その日、モーガンは珍しく朝早くから目を覚ました。
今日は5月29日…つまり父親の誕生日。
昨日、母親とプレゼントを買いに行き、誕生日のカードを作り、準備は万端だ。今日は家族でディズ○ーランドに行き、一日中遊ぶことになっている。
パジャマを脱ぎ、昨夜母親が出してくれた洋服に着替えたモーガンは、パタパタとキッチンへと向かった。
キッチンに向かうと、父親と母親はキスをしながら朝食の用意をしていた。
「ママ、おはよ!パパ、おたんじょうびおめでとう!」
入り口で叫ぶと、振り返った父親は満面の笑みで近づいて来た。
「モーガン。珍しいな、一人で起きるなんて」
息子を抱き上げたトニーは、柔らかな頬にキスをした。髭がチクチクと頬に刺さったが、その感触は大好きな父親のものなのだから、モーガンはきゃーっと歓声を上げた。
「ほら、トニーったら。モーガンは着替えてるわよ。早くあなたも着替えてきて。ちゃんと今日の洋服、出してるでしょ?」
頬を膨らませながら近づいてきたペッパーは、トニーからモーガンを受け取った。
トニーが着ているのは、ブラックサバスのTシャツ。昔から愛用しているそのTシャツは少々古びているため、折角の誕生日なのだから…と、ペッパーはプレゼントとして、洋服一式を用意していたのだ。
「分かってるさ。出かける前に着替えるからいいだろ?」
トニーとて、折角妻が用意してくれているのだから、後で着替えるつもりだったのだ。が、父親と母親の顔を見比べたモーガンは、父親のTシャツを指差すと母親に向かって訴えた。
「ぼく、これ、しゅき!」
Tシャツを指差したモーガンに、トニーはペッパーに向かってわざとらしく眉を吊り上げた。
「ほら見ろ。さすがは私の息子だ。パパの好みをよく知ってるぞ?」
「ねー、パパ!」
ヒヒっと笑っている父と息子に、呆れたように目をくるりと回したペッパーだが、モーガンを椅子に座らせた。
朝食を食べ終わった頃だった。
『ボス、キャプテン・ロジャースより電話です』
トニーはモーガンが生まれると同時にヒーロー活動からは一線を引き、裏方に徹していた。が、完全に引退している訳ではないので、時折こうやって、手助けに呼ばれていた。
だが、殆ど呼ばれることもないため、モーガンは、 父親がアイアンマンなのは知っているが、その活躍は絵本やテレビでしか見たことはなかった。
「じいさんから?」
今日は誕生日だから、祝いの言葉を言おうと電話してきたのだろうかと、トニーは繋ぐよう命じた。
「スターク、すまないが、手伝ってくれないか?」
珍しく切羽詰まったスティーブの声に、思わずペッパーと顔を見合わせたトニーだが、今日は妻と息子が前々から計画を練っていたことを知っているので、悪いと思ったが断ることにした。
「悪いが今日は誕生日だ。だから無理だ」
すっかり家族優先なトニーに、いつもなら引き下がるスティーブだが、今日は余程の事態なのか、引き下がらなかった。
「君しか解決できない問題が起こった。君が一線から退いていることも、今日が誕生日なのも知っているが…。30分でいいんだ。頼む」
あまりの熱意に、ペッパーは夫に声を掛けた。
「トニー、手伝ってあげたら?」
ペッパーに言われれば仕方ない。それにこれだけ頼んでくるということは、本当に自分しか対処できない事態なのだろう。
「分かった。30分だけだ」
そう言い電話を切ったトニーは、ラボへと向かった。
「すぐに帰ってくる。ディズ○ーランドはそれから行こう」
アーマーを装着したトニーは、ペッパーにキスをすると、モーガンの頭を撫でた。
「パパ!アイアンマンだ!」
初めて見るアイアンマン姿の父親に、モーガンは大興奮。嬉しそうな息子に、ひときわ優しい笑みを送ったトニーは、もう一度ペッパーに甘ったるいキスをした。
「すぐに戻ってくるからな!」
笑顔で手を振ったトニーは、上空へと飛び立った。
が、数時間後、戻ってきたトニーは冷たくなっていた。
「トニー……」
運び込まれた亡骸にすがりついたペッパーは、声を出さずに泣き始めた。
何度も何度も父親の名前を呼びながら泣き続ける母親に、モーガンは一体何が起こっているのかと首を傾げた。
父親は帰ってくると、いつも笑顔で抱きしめてくれる。それなのに、今日の父親は眠ったままで、起き上がらないのだ。
「ねぇママ、パパはどうしてぼくのこと、だっこしてくれないの?」
無邪気に聞くモーガンに、大粒の涙を流したペッパーは、気丈にも笑ってみせた。
