Her boyfriend.(トニー誕生日2018年)

「どうしたんだ、めかしこんで?」
いつになく着飾った秘書は、これまたいつになく楽しそうだ。今日はパーティがある訳でもないし、そもそもペッパーはパーティが苦手だったはず…と、トニーが頭を悩ませていると、いつになく悪戯めいた笑みを浮かべたペッパーは声を潜めた。
「聞きたいですか?」
無言で頷いたトニーの耳元で、ペッパーはヒソヒソ囁いた。
「今日はこれからデートなんです」
「え……」
ポカンと口を開けてたっぷり30秒は静止していただろうか。ワナワナと震えだしたトニーは、
「何だと?!!!!!!」
と叫びながら机を思いっきり叩くと立ち上がった。
あまりの声に肩をビクッと震わせたペッパーだが、
「私だってデートくらいします」
と、頬を膨らませた。
トニーは呆然としたまま立ちすくんでおり、どうして彼がそんな反応をするのか理解できないペッパーは、
「社長も今日はデートですよね。楽しんで来て下さいね」
と言うと、頭を下げて部屋を出て行った。

「で、で、デート…………」
へなへなと椅子に座り込んだトニーだが、ハッと我に返ると、ハッピーに電話を掛け始めた。
「ハッピーか?!至急車を回せ!……え……今日は用事があるから無理?…お前は私の運転手だろ?!……おい!ハッピー!!」
無情にも切られた電話を握りしめていたトニーだが、運転手がいないとなると、自分で行くしかない。車の鍵を掴んだトニーは、部屋を飛び出した。
混み合うエレベーターを避け、階段を猛ダッシュで降りたが、ペッパーは既に出発したらしく彼女の姿は見当たらなかった。
が、流石はトニー・スターク。抜かりはない。
「J!ペッパーの現在地は!」
ペッパーの携帯はスターク・フォン…つまりはトニーが開発したものだ。ちなみに、社員のほぼ全員がスターク・フォンを使用しているが、追跡装置が付いているのはペッパーのものだけというのは、トニーだけが知っている秘密。
『ポッツ様は、ロデオドライブに向かわれています』
車を急発進させたトニーは、ロデオドライブへと向かった。

ロデオドライブに到着したものの、どこかの店に入っているのか、ペッパーは見当たらない。死角になるような場所に車を停めたトニーは、地図を開きペッパーの居場所を特定しようとした。が、すぐ先の店から見慣れた姿が出てきたため、さっと身を隠すようにシートに身体を沈めた。間違いない。ペッパー・ポッツだ。ペッパーは某ブランドショップの紙袋を持ち、次に出てくるであろう人物のためにドアを開けて待っているではないか。さてはそいつがペッパーのデート相手だとなと、トニーは知らず知らずのうちに拳を握りしめた。すると、ものの数秒もしないうちに、恰幅の良い男性が姿を現したのだが、その姿を見たトニーはシートの上で飛び上がった。
「お、おい!ハッピーじゃないか!」
『はい、トニー様。あちらはホーガン様でございます。100%一致しました』
J.A.R.V.I.S.に認証してもらうまでもなく、あれは誰がどう見ても・ハロルド・ホーガンだ。自分の運転手兼ボディーガードのハッピーだ。
先程電話した時は、ペッパーとデートだとは一言も言っていなかった。いや、そもそも、どうしてあの2人がデートしているんだ。自分の知らない間に、あの2人はいい雰囲気になっていたのだろうか…。
髪を掻きむしったトニーは、そのまま飛び出して、2人を問い詰めようかと考えた。が、ここで彼ははたと気づいた。自分はペッパーの恋人でも何でもない。それなのにどうして彼女のことがこんなにも気になり、ハッピーに嫉妬しているのだろうか…と。それに、後をつけていたことが分かれば、ペッパーに怒られるに決まっている。
仲良く肩を並べ歩き始めた2人の後ろ姿を見ていたトニーだが、肩を落とすと車を発進させた…。

