1970年5月29日。
この日もハワード・スタークは朝から会議に出席していた。
仏頂面で部下の報告を聞いているハワードだが、いつも以上に険しい表情に、社員たちはいつ社長の機嫌を損ねるか戦々恐々としていた。
というのも、ハワードは内心やきもきしていたのだ。胸の内を語る方ではないので、秘書にしか話していないが…。それは、もうすぐ待望の息子が産まれるから。会社に到着するや否や、妻のマリアが産気づいたと連絡があった。仕事なんぞ放っておいて、すぐにでも病院へ向かいたかったのだが、どの会議もすっぽかすことが出来ず、泣く泣くこの場に座っているのだ。
産まれれば連絡が来ることになっている。が、彼此3時間は経ったが、まだ連絡は来ない。
(マリア…頑張ってくれ…)
祈ることしか出来なハワードは、持っていた書類を握りつぶしてしまった。眉間にはどんどん皺が寄っていき、一見不機嫌の頂点に達しているような社長に、社員たちは声にならない悲鳴を上げた。
と、そこへ社長秘書が慌てた様子で会議室に駆け込んで来た。握りしめくちゃくちゃになった紙切れを、息絶えだえにハワードに渡す秘書の様子に、何か緊急事態かと室内は固唾を飲んで見守っていた。異常なまでの張り詰めた空気に、報告を中断すべきか迷いながらも、勝手に中断すればそれこそ雷を落とされるかもしれないと、部下はハワードの顔色を見ながら、何とか報告を続けていた。
と、紙切れを読んだハワードの顔色が変わった。
「…何だと?!!!!」
バンっと机を叩いて立ち上がったハワードに、すわ大事件かと社員たちは静まり返った。
「今日はここまでだ!以上!解散!!」
そう叫んだハワードは、ありえないような早さで会議室を飛び出して行った。
後に残された社員たちはポカーンと口を開けたまま社長を見送ったが、一体何事かと社長秘書に視線を送った。すると秘書は嬉しそうにその場で飛び跳ね始めた。
「お産まれになったんですよ!お子様が!」
ハワード・スタークの第一子。確か予定日は6月に入ってからだったはずだが、ついにスターク・インダストリーズの次期社長となる待望の跡取りが産まれたのだ。
口には出さないが、ハワードが子供を待ち望んでいたのは誰の目から見ても明らかだった。
だからあの喜びようだったのかと、室内の誰しもが納得したように頷いた。そしてこのおめでたい話題を共有しようと、皆それぞれの部署へと戻って行った。