He’ll be with you. (晩年)

「今日はね、私の誕生日だったでしょ?覚えてた?」
クスクス笑い声を上げたペッパーは、ゆっくりと腰を下ろすと、目の前の墓標を愛おしそうに撫でた。
「そうね。あなたが忘れたのは、恋人になって最初の年だけだったわね。それからは毎年毎年、私のことを驚かせてくれたものね」
口元に笑みを浮かべたペッパーは立ち上がると、夕日の沈みかけているマリブの海を見つめた。

「あなたがいなくなって初めての誕生日ね…」
しんみりと呟いたペッパーは1年前を思い出した…。

***

トニーが倒れたのは去年の4月の初めのことだった。病院へ運ばれたトニーだが、病状は思いの外酷く、手の施しようがないため、余命3ヶ月と宣告された。そう宣告されても、トニーは取り乱さなかった。泣き続ける家族を宥めた彼は、最後まで出来る限り家で過ごしたいと希望した。

夏を過ぎても持ち堪えていたトニーだが、9月も終わりになる頃には、彼は1日の殆どをベッドで過ごすようになっていた。発作に襲われる回数も多くなり、入院するよう勧められたが、トニーは頑なに拒否をしていた。
確実に、死はトニーに忍び寄っていた。それでもトニーは必死に死から逃れようとしていた。それは、彼にはもう一つだけやり残したことがあったから…。それをやり遂げるまでは死ねないと、強く願っていたから…。

ペッパーの誕生日の数日前のある日。
夜になり、隣に潜り込んできたペッパーに、トニーは提案した。
「今年は久しぶりに、2人きりで祝わないか?」
家族が増えてからは、それぞれの誕生日はみんなで盛大に祝っていた。だから今年もそうなるだろうと思っていたのにどうしたのかと尋ねると、トニーは寂しそうに笑った。
「一緒に祝ってやれるのは、今年が最後になりそうだから…」
彼の心臓はもう持ち堪えられないところまできている。余命3ヶ月と宣告されたにも関わらず、もう2ヶ月も頑張っているのだから…。が、おそらくもう数日しか猶予はないだろう。それを一番分かっているのはトニー自身。
だからこそ、トニーはペッパーと最後の思い出を…一緒に祝う最後の誕生日を2人きりで祝いたいと望んだ。

誕生日当日。子供たちの協力の元、バルコニーは2人だけのパーティー会場となっていた。
2人きりでディナーを食べ、ダンスを踊り、トニーとペッパーは昔のように甘い夜を過ごした。
「君の誕生日を祝えた…。もう思い残すことはないな…」
ベッドの中でペッパーを硬く抱きしめたトニーは、キスの雨を降らしながらそう囁いた。
「なぁ、ペッパー。約束してくれ。来年の誕生日は、いつものように笑って過ごすと…。君の笑顔…いつだって君の笑顔は私を救ってくれたんだから…」
そう笑ったトニーは、1週間後、家族に見守られ、ペッパーの手を握りしめたまま、眠るように息を引き取った。

***

「子供たちと孫たちがね、盛大にお祝いしてくれたのよ。とっても楽しかったわ。あなたとの約束、ちゃんと守ったわよ。でも…」
言葉を切ったペッパーは、再び墓標の前に座り込んだ。
「あなたがいないと寂しいわ…。みんな言ってたわよ。パパがいないと静かねって…」
ペッパーの目から涙がポロポロ溢れ始めた。
「トニー……会いたい…。昔言ったでしょ?あなたなしじゃ生きていけないのは私も同じよって…」
涙を拭ったペッパーは、石に刻まれたトニーの名をそっとなぞった。
「だからね、今日だけは私のワガママを聞いてくれる?あなたからのプレゼントが欲しいの…。夢の中でいいから、あなたに会いたい…。あなたにキスしてもらいたい…。最近、何に夢中になってるのか知らないけど、ちっとも出てきてくれないでしょ?何度も言うようだけど、今日は私の誕生日よ?だから今日くらい出てきて頂戴」
トニーの名前にキスをしたペッパーは、立ち上がるとその場を後にした。

その夜。
トニーが使っていた枕を抱きしめたペッパーは夢を見ていた。

ペッパー……

懐かしい声がした。そっと目を開けると、会いたくて堪らなかった人がそこにはいた。
「トニー……」
くしゃっと顔を歪めたペッパーは、腕を広げて待っているトニーに飛びついた。
ギュッと抱きしめてもらうと、心にぽっかりと空いていた穴がみるみるうちに埋まっていった。
「私も連れてって」
子供たちも立派に育ち、自分の役目はもう終わった。思い残すこともないのだから、いつお迎えが来てもいいとペッパーはずっと考えていた。そのためここぞとばかりにトニーに提案したのだが、トニーは眉を吊り上げた。
「だめだ。君が泣いて喜ぶようなプレゼントがまだ準備できてないんだ。今年の誕生日に間に合わせようと頑張ったんだが、無理だった。ということは、まだ君はこっちの世界に来ては駄目だということだ。もう少しかかりそうだ。だから…」
そう言うと、トニーはギュッとペッパーを抱きしめなおした。
「今年はハグとキスで我慢してくれ…」

それからトニーは沢山キスをしてくれた。何度も愛してると、そして甘い言葉を囁きながら、沢山沢山キスをしてくれた。
「来年は?」
キスの合間にペッパーが尋ねると、トニーはうーんと何事か考えるふりをした。
「そうだな…。プレゼントが用意できたら、迎えに行く。だが、期待するなよ」
そう言って笑ったトニーは、ペッパーを抱きしめたまま、その場にコロンと横になった。
「だから、来年の誕生日までは、毎日君に夢の中で会いに来る。いや、待てよ。毎日だと新鮮味がないか?困ったな。本当は、君とは1秒たりとも離れたくないんだぞ?」
生きている時とちっとも変わらないトニーに、ペッパーはクスクスと笑いだした。
「トニー、あなたに飽きるなんて有り得ないわよ。あなたはいつも私を驚かせてくれるもの。いい意味でも悪い意味でもね。だから毎日会えるなら、きっと楽しくて仕方ないわ」
ニコニコと笑みを浮かべたペッパーの頬を、トニーは愛おしそうに撫でた。
「その笑顔。私の愛するペッパーは、笑顔が一番似合う。誕生日おめでとう、ハニー。永遠に愛してる…」
そう言うと、トニーは再びキスをし始めた。温かく力強いトニーの腕の中。何よりも安心でき、そして安らぐ最愛の人の腕の中で、ペッパーはそっと目を閉じた…。

「トニー…」
枕に頬を擦りよせたペッパーは幸せそうに微笑んだ。

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