翌朝。
いつものようにトニーの家に向かったペッパーだが、いつまで経ってもトニーは姿を現さない。
そんなに昨晩のデートは盛り上がったのか、それならば今もお楽しみ中かもしれないのだから、邪魔するのは野暮よね…と、暫し静観していたペッパーだが、昼近くになっても寝室からは誰も降りてこないではないか。
いい加減痺れを切らしたペッパーは、スターク家の優秀な電脳執事に告げた。
「J.A.R.V.I.S.、トニーに起きるよう言ってくれる?」
『ポッツ様、彼此数時間、起きるよう言っているのですが、無理です』
やっぱり余程お相手の女性が気に入ったのね…とペッパーは溜息を付いた。
「昨日は遅かったの?」
が、話は予想外の方向に向かい始めた。
『いいえ。トニー様は昨日は真っ直ぐお帰りになられ、20時にはお休みになられました』
「え?!デートは?!そんなに早く?!」
ペッパーは驚きのあまり、その場で飛び上がった。トニー・スタークがそんな早い時間から眠ることなど、1年に1度あるかないかの事態なのだから、どこか具合でも悪いのかと、ペッパーは不安になり始めた。
『はい。デートには行かれませんでしたし、夕食も召し上がらずにお休みになられましたから』
「どこか具合が悪いの?」
『いいえ。お身体は健康そのものです』
体調が悪い訳ではないと聞き、ペッパーは安心した。が、トニーが寝込んでいることに違いはないため、様子を見に行こうとペッパーは寝室へと向かった。

「トニー?」
寝室のドアをノックするも返事がないため、そっとドアを開けてみると、トニーはベッドに潜り込んでいた。
「トニー?大丈夫?」
と、ベッドの上のシーツの山がモソモソと動き、トニーが顔を覗かせた。
「ポッツくんか……」
声には全く覇気がなく、やっぱり具合が悪いのではと、ペッパーはトニーのそばに駆け寄った。
「どうされたんです?元気ないですね?」
ペッパーは本気で心配してくれているようだが、昨日の光景を思い出したトニーは首を乱暴に振った。
「君は嬉しそうだな。そんなにハッピーとのデートが楽しかったのか?」
うっかり口に出してしまったが、後の祭り。トニーの言葉にペッパーは目を細めた。
「社長、もしかして、付けてたんですか?」
秘書の冷たい視線にトニーは取ってつけたような笑みを浮かべた。
「偶然だ。偶然。デートでロデオドライブに…」
「昨夜はデートに行かれなかったと、J.A.R.V.I.S.から教えてもらいました」
(J.A.R.V.I.S.め…)
内心舌打ちしたトニーだが、バレてしまったからには白状するしかない。起き上がったトニーはベッドの上に座り込んだ。
「分かった。正直に話す。君がデートに行くと聞き、居ても立っても居られなかった。相手がどんな奴か気になって、後をつけた。まさかハッピーだとは…。で、いつから付き合っているんだ?」
何故彼がデート相手を気にするのか分からない。が、彼は勘違いしており、寝込むほど落ち込んでいるのだ。本当は秘密にしておくつもりだったのに、このまま勘違いされても困ると思ったペッパーは、真相を話すことにした。
「トニー、デートと言ったのは嘘です。それからハッピーと私は付き合ってません。実はですね…」
言葉を切ったペッパーは、目をパチクリさせているトニーの手にそっと触れた。
「あなたへの誕生日プレゼントを買いに行ったんです。来週はあなたの誕生日でしょ?あなたが気に入りそうな物を見つけたんですけど、私一人だと…その…予算的に厳しかったんで…。その話をハッピーにしたら、2人からのプレゼントにしようという話になって…。だから昨日2人で買いに行ったんです」
「…そうだったのか…」
真相を知れば何てことなかった。一人で慌てふためき、嫉妬していた自分が急に恥ずかしくなったトニーは、真っ赤な顔を隠すようにプイっと横を向いた。その様子はひどく子供染みており、ペッパーは堪らずクスクスと笑い出した。
「折角当日までの秘密にしておこうと思ってたのに…」
ベッドに腰掛けたペッパーは、そっぽを向いているトニーの背中をそっと撫でた。
「でも、どうして私のデート相手が気になるんですか?」
「それは…」
どうしてなのか自分でも分からない。何故ペッパーのことがこんなに気になるのか…。彼女は秘書、そして友人だ。だが、それ以上の関係でも何でもないのに、彼女が他の男といると考えると、本当は気が狂いそうになる。
つまりそれは…。

