A merry evening

その日、小雪がチラつく中、タワーまで帰ってきたペッパーだが、入口に見慣れない犬が寝そべっていることに気づいた。
「あら?どこの犬かしら?」
茶色のラブラドール・レトリーバーはペッパーに気づくと顔を上げた。
「どこから来たの?」
くーんと小さく鳴いた犬は、ゆっくりと立ち上がるとペッパーの足元に座った。
首輪はしていないが、綺麗な毛並みをしている犬に、きっと誰かの飼い犬が迷い込んできたのねとペッパーは考えた。そこで
「早くお家に帰りなさい。あなたのご主人様、あなたのことを探してるわよ」
と、犬の頭を撫でたペッパーは、じゃあねと手を振ると、足早にドアをくぐり抜けた。そしてエレベーターに乗り込んだのだが、気づくと先程の犬が後ろをついて来ているではないか。
「え?!ダメよ」
だが、その犬は勝手知った我が家のように、その場に座り込んでしまった。そうこうしているうちに、エレベーターは階上へ向かって動き始めてしまった。
「仕方ないわね。もう夕方だし、今夜は泊まってもいいか、トニーに聞いてみましょうね」
やれやれと首を振ったペッパーは、犬の頭を撫でた。トニーも動物好きなので、可愛らしいお客にきっと喜んでくれるはず。だからこの犬を一晩泊めることに関しては、反対される理由はないだろうと、ペッパーは楽観視していた。
ところが、先に帰ったはずのトニーの姿は、家のどこにも見当たらない。
「トニー?トニー!」
ラボにも寝室にもいないし、J.A.R.V.I.S.に聞いても知らぬと言われ、電話も繋がらないのだから、何かあったのかとペッパーはどっと不安に襲われた。
「トニー!どこにいるの?!」
と、リビングをウロウロしていた犬が勢いよくペッパーに向かって走ってきた。
「ワン!」
ペッパーの足にすがり付いた犬は、何事か訴えるようにクンクン鳴き始めた。
「大丈夫よ。ちょっと待ってて。トニーを探すから…」
自分の不安が犬にも伝わったに違いない考えたペッパーは、宥めるように犬の背中を撫でたのだが、犬は自分の存在を主張するかのように二度三度小さく吠えた。
「あなた、トニーって名前なの?」
先程から『トニー』と呼ぶ度に反応する犬の様子に気づいたペッパーがそう尋ねると、犬はそうだと言わんばかりに「ワン!」と嬉しそうに吠えた。
「あら、偶然ね。私の恋人もね、トニーなの」
クスクスと笑みを浮かべたペッパーは、恋人を思い出すかのように、うっとりとした笑みを浮かべた。
「トニーはね、とっても素敵な人よ。頭もいいし、優しいし、私のことを大切にしてくれるの。それにね、彼は私の知らない世界を沢山教えてくれるのよ。トニーといると、とっても楽しいの」
ふふっと笑みを浮かべたペッパーに、犬は嬉しそうに尻尾を振った。

結局、トニーは行方不明のまま、夜になっても帰って来なかった。
「トニーったら、どこに行ったのかしら…」
何度も電話しているが一向に繋がらない携帯をペッパーは恨めしそうに見つめた。
以前にも、ブルース・バナーと実験室に篭もり2日ほど音信不通になったことがあるので、今回もそうなのだろうと考えることにしたペッパーは、諦めたように首を振った。
「仕方ないわ。きっと朝になれば連絡が来るでしょうし…」
ぎゅっと抱きしめると犬はペッパーの顔をぺろぺろと舐め始めた。
犬の頭を撫でたペッパーは、くるっとした瞳を覗き込んだ。
「あなた、トニーと同じ目の色なのね」
出会ってから、犬の一挙手一投足が可愛くて仕方ないペッパーは、トニーと同じ瞳をしたこの犬がどうしようもない程好きになっていた。
「アカデミーにも何匹かいるのよ。でもね、あなたは世界一カワイイわね」
褒められていると分かったのか、目を輝かせた犬は「ワン!」と声高々と吠えると尻尾を振り始めた。
「もし、あなたのご主人様が見つからなかったら、飼ってもいいか、トニーが帰ってきたら聞いてみましょうね」
そう言いながら、ペッパーがソファーにコロンと横になると、近づいてきた犬はソファーに飛び上がるとペッパーの隣に横になった。
「ふふ…温かい…」
フワフワの温もりをぎゅっと抱きしめたペッパーは次第にウトウトし始めたのだが、犬の毛に顔を埋めた瞬間、あることに気づいた。
(あら…この犬…トニーのコロンと…同じ匂いがするわ…)
だが、眠気に勝てるはずもなく、目を閉じたペッパーはそのまま眠りについた…。

***

翌朝。
「…うーん……」
昨晩までになかった重みを感じたペッパーは、その正体を探ろうとゆっくりと目を開けた。すると、昨夜抱きしめていたはずの犬の代わりに、何故か何も身につけていないトニーが自分にしがみついて眠っているではないか。
(え?!どうして?!)
昨晩まで音信不通だった彼が何故自分にしがみついて眠っているのか、そして何故全裸なのかさっぱり理解できないペッパーは、乱暴に頭を二度三度振ると、ガバっと起き上がった。が、その反動でペッパーに抱き付いていたトニーはソファーから転がり落ちてしまった。盛大に頭を打ったトニーは頭を摩りながら起き上がると、大きく伸びをし欠伸をした。
「おはよう、ハニー」
むにゃむにゃと目を擦ったトニーに、口をパクパクさせていたペッパーは、目を見開くと叫んだ。
「トニーったら!どこに行ってたのよ!」
キーっと声を上げたペッパーに、トニーはもう一度欠伸をすると床に胡座をかいた。
「どこって…ずっと君のそばにいただろ?」
「え?」
トニーは何を言っているのだろうと、目をパチクリさせるペッパーに、トニーは自分を指差した。
「だから、あの犬、俺だったんだ」

たっぷり30秒はそうしていただろうか、口をあんぐりと開けたままトニーを見つめていたペッパーだったが、勢いよく立ち上がると叫び声を上げた。
「ど、ど、どういうこと?!」
パニックになっているペッパーを宥めようと、トニーは立ち上がった。
「ロキの魔法だよ。ロマノフが猫になってみたいとか言い出してさ。小さい頃は犬になりたかったけど、親父が反対してなれなかったって俺が調子を合わせて言ったら、ロキが、一晩だけ叶えてやろうとか言い出して…。気づいたら犬になってたんだ。スティーブなんか恐竜になってたから、大変だったんじゃないかなぁ」
そう言いながら、まだ目を白黒させているペッパーを腕の中に閉じ込めたトニーは、首筋にキスをすると耳元で囁いた。
「喋れないしどうしようかと思ったけど…。君に世界一可愛いって言ってもらえたから良かった」
そう言えば、随分前に他の犬を『アカデミーで一番可愛い』と褒めたら、トニーが嫉妬したことがあったわね…とペッパーは思い出した。
「犬のあなたも可愛かったけど、やっぱり私は人間のあなたが一番よ」
そう言うと、ペッパーはトニーにギュッと抱きつき、胸元に顔を押し付けたのだが、彼が裸なのを思い出すと、顔を真っ赤にして慌てて身体を離した。

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