その夜、ベッドの中で、トニーは今日の出来事をペッパーに話した。
「それでモーガンは未来からやって来たのね…」
トニーを亡くしたことで、スティーブに復讐を果たすために未来からやって来た…。息子の15年間の苦しみを知り、ペッパーは目に涙を浮かべた。が、復讐だけが目的なら、自分たちの前にわざわざ現れるだろうかと、ペッパーはふと思った。
「でも、トニー。あの子が来たのは、復讐だけが目的じゃないと思うわよ」
「というと?」
ペッパーの言葉にトニーは一体どういうことだと、眉を吊り上げた。
「あの子、父親との思い出が3歳までしかないのよ。だから、もしかしたら…」
「つまり、父親との思い出を作りにやって来たと?」
「そう。だからね、あの子に15年分の思い出を作ってあげたら?」
自分ではそこまで思いつかなかったので、さすがはペッパーだとトニーは小さく唸った。
「ハニー、君は天才だな。だから私は君しか愛せないんだが」
ペッパーを膝の上に乗せたトニーは、首筋に赤い花を散らした。
「あら、嬉しいわ。実は私もね、そんなあなたしか愛せないの」
ふふっと笑ったペッパーは、嬉しそうにトニーの唇を奪った。
翌日。
安心したのか、疲れが溜まっていたのか、モーガンは昼過ぎても起きてこなかった。あまりに起きてこないので、大丈夫なのかと心配になったトニーは、何度も確認に行ったが、息子はグーグーいびきをかいて眠っており、その度にトニーは足音を忍ばせて部屋を出入りした。
夕方近くになり、モーガンはようやく起きてきた。
「おはよう、寝坊助」
「モーガン、ゆっくり眠れた?」
今日はペッパーも早めに帰宅していたため、トニーはペッパーとキッチンで夕食の準備をしていた。と言っても、トニーの料理の腕はからっきしなので、皿を並べたりする程度なのだが…。
まだ目をこすっているモーガンは、寝癖で乱れた髪を整えようとしたが、父親同様猫っ毛の髪はどうすることもできず、諦めた彼は椅子に座った。
「うん」
頷いたモーガンだが、彼の腹が盛大に音を立てた。
「お腹すいたでしょ?沢山食べて」
テーブルの上にはペッパーの手料理が沢山並んでおり、モーガンは顔を輝かせると、料理に手を伸ばした。
夕食後。
「父さん…あのさ……」
何か言いたげなのに、なかなか言おうとしないモーガンに、痺れを切らしたトニーはフンと大げさに鼻を鳴らした。
「何だ?一緒に寝て欲しいのか?」
「ち、違うよ!俺、そんな年齢じゃないし!」
真っ赤な顔をしたモーガンは飛び上がると、ブンブンと頭を振った。が、彼の顔には『父さんと一緒に何かしたい』とはっきりと書いてあるのだから、そんな息子が愛おしくなったトニーは、モーガンを抱きしめた。
「私はまだお前の父親ではないが…15年分のハグをさせてくれないか?」
トニーの言葉に、くしゃっと顔を歪めたモーガンはぎゅっと顔を押し付けた。
その瞬間、モーガンは3歳の…父親と永遠の別れを告げた時の自分に戻ってしまった。
今自分を抱きしめているトニー・スタークは、自分の父親ではないトニー・スタークだ。だが、自分の覚えている父親と、腕の温もりも力強さも何の変わりもなかった。
「パパ……」
シクシク泣き始めたモーガンは、甘えたようにトニーにぎゅーぎゅー顔を押し付けた。
「僕……本当は…パパとずっとやりたかったことが…いっぱいあるんだ…」
モーガンの涙がトニーのシャツを濡らしたが、トニーは笑みを浮かべると、息子の頭を抱え込んだ。
「あぁ、分かってる。分かってるさ。お前は私の息子だ。だから分かってる…」
「パパ……」
泣き続ける息子の頭を、トニーは優しく撫で続けた。
暫くして泣き止んだモーガンは、鼻を啜りながら顔を上げた。
「よし!お前がやりたかったこと、全部やろう」
くしゃくしゃっと髪を撫でながらトニーがそう告げると、モーガンは目を輝かせた。
「いいの?」
「当たり前だ。そのために来たんだろ?」
と言いながらトニーがウインクすると、モーガンはガッツポーズをした。
「まずは、一緒に風呂に入るか?」
小さい頃、自分を風呂に入れるのは父親の役目だったと聞いたことはあるが、朧げな記憶の中には残っていなかったので、モーガンは実質的に初めて父親と風呂に入れると、喜んだ。
スターク邸のバスタブは、トニーがペッパーと一緒に入っても大丈夫なようにとかなり大きめな作りになっている。そのため、モーガンは念願叶って父親と入ることができた。
