A miraculous encounter①

「申し訳ございません!」
先程から1000回は謝罪しているであろう女子社員は、泣いているのかグズグズと鼻を啜った。いつもなら状況に応じて対女性向けの言葉を掛けるトニー・スタークだが、残念ながら目元に巻かれた包帯のせいで、女性の顔を見ることができない。

事の発端だこうだ。
珍しく夜遅くまで真面目に仕事をしていたトニーは、誰もいなくなった社内を鼻歌を歌いながら駐車場まで向かっていた。と、数メート先を女子社員が足早に歩いているのを見つけた。美しい赤毛を持ったその女性は、スタイル抜群で、こんなにも美しい女性に出会ったのは、仕事を頑張ったご褒美かもしれないと勝手に解釈したトニーは、意気揚々と足早に女性に近づいたのだが…。
女性の背後から声を掛けようとしたその時、トニーの気配に気づいた女子社員は、振り向きざまに鞄から何かを取り出した。彼女が振りかざしたのは催涙スプレー。まともに催涙スプレーを目を浴びたトニーは悲鳴を上げると、その場に座り込んだ。
「おい!何をするんだ!」
普通は暴漢に使用するものではないか、何故社内でこんな物を使うんだと叫んだトニーだが、彼女は最強の催涙スプレーを撒いたらしく、目元は焼けるように痛み、目を開けることすらできない。
目をぱちくりさせていた女子社員だが、悶絶している目の前の人物の正体に気づくと顔色を変え、慌てて警備員を呼びに行った。

という経緯でトニー・スタークは病院へと担ぎ込まれ、すぐさま処置を施されたのだが、勿論先程の女性もトニーに付き添い病院へと来ていた。
社長の一大事と血相を変えてやって来たトニーの腹心オバディアは、この騒ぎの元凶である女性を激しく攻め立てた。
「君は自分のしたことが分かっているのか!社長に催涙スプレー?!そんな社員は聞いたことがない!一体どうしてくれるんだ!」
顔を真っ赤して捲し立てるオバディアに、女性は泣きながら頭を下げ続けている。
この頃になると、痛みも落ち着き、視界を奪われている以外は何も問題のないのだから、一方的に雷を落とされている女性が気の毒に思い始めたトニーは、まだ喚いているオバディアを制した。
「もう済んだことだ。治るまで待つしかないさ。それに彼女にも事情があったんだろう」
「だが、トニー…」
まだ文句を言おうとしているオバディアの足を思いっきり踏みつけたトニーは、女性がいるであろう方向へ顔を向けた。
「君、名前は?」
「ヴァージニア・ポッツです」
催涙スプレーを撒いたのは、おそらく何か事情があるのだろうが、彼女は一言も言い訳せずにただひたすら頭を下げ続けている。が、このままでは彼女は『社長に怪我を負わせた』とクビになるだろう。クビにならないくても、噂は広まり社内でコソコソと陰口を叩かれるのは目に見えている。何故か分からないが、彼女を守らなければという使命感に駆られたトニーは、思いついた最善の策を口に出した。
「ポッツくん、今から君は私の秘書になれ」
トニーの言葉に驚いたのは、ヴァージニアだけではなく、オバディアもだった。
「えっ?!」
「トニー!何を言って…」
おそらく目を白黒させているであろう2人に向かい、トニーは包帯の下で目をくるりと回した。
「私はしばらく目が使えない。だから目が治るまで、私の秘書になれ。これは社長命令だ」
有無を言わせないと言わんばかりの口調に、ヴァージニアは勿論、オバディアも黙って従うしかなかった。

こうしてヴァージニアはトニー・スターク専属の秘書となったのだが、帰宅許可が下りたトニーは当然のように迎えに来た車にヴァージニアを押し込んだ。
怒涛の展開に思考回路が停止気味のヴァージニアは、なすがままなのだが、後部座席にトニーと並んで腰を下ろし車が発進して初めて、トニーの自宅へ真っ直ぐ向かっていることに気付いた。
「しゃ、社長のお宅に向かうんですか?!」
何を言っているんだと怪訝そうにヴァージニアに顔を向けたトニーだが、彼女は『社内での専属秘書』の任に就くと思っているのだろうと気づいた彼は、ごほんと咳払いをした。
「君は私の専属秘書だ。つまり、仕事もだが、プライベートのことも管理してもらいたい。今の私は目が使えない。だからしばらく私の家に滞在してもらうぞ、ペッパー」
そういう専属秘書だとは思ってもいなかったヴァージニアだが、そもそもの原因を作ったのは自分なのだ。それ故にどうすることも出来ないと腹を括った彼女は、トニーの言葉を思い返すと、トニー・スタークは人の名前を覚えるのが苦手なのかしら…と、首を傾げた。
「社長、私の名前はヴァージニアです」
一応正しい名前を伝えてみたが、トニーは盛大に鼻を鳴らした。
「知ってるさ。だが、君は私に催涙スプレー(ペッパー・スプレー)を掛けてきた。だからペッパーだ」

②へ…

催涙スプレー”Pepper spray”を掛けたから『ペッパー』という愛称になった説のお話。

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