「これを預かっておいてくれ」
トニー・スタークが差し出したのは小さな箱。蓋を開けると、そこにはハリーウィンストンの指輪が入っていた。
「俺にですか?」
ポカンとボスを見上げたハッピーに、トニーはわざとらしく顔を顰めた。
「違う。ポッツくんに渡すためのものだ」
「は?」
ポッツくんというのは、トニー・スタークの秘書であるペッパー・ポッツのことだ。ハッピーが知っている限りでは、トニーとペッパーは社長と秘書という関係に加え、気心の知れた友人という関係でしかない。だが、託された指輪はどう見ても婚約指輪なのだ。
「ペッパーと結婚するんですか?!」
いつの間にそんな関係になったのかとハッピーは慌てた。というのも、彼はプレイボーイで有名なトニー・スタークなのだ。もしかしたら、2人は勢いで関係を持ったのかもしれない。が、あのペッパー・ポッツに限って、勢いで…ということがあるだろうか…。
目に見えて慌てふためいているハッピーに、トニーは首を振った。
「お前が思っているような関係は持っていない。私達は健全な関係だ。社長と秘書という…」
と、ここで、トニーは口を噤んだ。
ハッピーに詳しい経緯を話すつもりはないが、昨日のことだった。ふらりと入ったジュエリーショップで、この指輪を見つけた。目に止まった瞬間、何故か分からないが、ペッパーの顔が思い浮かんだ。そして、いつの日かこれを彼女に渡せという声が聞こえた。そして気がつけば、指輪を購入していたのだ。
という経緯で目の前に婚約指輪があるのだが、そんなことをハッピーに話す気はさらさらなかった。
口を噤んだトニーの様子を伺っていたハッピーだが、ボスは指輪を買った理由を話す気はなさそうだと悟ると、からかうような口調で告げた。
「酔ってたんですか?」
が、トニーは真面目な顔で首を振った。
「誓って言うが…シラフだった」
あまりに真面目な表情に、ハッピーは日頃の2人の様子を思い浮かべた。確かにトニーの言う通り、2人は健全な関係だ。だが、ふとした瞬間、2人はよく見つめ合っている。それに付き合いが長いせいか、お互いのことを自分以上に分かっている気がする。それに、時折酔ったトニーがペッパーに『愛している』と抱きついているが、その時のペッパーは嫌そうな素振りをしているが、満更でもなさそうなのだ。
(つまり、お互い気づいていないだけで、本当は…)
ぶるっと頭を振ったハッピーは、これは良い機会かもしれないと、思い切って尋ねてみることにした。
「ペッパーのことが好きなんですか?」
と、トニーが軽く目を見開いた。そして、自分の本心を確かめているのか、何度か首を捻り何事か考えていたが、大きく溜息を付くと首を振った。
「分からん。だが、彼女は優秀だ。私にはなくてはならない存在だ。勿論、秘書として、そして友として…という意味だが…」
ふぅと息を吐いたトニーは、ちらりと指輪へ視線を送った。
「だから、もしかしたら、いつかそういう日が来るのかもしれない。残念ながら、その予定は今のところはないが…」
もしかしたら、トニー自身、自分の本当の気持ちに気づいておらず、無意識の内に指輪を購入したのかもしれない。
「だから預かっておけと?」
目を瞬かせたハッピーに、トニーは肩を竦めてみせた。
「そうだ。酔った勢いで、他のオンナに渡したら大変だ」
「そうですね」
真顔で頷いたハッピーだが、そのいつかはもしかしたら近い将来かもしれないと、大切そうにポケットに箱を収めた。
そしてその指輪は、結局10年もハッピーのポケットに収まったままだったとか…。
***
マーベル公式の発表したタイムラインでは、「アイアンマン1」は2010年の出来事となってしまい、トニーが指輪を用意した2008年とズレが生じてしまいました。というよりも、ホムカミに登場した年代自体がズレまくってしまっているので、今となっては2008年自体もあやふやな状態ですが…。
なので、アイアンマンになる以前の2008年に用意したというお話です。