「母さんから聞いたことがあるんだ。俺がうんと小さい頃は、父さんと母さんと3人で、よく風呂に入ってたって」
「ふーん」
3人で…ということは、おそらくモーガンが生まれた後も、ペッパーとは2人でよく入っているのだろう。そんなことを考えながら、モーガンに気付かれないようにトニーは鼻の下を伸ばした。
「父さんが死んでからは、さすがに母さんとは入れないからさ。俺も一人で入ってたし…」
父親の様子に気づいていないモーガンは、思い出話を続けているが、トニーは相手が息子であることを忘れて、ついいつもの調子で話してしまった。
「ペッパーとはいつも一緒に入ってるぞ?風呂の中で愛し合って、その後は…」
「?!!!」
これ以上ない程顔を赤らめたモーガンに、トニーは余計なことを言いすぎたと、額を叩いた。が、真っ赤な顔をしたモーガンは、慌てふためくと、その場で勢いよく立ち上がった。
立ち上がった瞬間、トニーは息子の股間に釘付けになった。
「お前の…デカイな…」
まじまじと見つめてくる父親に、モーガンは目を見開いた。
「父さん!何見てるんだよ!」
勢いよくバスタブに座り込んだせいで、水飛沫が盛大に上がり、トニーはずぶ濡れになってしまった。
『パパはねぇ、世間一般の常識から外れたところがあったし、羞恥心をどこかに忘れてきてるんじゃないかしらって思うこともあったわ。そのせいで、ママはよく怒ってたのよ』と、母親から聞いたことがあるが、こういうところが母親の怒りを買っていたのだろうと、モーガンは溜息を付いたが、頭の先からずぶ濡れになっている父親は、肩を震わせ笑っているではないか。
「もう、父さん…。そういうところが嫌だったって、母さんがよく言ってたよ」
「だが、こういう私だから、ペッパーは愛してくれているんだ」
得意げに言い放つ父親に、可笑しくなったモーガンは、声を上げて笑い出した。
クルクルと表情を変えるモーガンはペッパーそっくりで、トニーはそんな息子がますます愛おしくなった。
風呂から上がった2人は、バルコニーでアイスクリームを食べながら、ペッパーが風呂から上がるのを待っていた。
アイスを食べながら何事か考えていたトニーだが、よしっ!と呟くとモーガンをじっと見つめた。
「やっぱり一緒に寝よう」
父親の発言にポカンと口を開けたままのモーガンだったが、最後の一口を食べようと掬っていたアイスが膝の上に落ち、飛び上がった。
「えぇぇぇ!!と、父さん!それは恥ずかしいからいいよ!」
真っ赤な顔をして乱暴に首を振るモーガンに、遠慮するなと言おうかと思っていたところに、ペッパーがやって来た。
「どうしたの?」
「モーガンに一緒に寝ようと言ったんだが…こいつ、恥ずかしがるんだ」
肩を竦めるトニーと、顔を赤らめもじもじしているモーガンを見比べたペッパーは、目をくるりと回した。
「恥ずかしいわよ。ね?モーガン」
そうだと言うように頷いたモーガンだが、ペッパーは悪戯めいた笑みを浮かべた。
「でも…」
そう言うと、ペッパーはモーガンの背後から抱きついた。
「私も一緒にいい?」
「え!!か、母さん?!」
自分の知っている母親は生真面目で冗談もあまり言わないタイプだと思っていたため、ペッパーのこの行動にモーガンは目を白黒させた。だが、もしかしたら母親は父親の死をきっかけに、そうならざるを得なかったのかもしれない…。
結局その日は、トニーとペッパーの寝室の大きなベッドに、親子3人で眠ることになった。
なかなか寝付けなかったモーガンだが、トニーがアベンジャーズの仲間の話を面白おかしく話しているうちに、モーガンはいつのまにか眠ってしまった。
「いきなり18歳の息子が現れて、どうしようかと思ったけど…やっぱり私たちの息子なのね。離れたくなくなっちゃったわ」
モーガンの右手をそっと握ったペッパーは、息子の頬を軽く撫でた。
「そうだな。だが、未来の世界では、未来の君がこの子を待ってる。いい加減には帰さないといけないな…」
そう言いながら息子の左手を握ったトニーも寂しそうだ。
2日後には未来へ帰そう、その代わりモーガンのやりたいことは出来る限りやろうと決めた2人は、子供のように無邪気な顔をして眠るモーガンを、愛おしそうに見つめ続けた。
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