「そうね」
見つめ合った2人は微笑みあった。
2人の思いの詰まったこの空間でだけは、何もかも忘れ、過ごすことができる。何故ならここには、ペッパーの無償の愛で満ち溢れているから…。
「お昼はあなたの好きな物を作るわね」
ペッパーはトニーの好きなカルボナーラをランチに作ってくれた。
久しぶりの食事に、トニーの腹が盛大に音を立てた。珍しく食べることに必死なトニーを、ペッパーは嬉しそうに見守った。
ランチを食べ終わったトニーは、リビングのソファに横になった。
ゆっくりとだが、歩けるようになった。だが、やはり長時間起きておくには、まだ体力がついていかない。小さく欠伸をしたトニーは、目を閉じるとウトウトし始めた。
暫くしてリビングへやって来たペッパーは、ソファで幸せそうに眠っているトニーを見ると、毛布を掛け額にキスをした。
数時間経ってトニーは目を覚ました。
ペッパーはそばにいた。が、電話を掛けながらパソコンに向かっているところを見ると、仕事中のようだ。寝転んだままペッパーの横顔を眺めていたトニーは、ふと思った。
彼女とは、こんなにもずっと一緒にいたことはなかった気がする。2人きりでのんびりと日々を過ごしたことはなかった気がする。
トニーは気づいた。これが彼女の求めていた『普通の生活』なのだと…。自分たちには…いや、ヒーローである自分には程遠い、当たり前の生活…。だが、心の落ち着く、とても居心地のよい生活…。
ペッパーが望むなら…と思っていたが、自分も心の奥底で望んでいたことかもしれない。そして夢に出てきた息子のモーガンも…きっといつの日か会える彼も、きっとそう望んでいるだろうから…。
サノスの件が片付き、全てが上手く収まったら、ヒーローは引退しよう…。
そしてペッパーと普通の暮らしをしよう…。
小さく欠伸をしたトニーは、もう一眠りしようと目を閉じた。
→⑫へ…