「パパはね…疲れちゃったの…。だから…ゆっくり寝かせてあげて……」
「パパ、おっきするの?」
「いいえ、モーガン…。パパは…おきないのよ…」
父親が起きないとはどういうことだろう。今日はアイアンマンで疲れたから明日になったら起きるということなのだろうか…。うーんと頭を捻ったモーガンだが、今日は父親の誕生日だし、折角のプレゼントも渡していないのだから、是が非でも目を覚ましてくれないと困るのだ。
「パパとやくそくしたよ。おうちにかえってきたら、おたんじょうびおめでとうってするって。ねぇ、ママ。パパ、やくそくしたよね?」
が、母親は何も答えなかった。そればかりか、ボロボロと涙を流し、自分を抱きしめ泣くばかりだ。
と、モーガンは思い出した。母親が泣くと父親は『ハニー、泣かないでくれ』と、抱きしめ背中を優しく撫でていたことを…。
「ママ…なかないで…」
母親の背中をそっと撫でたモーガンだが、その姿はまるでトニーそのものなのだ。トニーのことを思い出したペッパーは、声を上げて泣いた。
それから、モーガンは母親と共に教会へ向かった。暫くすると、大勢の人が出入りし始めた。皆悲痛な顔をし、涙を流しながら母親と話をしていた。何が起こっているのか分からないモーガンは、ここで遊んでいてと言われていた控え室に向かうと、絵本を読み始めた。
と、そこへローディとハッピーがやって来た。
「ローディおじちゃん!ハッピーおじちゃん!」
大好きなおじさんが2人揃ってやって来たのだ。
「おじちゃん!ねぇねぇ、あそぼ!」
2人の手を引っ張ったモーガンは、アベンジャーズの人形を手渡すと遊び始めた。
無邪気なモーガンの様子に、ローディもハッピーも胸が締め付けられる思いだった。
「トニーの奴…悔しいだろうな…。辛いだろうな…。こんなにも可愛い息子を置いて…」
「ボス…モーガンのことを何よりも大事にしていましたもんね…」
先程から母親を含め、大人たちは皆、泣いてばかりだ。不思議そうにローディとハッピーを見たモーガンだが、見知らぬ大人が呼びに来ると、ハッピーに抱き上げられた。
教会の中は物静かな音楽が流れており、父親の写真が花とともに沢山飾ってあった。
黒の服を着た大人達が入れ替わり立ち代り、悲壮な表情で父親の話をしていた。
もしかしたら、これは誕生日のパーティーなのかもしれないと考えたモーガンだが、いつまで経ってもケーキも何も出てこないし、楽しいはずのパーティーなのに、誰も笑っていないことに気づいた。
すると、母親が立ち上がり、モーガンの手を引き大きな箱のそばまで歩み寄った。その箱の中には父親がいた。
沢山の花に囲まれた父親は眠っていた。
「パパ、まだねんねしてるの?」
母親を見上げると、彼女は小さく首を振った。
「モーガン…パパにバイバイってお別れして…」
「どうして?」
何故別れを言わなければならないのだろう。父親はいつだって家に帰ってきてくれるのに…。首を傾げたモーガンに、ペッパーは涙を堪え囁くような声で告げた。
「パパはね…もう起きないのよ…。パパは天国に行ったの…。だから…もうお家に帰って来れないの…」
天国…それは、つい最近父親に読んでもらった絵本に出てきた場所だ。それは病気で死んだ小さな子供が、天国に行って天使になった話だった。
父親が天国に行った…。つまり、それは…。
モーガンはようやく理解した。
父親は死んだのだと言うことを…。父親はもう二度と家に帰って来ないということを…。
モーガンが描いたトニーやアイアンマンの絵、そして家族で撮った写真と手紙をトニーの胸元に置いたペッパーは、モーガンの手をトニーの手に触れさせた。
いつも温かく力強い父親の手は、氷のように冷たかった。
「パパ……パパがいないと…ぼく……さみしいよ…。パパ……パパ…」
何度呼んでも何の反応もなかった。
モーガンの目にはみるみるうちに涙が溜まり始めた。
「パパ…おっきして……」
唇を噛み締めたモーガンは、大声で父親を呼んだ。
「パパ!パパ!!いや、いやなの!パパがいないと、いや!!」
モーガンの悲痛な声に、教会の中は鳴き声と嗚咽が次々と起こり始めた。
「パパのうそつき!おうちにかえってくるっていったのに!」
モーガンを抱きしめたペッパーは、堪らず声を上げて泣き始めた。
「パパ、だいすきだから、かえってきて!」
パパ、パパと泣き続けるモーガンと、息子を抱きしめその場に座り込み泣くペッパーの姿に、誰しもが涙を止めることは出来なかった。
