そこは闇と静寂しかない世界だった。
一人ぼっちの孤独な世界だった。
「誰か…」
返事はなかった。
と、遥か彼方で小さな光が見えた。光に向かいトニーは闇雲に走った。が、いつまで経っても光の大きさは変わらなかった。
光を追い求めることを諦めたトニーは足を止めた。と、何かに足を掴まれた。足元を見ると、顔のない大勢の人がトニーの足を掴んでいた。必死に振り払おうとするうちに、人々は塵と化してしまった。地面から塵が湧き出てきた。腰まで埋まったトニーはもがいた。だが、身体はどんどん飲み込まれていく。
(助けてくれ!)
今や塵はトニーの全身を覆い、指先だけが辛うじて見えている状態だ。
息が出来なくなったトニーは、必死で手を伸ばした。
…………
「……にー……トニー!」
誰かが手を掴んでくれた。
パッと目を開けたトニーは、暗闇ではなく、暖かい光の溢れたいつもの寝室にいた。手を握っていたのは、ペッパーだった。
「大丈夫?うなされてたわよ」
トニーの汗を拭ったペッパーは、彼の額に手を当てた。
「大変!すごい熱じゃない!」
目を見開いたペッパーは、クローゼットから毛布を取り出すと、真っ赤な顔をしているトニーに掛けた。そして慌てて部屋を飛び出して行った。
「風邪です。ですが、身体の抵抗力が相当落ちているので、これ以上悪化しないように、入院されては…」
トニーを診察した医師は、抗生剤を点滴に入れると、眠るトニーを前にペッパーに説明した。
ペッパーは迷った。確かにトニーの体力は著しく低下している。本人も酷く辛そうだし、早く回復させるには、入院させた方がいいだろう。だがトニーは肉体的にもだが、それ以上に精神的に参っている。
死を覚悟したトニーのメッセージ…あれを聞いたからには、ペッパーはトニーを一人きりにすることは出来なかった。病院では付きっきりで看病することは出来ない。だからこそ、2人きりの家で…トニーが心から寛げる環境で、ゆっくり心身ともに回復して欲しかった。
「先生、入院させた方がいいのは分かってます。ですが、トニーは心も酷く傷ついています。だから、ここで…私たちの家で、いつものように過ごさせてあげたいんです」
そう告げると、旧知の中の医師は明日また来ると言い、帰って行った。
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