自分の本心に気づかないふりをしたトニーは、ふんっと鼻を鳴らすとペッパーを見つめた。
「君が変な男に捕まらないか心配だからだ。ただそれだけだ」
そう言ってみたものの、耳の先まで真っ赤になっているのだ。本心を悟られる前に逃げるが勝ちだと、トニーは慌ててバスルームへと向かった。

***
そして5月29日。
今日はトニー・スタークの誕生日パーティーが、LAの某ホテルで開催されていた。
仕事が長引き、会場に少し遅れて到着したペッパーは、トニーの姿を探した。
本日の主役はすでに出来上がっているらしく、会場の隅にあるソファーに座り込んでいた。そして彼の膝の上には女性が1人、左右にも1人ずつ、足元にも1人座り込んでおり、合計4人の女性を侍らせたトニーは、彼女たちに交互にキスをしていた。
と、膝の上の女性が何事か囁いた。ニヤっと笑みを浮かべたトニーは頷くと立ち上がった。
きっと今宵は彼女たちと過ごすのだろう。
そう思うと、ペッパーは胸が苦しくなってきた。自分は彼の恋人ではなく、ただの秘書なのだから、彼が誕生日を誰と過ごそうが関係はないはずなのに。だが先日、嫉妬したトニーが自分を付けていた事件以来、ペッパーはトニーのことを少しばかり意識するようになっていた。いや、正確には、元々持っていた彼に対する感情を隠しておくことが出来なくなったと言うべきかもしれない。
そのため、こっちへ向かってくるトニーに、ペッパーは顔を合わせないようにその場から立ち去ろうとしたが、遅かった。
「ペッパー…」
何度も瞬きしたトニーは女性から手を離すと、ペッパーの目の前で足を止めた。
「遅かったな」
「すみません」
遅刻を謝罪したペッパーだが、トニーは何かを探すようにキョロキョロと辺りを見渡した。
「で、ポッツくん。例のプレゼントは?」
件のプレゼントを待ち望んでいたのか、トニーは少年のように目を輝かせているではないか。
本当は社内で渡そうと思い、今日はずっと持ち歩いていたのだが、今日に限って来客が多く渡しそびれていたのだ。そうかと言って、パーティーではゆっくり渡す暇はないだろうから、明日渡そうとパーティーには持ってきていなかったのだ。
「それが…さっき家に帰った時に、持ってくるのを忘れてきてしまいました」
すみませんと頭を下げると、トニーは本当にショックを受けたらしく、ガックリと肩を落とした。
「おい、ペッパー。楽しみにしていたんだぞ?」
残念がるトニーの背後では、女性4人がコソコソと悪口を言いながら、白い目でペッパーを見つめているではないか。それに気づいたのかは定かではないが、顔を上げたトニーはツカツカとペッパーに近づいた。
そして
「仕方ない」
と言うと、トニーはペッパーの手を握りしめた。
「今から君の家に行くぞ」
「えっ?!」
パーティーはまだ始まったばかりだし、一体どういうことなのだろうと、ペッパーばかりか女性4人も口をポカンと開けたまま目を白黒させている。が、トニーは気にする風でもなく、ペッパーの手を握りなおすと、手を振り歩き始めた。
「ということで、今夜は彼女と過ごすことにする。じゃあな」
後ろで女性たちは何やら叫んでいるが、知らぬ顔をしたトニーは、携帯を取り出した。
「ハッピー、車を回せ。ペッパーの家に行くぞ」
「と、トニー!まだパーティーが…」
真っ赤な顔をし叫び声を上げるペッパーに、トニーは顔をしかめた。
「喚くな。パーティーは終わりだ。主役の私がそう言っているんだからいいんだ。それに、君からのプレゼントをこの1週間ずっと楽しみにしていたんだ。だからパーティーより君からのプレゼントの方が重要だ」
これが恋人同士ならば、今の彼の言葉は嬉しいに決まっている。が、自分たちはただの上司と部下なのだ。だからトニーの言葉をどうとればいいのか分からなくなったペッパーは、頬をこれ以上ない程赤く染めると、文句を言い始めた。

まだ喚いているペッパーの口を一層のことキスで封じてしまおうかと思ったトニーだが、そんなことをすれば平手打ちされるだろうと思い直すと、タイミングよく現れた車にペッパーを押し込んだ。

★IM1直前くらいの社長と秘書時代

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