葬儀を済ませ、家に戻ってきたが、モーガンは眠れなかった。
そこで、父親と母親の寝室へ向かったのだが、少し開いたドアから、泣き声が聞こえ立ち止まった。部屋の中をそっと覗くと、ベッドに座り込んだ母親は泣いていた。
母親は子供のように泣いていた。父親の枕を抱きしめ、父親のTシャツを着て、トニーと名を呼びながら泣いていた。
もし自分が泣きながら入ると、きっと母親は自分は泣くのを我慢してしまう…。
そう気づいたモーガンは、そっと部屋に戻った。
翌朝。
目を真っ赤に腫らせているのに、母親はいつものように笑っていた。
いつものように朝ごはんを作り、いつものように会社へと出かけて行った。
が、モーガンと家で留守番をするのは、トニーではなく、ハッピーやローディになった。
時折、スティーブやブルース、ナターシャもやって来た。クリントが家族を連れて遊びに来るようになった。
以前と変わらない日常が戻ってきた。父親がいないということを除いては…。
モーガンの前では決して涙を見せないのに、ペッパーは夜になると泣いた。だが、モーガンは知っていた。母親が夜になると隠れて泣いていることを…。だからモーガンは、いくら怖い夢を見ても、夜は母親の部屋に近づかなかった。その代わり、父親が買ってくれたアイアンマンの人形と、父親の写真を抱きしめて眠った。そうすると、夢の中で、アイアンマンの格好をした父親が、悪いモンスターをやっつけてくれるのだ。
それでも時折、父親がモンスターに負けてしまうことがあった。そんな時は、申し訳ないと思いながらも、モーガンは恐る恐る母親の部屋に行った。すると母親は目を真っ赤にしながらも、父親の話を沢山してくれた。F.R.I.D.A.Y.が出してくれる父親の映像を2人で見ることもあった。
いつしかモーガンは、自分が父親の代わりに母親を守ろうと誓った。誰よりも強くなって、父親の大好きだった母親を守ると決めた。
そして、もう1つ。
モーガンは誰よりも賢くなろうと決めていた。それは、大人になったらやり遂げたいことが出来たから。
葬儀の日以来、何度もスティーブ・ロジャースが母親を訪ねてきた。
「本当にすまなかった…。私があの日…スタークを呼び出さなかったら…。スタークは死なずに済んだのに…」
キャプテン・アメリカは、そう言いながら母親に頭を下げ続けた。だが母親はその度にスティーブに頭を上げるように言い続けた。
「スティーブ、お願いだから、もう謝りに来ないで…。あなたに謝られると……トニーが死んだのは、あなたのせいだと思いたくなるから……。誰のせいでもないの…。トニーが死んだのは、誰のせいでもないわ…。きっとトニーもそう言うはず…」
が、その話をこっそり聞いていたモーガンは考えた。
キャプテン・アメリカのせいで、パパは死んだのだと。
だからキャプテン・アメリカをやっつけてやろうと思った。
だが、モーガンは、スティーブおじさんのことが大好きだった。スティーブはトニー亡き後、他のアベンジャーズのメンバーと同様に、モーガンの父親代わりになろうとしてくれたから。だから憎くてたまらないはずなのに、モーガンはスティーブのことを心から恨むことはできなかった。
そこでモーガンは考えた。自分と同じ思いをさせないために、過去を変えよう…。そのために、タイムマシンを開発しよう…と。
モーガンは必死で勉強した。数年もすると、さすがはトニー・スタークの息子だと、皆に一目置かれるようになった。そして父親の後を追うように、15歳でMITに入学した。それを誰よりも喜んだのは、ペッパーだった。
『パパも…トニーもきっと喜んでいるわ』
入学式の日、ペッパーはトニーの写真を持って式に参列した。
17歳でMITを首席で卒業したモーガンだが、そのまま大学院へ進み、タイムマシンの研究を続けた。そして今年、ようやくタイムマシンが完成した。
そこで、タイムマシンで過去に戻り、過去のスティーブ・ロジャースを殺そうと考えた。
それは、過去の父親…トニー・スタークを守るため。未来の自分から父親を奪われることを阻止するため…。
となると、どの時代に行くべきか…ということになる。随分昔に行くべきなのか、それとも父親が死んだあの日に戻るべきなのか…。
と、ここでモーガンは思った。
自分の父親になる前のトニー・スタークに会ってみたい…と。母親と結婚する前の父親に会ってみたい…と。父親と話をしてみたい…と。
そこで父親が母親にプロポーズした20年前に行くことにした…。