アベアカ編
***
トニー・スタークは柄にもなく朝からソワソワしていた。というのも、今日は彼の誕生日。それもアカデミーに入学…いや、ペッパーと恋人になってから初めての誕生日なのだ。
が、数日前からそれとなくアピールしているのに、肝心の恋人は何も言ってくれない。朝食を食べている今も、「誕生日おめでとう」の一言もないのだから、トニーは気が気でなかった。
「今日ってさぁ、何かめでたいよな」
仕方なく、わざとらしいくらいの台詞を言ってみたが、ペッパーは怪訝そうな顔をした。
「そう?いつもと変わりないわよ」
「そ、そうだよな…」
しょぼくれているトニーに向かって小首を傾げたペッパーは、何か思い出したのか「あっ!」と声を出した。これはいよいよ誕生日ということに気づいてくれたぞと、トニーは目を輝かせたのだが…。
「そうそう。今日はフューリー校長のお供でDCへ行くことになったの。だから遅くなるから」
(嘘だろ?!)
目を見開いたまま固まってしまったトニーだが、彼女がたまに頼まれるフューリーからの仕事に全力を傾けていることは知っているので、反論することは出来なかった。
結局、ペッパーは祝いの言葉一つ囁いてくれることはなかった。ペッパーだけではない。親友のローディやブルースたちもだ。律儀なスティーブなら覚えてくれているだろうと思いきや、何故か彼はトニーと顔を合わせないようにしているのか、姿を見かけても逃げ出す始末。
「一体何なんだよ!」
ランチも一人きりで食べる羽目になったトニーは、一人浮かれていた自分にとてつもなく虚しさを感じてしまった。
(結局誰も俺のことなんか気にしてないってことか…)
家への帰り道。とぼとぼと歩くトニーのそばには、ペッパーはおろか、誰もいなかった。
両親が健在な頃は、母親がケーキを作り、いつも仏頂面な父親もこの日ばかりは嬉しそうに何かしらのプレゼントをくれた。が、両親の死後は一変した。両親が亡くなった最初の誕生日は一人ぼっちの誕生日だった。誰もいない屋敷で孤独に誕生日を迎えた。もう二度と孤独を味わいたくないと、翌年は盛大なパーティーを開いた。が、誰も心から祝ってくれず、いつも心にはぽっかりと穴が空いたままだった。
大勢の仲間と出会い、そして最愛の人を手に入れた今年こそは、きっと以前のような誕生日を迎えることができると期待していた。それなのに、やはり今年も孤独な日を迎えなければならないらしい…。
期待した自分が情けなかった。寂しさと虚しさに襲われたトニーの目から、涙がポロリと零れ落ちた。こんなことで泣いてはいけないと分かっている。だが、結局自分は一人ぼっちなのだと思うと、涙は止まらなかった。
いつの間にか家へと着いていた。もしかしたらペッパーは帰ってきているかもしれない。それならば泣き顔を見せる訳にはいかないと、トニーは袖口で乱暴に顔を擦ると、エレベーターへと向かった。
エレベーターのドアが開き、頭を垂れたトニーが前へ一歩踏み出した時だった。
「「「Happy Birthday!トニー!!」」」
突然聞こえた大歓声と沢山のクラッカーの音に驚いたトニーはその場に立ち止まった。恐る恐る顔を上げると、目の前には大勢の仲間の顔。
「お誕生日おめでとう、トニー」
立ち竦むトニーに駆け寄ったペッパーは、彼をギュッと抱きしめた。
まだ状況が分かっていないのか、トニーは黙ったままだったが、暫くして彼は震える手でペッパーを抱きしめた。胸元に顔を押し付けられているが、ペッパーはトニーが声を押し殺して泣いていることに気付いた。
「トニー…泣いてるの?」
顔を上げると、トニーの目は真っ赤になっていた。
「泣いてないさ」
目元を拭ったトニーだが頬は濡れており、それを拭ったペッパーは、胸がチクリと傷んだ。
トニーが今までどのような誕生日を送っていたのか、ペッパーは本人の口から聞いて知っていた。だからこそ、初めて一緒に迎える誕生日は彼の思い出に残るものにしたかった。が、逆に何も言わなかったことが彼を不安に陥れていたらしい。後悔の念に襲われたペッパーはトニーの胸元に顔を押し付けた。
「ごめんなさい、トニー。本当はね、朝起きてすぐにおめでとうって言いたかったの。それに今日はずっと一緒にいたかったわ。でも、サプライズパーティーにしたかったの。あなたを喜ばせたくて…。だから皆にも協力してもらって…」
だから誰も近寄って来なかったのだ。恐らく話をするとボロが出て、サプライズかバレると考えたのだろう。
「ペッパーね、1ヶ月以上前から、ずーっと用意してたのよ」
「絶対にトニーにバラすなって誓約書まで書かされたんだぞ」
「今日は大変だったんだ。お前に会えばパーティーのことを話しそうだから、顔を合わせないように必死だったよ」
口々に言う仲間は本当に楽しそうで、今まで形式ばった誕生日パーティーしか経験してこなかったトニーは、再び目頭が熱くなるのを感じた。
そうだ、もう俺は一人ぼっちなんかじゃない。俺には素晴らしい仲間が沢山いるんだから…。それに俺のことを全身全霊で愛してくれる女性も…。
「ありがとう…本当にありがとう…」
ギュッと抱きしめてくるトニーの背中をポンっと叩いたペッパーは、身体を離すとキスをした。
「早くパーティーを始めましょ?」
そう言うとペッパーは、トニーの手を繋ぎ、皆の輪の中へと入って行った。