He’ll be with you. トニー編

『トニー様、今日のことはお忘れではありませんよね?』
アーマーの整備に明け暮れていたトニーは、J.A.R.V.I.S.の声に顔を上げた。
「は?何かあるのか?」
キョトンとしている主人に、J.A.R.V.I.S.が人間なら溜息を付いただろう。
『本日9月27日はポッツ様のお誕生日です』
5秒ほど静止していたトニーだが、椅子から思いっきり立ち上がると叫び声を上げた。
「何だと?!どうして早く言わないんだ!」
手を振り回し喚くトニーに、J.A.R.V.I.S.はいつものように冷静に告げた。
『トニー様が今年こそはちゃんと覚えておくから知らせなくてもよいと言われたのですよ。ですが、すっかりお忘れのようなので、僭越ながらお伝えすることに致しました』
文句を言おうと口を開けたままのトニーだったが、J.A.R.V.I.S.の言葉は正しかった。今年は恋人になって初めてのペッパーの誕生日。愛するペッパーの誕生日なのだから、覚えているに決まっているだろと豪語していたのは、確かに自分だ。が、忘れていた。すっかり忘れていた。だが、忘れていたとは認めたくないのも事実だ。
バツが悪くなったトニーは、あぁ…と声を出すと、わざとらしく鼻を鳴らした。
「覚えているさ。初めて2人きりで祝うんだぞ?当たり前じゃないか。だが、今日が27日であることを忘れていた。それだけだ」
ベラベラと言い訳したトニーだが、J.A.R.V.I.S.が黙ったままなことに気づくと、口を噤んだ。そして時間を確認しようと腕時計を見たのだが…。
「おい!もう18時じゃないか!!」
もうすぐペッパーが帰宅する。トニーが頭の中で考えていたプランでは、夕食は有名レストランを貸し切り、有名パティシエに頼んだ誕生日ケーキ…もちろん苺はなしだが…で祝い、その後は某ホテルのスイートルームでとびっきりのプレゼントを渡した後は、一晩中愛を囁き合う予定だった。が、何一つ用意できてない。何一つ予約していない。ちなみに今朝もベッドの中でペッパーに誕生日の祝いの言葉一つすら掛けてない…。
つまり、自分は愛する女性の誕生日に何一つ計画も実行もしてない、最低の恋人ではないか。
「大変だ!」
真っ青になったトニーは、先程よりも大声で喚いた。
「J.A.R.V.I.S.!何とかしてくれ!」
何とかしろと言われても、流石に時間を戻せるはずもない。諦めるよう伝えるべきか迷っていると、エントランスにペッパーの車が入ってきた。
『トニー様、ポッツ様が戻られました』
「あぁぁぁぁ!!もう駄目だ!」
頭を抱え込んだトニーはその場に座り込んだ。
下手に嘘は付かず、『ハニー、ゴメンよ。アーマーの開発に夢中で、君の誕生日のことはすっかり忘れていた』と正直に伝えるべきだろうか。だがそんなことを伝えれば、『あなたって最低ね!私よりアーマーが大事なのね!そんなにアーマーが大事なら、アーマーと結婚すればいいのよ!』と平手打ちを喰らい、ペッパーは家を出て行ってしまうかもしれない。せっかく想いが通じ合ったのだから、ペッパーを失うようなことは絶対に避けなければならない。だが、もう時間がない。となると、今できる最高のことをするしかない…。
と、トニーは思い出した。とある物の存在を…。
「そうだ!あれがあるぞ!」
机の引き出しを開けたトニーは、小さな箱を大切そうに取り出した。箱の蓋を開けると、そこにはブルーのサファイアの輝く指輪が入っていた。これは亡き母親の形見の指輪。『あなたが生涯を共にしたいと思う方にあげて』と、生前譲り受けたものだ。本当はいつの日かプロポーズする時に渡そうと思っていた。だが、生涯を共にしたい女性は、これから先も彼女しかいないのだから、彼女の誕生日に渡すにはピッタリの代物なのではないだろうか…。
と、リビングからペッパーの声がした。ポケットに箱を突っ込んだトニーは、ラボを飛び出すと階段を駆け上がった。

「おかえり、ハニー」
リビングではペッパーがソファに座り、ヒールを脱いでいた。
「ただいま、トニー」
立ち上がったペッパーは、トニーに擦り寄ると、強請るように首を伸ばした。チュッと軽く唇を奪ったトニーだが、ペッパーは恋人の頭を抱え込むと、貪るように舌を絡め始めた。いつになく積極的なペッパーに、トニーは目を白黒された。
(先にアレを渡さなければっ!)
このままベッドに向かってもいいが、あの指輪は彼女が感動するようなシチュエーションで渡したい。誕生日の用意をすっかり忘れていたせめてもの報いに…。
そこで唇を離したトニーは、ペッパーの頬を優しく撫でた。
「夜景でも見に行かないか?」
「いいわね」
頷いたペッパーの手を握りしめたトニーは、ラボへと向かった。が、そのまま車へ向かうのかと思いきや、トニーは何故かアーマーを装着し始めた。
「ちょっと待って…。それで行くの?!」
「あぁ。車では行かれない場所だ」
一体どこに行く気なのか知らないが、私はアーマーをもってないのよと反論しようとしたペッパーだが、彼女が何か言う前に…と、ペッパーを抱き上げたアイアンマンはラボを飛び出した。

トニーとはこうやって一度か二度飛んだことはあるが、夜飛ぶのは初めてだ。ふと下を見ると、真っ黒な海が足元に広がっており、飲み込まれそうな暗闇に怖くなったペッパーはトニーの首筋に回した腕にギュッと力を入れた。
「大丈夫だ。もうすぐ着く」
ペッパーの身体を一層ギュッと抱きしめたトニーは、目的地であるとある山頂にゆっくり降り立った。

アイアンマンのリアクターの光を除いては明かり一つない漆黒の闇に、ぶるっと身震いしたペッパーだが、目の前に広がるLAの夜景に感嘆の声を上げた。
「綺麗ね!」
こんな綺麗な夜景は見たことがないと、子供のようにはしゃぐペッパーにトニーは笑みをこぼした。アーマーを脱いだトニーはペッパーの肩を抱き寄せ、頬にキスをした。
「誕生日おめでとう」
そう告げると、ペッパーは驚いたように目を軽く見開いた。
「あら?覚えててくれたの?」
彼女がそう言うのも無理はないだろう。去年までは興味すらも持っていないという素振りを見せていたのだから…。
「当たり前だ。…と言いたいところだが…。白状するよ。実は忘れていた。いや、きみの誕生日が27日だということは覚えていたんだが、今日が27日だということ自体を忘れていた。すまない」
ここ数日、良いアイデアを思いついたとトニーはラボに籠りっぱなしだったことを思い出したペッパーは、クスクス笑いだした。

昔からだが、トニーは一度ラボに籠ると、寝食を忘れてしまう程熱中する。そのため、秘書だった頃のペッパーは、ラボに食事を運んだり、時にはソファで眠ってしまったトニーに毛布を掛けたりと、よくしていたのだ。が、恋人になってからは、どんなに熱中していても、食事は共に食べるようになったし、夜もベッドで抱き合い眠るようになっていた。
彼が変わったのは、全て『ペッパーのため』。以前よりもトニーは自分との時間を大切にしてくれるようになった。勿論恋人なのだから当然のことなのかもしれないが、それでもペッパーは彼の囁かな変化が嬉しくて堪らなかった。
申し訳なさそうにポリポリと頭を掻いているトニーが愛おしくなったペッパーは、彼の肩に頭をもたれかけた。
「いいのよ。あなたらしいわね」
ふふっと笑ったペッパーに、トニーはごほんと咳払いした。
「だが、ちゃんとプレゼントは用意している」
ポケットから箱を取り出したトニーは、ペッパーの目の前で開いた。
「綺麗…」
暗闇の中で光る指輪は美しく、ペッパーは釘付けになった。
「亡き母の形見だ。生涯を共にしたい大切な女性ができたら、渡してくれと、母は常々言っていた。だからもう何十年も机の引き出しに収めていた。そういう女性は現れていなかったから…。だが、今は違う。君がいる」
唇を震わせるペッパーをじっと見つめたトニーは、頬を撫でると甘ったるい声で囁いた。
「ペッパー、君は私が心から愛した初めての女性だ。君なしでは私は生きていけない。だからこの指輪は君に贈る」
そう言うと、トニーは取り出した指輪をペッパーの指にはめた。

トニーは母親の形見…それは彼にとって大切なもの。それを彼は私に託してくれたのだ…。

指輪を見つめたペッパーの目から、涙が次々と零れ落ちた。
「ありがとう、トニー…。嬉しいわ…。私のこと、そう思っててくれて…。私もね、あなたなしじゃ生きていけない…。愛してる…世界で一番愛してるわ…」
トニーに抱きついたペッパーは、彼の唇を奪った。唇を重ね、啄むようにキスを繰り返していると、ペッパーが唇の隙間から甘い吐息を零した。銀色の糸を引きながら唇を離すと、ペッパーはトニーの耳元に口を近づけた。
「もう一つ、プレゼント貰っていい?」
いつになく甘えたように囁いてきたペッパーに、トニーは首を傾げた。
「用意してないぞ?」
トニー・スタークとあろうものが、どういう意味か分からないのかしらと、悪戯めいた笑みを浮かべたペッパーは、彼の耳朶を甘噛みした。
「あなたが欲しいの…」
仕上げにふぅっと息を吹きかけると、トニーは頬を真っ赤に染めた。が、大袈裟に咳払いをすると、これまたわざとらしく鼻を鳴らした。
「お安い御用さ。私は君だけのものだ。君が満足するまで、好きなだけくれてやる」
ニヤッと笑みを浮かべたトニーはアーマーを装着すると、ペッパーを抱き上げ空高く飛び上がった。

***
IM2後の恋人になって初めてのペッパーの誕生日

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